第二話 運命は突然に
「命、今日は部活ないんだろ? 帰りに家寄って行かないか?」
「悪い、今日はやめとく」
直樹の誘いを断って教室を出る。
最近始めたイラストの続きを描くのだ。描いている間は余計なことを考えないで済むし、何よりも楽しい。
最初は死にたくなる気持ちを抑えるために始めたイラストだけど、今では欠かせない趣味になった。
すすめてくれた先生には感謝しないとな。
「あら、天津くん、最近調子はどう? 困ったことがあったら、何でも遠慮なく相談してね?」
噂をすればなんとやら。
昇降口へ向かう廊下で、白衣を着た担任の雨野雅先生とばったり出会う。
雅先生は、今年先生になったばかりの新米教師で東京の有名な美大出身らしい。背も低く、見た目は中学生ぐらいにしか見えないので、皆からは、雅ちゃんと呼ばれて可愛がられている。
最初は副担任だったが、担任が突然病気で退職してしまい、代わりの先生が見つかるまでということで、急遽臨時の担任となったのだ。
そんな矢先に、俺の両親の件があって、先生には本当に迷惑をかけてしまったんだよな。
「ありがとうございます雅先生。最近イラスト描くのが楽しくて仕方がないんです」
「まあ、それは良かった~。私もおすすめした甲斐があったわ」
手を叩いてはしゃぐ雅先生はなんていうか可愛らしい。
「うう……先生って呼んでくれてありがとう。みんな雅ちゃんって呼んでくるのよ? 先生って呼んでくれるの天津くんだけなんだから」
頬を膨らませて不満気にしていると中学生どころか、小学生に見えてくる。本人には言えないけれど。でもそういうところなんじゃないんですか、と思ってしまう。言わないけれど。
「……そ、そんなことは無いと思いますよ? それより、なんで白衣着ているんですか?」
「え~っ? もちろん格好良いからよ。教師になったら、絶対に着るんだって決めていたの。どう? 似合うでしょ?」
正直に言えば似合わなくはないし、むしろ可愛いけれど、悲しいかな子どもが背伸びして大人の格好をしているようにしか見えない。
はい、似合ってますよ、とお茶を濁して先生に別れを告げる。
なだらかな丘の上に建っている学校の校門前からは、町の大部分を眺めることができる。
行きはきつい上り坂も、帰りはずっと下り坂。
広い校庭で汗を流している運動部を横目に校門を出れば、目の前には直樹の実家である斉藤商店がある。
この辺りにはコンビニすらないので、斉藤商店には文房具だけではなく、パンやお弁当なんかも売っていたりする。店内には、喫茶店兼イートインスペースやゲームコーナーまである。
すぐ近くには、小学校と中学校もあるので、立地は最高、直樹によれば経営安泰らしい。
こんな好立地にコンビニがないのはやはり違和感があって、噂ではこのエリアにコンビニが出店できないように裏で圧力をかけて条例を作ったとまことしやかに囁かれているが本当のところはわからない。
ただ、相当儲かっているのだろう。最近建て替えたばかりの真新しい広い店舗が田畑が多いこの辺りには不釣り合いなレベルで、神々しい輝きを放っている。
学校側も斉藤商店に寄り道する分には黙認の構えを見せているし、みんな子どものころからこの店にはお世話になっているから、誰も文句は言わない。
実家が地元の名士の本家筋で、教育委員会のトップだというのがもしかしたら関係あるのかもしれないけど、俺にはどうでもいいことだ。
さ、早く家に帰ろう。




