第百十七話 黒い悪魔
「ふえっ!?」
「にゃうっ!?」
杏と理子ちゃん二人まとめて抱きしめる。ただし、女神さま直伝の神気マシマシのスペシャルバージョンだ。
なんでも、一族の者には特にこれが効くらしい。何が効くのかよくわからないんだけど。
『困ったらこれで一発よ』
なんて女神さまは言っていたけど……実際どうなんだろう?
あれ……? なんか二人とも液体になっているんだけど? まいったな……杏と理子ちゃんまで猫だったなんて。
「ひだにゃーん、何とかして~!!」
困ったときの猫型ぬいぐるみを呼ぶ。
『にゃふふ~!! 呼んだか命』
「二人が猫になっちゃったんだけど……」
『……いやコレ、猫じゃなくて神気の与えすぎにゃあ……』
ふにゃふにゃになっている二人を見て、呆れたようにため息をつくひだにゃん。
え……? そうなの? 神気ってそんなヤバいものだったのか……。二人とも大丈夫なのかな……?
『まあ放っておけば自然に元に戻るから心配するにゃあ』
そうか、戻るなら心配いらないけど、今はちょっと困る。
「あの……杏だけでも元に戻せないのかな?」
『出来るにゃあ。ちょっと待ってるにゃ』
杏の顔をペロペロ舐め始めるひだにゃん。ぬいぐるみには舌は付いていないはずなんだけど、あの舌は一体……考えるとなんか怖いので、やめておいた方が良さそうだ。
「う……うーん、あ、あれ? 主殿……私は一体?」
へにゃへにゃになっていた杏が目を覚ます。おお……すごいなひだにゃん。さすが神の眷属。
『にゃふふ~ん♪ そうであろう? さてと、集めた神気を使ってデザートを作るかにゃあ』
しゃかしゃか変な動きでダンスを始めるひだにゃん。デザートって……?
『にゃにゃーん!! 出来たのにゃあ!!』
出来たって言われても……何も見えないんだけど?
『かすみ、取ってくれにゃあ』
「はいはーい、ちょっと待ってくださいね~」
霧野先輩がひだにゃんの口に手を突っ込んで……何かの缶ジュース? を取り出した。これが俺の神気で作ったデザートだとでもいうのだろうか。
「ひだにゃん、それは一体?」
『ん? これかにゃあ? 命の神気で作ったすあまドリンクにゃあ』
す、すあま……ドリンク……だとっ!?
プシュッ
『ごきゅっ……ごきゅ……もきゅ……ぷはあっ!!』
一気に飲み干すと、恍惚の表情を浮かべるひだにゃん。ごくっ……そ、そんなに美味いのか?
バリバリバリ……
『缶も食べられるにゃあ!!』
缶まで食べられるだとっ!? 何味なのか気になる。
それにしても……すあまは固形だという先入観があったが、たしかに液体でもアリのような気がしてきた。猫も液体っていうし。
最初は普通のすあまが食べたかったけれど、この際ドリンクから入るのも悪くない気がしてきた。
「ひだにゃん……ほら、理子ちゃんの分の神気もあるし、俺の分も作ってもらえないでしょうか?」
『作るのは構わにゃいが、命の神気で作ったすあまドリンクは、命は飲めないにゃあよ?』
……そうですか……そうですよね。ええ、そんな気がしてました。
ふ、ふふふ、別に良いんですよ、俺のすあま工場でたくさん作りますから!!
浴びるように飲んでやるんです。あ……すあま風呂なんて良いかもしれないなあ……ふふふ
「あ、主殿!? だ、大丈夫ですか?」
「ひだにゃん、命は大丈夫ですの?」
『……大丈夫にゃあ。放っておけば治るにゃあ。それよりももう一本飲むにゃあ!!』
理子の顔をペロペロ舐め始めるひだにゃん。
「……ん、ザラザラしてくすぐったい」
『にゃああ、目が覚めたにゃ理子』
「……ひだにゃん、それ何?」
『これかにゃ? すあまドリンクにゃあよ』
「……私も飲みたい」
『仕方ないにゃあ、半分やるにゃ』
「ごきゅっ……ごきゅ……もきゅ……命の味がする』
理子ちゃん……俺がすあま化した時のすあまの味だよねっ!? 正確に言わないと怖い感じになるからねっ!?
「では主殿、記憶を探ってみますね」
小鳥にそっと手を触れる杏。
と同時にびくっと杏の体が震える……何か見えたのか?
「っ!? はぁ……はぁ……く、黒崎……」
黒崎? 杏の様子がおかしい。冷や汗が滝のように噴き出してくる。
「大丈夫か杏」
少しでも助けになればと、今度は控えめに抱きしめる。
「あ、ありがとうございます、主殿。もう大丈夫です……」
杏ほどの手練れがここまで過剰に反応するなんて普通じゃない。
「黒崎って何者なんだ?」
「黒津家筆頭執事、『黒い悪魔』と呼ばれている男の事ですよ、御主人さま」
葵が珍しく声を震わせながら教えてくれる。
いつも冷静沈着な葵までこんなに動揺するのか。『黒い悪魔』間違いなくヤバいやつなんだろうな。
でも、これで蒼空さんにつながる手がかりがつかめた。
「……お父さまったら、相手が黒津家だと、わかってて言わなかったのですね。まったく……過保護がすぎますわ」
たしかに教えたら零先輩、黒津家に乗り込んで行きそうですからね。
総裁に黒崎のことを伝えたら、どうやら蒼空さんは黒津家の調査にあたっていたらしく、予想はしていたらしい。ただ、黒崎が関わっていることまでは掴んでいなかったとのこと。その情報についてはとても助かると感謝された。
その上で空津家からは、零先輩を通して正式に協力の要請をもらったので、天津家としてはこれで遠慮なく協力することが出来るようになった。
「じゃあ、あとは俺が黒津家に乗り込んで……」
「それはマズイですわ。証拠もなく命が乗り込んだら大変なことになってしまいますし、下手に刺激して証拠隠滅を図られたら最悪の事態になってしまいますもの」
くっ、たしかにそれはそうか……せめて居場所がわかっていれば……
「大丈夫ですわ、あの男の性格からしておそらくは黒津家はこのことを知らないはずです。そもそも不法に侵入していたのはこちらなわけですし、黒崎のことですから、空津家の動きをけん制するために、最大限蒼空の身柄を利用するはず」
「だから……当面は身の危険はない……ということですか?」
「……少なくとも、すぐに殺されることはないと思いますわ。冷酷ですが無駄なことはしない男ですから」
悲痛な表情でそう語る零先輩。頭でわかっていてもそう簡単に割り切れるものではないよな……。
俺は……一体どうすれば良いのだろう。




