第二十一話 川の字
「おお……でかいベッドだなみこちん?」
部屋に入るなりはしゃぎ出す撫子さんが可愛い。残念ながらその様子を愛でる精神的余裕はまったくないが。
「そうかな? これが普通だと思っていたんだけど……」
そういえば他人の家のベッドのサイズって知らないな。言われてみれば大きめなのかもしれない。
「うん、これなら3人で寝れそうだね」
ちょっと待ってくれ桜花さん。それはいくらなんでも……。
「あのな、私はまくらが代わると眠れなくなるのだ。これ……使って良いか?」
おずおずと愛用まくらを差し出す撫子さん。くっ……暴力的な可愛さだ。
諦めよう。か弱い人間が津波に立ち向かったとして意味があるだろうか? いや無い。
そういえば誰かと一緒に寝るなんていつ以来だろう?
見てみろ撫子さんの穢れ無き真っ直ぐな瞳を。そうだよな……長年住み慣れた家を離れて不安でいっぱいのはず。
それなのに俺ときたら……自分のことばかり考えて……なんだか恥ずかしくなってきたよ。
よし、俺にできることならなんでもやってやる。少しでも撫子さんたちの気が楽になるんだったら、恥ずかしいとか言っている場合じゃない。
「ところで命くん、私と撫子、どちらの隣で寝るんだい?」
いきなり究極の選択っ!? せ、正解はどっちだ? どちらを選んでも悶死しそうなんだが……!?
桜花さんを選んだら、撫子さんにマザコン認定されそうだし、撫子さんを選んだら、桜花さんになんて言われるかわからない。
考えるんだ……この究極の二択を覆す起死回生のアイデアはきっとあるはず!!
「……真ん中で寝ます」
ふふふ、我ながら完璧なアイデア。これならどちらにも角が立たない。
「くぅ、くふふふ、さ、さすが命くん。両手に花、一挙両得を狙うとはおそれいったよ」
「ほほう……意外とさみしがり屋なんだなみこちんは」
……くっ、謀ったな、孔明。
◇◇◇
「……こんなの眠れるわけないじゃないか!?」
最初は川の字ってなんか良いよな、なんてのんきに構えていた……。
二人とも恐ろしく寝つきが良くて、あっという間に寝息を立て始めたのは良いんだけど。
両サイドから抱き着かれて抱きまくらサンドイッチ状態……。
やわらかい感触と良い香りにくらくらしてくる。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」
今日何度目かわからない般若心経。
『般若心経のレベルが上がりました!!』
そんな声が聞こえて来そうだ。
眠るのは早々に諦めてこの状況を楽しむことにシフトする。切り替えの早さは俺の数少ない長所だと思うんだ。
とはいえ両サイドからガッチリロックされているので、出来ることはほとんどない。
うーん、そういえばこの状況……何かに似ているな……?
そうだ、昔飼っていた猫たちと一緒に寝ていたときと同じじゃないか。
起こしたら可哀想だから動けなくて、翌朝身体が痛くなるんだよな……。
ははっ。
なんだか女の子って猫っぽいや。気まぐれで行動が読めなくて可愛くて。
そんなことを考えていたらいつの間にか緊張もほどけたのだろうか。
疲れていたこともあって、気付けば夢の世界へ誘われていた。




