第百十話 カロリーラヴァ―は蜜の味
「さすがだなミコト。キスだけで洗脳を解除してしまうなんて」
驚きの声を上げるソフィア。
どうやら本当に俺のキスには特別な力があるらしい。認めたくはないが。
さすがに20人全員に効果があった以上、もう言い逃れは出来ない。現実に向き合わねばなるまい。
でもさ……怪我まで治ってしまうって……俺ヤバくない!? 大丈夫だよね? 皆さんの身体に変な痣とか紋章とか浮き出たりしてないよね?
「ありがとうございます。命さま、おかげで視力が回復しました!!」
「内向的な性格が改善されました!!」
「ダイエットに苦しんでいたんですが、体重が5キロ減りました!!」
「お肌の調子が良くなって化粧ノリが……」
なんかちょこちょこ聞こえてくるんだが、さすがにキスとは関係ないよね? ね?
そんな馬鹿なとは思うけど……不味いぞ、事実であろうがなかろうが、そんな噂が広がったら大変なことになる。幸い口の堅いスパイのみなさんだから大丈夫だとは思うけれども。
それにしても、さすがにこの人数だと途中からキスすることが作業みたいな感覚になってきて、ちょっと申し訳ない気分になってしまった。
でも、そんなちっぽけな感傷だって、考えてみれば俺のエゴなわけだし、そもそも助ける為に必要だとか、仕方なかったなんていうのも、結局は一方的な価値観の押し付けに過ぎないわけで……。
だからさ……俺に出来ることは、自分の信念を貫き通すこと、そして責任から逃げないこと、それくらいしかないんだろうと思ってる。
「ミコト? 顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「あはは、ありがとうソフィア。とりあえず中に入ろうか。皆にも紹介しないとな」
「あら、天津くんは残ってくださいね~」
にっこりといい笑顔で微笑む雅先生。
「え……? なんで俺だけ?」
「あはは、命くんはまだやること残っているでしょ。黒衣衆とか黒衣衆とか。ソフィアのことは私に任せてもらって大丈夫だから、頑張ってね。じゃあ行きましょうかソフィア」
「わかった。ミコト頑張って」
楓さんとソフィアも居なくなり、残ったのは俺と雅先生の二人だけ。
まさか……今から黒衣衆も?
家の方からいい香りが漂ってくる。どうやら今夜はカレーみたいだ。ああ……葵特製本格インドカレー食べたい。なんかめっちゃお腹空いてきた……
「ごめんなさいね~。ちょっと状況がね~。正直時間が無いのよ~」
……時間が無い? でも雅先生がそういうのならそうなのだろう。残念だけどカレーは後回しだ。
「わかりました」
「じゃあ悪いけど転移で黒衣衆のいる所までよろしくね~。もちろんお姫様抱っこで」
下の方から上目遣いで両手を広げる雅先生。
『お兄ちゃん抱っこして』 そんな幻聴が聞こえてくる。
先生可愛いな……どうみても妹……いや待て彼女は年上……
「急いでるのにお姫様抱っこはするんですね」
「もちろんよ~それとこれとは話は別なんだから~」
むう……なんだこの重量感。ちっこい雅先生だから綿毛のように軽いはずなのに、特定部位がずっしりと重い。自動車ですら軽々と持ち上げられるこの俺が重く感じるなんて……。
原因はわかっている。胸元に視線を落とすと、雅先生がにんまりと耳元で囁いてくる。
「あら~? 天津くんってばどこを見ているのかしら~?」
くっ……完全にバレている。
お、落ち着くんだ命。今はやるべきことに集中しなければ。
「天津くん……お腹が空いているんでしょう? 良かったら食べても良いのよ~?」
ふえっ!? た、食べるって……そんなことしてもお腹は膨らまないですよ!?
「はい、カロリーラヴァ―。きな粉味だけど食べられる?」
胸元から国民的な携帯食を取り出す雅先生。なんてとこに収納しているんですかっ!? 出来ればそのまま外装ごと食べたいくらいですけど。
「あら~、そういえば両手がふさがっているから食べられないわよね~? 食べさせてあげるわ~」
カロリーラヴァ―を食べやすいように口元に持ってきてくれる雅先生。
あ、あれ? そ、そうだよな……これが普通なんだ。俺は何を考えて……
「んん~? あらあら、天津くんは変態さんですね~? くすくす、仕方ないわね~頑張ったご褒美なんだから~」
残りのカロリーラヴァ―を口に含んで口移し……こ、これヤバい……脳がとろけて馬鹿になる。
「ごちそうさまでした~。ふう……危なかったわ~。気を付けないと……」
気のせいか雅先生の顔も赤いような……?
「ほら、天津くん、ぼーっとしてないで、みんなをよろしくね~」
転移した先で待っていたのは、すっかり見違えた美少女19名。
「ふふ、ずいぶん雰囲気変わったでしょう?」
劣悪な環境で酷使されていた黒衣衆は皆痩せこけていて、酷い有様だったけれど、今はすっかり年相応の健康な状態に戻っている。雅先生が色々と尽力してくれたおかげだ。
今はまだ気持ちの切り替えがちょっと難しいけど、それが彼女たちの望みなのだと聞かされたら出来るだけ応えてあげたいとは思う。
「よし、これで全員、許嫁 (仮)になりましたね」
最後の一人とキスをして契約完了だ。
仮なのにキスをする必要があるのかと雅先生に尋ねたら……
「ええ~? 私、キスしろなんて一言も言ってないわよ~? 天津くん積極的だから先生びっくりしちゃった~」
くっ……俺の早とちりだったか。てっきりキスしないと契約できないのかと……
うう……恥ずかしい。出来れば先に言って欲しかったですよ。
でも、自分からキスしておいてじゃあやっぱり無しとか絶対言えなくなっちゃったな。まあこちらからするつもりはないから良いんだけどさ。
◇◇◇
「……というわけで、許嫁 (仮)の皆さまが加わったんだけど……」
葵特製の野菜たっぷりカレーをいただきながら新しい契約状況をみんなに説明する。
こういうコミュニケーションって大事だと思うんだよな。些細なことでもちゃんと報告して共有しておかないと、いつすれ違いが起きるかわからないし。
「さすがだな、みこちん。常に想像を上回ってくるとは。ほら、褒美に私のおかずを一つやろう」
ありがとう撫子さん。でも、それ撫子さんが嫌いなピーマンだよね?
「くっ……カレーに混ぜても駄目でしたか……いつか必ず奥さまにピーマンを食べさせてみせます……」
葵からメラメラと燃え上がる執念を感じる。
「それでみんなに相談なんだけど、彼女たちを今後どうするか……なんだよね」
今まで通り情報収集や諜報活動をしてもらっても構わないんだけど、それって結局裏の仕事だから。皆が皆、望んで働いていたわけではないだろうし、せっかく正気に戻ったのだから、何か堂々と生活出来る基盤があったら良いと思うんだけど……。




