第百四十四話 私よりもすごいですよ
そしてやってきた地下十三階――――
『にゃふふ~!! 万年堂と浜屋、どちらのすあまも美味しいのにゃああ!!』
……すあまパーティ中のひだにゃんたちを発見。うん……楽しそうでよかった。
「あの……助けに来ました」
『うにゃん!? 遅かったにゃあ、命。ここのすあまの方が天津家よりも良いすあまを使っているぞ。恥ずかしくないのかにゃあ?』
くっ……たしかに家で食べさせているのはある程度保存がきく量産品。老舗の名店と比べられたら……あ、待てよ。俺にはアレがあるじゃないか。
「ふふん、そんなこと言うならお土産あげませんよ?」
『にゃふっ!? この香り……も、もしや結界村のすあま……? 悪かったにゃあ、今すぐくれにゃあ!!』
コロッと態度を変えるひだにゃん。今まで散々すあま食べていたのにまだ食べる気ですか?
まあどうせひだにゃんに遠隔封印されているから摘まみ食いも出来ないし、悔しいけどあげるしかないんですけどね。
「はいこれ、隠れ砂糖たっぷり使った特製すあまです」
『にゃああ……この香り……絶対に美味しいヤツにゃあ……』
「あの……ひだにゃん? 出来れば俺にも一つ食べさせて……」
『うにゃん!? 封印してしまったものは無理にゃ!!』
なんだと……そんな……またお預けなのか。目の前ですあまをパクつくひだにゃんを眺めるしかないと言うのか……。
「わーい天津命くん、来てくれると信じていましたよ」
霧野先輩に抱き着かれると見た目からは想像もできない凄まじいボリュームに戦慄する。背が低い雅先生とは違った意味でヤバい。
「あの……初めまして。かすみの姉の霧野蒼空です。妹がいつもお世話になっております」
妹……だと!? え……? 蒼空さんって霧野先輩のお姉さんだったの?
「霧野先輩?」
「ん? だって聞かれなかったですから」
そうだった……霧野先輩はこういう人だった。
「でも、蒼空さんが攫われたって聞いた時に心配したんじゃ?」
「ええ……だってお姉ちゃんが生きているのはわかっていましたし、天津命くんが助けてくれるってわかってましたから」
真っすぐな信頼の眼差しがくすぐったい。そうか俺はそれほど霧野先輩に信頼してもらえていたんだな。
「なるほどね……あれほど人間嫌いの妹が……ましてや男性にここまで懐くなんてと不思議に思っていましたが……」
蒼空さんの視線が痛い……。
「……お姉ちゃんも許嫁にしてもらえば?」
「ふえっ!? な、ななな何を言っているの、かすみ!?」
「だってお姉ちゃんって仕事馬鹿だし、放っておいたらおばあちゃんになってしまいますから。誰か良い相手いないかなってずっと思っていたんですよ」
「そうね~、蒼空も一緒の方が楓やキアラも喜ぶわよ~」
「なっ、雅まで何を……って、まさかキアラも許嫁になってるの? 聞いてないんだけど」
「あはは、言ってないですから~」
そうか……蒼空さんって、雅先生や楓さん、キアラさんと同世代の仲間って感じなのかな?
「俺は大歓迎ですよ。もし……蒼空さんさえ良ければですけれど」
霧野先輩を大人っぽくしたような容姿は言うまでもなくチャーミングそのもので。正義感が強くて素晴らしい人だと思う。それこそ俺なんかよりふさわしい人がいるとは思うけど、それは俺が言うことじゃあない。
「あのですね、天津命くん、お姉ちゃんは……私よりもすごいですよ」
「ぶふぉっ!?」
「ち、ちょっと何言ってるのかすみっ!? あ、あの命さま、そんなにすごくないですからね? せいぜい一回り大きいぐらい……って、あああ私ったらなんてことを」
き、霧野先輩よりも一回り大きいだと……!? どうやってあのタイトなスーツの中に押し込んでいるんだ?
ずっと有り得ないと思っていた。そんなものファンタジーの世界にしか存在しないのだと。だけど手を伸ばせば届くところにそれはあったんだ……
「蒼空さん、ぜひ許嫁になってください」
「はい……私なんかで良ければ喜んで」
『むにゃあむにゃあ……これは……昇天級にゃあ……』
「わあっ!! ひだにゃん、それ私も食べてみたいです」
「本当に……美味しそうですね」
ははは、残念だったな二人とも。それは封印されているから食べられ……
『かすみと蒼空も食べてみるにゃあ』
……ひ、ひだにゃんっ!?
「ふ、封印されているから食べられないんじゃ……」
『冗談に決まっているにゃあ!!』
くっ……やられた。
「ひだにゃん、じゃあ俺にも……」
『うにゃん? あと二個しかないにゃあ』
なんだと……二箱あったのに……食べるの速過ぎじゃないですか?
「あの……良かったら私の分を食べますか?」
申し訳なさそうにすあまを差し出す蒼空さんの手が震えている。
死ぬほど食べたいと思っているすあまを俺に差し出そうとする蒼空さん。たった今許嫁になったばかりなのに……なんて優しい人なんだ蒼空さんは……
それに引き換え俺はなんだ……すあま一つ満足に食べさせてやれないほどの男なのか? 違うだろ命。そんなのお前らしくない。そんなんで当主なんて務まるかよ。
「ありがとうございます、蒼空さん。でもお気持ちだけで十分。美味しいですからぜひ食べてみてください」
これで良い……これで良いんだ。俺にはすあまは……まだ早い。
『命……よく我慢したにゃ。これを受け取れ』
「ひだにゃん……これは……一体?」
『空の空き箱にゃあ。捨てておいてくれにゃあ』
耐えろ命、悪気は無いんだ……そうだよ、なんたって猫なんだし。あははは。
「雅……これが命サマの『息をするように許嫁』なのですね……生で初めて見ましたが、実に芸術的です」
「長、お言葉ですが、今回のはかなーり普通でしたよ。本気を出すとその辺の関係ない人まで許嫁にしかねませんからね~」
二人とも……ばっちり聞こえているんですが。なんかスキルみたいな扱いになっているのが解せないんですけど否定できないのが悔しい……。




