第百五話 地球外生命体?
コンコンコン
天津家の嫡男のことに思索を巡らせていたら、会長室の戸を叩く音がしていることに気づく。
思わず構えてしまうのは悪い癖……いえ、私を守ってきた習慣なのですわ。
「会長、入ってもよろしいでしょうか?」
声の主にほっと安堵する。さすがに学園内で露骨な悪意を向ける人間は少ないけれども、それでも悪意のない人間は私にとって貴重でありがたい存在。
「ああ、霧野さん、入ってちょうだい。丁度よかった。またお願いしたいことがあるのですわ」
「失礼しまーす」
霧野かすみさん……いいえ、かすみちゃんのことは幼いころから知っている。一見裏表がなくて緩い空気を纏ってはいるけれど、決して馬鹿ではない。信用に値する数少ない人間。
単なる受付で、生徒会役員ではない彼女に色々お願いするのは心苦しいのですけれど、正直なところ悪意がなくて信用できるのが現状彼女しかいないのですよね。おまけに空津家の分家出身ということで、私の事情や能力を知っているのも話が早くて助かりますし。
会長の件も、彼女が居なかったら、ここまでスムーズに事を進めることは不可能でしたしね。
そうですわ!! いっそのこと、会長権限とやらで霧野さんを役員に指名するのも良いですわね。有能な彼女をただ受付に座らせておくのももったいないですし。
「早速ですけれど、助っ人部の件は全面的な協力を得られましたので安心してください。それから、またお願いですか~? ふふ、零姉の頼みでしたら何でも聞いちゃいますよ~」
「なんだか学校でその呼び方をされると少し恥ずかしいですわね」
「私のこともかすみちゃんで良いですからね~?」
それはなかなかハードルが高いですが……前向きに検討しましょう。
「助っ人部の件は助かりましたわ……かすみちゃん。それで……お願いというのが、その……天津家の嫡男がこの学園にいるらしいのですわ……」
「ああ、天津命くんですか?」
「なんだ知り合いでしたか。それなら話が早いですわね」
とはいえ、いきなり許嫁がどうこうというのは切り出しにくいですわ……。
「知り合いじゃなくて、実は私、天津命くんの許嫁なんですよ~!!」
めちゃくちゃ話が早い!! っていうか、かすみちゃん許嫁だったのですか? ま、まあ良いですわ。
「それでその……話というのはですね……」
「ちょっと待ったあああ!!!」
な、何者っ!? 私に気配を察知されずにここまで接近するなんて……?
「お初にお目にかかる。私が助っ人部部長、桜宮撫子だ。空津会長、その先は言わせませんよ」
……助っ人部は良いとして、一体何の話ですの?
「そうですよ、それじゃあボーナスポイントが入りませんからね!!」
……ボーナスポイント? ますます意味不明ですわ。
「すいません……奥さま方がご迷惑おかけします」
銀髪の美少女っ!? 何このお人形さんみたいな非現実的な子は……それに奥さま方って?
なるほど……とりあえずこの子たちが助っ人部だということは理解しましたわ。彼女たちが言っている意味はほとんどわかりませんが……。
「とりあえず……どういうことなのか、説明してもらってもよろしいかしら?」
「うむ、単刀直入に言おう。みこちんの許嫁にならないか?」
……本当に単刀直入ですわね。
「……みこちんって誰ですの?」
「すいません……天津命のことです会長」
桜宮撫子の隣に控えている……この子は知ってる。たしか……那須野家の茉莉ちゃんだったかしら? 小さいころに会ったきりだったけど、ずいぶん綺麗になったのね。
天津命の許嫁になれ……ですか。よくわかりませんが私にとっては渡りに船ですわね。さすがに本人に会ってみなければ答えは出せませんけれど。
「……話はわかりました。直接会って迅速に判断しますわ」
幼いころから数えきれないほどの多種多様な人間を見てきたのです。どんな人間なのか、直接対峙すればわかりますからね。
「そうか、だったら今すぐみこちんを呼ぶから、五秒ほど待ってくれ」
「……五秒で何が出来ると?」
「おーい、みこちーん!!」
突然立ち上がり、虚空に向かって叫ぶ桜宮撫子。
「茉莉ちゃん……あれは何をしているんですの?」
「ま、茉莉ちゃん!? あ、あれはですね、天津命をここに呼んでいるんです」
……もしや天津命は地球外生命体なんですの……?
いくら私でも、エイリアンはちょっと……
「呼んだ? 撫子さん」
次の瞬間、会長室に突然現れた青年。なっ!?……一体何が起こったのです……?
「ああ突然呼び出して悪かったな。彼女が空津零先輩、新しい会長なんだが、許嫁になってもらおうと思ってるんだ」
いやいや、いくら何でも話を端折り過ぎではないですか? いきなりそんなこと言われても困るでしょうに……
「ああ、そういうことか」
つ、通じてますわっ!? やはり天津命は地球外生命体……
「初めまして空津先輩、天津命です。突然こんなこと困惑されると思いますが、許嫁のことは気にしないでくださいね。会長のお仕事、これから大変だと思いますけど、俺も全力でサポートしますから一緒に頑張りましょう」
天津命……何という清浄なオーラ。悪意の欠片もない人間に初めて会いましたわ。私としたことが、思わず抱き着きたくなってしまうなんて……殿方にここまで好意を感じたのは初めてかもしれません。
「……桜宮撫子」
「なんだ先輩」
「許嫁の件、OKですわ」
「ふふ、そうだろう? みこちんだから当然だな」
……なんという信頼感。強い絆で結ばれているからこそなのでしょうか?
自分の伴侶にあえて許嫁を薦めるという行為、並大抵では不可能ですわ。
「それでは今夜から一緒に暮らすということでよろしいですか?」
いきなり急展開ですわね……銀髪の美少女……まだ名前すら聞いていないのですが? まあ良いですわ。答えはもちろん決まっていますから。
「ええ、よろしくってよ」
ふふふ、これで今夜、面倒なパーティーに参加しなくて済みますわ。
それに……天津家の嫡男が相手ならば、誰も文句は言えないですし。何という天啓。これが運命というものなのでしょうか?
「ありがとうございます。それで、苦手なものやアレルギーなどあれば……」
ず、ずいぶんと本格的なのね……え? 天津家のメイドさん? なるほど……




