第十一話 撫子の想い
みこちんの姿が見えなくなる。
くっ……母上め、知っていてあの池を勧めたのではないだろうな?
びっくりして知らないふりをしてしまったが、まさかあそこがみこちんの庭だったなんて……。
それにしても……クククッ、何度思い出しても楽しかったな。
コロコロ変わる表情、わかりやす過ぎる。
ちっとも変わっていないんだな、みこちんは……。
あの様子だと私のことはまったく覚えていないみたいだが。
まあ無理もないか……あの頃の私は今とは別人だったからな。
「母上ただいま」
「お帰り~。どうだった? 命くんとは仲良くなれたかい?」
くっ……母上め、やっぱり確信犯だったのか。
「ああ、お互い隠し事は無しの誓いを交わしたからな。合鍵ももらった」
「ええ~っ!? な、撫子!? それって仲良し飛び越えてもはや恋人じゃないか!? 大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」
まったく失礼な。私とていつまでも子どもではない。殿方との付き合い方くらい心得ているのだ。
「私とみこちんの仲だからな。ザリガニもたくさんとれたから泥抜きしてくる」
ザリガニを美味しく食べるにはしっかり泥抜きすることが不可欠だ。結構手間はかかるが、その分美味しくたべられるからな。ふふふ。
「ふーん……ねえ撫子、もしかして命くんのこと好きだったりする?」
「うえっ!? な、何を言っているのだ母上、たしかにみこちんは見ていて楽しいし、飽きないし、一緒に居て癒されるし、他の殿方とは違って気分が高揚するが、好きとかそういう感情はないぞ」
「……ふ、ふーん……ぷ、ぷぷぷ……」
なぜか母上が肩を震わせている。くっ、解せん。
「な、何が可笑しいのだ母上!? そ、それに私は桜宮家の一人娘、決められた婿を迎えるのだろう? 万が一億が一そうだったとしても関係ない」
そうだ、桜宮家は由緒正しい家系。一人娘である私は、家と神社を守るために宗主家から決められた婿を迎えることになる。
母上は詳しく話してくれなかったが、そのこと自体は私自身納得して受け入れている。
友人たちのように自由に交際してみたいという気持ちも私にはない……いや、なかったのか。
今日気付いてしまった。みこちんともっと遊びたいという気持ちに。
そのつもりはなかったのだが、同じクラスになった時から無意識にみこちんを避けていたのかもしれんな。
まあ、今となっては良い思い出づくりになったと思えばいい。約束は守らなければならんからな。
「そうか、それなら撫子にもそろそろ話しておいた方が良いかな。婚約者のことを」
母上が急に真面目な顔をする。普段は飄々としているのに。
覚悟はしていたが、なぜこんなに胸が苦しいのだ? こんな感情は知らない。
「……撫子、そんな顔するなよ……聞きたくないなら止めておくかい?」
「構わない、覚悟は出来ている。どんな馬の骨だろうが受け入れてみせる」
「……馬の骨って……婚約者は命くんだよ」
「……は?」
今、母上は何と言ったのだ? え……? みこちんが……婚約者? そんなことって……
あ、あれ……!? 顔が熱い……呼吸が苦しい……
「ちょ、ちょっと撫子大丈夫かい!?」
母上が何か言っているけど声が遠い……うーん。
◇◇◇
「ふふっ、まったくまだまだお子ちゃまだね、撫子は」
相手が命くんだってわかっただけで熱を出すなんて。
「健……橘花……これで良かったんだよね?」




