第十二話 同居人の正体
「おはよっす、命。んん? 何だその期待と不安が入り混じったような様子は? 控えめに言っても立派な不審者だぞ」
不審者扱いは酷いと思うが、図星なので何も言えない。撫子さんのことで頭がいっぱいで余裕がないのだ。
だが……
彼女の席は空席のまま。いつもならとっくに教室にいる時間なんだけど。
直樹なら何か知っているかもしれないが、下手に聞いて勘ぐられるのもな。
「桜宮さんは体調不良でお休みです~」
雅先生がいつものゆるい調子で出席を確認している。
そうか……お休みか。ほっとしたような残念なような微妙な気分。
でも……体調不良?
まさか、俺の出したすあまかプリンでお腹を壊したんじゃ……!?
ほっとしたのも束の間、今度は心配になってくる。
「なんか桜宮さんがいないと教室の明るさが二段階ぐらい暗くなった気がするよな」
「……まあな」
直樹がそんな冗談めいたことを言うが、たしかにそうかもしれない。色彩を失ったモノクロの世界にいるみたいだよ。
「なあ命、今日は本当に変だぞ? いつもなら猫に小判みたいにガッついてくるのにさ」
「……それを言うなら、猫に鰹節かマタタビじゃねえの?」
俺ってそんなに桜宮さんの話題に喰いついていたのか……なんか恥ずい。
「はは、ツッコむぐらいの元気はあるみたいだな。そうだ、先日の入居者募集の件、早速希望者が来ているって親父が言ってたぞ?」
「マジで!? まさか本当にそんなモノ好きがいるなんて……」
斉藤商店は不動産も扱っている。変な人が来たら困るし手数料は要らないっていうから、直樹に預けておいたんだが。
「なんかすぐにでも入居したいらしいから、連絡が欲しいってさ。ほい、これ連絡先」
直樹が封筒を渡してくる。そんなノリで良いのか?
急いでいるなら何か事情があるのだろう。相手の気が変わらないうちに連絡した方が良いだろうな。
◇◇◇
「……あの、雅先生?」
「なんですか、大家さん」
にこにこ笑っている担任教師。
雨野なんてどこかで見たことがある名字だと思ったら、やっぱり先生だったのか……。
「良いんですか? 俺んちですけど」
「実はね、今借りているアパートが火事になってね……。分譲マンションに建て替えるらしくて、出て行かなくちゃならないのよ~。近くで探していたんだけど、中々条件に会う物件が無くてね? 見つけたときはびっくりしたわ~。本当に良いの? 月五千円なんて目を疑ったわよ」
「ああ、それは良いんですよ。人が住まなくなるとすぐに傷んできちゃいますし。本当はタダでも良いぐらいです」
「それは駄目よ~。親しき仲にも礼儀あり。今荷物まとめているから、今週末引っ越ししても良いかしら~?」
「わ、わかりました。掃除はしてあるんで、いつでも大丈夫ですよ」
先生は両親の件でしょっちゅう家には来ているから、今更案内も要らないし、そこは楽で良いんだけど、俺が確認したかったのは、離れとはいえ、同じ敷地内に教え子と住んで大丈夫なのかってことなんだけどな。
「ふふっ、私のことはお母さんかお姉さんだと思って何でも相談してね」
……うーん、どちらかといえば妹。なんて言えるわけもなく。
とにもかくにも、同居人が出来るというのはなんとなく嬉しい。
慣れたとはいえ、やっぱり一人で暮らすには正直広すぎるし、寂しいんだよな。