第十八話 背中を流してやろう
「ふぅ……荷物はこれで全部ですか?」
リヤカーがあって良かったよ。じゃなければ朝までかかっても終わらなかったかもしれない。
「命くんお疲れさま、それで最後だよ。夕食は私が適当に作るからお風呂入ってくればいい。冷蔵庫と台所は使わせてもらっていいかな?」
「どうぞ。大したもの入ってないですけど。じゃあお言葉に甘えて……あ、撫子さんは?」
「ん? なんだみこちん、私と一緒に入りたいのか?」
「ち、ちち違うって。俺はシャワーですますけど、湯船浸かるなら掃除してお湯張っておくよ?」
「いや、これから世話になる身だからな、風呂掃除は私が自分でするから気にするな」
まったく……撫子さんが変なことを言うから意識しちゃうじゃないか。
汗だくになった服を脱いでいる間も、混浴という単語が頭から離れない。
それにしても、まさか本当に一緒に暮らすことになるとは。
しかも憧れの撫子さんと許嫁……ふ、ふふふふ……ヤバい、幸せすぎておかしくなりそう。
シャワーを浴びながら、怪しい笑いが止まらない。我ながら気持ちが悪い。
「入るぞみこちん」
「うわああああ!?」
ばあ~んと浴室のドアを開いて撫子さんが入ってきた。
出来ればドアを開ける前に聞いて欲しかったなあ……って、何事っ!?
隠すモノが何もない状況は控えめにいってもピンチだ。
これが逆ラッキースケべ? いや、俺の裸なんて見てもラッキーじゃないな。
「母上が一緒に入って来いというのでお邪魔するぞ」
桜花さんっ!? 何考えてんすか!? あれ……なんだ、撫子さんは裸じゃないのか。
ほっとしたような、残念なような。こういう時、どんな顔したらいいかわからないな。
「どうしたみこちん? 私は掃除しているから、気にせず続けてくれ」
スクール水着姿で黙々と掃除を始める撫子さん。
幸か不幸か我が家の浴室は無駄に広い。そしてシャワーの湯気で視界はあまり良好ではないこともあって、最悪の事態は回避できている。
「しかしみこちん、昨日も思ったが、これだけ広いと掃除も大変だろう?」
湯けむりの向こうから鈴のように可愛らしい声が聞こえてくる。
「ま、まあね、だから家政婦さんを探してもらっているんだよ」
「……そうか、ならば見つかるまでは私も手伝わせてもらうことにしよう」
気のせいかちょっと残念そうな撫子さん。
やはり他人の家で暮らすというのは気を使うよな……自分の家だと思ってもらえるように考えてあげないといけない。
「じゃあ俺は先に上がるからごゆっくり」
シャワーを止めて撫子さんに声をかける。
「ちょっと待てみこちん」
「ふえっ!?」
突然の柔らかい感触に変な声が出る。
撫子さんが俺の両肩をぐっと掴んで引きとめたからだ。
「座れ」
「へ? い、一体なにを?」
訳がわからないがとりあえず風呂桶に腰掛ける。水着姿の撫子さんをこの状態で直視する……度胸はないので、もちろん後ろを向いたまま。
「こういうときは許嫁が背中を流すものだと母上に聞いてな」
なるほど……桜花さんグッジョブ!!
せっかくの厚意を断る理由もない。ありがたく身を任せてみることにする。
「ふふふ、これは意外と……みこちんは着やせするタイプだな」
そんなことを言われるとなんだか照れくさい……そして、痛い。
「な、撫子さん、なんか背中痛いんだけどっ!?」
「むっ!? すまん、間違えて風呂掃除用のたわしで擦っていたようだ」
ははは、まったく撫子さんはおっちょこちょいだなあ。
「大変だ!! 赤くなっているじゃないか」
慌てて赤くなっているところを一生懸命フーフーしてくるんだけど、そんなことされたら好きになってしまう……いや、もうベタ惚れだから今更か。
「ひぃっ!? だ、大丈夫、もう大丈夫だから!!」
今度は思い切り冷水シャワーを背中に当ててきた。ううう……さ、寒い。
「うむ、どうやら赤みはなくなったようだな。身体も冷えてしまったことだし、湯船であったまった方が良い。ちょうど湯もたまったことだし、一緒に入ろうか」
ありがたい。冷水シャワーですっかり冷えてしまったからな。
……はい? いま何とおっしゃいました?
「えっと……今なんて?」
「ん? 早く風呂に入らないと風邪をひくぞ」
さっきのは聞き間違い……だよな?