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共闘の可能性 2

「何を申しておる。グローリーフィアができたのはそなたが先程申した通り、1年半前だ」


 そうだ。1年半前のはずだ。

 私はグローリーフィアが発生した当初の狂乱をよく覚えている。あのダンジョンは突然王都近郊に現れた。

 800年前だと?

 それなら私が生まれているはずがない。けれどもその当初の記憶はどこか霞がかっていることに気がついた。


「王よ、ここからは外務卿が説明致します」

「エリザベート王子にかわり、説明申し上げます。800年前というのは確かなようです。他国の国使がそのように申しておりました」

「他国の国使が……? エスターライヒの国使はどうなっておる。さすがに800年も経っていれば交渉相手も変わっておるだろう。流石にわからないことはあるまい」

「それが……それが大変申し訳ございません。エスターライヒ王国はグローリーフィア迷宮が発生してから、私の記憶でも少なくともここ1年半は一度も国外に国使を派遣していないのです。そして記録によれば、それは800年続いております。誠に不徳の致すところでございまして、申し開きもございません」

「800年はともかくとしても、少なくとも1年半も外交をしていなかったというのか?」

「王よ、外務卿は外交は行っておりました。外国国使の歓待は王もなさっているではありませんか。外務卿の仰りたいことは、エスターライヒからの国使は派遣していないものの、外国からの国使は十分以上に受け入れていたということです」

「どういうことだ……? 外交とは互いに行うものだ。一方的にやってくるものではあるまい」

「それが可能であったのです。なにしろ『グローリーフィア』というダンジョンが王都近郊に発生したという緊急事態が生じたのですから」


 エリザベートが語るには、現在、エスターライヒ王国に他国人は入国できるものの自国民は出国できない、そうだ。

 そしてそれはいつからなのか。外務部の記録保管庫から800年分の『昨年度』の文書が発見された。それらを紐解いたところ、2番目に古い『昨年度』の記録には、グローリーフィアが発生してから1ヶ月程度の間、国境から外に出ることができず外交が成り立たないという文章が発見された。けれどもいつのまにか、何度も『昨年度』を繰り返すうちに、外国からの国使が定期的にエスターライヒを訪れるという形で収まりがついていった。そして800年が繰り返される間、いくつかの国は既に消滅し、あるいは音信不通となっていた。けれども外務部はいつのまにかそれを当然と認識し、時間の流れと共に誰も異常であると認識することができなくなっていた。


 そんな馬鹿なという声がそこかしこから聞こえる。

 エリザベートはグローリーフィア発生当初の混乱の記録は外務部だけではなく魔法部にもあり、おそらく他の部にもその記録があるはずだと述べた。だからこの国の各部において過去の記録を検索することになった。

 半信半疑のまま会議はお開きになり、王と私とエリザベートだけが広間に残る。


「エリザベート、本当に繰り返しなどという事象が起こっているのか」

「ええ、アルバート。そうとしか思えないの。おそらく軍部にも800年分の『昨年度』の記録が保管庫に残っていると思う。だからそれを調べて欲しいの。正直、魔法部の記録だけでは手に負えない。少なくとも内務部の、この国に何が起こっているのかを解明する資料が必要になる」

「何故そんな奇妙なことが起こっている」

「それは……まだ確証は持てない。けれどもこんな大規模なことができるのは魔女様だけだと思う」


 魔女様。

 それはこの領域の魔力をすべる強大な存在。確かに魔女様であれば、いや、魔女様でなければこのような規模の異常は行いえないであろうけれども。


「ともあれ王子たちよ、国外に出られぬというのは由々しき事態だ。国を上げて対処しなければならぬ。そなたらはこの国の礎である。頼んだぞ」

「もちろんです、王よ」

「乗り切ってみせますわ」


 それにしても国外に出られないなどと寝耳に水だ。これまで想像すらしていなかった。

 そしてこれは軍部にとっても極めて重要な問題だ。現在諸外国との関係は落ち着いているはずであるものの、いざ戦争になった時、極めて困難な事態に陥る。外国の軍隊は一方的にこの国に攻め寄せることができるのにこちらからは反撃できないということだから。

 だから軍部としてもその『国外に出られない』という意味を正確に把握する必要があった。


 私とエリザベートは西の国境付近まで出向いた。そこでは確かに奇妙な現象が発生した。

 国外に向かう街道をまっすぐに歩いていたはずなのに、気づけばいつの間にか国内に向かって歩いてる。何度やってもそうなるのだ。

 そこで外国の商人の協力を得て荷台に載せてもらったが、いつのまにやら外国の商人ごと道を戻っていた。私たちが荷台を降りれば何の問題もなく商人たちは国外に去っていく。何らかの認識阻害の作用が発生しているのだろうと思う。そしてそれは私がこの地形に魔法干渉阻害のバフをかけてもかわらなかった。


 致し方なく王家の秘宝を持ち出すことにした。

 王家には秘宝というものがいくつか存在し、その中で魔法等の干渉を打ち消す『精霊の下垂体(かすいたい)』という宝具が存在する。それを身に着けてエリザベートとともに道を進むと、やはり奇妙な事象が発生した。

 隣を歩くエリザベートも同行した何人もの従者も、一定地点に到達すると示し合わせたようにくるりと体の向きを変える。そして先ほど何度も試した時にできたものか、多くの足跡がそこで反転して国の方向に戻っている。

 エリザベートの手をとり引っ張っても話しかけても全く反応せず、ただ黙々と国の方角に向かって足を戻そうとするだけだった。その視線はあたかも催眠状態にあるかのように定まらない。

 おそらく先程までは私も同じ状態だったのだろう。そうして全く想定していなかったことだが外国に向かう商人も同様だった。


 この街道は国々を繋ぐ主要街道に接続されている。だから往来はそれなりに多い。並走するいくつかの馬車の御者もエリザベートと同様に、ある地点に差し掛かると話しかけても反応しなくなり、ただ国境の外に向かって進んで行くだけとなる。

 そこから得られる帰結として、国境間際のこの地点或いはエリアに何らかの認識阻害と思考誘導の効果が生じているのであろうということだ。


 仕方なく1人で進む。

 『下垂体』は1人用だ。だからそうするしかない。王子である私の周りには常に誰かがいた。この従者もなにもない道行き、つまり1人で歩くということ自体が初めてかもしれない。妙な開放感を感じる。頭が少しふわふわしている。何かが楽しい。このまま国外に1人で出て、どこかに行ってしまおうか。私のことを誰も知らないどこかに。そして1人の民として暮らしてみるのはどうだろう。

 そんなことを思いながら立ち話をする背の高い2人組を通り過ぎ、そして唐突にゴツリと何かにぶつかった。

 痛い。なんだかくらくらする。


「大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です」

「……チッ。大丈夫じゃねえじゃねえかよ」

「アレグリット様、これ、その認識阻害っていうのの影響を受けてるんじゃないの?」

「ふぅん? じゃぁこいつどうやってここまで来たんだ?」

「魔道具でも使ってるんじゃない?」

「ん……あぁ、下垂体だな。効果が中途半端だなぁ。意識が混濁してやがる。ここに置いておくのもなんだなぁ」

「効果範囲外まで連れてってあげるしかないんじゃない? このままじゃここで餓死しかねないわよう」

「めんどくせぇ、(かつ)げ」

「はぁい」


 そして私は突然意識を取り戻し、見知らぬ男に担がれているのに気づいて呆然とする。


「お待ち下さい」

「おっ。起きたか。ヘイグリット、降ろせ」

「はぁい」


 改めて地上に降ろしてもらったが、そのまま足元が揺れる。ひどく頭がグラグラとする。幼い時に初めて馬車に乗った時のようだ。

 一体何があったんだ。

 国境の境目までは到達できたのだろうか。頭を何かにぶつけたような気がする。


「アルバート様、ですよね。お持ちの魔法具ではこの場所の阻害効果を完全に除去できません。立ち入らない方が良いでしょう」

「……助かりました」


 まだふらつく頭で周囲を見回す。足元にはたくさんの足跡が見える。ここはエリザベートが引き返した地点か。そして改めて目の前の2人を見た。

 直接話したことはないが知っている。

 1人はアレグリット商会のアレグリット・カッサールだ。この国では珍しい肩にかかるほどの艶やかな黒髪に黒目、やや顔色が悪いものの秀麗という言葉がふさわしい顔貌、そして190センチはあろうかという引き締まった体躯。

 そしてもう1人。問題はこちらだ。ヘイグリット・パッサージオ。アレグリットより少し背は低いが鍛え上げられた鋼のような肉体はその服の上からでも容易に見て取れる。アーモンド色の柔らかな髪に柔和そうな顔をしているが、信じ難いことに複数の魔剣を所有し、新年の祭りで恐ろしい武威を示したと聞く。私自身は武技にそれほど優れないが、身を置くのは軍部だ。近くにいるだけで溢れるような強者の風格というものをヒシヒシと感じる。


「アルバート様、そんなに警戒しないで頂きたい」

「そうよぅ、せっかくここまで運んであげたのに」

「黙れヘイグリット」

「いや、礼を言う。しかし……」


 頭が正気に戻るにつれて次々に沸く疑問。この2人は何故あそこにいた。そしてあそこに立ちどまっていた。話し合っていたと言うことは、この2人は認識阻害の影響を受けていない。

 一体どうやって。

 アレグリットの目は真っ直ぐに私を見、そして徐に口を開く。


「私どもはこのエスターライヒ王国を出る方法を調べておりました。私は吟遊詩人です。本来は国々を渡り歩くのがその本分。しかし現在、この国から出ることが叶わなくなっております。止むを得ず現在武器屋などを開き路銀を稼いでおりますが、ずっとこのまま滞在するわけにはいかないのです」

「……あなた方は国外から来た方ではないのか。国外から来る者は通り抜けられると聞いている」

「それはおそらく、グローリーフィアが出来て以降に訪れた者たちでしょう。私はグローリーフィアができたと同時期にこの国に滞在しましたから」


 グローリーフィアができたと同時に?

 それであれば外国から来た者でも迷宮発生時にこの国に滞在していた者であれば出られなくなるのだろうか。

 先日の会議ではそのような話は出なかった。国内の者は国外に出られず、国外の者の往来は自由。それに。


「あなた方はどのようにして、あれほど国境近くまで立ち入れたのです。そして何故これが『下垂体』であることをご存知なのか」

「あら、聞こえちゃってたのねぇ」

「……ご無礼をお詫び申し上げます。私も国を渡り歩く中で様々な便利な道具を入手しておりまして」


 アレグリットは懐から小さな金色の細い指環を取り出した。


「この指輪は『下垂体』のような汎用性はありませんが解呪に特化しているのです。それからこのヘイグリットは認識阻害が利かない体質です」

「認識阻害が効かない……?」

「えぇ。効かないわぁ」


 そんな体質があるのかはさておき、この指輪があれば私も国境の状況というのが見て取れるのだろうか。


「誠に申し訳ないが、その指輪をお譲りいただけないだろうか。貴重なものであるということは重々理解している。先程お助け頂いた礼も含めて相応の対価はお支払いします」

「かまいませんよ。差し上げましょう」


 私は目を見開いた。まさか受け入れられるとは思わなかったからだ。王家の秘宝を超えるほどの効果を持つ宝だ。半ば無理だろうと思った依頼は予想外にもあっさりと了承された。アレグリットの表情に変化はない。惜しくはないのか?


「……本当によいのでしょうか」

「対価も不要です。その代わりとして資料の閲覧権を頂きたい」

「資料、ですか」

「はい。私どもはこの国から出るための方法を知りたいだけです。そのためであれば差し上げましょう」

「しかし資料とは」

「国の重要事を知りたいわけではありません。この規模の作用をなされるのは魔女様の御力でしょう。だからこの領域の魔女様について知りたいのです」


 何故、何故その結論に至っている。

 この国でも違和感を抱いたのはエリザベートだけであったのに。


「あぁ、吟遊詩人の歌であるのですよ。魔力変動によって閉ざされた町の歌が」

「そうそう。私も色々領域を巡ったけれど、わけがわからないことはたいてい魔女様のお力よう。それにあの端っこまで行けばわかるわぁ。おかしな事象の規模」

「規模、ですか?」

「えぇ、この国の全域に同じものが設えられているもの」


 そう言われてヘイグリットを伴い指輪をつけて奥に進む。今度はその機能が十全に発揮されているのか、意識が霞むことはなかった。そしてこの国の端に辿り着く。

 そこには確かに見えない壁があった。何も見えないが、コツコツと叩けばそこに見えない何かがあるのだ。奇妙なことに私やヘイグリットは通り抜けられないが、私たちの脇を通る外国の商人は何の抵抗もなくするりと通り抜けていく。


 そしてヘイグリットからこれまでアレグリットが行った実験を聞いた。

 生きていればこの領域の者は通れないが、無生物又は死んだものは通り抜けることができる。そして何より驚いたのはその規模だ。このアレグリットたちのいう『結界』は遥か上空まで伸びてこの国の中心上空で収束している。つまりこの国にスポリと透明な半球がかぶさっているように、この『結界』が伸びているという。アレグリットの知人のテイマーが鳥型魔獣を飛ばして確認したらしい。


 この国をすっかり覆うほどの結界。その規模はやはり魔女様としか考えられない。

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