第百話 若き天才指導者
「ブラ―ヴォ!!! 素晴らしいネ」
この声、そして特徴的な話し方……
「キアラ監督!? なんでここに?」
代表は今キャンプ中じゃなかったっけ?
「なっ!? まさか本物のキアラ監督?」
「みこちん、キアラ監督って誰なんだ?」
「日本代表監督のキアラ・海津・コスタ。日本人の父とイタリア人の母を持つハーフで、史上最年少代表監督として、女子日本代表を世界一に導いた天才指導者だよ。世界一可愛い代表監督にも選ばれているんだ」
「……詳しいのね、天津」
「ち、違うよ茉莉、俺はただ純粋にサッカー的な興味で……」
天津さんを擁護するわけではないが、知っていて当然の知識だ。むしろいまだにキアラ監督を知らない人がいることに驚く。世界一になったとはいえ、女子サッカーの知名度はやはりまだまだなんだな。
「久しぶりネ、姫奈。怪我の様子が心配だったから来てみたんだけど、その様子なら大丈夫そうじゃない」
「ご心配おかけしました。おかげさまで怪我はもうすっかり治りました」
「そう……それは良かったネ。それより姫奈、そちらの彼を紹介してくれない?」
「え? あ、ああ……彼は天津命、えっと……私の許嫁です」
「……そんな生々しいプライベートなことは聞いてないネ」
「え? あ、ああっ!? そ、そうですよね」
私ったら、相当舞い上がっているみたい。恥ずかしくて死にそう。
「ふーん……キミが天津命。さっきのPK戦見させてもらったヨ。あの姫奈がゴール出来ないなんて初めて見た」
「は、はあ……それはどうも」
「キミが女の子だったら代表にスカウトしたいところなんだけどネ。じつに残念だヨ。じゃあ私はこれで。姫奈、また代表合宿でネ」
サラサラのブロンドヘアをなびかせて颯爽と去ってゆく代表監督。
「本物のキアラ監督、やっぱりオーラがあるなあ……さすが姫奈先輩、わざわざ監督自ら会いに来るなんてすごいじゃないですか」
「あ、ああ……そうだな」
天津さんにそう言われるのは嬉しいんだが……うーん、なんだか腑に落ちないな。あのキアラ監督がわざわざお見舞いに来るなんてあり得ない。それに、あの極度の男嫌いで有名なキアラ監督が、いくらすごいプレーをしたからってああも気やすく話しかけるものなのだろうか? 少なくとも私は男と話している監督を初めて見たぞ。
「わあっ!! キアラ~!! 久しぶり、元気だった~?」
美術準備室でキアラを出迎えるのは、美術教師の雅。
「ハハハ、相変わらず緩いネ、雅は」
「えへへ~褒めても何も出ないわよ? 紅茶で良い?」
「……褒めてはいないけどネ。砂糖とミルク多めで」
「お~け~。相変わらず甘党だね~、キアラは」
「仕方ないんだイタリア人の血が入っているからネ」
「……イタリア人に怒られるわよ?」
当たり前だが、イタリア人だから甘党なわけではない。
紅茶が入ると、テーブルを挟んで顔を突き合わせる二人。
「これ、手土産のティラミス。私のお手製のヤツ、雅好きだったよネ?」
「わー!! 嬉しいわあ~。ずっと食べたかったのよね~」
雅はさっそくティラミスを小皿に取り分けるが、自分の分は山盛りマウンテンだ。
「……雅は本当にティラミスが好きだよネ」
「日本人の血のせいよ~」
「……私も日本人なんだけど」
キアラも日本生まれ日本育ちの生粋の日本人だ。サッカー指導者としてイタリアに留学していた時期もあるけれど。
「むふう……美味しい~!! でもわざわざ来てもらわなくても良かったのに~。忙しいんでしょ?」
「まあそうなんだけどネ、黒津家のこととか直接聞きたいことがあったし、それに……」
「それに? ふふ、やっぱりキアラも気になっちゃった? 天津くん」
「それはまあ……年頃の直下五家の人間としては……ネ」
ティーカップに角砂糖とミルクをドバドバ入れるキアラ。多めに砂糖とミルクを入れてあるのに……と若干引き気味でその様子を眺めている雅。
「ふーん、それでどうだった? 会ったんでしょ、天津くんに」
「……ったヨ」
「んん? 聞こえないよ~?」
「だから……めっちゃすごかったヨ。何あのあふれ出る神気!! よだれが出そうになって、危うく抱き着いてキスするところだったけど、何とか威厳を保てたネ」
真っ赤な顔で紅茶をぐるぐるかき回すキアラ。
「あはは、キアラは昔から神気に敏感だったからね~。そのおかげで才能を見極める力が優れているわけだけど。たぶんだけどね……天津くんに抱きしめられたら、キアラ気を失っちゃうかも~?」
「……そ、そこまでなのか?」
ごくりと唾を飲み込むキアラ。
「うん、キアラも知ってると思うけど、私もかなり神気には敏感だから訓練で鍛えてなかったら我を忘れてしまうくらいよ~。あ、もし許嫁になるなら予約入れておこうか?」
「良いのっ!? 恩に着るヨ、雅」
「うふふ~、私とキアラの仲じゃない。それよりも黒津家の方はどう?」
浮かれていたキアラの表情が引き締まる。
「すまない雅。忙しさですっかり家の事情に疎くなっていて、確認したらすでに手遅れのようだヨ」
「良いの良いの、キアラは世界中飛び回っていて忙しいんだから。そっか……海津家も落ちたとなると、もう発議そのものは防げない……ね。ありがとう。それならそれで対策を立てるから大丈夫よ~」
それも雅の想定の範囲ではあったが、わりと最悪な方の想定である。とはいえ、不意打ちでくらうよりは、余程マシな状況だと、考えを切り替えるしかない。
「何か私に出来ることはあるかナ?」
「椿姫さまと連絡はとれない?」
「げっ!? 椿姫さま? 正直あの人苦手なんだよネ……連絡はとれると思うけど、まさか会うつもりなの?」
「出来れば先に会っておきたいのよね~。当然黒津家も動いているとは思うけど……」
「うーん、わかったヨ。許嫁予約してもらうわけだし、やってみるネ」
「お願いね~。あ、あと、他の有力な家にも働きかけよろしく♡」
「……人使いが荒いネ……忙しいんだけど私?」
「じゃあ許嫁の話はなかったことに……」
「やらないなんて言ってないヨ。なあに、代表の話をチラつかせればイチコロネ」
「……真面目にやってね?」
「……ハイ」