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新たな火種

「それにしても毎回出席者が減ってくな」

「興味がない者を気にしても仕方なかろう」

「来たほうが良いなら呼んでくるわよう」

「いや、別にいい。それでいいんだ。今日はブロディがいるしな」


 50階層につくった小会議室の参加者は俺、ダルギスオン、ヘイグリット、41階層の階層ボスのブロディアベルだけだ。そもそも固定で来るのはヘイグリットぐらいだ。

 ブロディアベルは魔族の王で、吸血鬼だ。吸血鬼が魔族なのかはよくわからんが『幻想迷宮グローリーフィア』ではそういう設定になっている。

 貴族風のタイトな真っ黒スーツとマントといういかにもそれっぽい姿で、黒い長髪に赤目で長身容姿端麗というやっぱりそれっぽい姿。グラの担当は山田風水(やまだふうすい)さんで線の細い耽美的なグラなのにキャラは結構な俺様スタイル。

 ブロディアベルはこの定期的に開いているこの会議に、気が向いた時だけ来る。おそらく冒険者が39階層に溜まっているから様子を伺いにきたのだろう。


「魔王よ。冒険者はどんな様子だ」

「今39階層にたまってる奴らのほとんどは降りてこないだろう。40階層を突破する可能性が1番高いのはマリオン・ゲンスハイマーの小規模パーティだ。次点は王家の、やはり10人程度の規模のパーティだな。後は有象無象だ。大勢で突破するなら恐らくカステッロ・ビアステットが音頭をとるだろう。軍の用兵という点ではそれなりだ。けれどもいかんせん、個々の兵力が低すぎる。降りてくるとしてもやはり合同パーティーで10~30名程度のそれなりに戦える者に絞って降りるんじゃないかな」

「なるほど。一度誰かよこすからモニタを見せろ」

「構わない。40階層以上は自由に見られるようにしている。41階層以下は各階層ボスの要望があれば誰も見れない設定にしている。俺も見れないから安心しろ」

「ふん。俺はお前に対してどうこうするつもりはない」


 目下の問題はそこだ。

 モニタを監督するアビスオーに命じて、各階層ボスの要望があればその階層はモニタに表示させないようにしている。

 申し入れがあったのはフィーリエットとヴィーリー、それからブロディアベルからだ。ブロディアベルは単純に秘密主義なだけだろうが、フィーリエットとヴィーリーは反乱を企てている可能性、がある。

 それに乗る可能性があるのはグーディキネッツ、かなり可能性が低くてティアマトとヴェスティンクニッヒだ。可能性が低くとも相手がフィーリエットだからその辺はよくわからないな。論外なのがヘイグリットとダルギスオン、それにヴァッサカリアか。


 恐らく強権を発動すれば反乱なんて無理やり抑えることはできるだろう。そして『幻想迷宮グローリーフィア』ではそのような設定になっていたはずだ。このダンジョン内に生じたものは全て俺に逆らえない。だからそれはやめた。

 俺が今欲しているのはイレギュラーだ。このシステムから外に出るための想定外。俺が俺であるためにはこの箱庭から抜け出さなければならない。だから設定と言えるものは全て解除した。

 イレギュラーから発生するゆらぎの連鎖がこの箱庭の外縁を打ち砕くこと、が当面の目標だ。だが調べれば調べるほど道は昏く狭いと感じる。なにせ俺が、俺こそがこの箱庭である『グローリーフィア』なのだから。だから当面の目標は『グローリーフィア』を脱ぎ捨ててミフネとして独立することだ。そんなことが可能なのかは、正直わからないな。

 今は箱庭の外にいると思われる『泥濘とカミツレ』へのアクセス方法をダルギスオンに調べさせている。


 魔女というものが何かはダルギスオンしか知らなかった。

 魔女というものはこの世界を定めるもの、らしい。そうするとこの『幻想迷宮グローリーフィア』の外に新たに箱庭があるのかと少々暗澹とした気分に襲われはしたものの、その箱庭は必ずしも何かの意思に従う必要はないそうだ。

 よく考えたら前世の地球も物理法則というものがあった。この世界ではそれが少し可変であり、それを動かしうるのが魔女というものらしい。そうすると魔女というのは恐らく自然環境とかそういうものなのだろう。そしてやはり、本来人間が干渉し得るあるいはすべき存在ではないらしい。


「ブロディはどうするつもりだ」

「どうする? 知れたこと。冒険者共が押し寄せるなら殲滅すればよい。見込みがあれば配下に加える」

「このダンジョンの外には興味がないのか?」

「ない」


 ある意味想定通りだな。ブロディアベルは41階層の自身の王国にしか興味がない。

 このダンジョンで外に興味を持っている者は厳密に言えば俺とグーディキネッツだけだ。ダルギスオンは外というよりは結界の成分とかそういう未知のものを探求したいだけで『外』に興味があるわけではない。ヘイグリットも俺に興味があるだけで、外にはさほど興味があるわけでないらしい。


 ヘイグリットは恐らく少し変化した。

 俺が知っている『幻想迷宮グローリーフィア』のキャラとは少し異なる気がする。だから正月に起きた世界のバグを覚えている、のかもしれない。他に覚えているのは目下、マリオン・ゲンスハイマーだけだ。あれは恐らく俺と同じ転生者だ。だから恐らく、ゲームの設定から外れた者。そのような存在が世界のバグを認識するのだろう。何故なら自ら自身がバグだから。というのが現在の俺の仮定だ。

 このような者が増えればよいようにも思われるが、性質というものは他人が変えられるものではないからな……。


「ブロディ。万一だ。万一41階層が落ちることになれば俺を呼べ。陥落は免れないとしても別天地は用意できるかもしれない」

「断る。41階層こそが俺の王国だ。他はない」


 階層ボスというものはその階層を守るものだ。だから恐らくその放棄というのは設定上難しいのだろう。無理強いできるものではない。だから今できることは、ここまでだ。万一の時、何かの切欠で意識の端にのぼればよいと思う。望みは薄そうだが。次の話題に移ろう。


「ダルギスオン、進捗はどうだ」

「魔女とのアクセスについてはエリザベート=エスターライヒ及び魔法省と共同して研究を行っている。エスターライヒとしても魔女の変更は認識外だったそうだ」

「認識外? 外の奴らは魔女の術式を行使するのだろう?」

「そうよな。魔女は地の魔力を管理する。そのために術式構文を用意する。魔女によってその構文は少々異なりはするが、ようは熟練度の問題だ。例えば齢80の魔法士がいたとしよう。80年は『灰色と熱い鉱石』の構文に慣れ親しんだとしても800年『泥濘とカミツレ』の構文を使用していたのだ。後者の方が圧倒的に慣れ親しんでいる」


 800年ねぇ。全くピンとこねぇ話だぜ。

 だが城には800年分の資料が残っているっつうんだからそれは間違いがないんだろうな。糞面倒臭ぇ。


「魔女に会う目処はたつのか」

「方法は直に知れよう。だが、そうだな、魔女に会うのに適するのは恐らくヴェスティンクニッヒだ」

「げぇ。あいつにやる気ださせるのは無理じゃねぇか?」

「適正の問題だ。魔女との接触というものは何が起こるかわからぬものだ。ヴェスティンクニッヒであれば恐らく影響を受けることはない」

「まぁ、そうなんだろうがなぁ」

「それからあの液体だが、情報が梱包されている」

「情報? 何の?」

「わからぬ。調査を継続する」


 うーん。結局わからねぇことだらけだな。

 他に何かあるかと聞いても特に意見はなかった。まあアビスたちは命じないと動かないし喋るとしたらダルギスオンくらいなのだが。そんなわけで今日の小規模会議も解散だ。そしてヘイグリットだけが残った。


「ミフネちゃん、稽古しましょう」

「おう。あぁ、そういや酒場はうまくいってんのか」

「楽しいわよぅ。ああいうのもいいわねぇ。ああ、そういえばドワーフが連絡欲しがってたわよう」

「しばらく店にも顔を出してないな。今度行ってみるか」

「また新しい料理も教えて頂戴な」


 幸運の宿り木亭のメニューの大部分は俺が発案している。ヘイグリットはこれまで料理に興味はなかったそうだ。俺は前世でファミレスやら色々でバイトをしていて、そこで覚えた料理なんかを適当に教えている。最近はガテン系のメニューを教えろといわれたから単純にステーキやらソテーやらでソースを工夫してみるかなと思ってる。

 前世の味は覚えているんだが、この世界の香辛料やら何やらは前世と少し違うから、美味くなるように組み合わせを試さないといかん。どうせなら上手い方がいい。こんど店で試作したい。


 一度主人公ともじっくり話したいんだが……なかなかこの話ができるタイミングというのも難しいんだよな。

 自分のいる世界がゲームの世界です、そんな話を聞かれたら頭がおかしいとしか思われねぇし、話の流れで俺が魔王ってバレるのもまずい。


 ……うん?

 主人公は転生者だろう?

 そうすると俺が魔王だって見た目でわかるはずだよな。だがそんなツッコミはいまのところない。

 そうするとやはり『幻想迷宮グローリーフィア』をプレイしていない人間の可能性があるのか。そう考えると街を発展させずに手近なジャスティンと組んでるのもおかしくはない。ソルとアレクはやはりたまたまパーティに加入したのか、強キャラって有名だから前世でCMで見たとか何かの話に聞いたのかもしれん。

 わからねえな。そうすっとどのタイミングでカミングアウトすべきなんだ?


 そうこうしているうちにヘイグリットの階層に辿り着く。

 桜の花びらが緩やかに舞い散るフィールドは、前世の春を思い出させる。それ以上にどこか落ち着く。そしてその光景はスラリと平原に変化した。

 最近はだいたい平地か板間のフィールドで稽古をする。今日は平地だ。僅かに草が生えたなだらかな地面。


 今日のヘイグリットの獲物はグリアーイオか。刃長2メートルはある巨大剣だ。刃幅も20センチはある。通称『銀鉄板』。でかい獲物はそれはそれで面白い。これを大上段に構えるってんだからなかなか迫力がある。

 だが何故これを選ぶ。これでは俺には勝てないのは身にしみているだろう?

 一体何を考えている? 面白くなってきた。


 いつもどおり布都を呼び出し体に馴染ませる。最近は手も同然に使いこなせるようになってきた。互いに準備は上々だ。

 そうすると次第に世界は静かになり、空気の流れがゆるやかになる。だんだんに様々な情報が欠けていく。世界の彩度が抜け落ちて、僅かずつに暗くなっていき、もはや確かなのは俺とヘイグリットとの間の距離と、俺と俺の延長たる布都だけだ。距離は3メートル。切るには少しばかり距離を詰める必要がある。

 ヘイグリットは頭上高くに大剣を掲げ、体の前面をまっすぐ俺に晒している。一見隙だらけに見えるが安易に踏み込めば大上段から一撃必殺の太刀が振り下ろされるだろう。だから攻撃を待つ。

 ヘイグリットの方が間合いが広い。だから構えたところから戦うならば、たいてい俺がヘイグリットの動きに合わせるスタイル。いわゆる対の先(カウンター)

 対する俺は切っ先(剣の先端)をヘイグリットの顔にあわせて体から少し離して剣を持つ中段の構え。

 静かに世界が凍っていく。そろそろ呼吸も億劫になる。


 それにしても何故大剣を使う。 

 大剣というのは攻撃力は高い。その剣自体の重みと重力を利用する一撃必殺だ。けれども同時に重く遅い。だから当たらない。そして重いゆえに一度振り下ろせばそこからのリカバーは難しい。全ての動きが数段遅れるのだ。だから振り下ろしのタイミングで懐に入ればいいだけだ。

 攻撃が来るタイミングというものはそれとわかる。心を水面のように静めていると、そこに相手の意識が立ち入れば刀が振り下ろされる前に波紋が浮かぶ。最近はヘイグリットも随分静かになってきた。けれども俺を殺そうとする意思が俺に向けば、やはり波紋が浮かび上がる。


 ……踏み込んでこないな。

 ふと、そう思った瞬間を突いてグリアーイオが振り下ろされた。けれどもやはり遅い。それを見越して懐に踏み込むと同時に違和感を覚える。この極まった世界の中でグリアーイオの存在感が軽すぎる。ヘイグリットの意思がグリアーイオに伝わっていない。とするとグリアーイオは……ブラフか。

 それを証するかのようにヘイグリットは俺が踏み込んだのと同じ分だけ後ろに下がり、丁度間延びして威力が減衰した俺の剣を躱して、大剣グリアーイオの影となった懐から取り出した短剣を俺の喉元に突きたてようとした、そのヘイグリットの手を取って小手返しで投げ飛ばす。

 ヘイグリットが地面に叩きつけられる音と同時に布都とグリアーイオが地面に転がる音がした。


「……ちょっと、意味が、わかんない」

「悪ぃな。俺は刀より、徒手の方が、得意なんだよ、本当は」

「グリアーイオを手放したのに! 何、なんですかぁ!」

「いやぁまさかお前が、剣をブラフに使うとは、思わなかった」

「本っ当に嫌だったんですからね! はぁ。一体どうしたらミフネちゃんに勝てるんですかぁ」


 ハァハァと荒い息は俺の口からも漏れ続けていた。やっぱりいいな。なんだか素の俺に戻ってる気がする。

 素の俺か。なんだかんだ魔王というフィルターが俺にかかっている。俺をそのフィルターを通さないで見ているのは今の所ヘイグリットだけだ。まあそれが俺を殺したいというなんだかよくわからない目的によるものだとしても、それはそれで気分がいい。楽しい。なんだか友達みたいだ。

 前世のあいつらのことが思い浮かぶな。あいつらは真に俺のことをどうでもいいと思ってた。


「ミフネちゃん、ヒント! ヒント下さい!」

「ヒント? うーん、お前、何のために剣を持ってる」

「何のため? ええと、ミフネちゃんを殺すため?」

「その目的のために必要なことだけを考えろ」

「必要なこと? うぅん」


 ヘイグリットは転がったまましばらくぶつくさ言ってからひょいと立ち上がり、きちんと礼をしてから奥に茶をいれに向かう。

 いつしか景色はもとの桜の舞い散る小さな庭と縁側に戻っていた。

 俺はそのうちヘイグリットに殺されるかも知れないな。

 でもまあ、それはそれでいいか。それで終わるのならば俺は俺として死んだということだ。

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