第十九話 混浴
「えっと……今なんて?」
「ん? 早く風呂に入らないと風邪をひくぞ」
言われるままに湯船に浸かる。
俺は今から撫子さんと混浴するのか? いやいやそんな馬鹿な。さっきのはきっと聞き間違いだ。
「身体洗ってくるからちょっと待っててくれ」
……待て待て、まさか?
撫子さんが水着を脱いでいるのがチラッと見えた。
マズイ……このままだと湯船が血の池地獄になってしまう。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」
一心不乱に般若心経を唱える。覚えて良かった般若心経。
「なんだみこちん、一人でブツブツ。怖いぞ?」
ザパンと湯かさが増えて、背後から撫子さんの声が。
幸い家の風呂は広い。密着する危険性は皆無だ。
しかし、俺と撫子さんを隔てるものはお湯と湯けむりしかないのだ。別の意味で危険な事には変わりがない。
「なあみこちん、話をするときはちゃんとこっちを見るのが礼儀ではないのか?」
いや、わかっているんだけどさ。
「もしかしてさっきの背中のこと怒っているのか? それともやはり、すあまのことを根に持って……」
「ち、違うから、わかった、ちゃんと見るから」
仕方がない。そうだ、撫子さんの顔だけをみればいいんだよな。そうすれば余計な……いや全然余計ではないんだけど、目の毒……いや、毒ではないんだけど、とにかく顔面に集中するんだ。
「お待たせ~!!」
バーンッと入ってきたのは桜花さん。
いや……別に待っていないんですけど!? っていうか思いっきり全裸じゃないですか!?
幸か不幸か、我が家の浴室は広い。
湯けむりもあって、はっきり見えなかったのは残念……いや、この場合は幸いだったのかもしれない。
「おおっ!! 母上と一緒に風呂に入るなど久し振りだな!!」
「そうだね、家のお風呂狭かったから」
駄目だ……撫子さんで一杯一杯だったのに、桜花さんまで加わったら死ねる。早く逃げないと。
「あ、あの……俺は先に出るんで、親子水入らずごゆっくり……」
「みこちん……許嫁とは家族になるということではなかったのか?」
くっ……なんて悲しそうな。たしかにその通りだが、しかし……。
「命くん、同じ風呂のお湯を飲むということわざがある。昔の人はそうやって心と身体の距離を近づけようとしたのだと思う。私も撫子と同意見だ。私たちは家族なのだから、遠慮など悲しいだけだよ」
そんなことわざ聞いたことないんですけどっ!? 百歩譲ってそうだったとしても、俺たちは昔の人じゃないんですが!? あと、遠慮しているんじゃなくて、危険回避なんですけど。
そんな俺の心の内を見透かしたように、桜花さんはクスクス笑っている。
このひと絶対にわかっててそのうえで楽しんでいますよね。
「ご、ごめん、きゅ、急用を思い出したから!!」
とりあえず口では敵わないから逃げるように風呂場から脱出する。
我ながら苦しい言い訳だな。
今日はなんとかなったけど、明日からどうしよう。
脳裏に浮かんだ映像を慌てて掻き消す。
ま、なるようにしかならないよな。
撫子さんが上がってきたら大変なので、急いで服を着て自分の部屋に戻る。
話すことすら出来なかったあの撫子さんと許嫁になって同居することになった。
しかも風呂まで……。
過去に戻って、将来こうなるぞって自分に話したとしても絶対に信じてもらえないだろうな。
「命くん、ごはん炊けたよ!!」
桜花さんの呼ぶ声で我に返る。
そう言えばお腹がペコペコだ。久し振りに力仕事したからな……。




