環状列石と小さな祠
「このティーフベルグで宝石が出るというのは聞いたことがないなあ」
「そうなんですか? ええと、例えば昔、宝石を取りすぎて取れなくなったとか」
「ハハハ。何かの昔話か何かかい? そんな景気のいい話があれば、こんなに寂れちゃいねぇさ」
ドワーフの店主はガハハと笑う。
本当にそんな話はなさそうだ。困ったな。イベントが進行しないとベルセシオに至る道が見つからない。
『幻想迷宮グローリーフィア』では、もともとはこんな話があったはずだ。
昔々、この鉱山では宝石がたくさん産出された。それでこの山もイェールヴィーンのように、埃と煙の舞う禿山になっていた。けれどもいつしかその産出量が先細りになっていく。そこで現れたのがベルセシオだ。ベルセシオは鉱脈を嗅ぎ取る嗅覚のようなものを持っていて、つるはしをもって入れば何がしかの大粒の宝石を獲得してくる。
それで村人はベルセシオにどうしているのか聞いた。そうすると、山神様の鉱脈筋を掘っているという。ティーフベルグの村人は慄いた。この地には昔から山神様という存在が祀られている。鉱山の守り神だ。豊富な鉱脈をもたらす山神様の鉱脈筋、けれどもそこは決して掘ってはならない。
『お前、なんていうことをするんだ』
『ケッ。お前ら山神様っていうけどよ、見たことあるのかよ』
『いや、神様は神様だろ。見たことなんざあるはずがねぇ』
『それにこの村の鉱山はもうお仕舞だ。山神様の鉱脈筋以外の鉱脈は枯れ果てている。それなら山神様のご利益もなにもないだろう』
『それにしたってどんな障りがあるか……』
村人はベルセシオを止めた。止めたが、無理やり止めたり村を追い出したりはしなかった。何故ならベルセシオが言うことには一利あったからだ。ティーフベルグの鉱脈は切れはて、村の産業はすでにない。若者は見切りをつけてイェールヴィーンに移住し、残っているのはほそぼそと狩りやら何やらで生計を立てている者たちばかりだった。
けれども山神というのはたしかにいたのだ。ベルセシオが血のように赤いルビーを掘り出し、涙のように青いサファイアを掘り出し、骨のように強靭なダイヤモンドを削り出すうちに、誰も気づかないうちにだんだんとティーフベルグの山は細っていった。もともと禿山だったから、誰もその山の力が弱くなっていることに気づきはしなかった。
その日は突然訪れた。
このフィールドを貫く川が決壊したのだ。ようは鉄砲水だ。北の山々の伏流水としてこのフィールドに現れる水は濁流と化し、山々を切り崩しながら急速に水位を上げていく。そしてイェールヴィーンの町を飲み込もうとした時、イェールヴィーンの町に移住したティーフベルグの住民がベルセシオのせいではないかと口走った。
イェールヴィーンにはその山神の信仰はなかったが、さりとて触ってはならない鉱脈筋というものはある。それは掘り続けると地脈に繋がりマグマが溢れ出るような坑道や、毒だまりに繋がる坑道だ。一旦そういう場所にぶち当たると、多くの人死が出る。それでまだ生きている者がいたとしても、まとめて埋めてその一体を封鎖するのだ。それが被害を拡大させないための、鉱山の過酷で峻厳な決まりだった。
だからイェールヴィーンの住人は、ティーフベルグには地下水脈に繋がる鉱脈があり、それが破壊されたのだろうと考えた。
イェールヴィーンの禁止鉱脈というものは明示されており、そこに手を付けたもの、手を付けようとしたものは一族郎党死罪で、その鉱脈に埋められる。老若男女分け隔てなくだ。
それほど罪が重いのは、その行為が町全体を危険に晒す行為であるからで、生き埋めは見せしめを意味する。だからイェールヴィーンの住民はティーフベルグに押しかけ、ベルセシオの行為を黙認していたティーフベルグの住人全てをその鉱脈に追い立てて埋めた。
その後、緩やかに川の水位は戻り、事なきを得た。今後その鉱脈が二度と暴かれないよう、イェールヴィーンは移住していたティーフベルグの住人をティーフベルグに戻し、管理させるようになった。
とはいえ鉱脈が枯れ果てたティーフベルグで生計は成り立たない。だからイェールヴィーンはティーフベルグの植樹に協力し、山の力を戻しながら狩りや農業で生計が成り立つようにした。それ以降、イェールヴィーンはティーフベルグから食料を輸入して暮らしている。
だから……『幻想迷宮グローリーフィア』を前提にすれば、ティーフベルグの住民にとって、その秘密の鉱脈は代々伝えていかなければならない村の黒歴史であり、そして知らないはずがない事項だ。
「このあたりに山の神様っていうのはいないの?」
「ああ、いるよ、ヤークという狩りの神様を祀っている。ここから北東の方に行くと小さな祠があってね」
「狩りの神様……」
「そうそう、神様のお陰でこの辺は動物も多くてね。今年はもう終わっちまったけど、年に1回お祭りもするんだよ」
狩りの神様。名前も違う。山の神様はガドナークだったはず。
けれども方角的には同じ。ともあれ行ってみよう。そもそも『幻想迷宮グローリーフィア』で得られる情報も、その祠の位置だけだ。他に手がかりはない。
「とりあえず目的を共通しよう。俺たちの第1は鉱山を探すことだ。ウィルが『ある気がする』と言っていたから、ある可能性はある。その過程でグラシアノとギーが感じる存在と遭遇しそうであれば、それを探す」
「ねぇソルタン、鉱脈なんて本当にあるのかしら。ウォルター様は調べたわけじゃなくて、勘なんでしょう?」
「ええ。けれどもイェールヴィーンを掘れないなら、鉱脈を探すにはティーフベルグしかないと思う。途中の山には手がかりも足場もないし。それにティーフベルグもドワーフが住み着くくらいなのだから、昔は鉱脈があってもおかしくないんじゃないかな。山の中といってもどこかに入り口があると思うの。その祠、あなたやグラシアノの感覚と方角も一致するみたいだから、行ってみましょう」
「ねぇ、私昨日の夜この辺を散歩してみたけれど、鉱山みたいなところはなかったわぁ」
「祠があるところまで行ったのか?」
「祠、そういえばそんなものはなかったわねぇ」
ギローディエは首を傾げた。
ベルセシオが埋まった鉱山の入り口の上には祠が立てられているはずだ。
そう思ってよく管理された山を登ると、やがて開けて環状列石のように石が並んだ場所に辿り着く。ゲームと同じような光景。けれどもその意味は大分変化している。
これもバグの一貫なのかな。その祠は古びていて、ソルが言うには古びた文字でヤークと彫られているらしい。問題はこれからだ。ここに山神の化身が現れる、はずだ。
「この石、なんだか変だ」
「変?」
「これは古い魔法陣だと思う。俺もこの形式のものを見るのは初めてだが」
「魔法陣? どんな魔法が発動するの?」
「よくわからないがここではない何かに繋がっている。ガドナークと書いているように見える。そこの祠よりずっと古いようには見えるが……何かおかしいな。宿のドワーフは石のことは何もいっていなかったよな」
さっきからソルは石の配置や刻まれた文字を慎重に調べている。
列石は半径20メートルほどの距離を保って祠を取り囲んでいる。その円を描いて配置された高さ1メートルほどの12個の列石は、確かに朽ちて古いもののように思われた。その周囲を膝丈ほどの草が覆っている。
祠はヤーク、列石はガドナークを祀っているの? なんだか変。
「わからんな。ガドナークというのは聞いたことはない。場所かな。グラシアノとギーはどうだ?」
「私も初めて聞くわぁ」
「僕も聞いたことはないです。でも、その、ソル、あれかもしれない。繋がってるのかも。この下にいる誰かに。……これ、掘り返してもいいのかな」
「掘り返す? ねぇ、掘り返すとその、魔法陣は使えなくなるの?」
「いや、これは紋様をベースにした魔法発動陣だ。だから元通り設置すれば起動に問題はないと思う」
この世界の魔法の使い方は色々ある。
この国では詠唱、つまり音声入力によって魔女の作った魔力回路を起動させる方式が主流だけれど、私はその魔女の詠唱を服や布に刻んで使っている。
この環状列石は私の陣と同じ形式で、しかも魔女とは異なる法則による魔力回路を起動させる陣なのだそうだ。
「魔女以外?」
「ああ。エルフの森でも話した通りだ。魔法というのは大気に混ざる魔力と自らの魔力を接続・利用して効果を発動する。マリーやザビーネ、カリーナを始め、たいていの国で用いられる魔法は魔女の用意した構文、ウィルの言うところのテンプレート呪文というやつを唱えれば発動する」
「エルフの森はアブハルアジドの構文なのよね。結局アブハルアジドの構文で陣を描く方法がわからなかった」
自分で使っていても魔法というものはよくわからない。魔法を使うには魔法の才能が必要だ。だから同じ呪文を魔法の才能が無い者が唱えても効果は発動しないし、熟練度が足りなくても効果は発動しない。
たくさん練習をしていると、いつしかカチリと何かがはまる瞬間が来る。それが魔法が使えるようになる瞬間。ゲームでは多分、それがレベルアップという形で現れるのだろう。
だから術式陣も発音する言葉をそのまま文字に起こすのとは違うし、起動できるのはバフの魔法が使えるバッファーだけなのだ。自分でも何をいっているかわからないけれど。
そんなわけで、アブハルアジドの魔法にピンときていない私には、アブハルアジドの陣を描けなかったし、魔女の魔法にピンときていないエルフ達も、魔女の魔法陣が描けなかった。
でも原理とかは説明をしたから、そのうちどこかで定着して、使えるようになるといいんだけど。
そしてこの列石の魔法は魔女の魔法ではない。
ソルがやけに熱心に調べている。そういえばソルは独自の方法で大気中の魔力から魔法を編んでいると聞いた。
「ちょっと離れていてくれ」
「危ないの?」
「わからない。だから離れていて」
ソルは石の1つの周りの地面に模様を書いていき、いろいろな小さなものを置いて地面に右手をつく。
ーニーヘリトレ、遮断、領域展開
そうすると、パキリと何かが割れる音がした。
何か違和感がある。なんだろう。
そう思っていると、石の周りに蔦が生え、石を取り囲む。そして石を締め上げ、多分持ち上げようとして、蔦は弾け飛んだ。
そして弾け飛んだ蔦の周囲に、一瞬だけ小さなモザイクが生じた、気がする。
3度ほど、同じことを繰り返すたびに小さな波紋のようにカラフルな四角が一瞬だけ現れ、消える。
「見つけたぞ」
「ソル、大丈夫?」
「何がだ?」
「その、顔色がものすごく悪い」
「この魔法は結構魔力を使うんだよ。それでマリー、正月に割れた世界っていうのはこんな風に割れたのか?」
「ええ、そう。地面から空に向かってこんな四角がぱらぱらと埋め尽くしていった。何をしたの?」
「ちょっとな。それから悪い。急用ができたから少し留守にする」
「ソル?」
「明日には戻る。それから戻ったら俺が今の奴を覚えてるか聞いて、覚えてなければ昨日の俺が術をいじるなと言っていたと伝えてくれ」
そう言ってソルは少しだけふらふらしながら何かを唱え、唐突に姿を消した。文字通りぱちりと。




