第百五十三話 後始末と予期せぬ別れ
「父上、本当に日本を破壊してしまって良かったのですか?」
「なんだ頼人? まだあの星川葵に執着しているのか? 世界は広い、いくらでも女などいる」
「それもそうですね。少々惜しいですが……私を選ばなかったんだから自業自得だ」
「ところで父上、我らはどこへ向かっているんです?」
「ハハハ、まあ到着してからのお楽しみだ、剣人」
「へえ……それは興味深いな。どこへ向かうのか聞いても良いか?」
「うおっ!? き、貴様は……天津命……いつの間に乗り込んだんだ?」
「有り得ない……ここは高度3万フィートの上空なんだぞ……」
「最初からここに座っていたけど?」
「なんだって!? まさか認識阻害系スキル持ちか……?」
「いや嘘だけどな」
「…………」
『にゃー・にゃー・こちらは機長にゃ。当機は間もなく墜落するにゃあ。ちゃんとシートベルト付けてないと危ないにゃあよ? にゃふふふふ』
真っ逆さまに降下……いや、墜落し始める黒津のプライベートジェット。
「ぎゃああああ!!!?」
「た、助けてくれええええ!!?」
……ちょっと待てひだにゃん……俺まで気持ち悪くなってきたんだが……おえええええ……
わりと本気で死ぬかと思った。操縦は任せろって言うから出来るのかと思ったら素猫だった。無茶しやがって。
◇◇◇
「父さん、母さん、黒津の連中はどうなるんです?」
「そうだな……聞かない方が精神衛生上良いと思うよ。とりあえず命が会うことは二度とないだろうから気にするな」
うん……たしかに聞かない方が精神衛生上良さそうだ。
黒津一族の主だったものは逮捕され、少なくとも国内における黒津の野望は完全に瓦解することとなった。
もちろん陰で動いていた父さんたちの下準備があったからこそ、ここまでスムーズにことが運んだらしいけど。黒津の連中、ほとんど逃げる暇も隠す暇も無く、あっという間に身柄や資産を差し押さえられたんだってさ。
「黒津の隠し資産はすべて天津家に移されるからな。命、ご褒美になんでも好きなもの買っていいぞ」
そういえば俺の家の貯金残高三兆円あって葵が腰抜かしていたけど、また増えるの?
「あの貯金は我が家の個人貯金だから、天津家の資産はあの千倍はあるぞ」
……じゃあ南の島でも買おうかな……っていうか国ごと買えるよね?
「ところでさ……父さんたちたしかに死んだはずだよね?」
俺も直接遺体を確認したんだ、間違えるはずはない。
「ああ、それな。俺の『クリエイター』スキルで作った偽の死体」
なにそのゲームみたいなチート能力……
「でもいくらなんでも一族全員騙すなんて無理じゃないの……?」
少なくとも俺が会った人たちの中で父さんたちが生きていると知っている人間は居なかった……と思う。合体した時に白衣衆の長である雪羽さんの記憶でもたしかに死んでいるという認識だったぐらいだし。
「それはね~関係者には私の『記憶操作』を使ったの~これ、家族以外には内緒よ?」
こっそり耳打ちしてくる母さん。
マジか……夫婦揃ってなんて凶悪で恐ろしいスキル。
まったく……俺がどんだけ辛い想いしたと思っているんだよ。
「悪かったな……命。黒津の目を欺いて時間を稼ぐにはそれしかなかったんだ。俺戦闘系のスキルからきしだしな」
「そうよ、実際に黒津によって殺されかけたのは事実だし」
「べ、別に……怒ってないよ……もう」
「なんだ? 相変わらず泣き虫は直ってないんだな?」
「う、うるさい、仕方ないだろ……嬉しくてたまらないんだから」
「命……うわあああああああん」
「ちょ、泣くなよ母さんまで」
「あ~あ、泣かしちゃったな。これは当分泣き止まないヤツ……」
「…………えっと、めちゃくちゃ美味しい料理が待っているから。葵が張り切って作るって言ってたんだ」
「……本当? 私、ナスの肉詰めが食べたい!!」
「大丈夫、ちゃんとリクエストしてあるから」
「わーい、早く帰りましょう!!」
「……おお、機嫌が直った……」
◇◇◇
「え? ミコトさんを許嫁に?」
「そうなんだよ命、美琴のやつ命にベタ惚れでね?」
「それは……嬉しいんですけど、御琴さんはそれで良いんですか?」
紛らわしいことこの上ないが、ミコトさんの身体にはお兄さんの御琴さんと妹の美琴さん二人の魂が同居している。
「……正直言えば嫌だよ? だって私は男だし」
だよなあ……見た目は完全に女性の身体だから俺は良いけど、御琴さんのことを考えると気の毒すぎる。
『そのことなら我に任せるにゃあ』
「ひだにゃん!?」「ひだにゃんさま!?」
『おい御琴、お前にはこの身体をやるにゃあ。だから命は安心して美琴と許嫁になればいいにゃ』
……それはつまり御琴さんに猫になれと?
「あの……ひだにゃんさま? お気持ちは大変ありがたいのですが、猫はちょっと……」
猫というかぬいぐるみだしな。おまけにリュックになってるし……
『うにゃん? 何を言っているにゃ、ちゃんと人型になるように調整済みだから安心するにゃあ』
「ほ、本当ですか? それなら……」
うーん……ひだにゃんだからな……いまいち不安が拭えない。御琴さんは聞きづらいだろうから、俺が確認してあげないと。ロボットとか人型モンスターでしたとか洒落にならないからな。
「ひだにゃん、人型って、ちゃんと人間の男なんですよね?」
『もちろんにゃあ。御琴のオリジナルボディに限りなく近いものになっているにゃ』
それは良かった。やっぱり一つの身体に二人の意識が入っているのは大変だろうから。
あれ……でもそうすると……
「ひだにゃんはどうするんですか?」
御琴さんに身体を譲ってしまったら、この世界での器が無くなってしまうじゃないか。
『……残念にゃがお別れにゃ』
「え……そ、そんな……」
『そんな顔するんじゃにゃあよ命。元々このために送り込まれていたにゃあから』
そうだったのか……女神さまはすべてお見通しだったんだな。
でも俺はいい、また女神さまのところへ行けばひだにゃんに会えるだろうから。
だけど……他の皆はそうじゃない。
二度とひだにゃんに会えなくなってしまうじゃないか……




