第百三十五話 綺麗な月とカップルシート
ドリンクバーに夢中な琴都音はとりあえず放置しておくとして……
せっかく展望台に来たんだし、飲食ばかりじゃもったいないよな。
適当にドリンクと軽食をトレイにのせ、椿姫と千歳さんを連れてカップルシートとやらへ向かうことにする。説明によると、一番眺めの良い場所に設置されているとのこと。
楽しみで仕方がない。
「……こ、これが……カップルシート……だとっ!?」
どう見ても一人分しかない幅の椅子にご丁寧に寝袋が設置されている。
これはアレだよな……必然的に密着せざる得ないヤツ。しかも寝袋……けしからん。
「な、なんだこの破廉恥なものは!!」
照れまくっている千歳さん。どうやら本当にどうなっているのか知らなかったようだ。
っていうか、これを考えた担当者は一体何を考えているんだろう……。
「ふえっ!? こ、これは……」
遅れてやってきた琴都音が驚きのあまりトレイを落とす。
「サンクチュアリ!!」
ふぅ……危なかったな。覆水盆に返らず。どうでもいいけどいくらなんでも盛り過ぎじゃないのか?
なんとなくそれっぽく戻してみたものの、バランスがとれるのか自信は無い。
でも琴都音が驚くのも無理はない。未成年(仮)には刺激が強すぎるよな。
「まったく……千歳も琴都音もだらしのないことですね……では命さま、私がご一緒いたしましょう」
さすが椿姫、大人の余裕……って、耳の裏まで真っ赤じゃないですか。
「むう……仕方あるまい。我らはその間飲食を楽しむことにしよう。行くぞ琴都音」
千歳さんと琴都音が居なくなったので、正真正銘二人きりになった。
結界の中では、すあまとまあすも一緒だったから、完全に二人っていうのは実は初めてだったりする。
「はい、いつでも良いですよ椿姫、足元に気を付けてくださいね」
「……失礼します」
当然だが寝袋の中は土足厳禁。靴を脱ぎ先に寝袋に入ってから椿姫を迎え入れる。
「ひえっ!? こ、これは……狭いですね……」
おおう……思ったよりも密着度合いがヤバい。というかそもそも密着しないと入らない。椿姫の鼓動や息遣い、緊張感まで伝わってくる。もちろん体温や柔らかい感触も……。
「あの……椿姫、後ろから抱きしめる形になってしまいますけど……?」
かなり狭いので、ぎゅっとしなければかえって居心地が悪い。
「ど、どうぞ……命さまのお好きなように……抱きしめてください」
うわあああ、可愛い、椿姫、めっちゃ良い香りがする。たしかに周りからは見えないようになっている設計。多少イチャついてもバレることはないのが嬉しい。
向かい合ってしまうと、せっかくの夜景が見えないので、必然的に俺が後ろから椿姫を抱きしめる形になる。
「命さま……今宵は月が綺麗ですね。私……またこうして夜空を見上げることが出来るとは思っていませんでした」
「そうですね……きっと椿姫と一緒だから月もこんなに美しいのだと思いますよ」
「ふふ、ありがとうございます。あ……そうそう、西宮司には連絡を入れましたので、いつでも向かえますよ」
西宮司か……早く西の結界も何とかして、今度こそ椿姫が何の心配もなく暮らせるようにしないと。
「そうでした椿姫、実は黒津家のことなんですけど……」
「もう……その話し方も禁止です。私に対しても琴都音と同じようにしてください」
ええええっ!? まあ椿姫が望むのなら……
「椿姫、黒津家のことなんだけど……」
「はい、遷家の件ですね。わかっています」
「それ以外にも色々とやっているみたいなんだ」
「……そうでしょうね。黒津家は戦後の混乱に乗じて一気に財をなし、力をつけました。噂では暗殺や誘拐、死の商人のようなこともやっていると聞いています。でもね命さま。少なくとも戦前の黒津家はそんなことはまったく無かったのです。何があそこまで変えてしまったのか……もっと私に力があれば……」
「椿姫の責任じゃない。大丈夫、何があっても椿姫のことは守るし、黒津家だって俺が何とかしてみせるから」
「命さま……」
「椿姫……」
「み、命殿おおお!! さあ次は私の番だ」
「…………」
「…………」
千歳さん……せめてあと十秒……あ、そうだ
――――サンクチュアリ
「では命さま、私は飲食を楽しんでまいります。千歳も楽しんでくださいね」
満面の笑みの椿姫を見送りながら、千歳さんが驚きの表情を浮かべる。
「……命殿、椿姫さまがあんなに幸せそうに笑っているなんて……初めて見たかもしれん」
「きっと辛いお役目から解放されたからですよ」
「……そうだな。だが、それだけではなかろう」
意味深な視線を感じるが思い当たることは無いなと誤魔化す。
「さ、さて……じ、時間も無いことだし……我らも始めるか?」
完全武装のいかつい外見でその恥じらいはギャップがヤバいです……千歳さん。
ですが……
「あの……まさか甲冑姿で入るつもりですか?」
重量はともかく寝袋が破れてしまいそうなんだけど。
「むう……たしかにこのままでは無理そうだな。よし、命殿、すまぬが甲冑を脱がせてもらっても?」
え……? 俺が脱がすの? たしかに自分で脱ぐのは大変そうだけど上手くできるかな?
言われた通りに紐を解いてゆくだけなので、脱がすのは問題なかった。
問題なのはその中身……
「……あの、千歳さん? その格好は一体……?」
甲冑の下はスクール水着だった。
いかん……ギャップにクラクラしてくる。千歳さん恐るべし。




