第百四十六話 急転する会議
――――総本山高天原本院――――
「山津家当主、山津岳人さま――――」
「谷津家当主、谷津千尋さま――――」
「海津家当主、海津大海さま――――」
「空津家当主、空津天空さま――――」
次々と入場してくる直下五家のメンバー。総会以外でこの面子が一堂に会することはまずない。
「おい大海、今回のこと……失望したぞ」
海津家当主海津大海に声を掛けたのは空津家当主空津天空。海津大海はキアラの兄。歳が離れており、鼻たれ小僧の頃から大海を知っている天空にとっては親戚の甥っ子のような感覚でしかない
「くっ……すまない、仕方がなかったんだ」
大海はまさか黒歴史ノートを奪われたなどと言えるわけがない。
「何が仕方がなかっただ。なぜ相談してこなかった?」
「……それは……言えない」
正確にはバレたら死にたくなるから言えない。
「……なるほどな。まあ良い、どうせ遷家は無理だからな」
「なにっ!? それは……どういう意味だ?」
「それは今は言えないな、ワハハ」
大海とて遷家など望んではいない。正直ノートさえ取り戻すか処分できればそれでいいのだ。天空の様子を訝しんでみたものの、大海に他人を構っている精神的な余裕などない。
ここ本院を本拠地としている長老会のメンバーと直下五家の面々はいつになく緊張の面持ちで残る参加者の入場を待つ。
「白衣衆長、白鷺雪羽さま――――」
ただでさえ張りつめていた空気が一段と冷え込み、さすがの当主たちも一様に静まりかえる。
『能面』と畏れられる白衣衆の長は、あらゆる情報を持っていると言われ、それはつまり弱みもすべて筒抜けであるということ。たとえ直下五家の当主と言えども、気を抜くことなど出来はしない。
「東宮司当主、東宮司椿姫さま――――」
会場が騒めく――――当然だろう。東宮司当主は慣例として代理を寄こすのが常で、当主本人がこうして姿を現すのはじつに数十年ぶりのこと。結界を守るだけでなく、唯一神託を受けることができる存在で、実質的な一族の象徴といっても良いのだ。当時は小さな子ども、もしくは生まれてすらいなかった現当主たちにとってもその姿は紛れもなく畏怖と崇拝に近い対象である。
そして――――
「黒津家当主、黒津雷蔵さま、黒津頼人さま――――」
「ちっ……わざとらしく遅れてのご入場とは……もう勝った気でいるのかよ」
苦虫を噛みつぶす天空を始め、反応は各々様々である。
そして最後に名を呼ばれたのは――――
「天津家嫡男、天津命さま――――」
一斉に注目が集まる。
直下五家当主、長老会含め、当主の資格を得る十六歳となった命と直接対面したものは居ない。
いやが応でも関心が集まる。
「……ふん、お前の命運も今日この場で終わりだ……天津命」
黒津頼人のつぶやきははたして何人の耳に届いたのか。命に向けられた歓声に搔き消されてしまう。
「おお……あれが……」
「すごい神気だ……さすが天津家といったところか……」
「何という……健さまと橘花さまの面影が……」
「ほう……これが婿殿か……優男に見えるがこれは……」
「……頼人、思ったよりも手強いな。あれは強いぞ。まあ戦う必要はないとは思うが東宮司がどう動くのかわからん以上、準備はしておけ」
「仮に戦うことになっても問題ない父上。いずれにしても奴は始末するつもりだったからな」
執着している星川葵を奪うだけでは足りない。完全に手に入れるためには命に生きていてもらっては困るのだ。
「これより遷家の最終確認をする。直下五家の意志を」
「承認する」
「承認する」
「……承認……する」
「不承認だ」
空津家を除く三家が承認。よって発議は正式に発議を認められる。
「よろしい、では次期当主候補、前に」
「はい」
「ち、ちょっと待て、なぜお前が前に出る……黒崎!?」
頼人が前に出ようとした瞬間、一歩早く前に出たのは――――
黒い悪魔こと黒津家筆頭執事――――黒崎であった。
「何を考えている黒崎? 下がれ無礼者が!!」
当主黒津雷蔵が怒鳴りつけるも、黒崎は微塵も動じることも無く、表情は変わらない。
「何を考えているかって? 最初から貴方方に出番はありませんよ……次期当主は……この私――――天津御琴なのですから」
◇◇◇
「な……黒崎……お前が……天津? ど、どういうことだ……?」
黒津頼人が呆然自失になっている。まあ無理もないが同情は一切しない。やはり……本物の黒崎ではなかったんだな。でも天津って……どういうことだ?
「どうもこうもないです。黒崎の名は借りていただけのこと。黒津家は利用させていただいただけで、出番はありませんよ」
「き、貴様ああああ!!!」
激昂する黒津頼人。後ろを向いたところで襲い掛かるとはさすが卑怯者。
「ぐへぇっ!?」
黒崎……いや、天津御琴は振り返ることも無く回し蹴りで頼人を一蹴する。
「……貴方程度が当主など笑わせますね」
……つ、強い。あの頼人がまるで相手になっていない。
「まさか……あの天津御琴? だとすれば……生きているはずがない」
雪羽さんの言葉が気になる……どういうことだ?
「……嘘……天津御琴……生きて……いた?」
椿姫の様子も明らかにおかしい。どうやら天津御琴のことを知っているみたいだけど。




