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サンダードラゴン戦に備えて 2

「アルバート様は王宮のパレードに参加されていたのでしょう?」

「ええ、そうですが、私はその世界の破損を見ておりません」

「見たけど忘れたんじゃねぇの? 俺が一緒にいた建設組合の奴らもさ、朝に見て驚いてたけど次の日行ったら忘れてたぞ」

「そんな印象深いものを忘れることがあるのだろうか。他に誰か覚えている者は?」

「他……『幸運の宿り木亭』のヘイグリットさんも見たと言ってたけど」

「へぇ……? どういう関連なんだそれ。それより街道に道をつなげたいんだけどな。駄目なんだよ」


 ウォルターは地図をにらみながら頭を掻いている。

 ウォルターの舗装で国外からの人の入りが良くなっていると聞く。

 街道まで繋げたほうがよいだろうけど。


「戻ってくるってどういうこと?」

「この国の国民は国外にまっすぐ進んでても、気付いたら国に向かって歩いてるんだってさ」

「お嬢様。外国からの商人は出入りできるそうなのです。現在パナケイア商会では王都店で手一杯でして国外を注視しておりませんでした。しかし息子夫婦に任せたカウフフェル商会に聞いた所、ここ1年半ほどは外国に仕入れに行っていないそうです」


 セバスチアンはほとほと困り果てた、というような顔で呟いた。


「あれ? 紅茶作らしてるんじゃねえの?」

「そうなのですが、買い付けに行くのではなく輸入しているようなのです。私が若い頃は現地まで品質の確認に行ったものなのですが。いえ、そうでなくともとカウフフェル商会は外国製品は3割を輸入品で購入し、3割を買い付けに行き残り4割を現地で発注して輸送していました。けれども今は訪れる商人に多少は注文もしているようですが、全て輸入品で運んでくるものの中から選んで購入しているそうです」

「そんなんで商売成り立つのか? それだとどこも同じ品になるだろ。差別化できん」

「そうなのですよね。僅かに右肩下がりのようです。それでも以前にウォルター様がおっしゃっていた『ブランド力』というものなのか地力はまだまだあるようなのですが」


 エスターライヒは大抵のものは自給自足しているし、カウフフェル商会も所有する国内工場で製品製造をしていると以前セバスチアンから聞いた。だから自社製品の割合も多いのだろうけれど、そんなに急に業態を替えて大丈夫なんだろうか。

 そしてアルバートはこの状況がカウフフェル商会だけではなく、少なくとも王都の全ての商会が同様だと言う。


「マリオン嬢はお気づきになられませんでしたか」

「ええ、私は王都とダンジョンを往復するだけですから……」

「ともあれこの問題については現在国を上げて調査中です」

「そうすっと道はどうすっかなぁ。ビジュアル的にきれいな道が続いてるとそっちにも行ってみようかっつうか、アスファルト舗装してると目を引くじゃん? 新しいもんがあるかと思って呼び込めないかと思ってさ」


 人の流入。街の発展には必要不可欠。でもゲームでは国が発展すれば、勝手に人は増えていた。道路も勝手に伸びていた。現実ベースで考えると、勝手に伸びるわけではないけれど。


「人の流入か……やっぱりエスターライヒ独自の商品開発か観光資源が必要かしら」

「やっぱり観光か……この国売りがねぇんだよな」

「テンプレだと武道大会とかカジノとかは?」

「俺思うんだけどさ、いきなりカジノ作ったら治安悪くなんね? エスターライヒは牧歌的だろ。ギャンブル狂いを量産しそうな気がする」

「うーん。外国のコンテンツを輸入しても集客力があがるとは思えないもんねぇ。でも国内は発展するかも? 外から人を入れるにはやっぱり国内産業と文化とか芸術を作り上げないと駄目じゃないかな」


 ウォルターは腕組みをして天井を見上げる。アルバートとセバスチアンはポカンとした表情を浮かべている。


 やはりウォルターは転生者だ、と思う。カジノとかコンテンツとか、私が転生者と察せられるような言葉を取り混ぜてみたけれど、全然気にしていないみたいだ。気づいていてわざとスルーしているのか、そもそも気づきもしていないのか。私も転生者だと告げたほうがいいのか、よくわからない。

 ウォルターと二人きりになる機会があれば直接聞いてみようかとも思うのだけれど、生憎そんな機会は生まれない。いつも間に誰かがいる。それに私とウォルターが近づきすぎるのはその立場上は少々面倒なのだ。なにせ婚約と結婚が無効になったんだから。


「おいマリー。お前ファッションショーやれよ」

「ファッションショー?」

「おう。そうだなぁ。ターゲット層は商人向けと貴族向けかなぁ。購買層全然違うもんな。セバスチアン、マリーのデザインは人気があるんだろう?」

「そりゃぁもう。新しい風が吹いておりますな」

「じゃあ1ヶ月後か2ヶ月後にファッションショーやろう。アルバート、王宮の舞踏会の部屋を使いたい。大丈夫だよな。あと商人用には郊外にステージを作るわ。国外に舗装する分の人工と資材が浮いてるし、いくつか用地も押さえてっからな。商人なら入場料がとれるか……そうするとやっと黒字転するかなぁ」


 ウォルターはブツブツといいながら地図に何やらメモを書き始めた。

 普通に『ファッションショー』で通じると思っているのだろうか。そうするとやっぱりウォルターは私を転生者と認識している……? でももともとがポンコツだからよくわからない。


「お嬢様、『ファッションショー』とは何でしょう」

「ええと、人を集めて新しい服装を披露するの。他の人が真似をしそうな服装を」

「真似をされては困るのでは?」

「店で買ったものを真似されるのはただマイナスだけれど、自分たちパナケイア商会のブランドだって自分から大々的に公開するのなら、その服装の発信源がパナケイア商会であることも同時に知れ渡る。そうすると似たようなものが出ても二番煎じだと認識するし、次に発表される服装に期待が持たれる。イベントとして行うことで新規顧客が得られる可能性がある」

「ほう? 商品の見本市のようなものですかな」

「うん、そんな感じです。ああそうだ、服といえば今日はサンダー・ドラゴン用の装備について相談しに来たの」


 サンダー・ドラゴンの纏う電気を防ぐにはどうしたらいいのか。

 雷から身を守るには全身を覆う必要がある。隙間があればそこから通電する。サンダー・ドラゴンの物理攻撃力を考えると、ある程度の物理耐性のある装備は揃えないといけない。けれども、そもそも全身を覆う装備であれば重量も重くなる。


「何かいい方法はないかしら」

「その通電というものはよくわかりかねるのですが、全身を覆えて動ける……。動きを考えると金属鎧は無理でしょうな。素材としては布か木ですが、雷を防ぐとは思えません」

「なぁ、軽金属で必要なところは覆ってさ、その上に絶縁体を重ね着するとかどうかな」

「絶縁体っていわれても……」

「ゴムなら32階層に出るぞ」

「本当? ゴムの木があるの?」

「ああ。ただ装備に加工するためには加硫(かりゅう)しないと駄目なんだよな……。硫黄、硫黄か……」


 中に軽鎧を着込んだ上でゴムをコーティングしたマントかなにかを纏う。

 ゴムの強度は大丈夫なのかな。軽鎧を着るとしても、少しのことで破れれば意味がない。


「とりあえず32階に潜って採取してくるわ。どのあたりにあったの?」

「ああ、あれは専門がやったほうがいいな。ザビーネのとこの職人に伝手があるから聞いてみるよ。どうせ俺はダンジョンはボス戦しか潜んないから。ぼちぼち実験とかしとく」

「ザビーネ様のところの職人と?」


 エルフの森に潜る前はあんなに会いたくなさそうだったのに。


「うん、こないだエルフの森で行ったり来たりしてて仲良くなったんだよ。それからなるべく雷を散らしたいなぁ。やっぱ避雷針か?」

「サンダー・ドラゴンはフィールド中を飛び回るのよ。だから避雷針を立てるならたくさん立てないと意味がないでしょう? それに結局そこに落ちてくるだけだから、こちらの行動範囲が狭まるだけじゃないかと思うの」

「まぁそうだな。そっちもちょっと考えてみるわ」

「ありがとう」


 その後はセバスチアンとファッションショーについての打ち合わせをした。

 いくつか私がアイデアを追加で出して、それをもとにパナケイア商会の特級デザイナーがパターンを作る。ウォルターが作るステージというものが私の想像したとおりなら、つまり前世のように長いランウェイをモデルが歩くスタイルなら、これまでの店舗と同様の据え置き型ではなくモデルによるウォーキングが必要なのだと思う。それであればモデルの用意も必要だ。


 なかなか大変。

 でもこれで街が発展するのなら攻略に役立つ……はずだ。『幻想迷宮グローリーフィア』の内政パートは正直なところフラグを解放していくだけだったから、現実問題としてどうしていいか全然わからない。けれどもゲームでも国内人口とか外国人流入数とかによって技術ツリーが開放されるものがある。

 私がセバスチアンと話している間、アルバートはウォルターと何か相談をしていた。


 サンダー・ドラゴン戦は武器も悩ましいんだ。アレクの主な剣は鉄剣か鋼剣で、伝導率が高い。だから違うものに替えたほうがいいのかもしれないけれど、全身を絶縁できるのならいいのだろうか。けれども絶縁というのはそもそも可能なのか。

 だからアレグリット商会に寄ってみたけれど、アレグリットは不在だった。

 どうやら商会自体に顔を出していないらしい。そういえばエルフの住処を用意すると言っていたから、それに時間がかかっているのかな。会いたい、けれども会いたくない。


 まだ少しビクビクしながら『幸運の宿り木亭』に向かい、いくつか惣菜を買う。テイクアウトが近所の主婦に人気らしいと店員と話す。

 ヘイグリットはだいたいこの酒場にいて、誰かと話をしている。今日はちょうど接客中で、手をひらひらと振って挨拶をした。エルフの森での記憶にあるような恐ろしさはかけらもなく、混乱する。

 最下層近辺の階層ボスが何故こんなことをしているのかはよくわからない。これにも何か意味があるのかなと思いながらも、ヘイグリットの楽しそうな様子を思うと何かの目的があって行っているようにも見えなかった。


 お借りしている屋敷に戻ると、その裏庭でジャスティンがグラシアノに弓を教えていた。

 その指導は思いの外厳しく、けれどもグラシアノも真面目に取り組んでいて声をかけにくい雰囲気。まだ終わりそうにもない。

 どうしようかな。

 今日の夕食は私が作ろうか。この世界で『マリー』が料理するとジャスティンに貴族令嬢らしくないと怒られるけれど、真理ならいいのかな。

 ジャスティンと私の関係も、実はよくわからない。ジャスティンは私の中にマリーと真理がいると認識しているみたい。何か違うんだろう。私としては私一人なのだけれど。


 いろいろなことを考えながら、随分久しぶりに厨房に立つ。

 今世のマリーは10歳以降は厨房に入ると微妙な空気になったから次第に立ち入らなくなった。それは確かに私自身の記憶。前世の真理は自炊していた。そんなに凝ったものは作れないけど。

 さて、何を作ろうかな。煮物とかはどうかしら。

 いつもダンジョンから帰ってどこかで食べるか簡単なもので終わらせることが多い。流石にカレーは無理だけど、簡単にポトフでも作ってみようか。

 久しぶりの1人の厨房。くつくつと煮える鍋の音の隣でいくつかデザインを進めていくと、次第に日が陰って薄暗くなっていく。

 そうしてやっぱり、この世界の1日は前世と同じように暮れていく。

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