第百十八話 今夜は寝かさないぜ
くそっ……俺はどうするべきなんだ?
零先輩が言うことが本当にそうだとしても、殺されていないからと言って無事とは限らない。それに逆に言えば、利用価値が無いと判断されたら簡単に切り捨てるヤツってことなんだろ?
「天津くん、気持ちはわかりますけど、貴方が今優先するべきは椿姫さまに会うことですよ~。蒼空さんのことは、私たちに任せてね」
雅先生……
「そうよ命くん、君が戻ってくる頃には彼女の居場所を含めて見つけ出せるように全力を尽くすから心配しないで行ってきなさい」
楓さん……
「死神の言う通りだミコト。我々に不可能などない」
ソフィア……
そうだよな……よく考えたら、最強の頭脳である雅先生に死神楓さん、世界最高クラスの元諜報員ソフィア、元黒衣衆のトップ杏、理子ちゃん、それに葵やゆり姉だっている。
戦闘タイプではないけれど、すあまたちの転移能力や零先輩の変身能力だってサポートとしては規格外じゃないか。他の皆だってそうだ。
俺は……少し焦っていたのかもしれない。
何でも一人でやろうとして視野が狭くなっていた。こんなにも頼もしい仲間たちがいる。俺のことを信頼してくれる仲間だ。
だったら俺がもっとみんなを信じて頼らなくてどうする。俺たちは許嫁、かけがえのない家族なんだから。
「わかった……俺はやるべきことを必ず成し遂げて戻ってくる。蒼空さんのこと、家のこと、皆よろしく頼む」
みんなの自信に満ちた誇らしそうな笑顔がまぶしい。きっと大丈夫、絶対に蒼空さんは見つかる。
『うむ、良く言った命。くれぐれも土産のすあまを忘れるでないぞ』
ひだにゃん……俺は観光に行くわけじゃないんですけどね。まあ売ってたら買ってきますよ。人里離れた山奥ですから何も売ってないとは思いますけど。
「ふふふ、なんだか燃えてきたぞ。みこちん、こうなったら、徹底的に我々を強化してくれ。今夜は寝かさないからな?」
おお……撫子さんが燃えている。
そうだよな……俺に出来ることは、今夜可能な限り皆を強化覚醒させて、俺自身も覚醒すること。それが結果的に皆の安全につながるはず。
よし、みんな覚悟しろよ、今夜は寝かさないぜ!!
「すー、すー、すー……」
って意気込んでみたものの、肝心の撫子さんはいつものように速攻爆睡しているし、よく考えてみたら、俺に出来ることと言ったら、すあま化して皆に食べられることしかないという……。
せっかく美女に囲まれて寝ているのに身動きすらできず、しかも感覚が無くなっているから、全然楽しくないんだよな……はあ……夜明け前にキアラさん迎えに来るって言ってたし、少しでも寝ておかないと……ってこんな状況で寝られるかぁっ!?
◇◇◇
「おはよう雅、それから……昨日ぶりだネ、命」
夜明け前の一番暗い時間にキアラ監督がやって来た。俺はと言えば、ほとんど眠れなかったよ……トホホ。
それにしても、まさかの本物のキアラ監督が我が家にやって来るなんて……。今のうちにサイン貰っておこうかな? 徹夜のテンションもあって興奮が抑えられない。
「おはようキアラ。どうぞ上がって」
「おはようございます、キアラ監督。さあ、どうぞどうぞ」
今日は……長い一日になりそうな予感がする。
◇◇◇
「まったく……雅のヤツ簡単に言ってくれるナ……」
椿姫さまとの面会を取り付けろ。
たしかに我が海津家は、東宮司家との取次を任せられている家だが、当主である椿姫さまとなれば、そう簡単にはいかない。
現当主である兄はどうやら黒津に弱みを握られている上に椿姫さまから嫌われているっぽいから無理。先代である父に姫奈のサイン入りグッズと秘蔵写真を提供すること、さらに姫奈を招いて食事会をセッティングすることで何とか特例的にOKをもらえた。
はあ……父が姫奈の大ファンで助かったわ。ごめんネ姫奈。これも貴女の愛しのダーリンのためだから。
でも、収穫はあった。どうやら黒津家はいまだに椿姫さまとは面会できていない。
どういう理由があるにせよ、最悪の事態は免れているということ。
でもなあ……私、椿姫さま苦手なんだよネ……憂鬱。
「さて、そろそろ天津家へ向かいますか!」
前向きなのが私の長所、いつまでもウジウジしていても始まらない。気合を入れ直して天津家に向かう。
なんだかまるでワールドカップの決勝戦に臨んだ時のような高揚感と緊張ネ。天津命……あの溢れんばかりの神気……私は耐えられるのだろうか?
「……ナニコレ……」
天津家はごく普通の……いや、かなり……いや……めちゃくちゃデカいお屋敷だった。
海津家も広いと思っていたけれど、格が違うわネ。屋敷の端っこが見えないんだけど……
そして……何より特筆すべきはその神気。
町に入った瞬間からわかる、まるで天津家の方向から太陽が昇ってくるような感覚。
雅と姫奈もいるんでしょうけれど、どんだけ才能持ちが集まっているのよ……この屋敷。
「そして……天津命、やはり質と量が桁違いネ」
以前椿姫さまにお会いした時のことを思い出す。あれは本当に恐ろしい経験だったわネ。まさに神域というにふさわしい場所だった。
不思議なことに、天津命からはまったくそういう印象は受けないのよネ……むしろ安心するというか……癒されるというか。神気の質が違うのかもしれないし、単純に相性が良いのかもしれないネ、フフフ。




