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ヴェスティンクニッヒの憂鬱

「おーいヴェス、生きてっか?」

「……」

「だめかも、魔王様」

「おい、ダルギスオン。ヴェスはここにいる、んだよな?」

「おるとも。お主も見えはせずともわかるであろう?」


 魔法が使える以上、俺も魔力を感じる質だからわかるっちゃぁわかるんだけどさぁ。

 ここは42階層の階層ボスの間だ。鍾乳洞のような場所のど真ん中にドンと玉座が設えられている。

 それで目の前にはヴェスティンクニッヒがクテっと横たわっている。多分。ヴェスティンクニッヒは42階層の階層ボスだ。種族というのがあるとすれば魔力生命体。つまり魔力の塊だ。

 『幻想迷宮グローリーフィア』では太古の王のゴーストという設定だったが、それはこいつの姿が可変だからそう見えていただけなんじゃないかと思う。それで俺の認識では、こいつはやっぱり霊的なものではなく魔力の塊だ、と思う。


 俺が前世の記憶を取り戻して以降、ダンジョンに住む奴らに自由にせよと命じてから対応が最も変わったのはこいつだ。自由も何も、こいつは魔力の塊なもんだから、俺が命じない限りとりたてて何もしないのだ、多分。だからそれ以降、このように42階層のボスフィールドでぼんやりと過ごしている、多分。

 多分というのはよくわからんからだ。


「ヴェス、俺のお願いを聞いちゃくんねえかな」

「……」

「命じれば良いではないか」

「いや、いったん好き勝手やれっつった手前、命令を聞けっつうのはなんだか格好が悪くてだな」

「魔女に至るのに最も都合が良いのがヴェスティンクニッヒだ」

「うーむ。おーいヴェス、なんか願いはないか。交換条件だ。交換で俺に何かできることがあれば検討するぞ」


 そもそもこいつに意思なんぞあるのかな。

 そう思って眺めていると、空気の端っこがピクリと動く。

 お? 何かあるのかな。初めての反応だ。


「……服を……着たい……」

「服ぅ?」

「みんな……服を……着てる……」


 服。

 まあみんな着てるな。着てねぇとモニタに写せんもんな。俺の主戦場だったラインだ。運営とよくバトってた。いかに服と言い張るか。

 ヴェスのキャラデザはくるまえびさんだったな。エゴン・シーレかと思うような立体感のある微細なタッチで、このゲームの中に独自のグラフィックを構築した、というかちょっと浮いた画風だ。前になんかの会で会った時、カタログギフトで高級な車海老をもらった時の海老の詰まったおがくずのイメージと言っていた。

 つまり簡単に言うと、ヴェスティンクニッヒのグラフィックは霧。全体的ぼかし全裸、よく考えると強い。

 いや、というか服を着るのか? 空気に? 透明人間みたいに服だけ浮いているとかでいいのかな。というか。


「ヴェス、お前実体ないだろ。服っていうのは実体にひっかけて着るもんだ。お前のどこに引っ掛ければいいんだよ、服」

「実体……」


 うーん。魔力が魔力のまま留まって実体類似の形態を得たものを精霊、魔力が肉の体を纏って留まったものを妖精という。精霊というとこの世界にもいるが、もう少し可視化できていたような気がするな。そして精霊は全裸ではない気はする。綺麗なお姉ちゃんがヒラヒラした服を纏っているイメージ。

 でもアレは何なんだ? あの服は何でできている。

 精霊というやつはふわりと現れるから、やはり服も魔力か何かを加工したものなんじゃないだろうか。


「ヴェス、お前さ、なんつーかぎゅっと寄り集まれないか。密度を増やすってのかな。それでその表面の形を服みたいにしてみればいいんじゃねぇかな」

「服……みたい……な」


 心なしか目の前の空間がふわふわと揺れた気がする。そういえば霧というものはそもそも温かい空気が冷やされるという急激な温度変化によって生じる。手伝おうかと思って氷を作って周りを冷やしていると、なんか雪だまみたいなのができた。ヴェスティンクニッヒか?

 目の前の氷の塊からは詰まった魔力を感じる。なんとなくねじねじと先端を作ると、高さ15センチ程の雪だるま的生き物ができて、よっこいしょ、とおっさん臭く床にあぐらをかく。なんとなく、くるまえびさんってこんなイメージだな。

 ともあれ予想とは大分違うが実体を持ったことは持ったわけだ。がさごそと鞄を探ってハンカチを出してマントのように首元で結ぶ。


「あら、可愛い」

「何か……違う……」

「ありあわせで作っただけだからな。うーむ。まあ服を着るには体のどこかを服として構成するか、こんな風に何かを羽織るしかない気はする」

「実体化……試す……」


 とりあえず実体化した上で、その上に服状のものをキープするとして、道のりは随分遠そうだ。


「とりあえずこのくらいの大きさでキープできるのであれば俺がなんとか服を調達してこよう。どんな服がいいんだ」

「どんな……」

「おう、俺が着てるやつとかヘイグリットとかダルギスオンが来てるやつとか」

「……かっこいいやつ……」

「……とりあえずちょっと考えてみるわ」

「……ありがと……」


 それでヴェスティンクニッヒから希望を聞いてみたが、どうも要領を得ない。着てみたい服というものがあるわけでもなく、とりあえずみんな着ているから着てみたいだけなのだそうだ。

 そして意外だったのが、思いの外、他の階層ボスがヴェスティンクニッヒに会いに来ているらしい。会いに来ているというよりは……やって来てはヴェスティンクニッヒの体の一部、ようは魔力を勝手に持ち出しているだけのようだが、ともあれそれで他の奴らを見て服を着たいと思ったそうだ。

 よく来るのは41階層のブロディアベルと46階層のフィーリエット。そういえばあいつらとあいつら周りは服が派手だよな。ああいうのがいいんだろうか。


 ともあれ42階層まで来て都度注文を聞くのも面倒なので、だいたい当たりをつけてあとはお任せということにした。

 それであとはセバスチアンに丸投げすることにしよう。多分喜んでやってくれる。それにドワーフ経由で主人公からも連絡がほしいと言われていたところだ。

 ……主人公は悪いやつではなさそうだ。それどころか、あのエルフの森でのヘイグリットへの怯え方に妙に思い当たることがある。名前がデフォルトのマリオンのままなのであまり気にしていなかったが……ひょっとして真理なのか?

 そういえば真理は『幻想迷宮グローリーフィア』をデフォルトのマリオンのままプレイしていた気がする。思い返せば色々と思い当たるような節はなくもないが、容姿が随分違うから全く想定していなかった。いや、それをいうと俺も全然違うしそもそも性別も種族も違うもんな。


 でもなぁ、聞きづれぇよなぁ。『お前真理か?』って聞いて『は?』って言われたら目も当てられん。

 というか、真理なら俺がミフネとは気づかなくとも魔王だと気づくだろう?

 それにしては応対が普通すぎる気がする。うーん、結局わからんね。

 そう思ってパナケイア商店を尋ねたが、主人公はいなかった。これからしばらく37階層を潜るらしい。

 主人公が狙うなら思い当たる鉱山が2,3ある。そこを中心に採掘ラインを確保するんだろう。


 俺も2つ鉄鉱山を押さえているが、それは安定的に良質な鉄を得るためだ。

 高純鉄をドワーフに与えておけば、いい武器を勝手に量産するから鍛冶のレベル上げが楽なのだ。最終的に強武器を作るようになるまではひたすらに鍛冶の熟練度を上げる必要がある。ヘイグリットが最終的に俺を倒すなら、なんか武器がいるようにも思うしな。

 それにアレグリット商会の素材の入手先のカモフラージュにもなる。鉱石自体はダンジョンでポップさせればいくらでも手に入るが、国外に出られない以上、原材料の入手先を勘繰られるのも面白くない。


「マリオン様はしばらく戻られないと伺っています。いかがいたしましょうか」

「いないものは仕方がないな。俺も店にいつもいるわけではないし。また訪れよう。ところでここの服のデザインは誰がやっているんだ?」

「服、でしょうか。大まかな部分はマリオン様が原案を出されて、それを当店の仕立て担当が行なっております」


 パナケイア商会の店内を改めて眺めると、装備品以外の普通の服も売られている。そのコーナーの方が大きいくらいだ。

 ポイントを絞ったみょうにヒラヒラした服も多いが、体の線に沿った服も多い。この世界の服は大凡だぼっとしたゆとりのある服が多いことを考えると、かなり特異なデザインではあるのだろう。そして目を集めているのだろう。それを示すように人だかりができていた。


「セバスチアン殿、別注でお願いしたいことがある」

「おや、何でしょう」

「戦闘用の服を仕立てて頂きたい」

「それならば担当を呼びましょう」


 そう言われて紹介された仕立て師は特級品だった。

 この店ができたのは1年が過ぎてしばらく後。俺が店を開いたのと大体同時期だ。

 これまでこんな服屋はなかったらしい。そうすると、主人公の中身もその時に記憶を取り戻した、とすると辻褄は合う気はしなくもない。

 見ようと思って見れば真理のデザインのような気もするが、いずれ元の世界から来た者が主人公の中に入っているとすれば、元の世界のデザインが頭の中にあるだろう。そう考えると……やっぱりわからないな。

 デッサンを机の上に並べる。10枚ほどかいた中でヴェスティンクニッヒが選んだ3枚だ。俺はグラフィッカーだが、現実世界の服として縫製できるかはよくわからんからそのまま持ってきた。


「これは……お嬢様とまた違って素晴らしい衣装です」


 まあ、お前の好みに合うのは当然だろうよ。お前のメイングラフィッカーは俺だからな。


「うん、これを高さ30センチくらいの人形用と、そうだな。俺くらいの大きさの人間用の服を2種類誂えて欲しい」

「おや、アレグリット様も人形がお好きなのですか?」

「んあ? 俺はそんな変態じゃないぞ」

「……失礼致しました」

「それからできれば、術式装備というのを組み込んで欲しい。効果は……うーん、魔力の流れがよくなるような奴」


 特級服飾師は少し困った顔をした。

 流れが良くなる、という注文はあまりないのかな。まあ普通は攻撃力増強とか魔力増強か。けれども魔力自体のヴェスティンクニッヒに魔力増強の効果をかけるのはなんだか制御が面倒くさそうな気がするんだよ。


「お客様、申し訳ありません。新たな術式をご希望の場合には、お嬢様に組んで頂く必要があるのです」

「ふーん」


 そういえば今の主人公はバッファーだったな。

 そうすると効果はなんだろう。うーん、うーん。……考えるのめんどくせぇ。


「効果ってのは後で変えたり増やせるのか?」

「ええ。過積載にならない程度であれば」

「過積載?」

「大量に効果を詰めすぎると、服が耐えられません」

「なるほど。では当面の効果は幸運値上昇にしよう。後は追って依頼するかもしれない。生地は後ほどこちらでもたせるよ」

「承りました。ありがとうございます」

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