打算的な私と誠実な従者
このグローリーフィアではキャラによって強さが異なる。
キャラクターごとにCPが設定されている。
パーティを組める人数は4人から6人。そしてパーティ加入者のCP合計を100ポイント内に収めなければならない。アレクやソルは最初から強キャラで伸びしろも大きい。だからアレクは40、ソルは42という莫大なCPが設定されていて、そのCPの余剰部分の18CP以下のキャラを4人目としてパーティに加入させる。そういうキャラは緩衝材と呼ばれている。
私もアレクとソルをパーティに入れてプレイするときにウォルターを入れたことがある。ウォルターのCPは16だから。
だから多分、恐らくこのゲームを誰かが開始したのなら、そんなパーティを組むこともありえるのかなと思う。少なくとも不自然ではない。なんだかメタな話だけど。
けれども緩衝材だからといって最終的に弱いわけじゃない。使い所の難しいスキル構成だったり育成に時間がかかるだけで最終的には一定の強さに達するし、バリエーションは少ないけどドラマも固有に設定されている。
そして今、私は夜半に王宮を抜け出してジャスティンを、ゲーム風に言えば育成している。ジャスティンのCPはたしか10前後だったはず。本来4人いて初めてアレクやソル1人に匹敵する。けれども私は数値というのはただの数値に過ぎなくて、育ち方次第だと実感していた。
ジャスティンは攻撃力と素早さの一点突破でその数値自体はアレクにも匹敵しうる。だからその他の部分をカバーできれば強くなれる。
だからジャスティンを有効利用できるのは強い戦士や魔法使いではなく、バッファーや補助魔道士なのだ。その意味でも私たちはとても相性がよかった。
私たちはダンジョン探索をして明け方前に帰ってきて、ジャスティンが先に就寝する。私はこっそり魔道具でお湯を沸かして体を拭いて、ジャスティンのものも含めて装備の点検を行い、夜が明けてジャスティンが仕事を始めるころ、朝9時ごろのウォルター王子の朝の挨拶を待って眠りにつく。だから日中の私は常にノックダウンしていた。
もう既にかなり眠い。
「無理なさらずもうお休みください」
「ええ。ありがとう。もう少し作業をしてから。でもジャスティンは本当に大丈夫なの?」
「勿論です。今まで就寝しておりましたし、日中も部屋前に待機するだけですから」
そうはいっても立ちっぱなしだ。体力は使うだろう。
私とジャスティンは親しい。だれよりも親しく付き合いが長い。攻略対象の難易度はトップクラスに簡単だろう。だからその関係はますます微妙。
ようはジャスティンは幼馴染枠の攻略対象だ。そして今はダンジョン攻略の唯一の仲間。ダンジョン攻略というのはこのゲームでは2つの意味がある。一つは普通にRPGとしての攻略要素、そしてもう一つは攻略対象とのフラグを立てる作業。
私は前世でジャスティンをターゲットにしてプレイをしたことはなかったけれど、岩場から足を踏み外そうとしたところを助けてもらったり一緒に持ち込んだサンドウィッチを食べたり、昨日のようにヒカリゴケがたくさんあるゾーンに迷い込んでいい雰囲気になったりと、ダンジョンの攻略深度にあわせてなんだか心がホッとするようなイベントが本当に新鮮で思わぬところで発生する。そしてその度に私は苦渋の決断をしてフラグをへし折ってきた。
ジャスティンは1人の男性として、とても優しくて素敵な人物だと思う。ジャスティンは私に優しい。攻略対象として、恐らく私に好意を持ってくれているのだと思う。だからせっかくのいい雰囲気をぶち壊すのはとても心苦しい。
それに王宮で私に親身になってくれるのはジャスティンだけだったから。
ウォルターは寄ってくるけどあの男は結局自分のことしか考えていない、そういうキャラなの。
でも今私とジャスティンがくっついてしまうのは醜聞以外の何物でもない。
王子との結婚式を半ばで中断した婚約者が、体調不良のはずなのに従者とダンジョンに潜って交際を開始するなんて。ウォルタールートを回避できてもその後どうしたらいいというの。
恥の上塗りだ。結局国外かどこかに身の拠り所も財産の当てもなく逃亡を続けるしかなくなってしまう。
私はそんな道のない恋に用はないの。不幸を回避するために別のエンディングを探しているんだから。魔王を攻略することこそが私のハッピーエンド。それ以外はバッドエンド。
心にそう強く念じた。
そして一つ誤算があった。
ウォルターは何故だか朝の挨拶以降、私の部屋を訪れない。ド天然だから強引に結婚式をあげようとするのかと戦々恐々としていたけど、意外にもそうはならなかった。一応女性を気遣う文化というものを身につけているらしい。
それはもちろん結婚式をなるべく先延ばしにしてその前に魔王を攻略したい私にも好都合だった。
そして更なる誤算。
ウォルターはアレクやソルとダンジョン攻略を再開した。私もついていくと言ったけれども体調が悪いならついてこなくていいと言われた。最初に体調の悪いふりをしたのは私だし、仕方がないし元気になったと言えば先に結婚式が待っているだろう。
我ながら虫がいいと思いつつ、ひょっとして私がパーティに再加入できていれば他のルートも開拓しやすいのかなと考える。そんな打算的な私はちょっと嫌だ。
けれどもそんなわけで王子は日中ダンジョンに潜り、日中寝て暮らす私との交流はほとんどなくなった。
そしてダンジョン攻略を再開した王子の評判はいささか回復し、私の評判は地に落ちた。
王子の目の届かない日中の時間帯は王宮中から役立たずだのなんだの遠慮なく罵られる。だから本格的に部屋に籠ることにした。流石に王太子妃の部屋まで来て罵詈雑言をがなり立てる輩はそうそういない。
かまわないんだ。私の生きる道はすでに魔王ルートしかない。それに魔王グローリーフィアエンドはこの国にとってもある意味ハッピーエンドなんだから。だから。だからこの国にどういわれようが気にしないことにした。
そう思って黙々と作業再開する私をジャスティンがなんともいえない表情で見つめていた。
大丈夫。今はジャスティンと低層の探索をしているけれど、一つ一つ歩めはいつかはウォルターたちに追いついて、そして夜のうちに追い越す。そして魔王に到達するの。
『幻想迷宮グローリーフィア』では、この迷宮の最深層に至るまでに散らばる魔王の痕跡をたどりながら、主人公は魔王の考えに気がつく。そして魔王の理解者となるためのいくつかのイベントをこなす。
そうして魔王を打倒した時がエンディング分岐。そこで魔王ルートに進めればエスターライヒ王国と魔王は協定を結び、継続的な富を地上に供与することを約束して主人公は魔王と二人迷宮の深層に去って伝説になる。
だからその攻略メンバーにジャスティンが入れば、ジャスティンは大きな栄誉とともにエスターライヒに戻ることができるはずだ。
それがジャスティンにとってもハッピーエンド。恐らく騎士か何かには叙勲され、何らかの爵位も与えられると思う。私とのトゥルーエンドなんて、醜聞以外の何の意味も成さないの。
「この先がようやく21階層のボスの間」
「腕がなります」
「大分自信がついてきた?」
「そりゃぁもう。マリオン様のお陰です」
私とジャスティンは大きな扉の前で並んで立っていた。
金属製で高さは3メートルはあろうかという重厚な扉。そこには蔦や様々な動植物のレリーフが刻まれている。この扉をくぐれば私たちにはボスを倒すか死が待っているか、それしかない。複数人数のいるパーティなら守りながら一度撤退という手段がとれるけれども、私たちはたった2人。どちらかが倒れればもう1人が守って逃げることなんかできない。特にこの階層のボスは。
でも大丈夫。私とジャスティンならなんとかなる。切り抜けられる。
一緒にダンジョンを潜っている、というか2人だけなせいか、ほんの少しだけ私とジャスティンの関係性が変化した。より親しい方向に。これは吊り橋効果というやつかもしれないし、ゲームによる補正なのかもしれない。けれども私とジャスティンはそれ以前に幼馴染で、その時の親しい関係に少し戻ったような気がする。
記憶の中、幼少のころの私とジャスティンはもっと親しかった。いつから従者と主人という関係になってしまっていたんだろう、そう疑問が浮かぶ程度には。
けれども今は何よりも優先すべきことがある。
「ここのボスはどんなユニコーンなのですよね」
「ええ。とても素早さが高いの」
「私よりでしょうか」
「そうね。恐らくこの階層以下では最も素早い。おさらいをしましょう。ユニコーンは角の生えた馬の姿をしている。ライオンのしっぽとヤギの顎髭を持ち、男に対してはとても獰猛な生き物。けれども女に対してはその攻撃性が弱まる。だからウォルターのパーティでは私が囮になってアレクとソルが仕留めた」
「マリオン様を囮にするなんて」
「それは戦略だから仕方がないの。それにユニコーンは私に危害を加えない。今回も同じ手を使います」
「やはりそれしかないのでしょうか」
「駄目です。これが一番安全で確実性が高い。だからあなたはユニコーンを倒して私を守って下さいね」
ジャスティンは目に決意を込めて大きくうなずいた。
ユニコーンはジャスティンより速い。そしてジャスティンより圧倒的に強い。一撃を受ければジャスティンは即死するだろう。けれどもそのために私がいる。私が囮になってユニコーンの足を止める。もとより私たちに退路はない。
より詳細な作戦をジャスティンに伝える。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、ジャスティン・バウフマンに疾風と風羽、風をもって切り裂く力を与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
そこまで唱えて重い扉を押し開く。
足を踏み入れた先のフィールドはまるで神聖な深い森。目を向けたその中心にはたくさんの光が降り注ぐ美しい透き通った泉。そしてそこに起立する体高4メートルはあろうかという巨大な一角馬。それに見えるのは2度目だったけれど、その美しい姿は最初に見たときより更に大きく見えた。ごくりと喉がなる。
ーかのユニコーンの目を塞ぎその耳にゆらぎを与えよ。
バフとデバフが発動する。
加えて懐から取り出した魅了のチャームを使用する。
これは私が上層階で手に入れた大量の素材を売りつくして購入した1度限りの強固な呪具。一定時間、相手に対して強力な魅了効果を発動する。
ユニコーンが私に気づき、ゆっくりと私に近づく。まるでただの人懐こい馬のように。そして周囲を警戒するブルルルという鼻息が響く。そして口の端からぼとぼととこぼれ落ちる唾液。おそらくジャスティンの匂いや気配を感じているのだ。バフの効果で目や耳は効かないはずだけれども鼻をふさぐのを忘れていた。焦りに思わず拳を握りしめた。けれど、もはや始めてしまった以上、倒す以外に私たちが生き残る道はない。
前の時は私に気を取られている間にソルが炎でユニコーンの感覚器官を焼き尽くし、アレクが力技で一閃した。2人はもういないんだ。
緊張。
この馬はただの馬ではなく獰猛凶悪なモンスター。恐る恐るその毛並みの良いたてがみを撫でる。その紺色の目は静かに狂気をたたえていた。刺激をしちゃ、だめ。刺激しないようになるべく息を細くする。ぴちゃり、ぴちゃりとその長い舌が私の表皮を舐める。そう、もう少し私に注意を向けて。ジャスティンの匂いなんて気にならないほどに。
どのくらい時間がったか、やがてユニコーンは私の胸に一抱えほどもある顔を擦り付けてきた。もう他のことは見えていない。
今!
私がそう思った瞬間、私の胸にこすりつけていた頭がドゥと落ちた。
その瞬間、魅了のチャームがパリンと割れた。
危なかった。もし一瞬遅れていたら。
「マリオン様! 大丈夫ですか⁉」
その声に私は思わず詰めていた息を吐く。
その途端、全身から汗がどっと出て、ひゅーひゅーと息が漏れ、カハっと変な音までこぼれた。
ジャスティンに力強く抱きとめられてびっくりして体が硬直する。そうだ、今倒れそうになっていた。酸欠で頭がくらくらする。ジャスティンの首元からバフの残り香なのか苦味のある爽やかなカミツレの香りが抜けていく。
「あ、あ、えぇ、大丈夫、です。その、離して下さい」
「あっ申し訳ありません」
急に離れた体温にまた少しふらりとして、抱きとめるべきかどうするべきか迷っているジャスティンの手をそっと取る。
少し、少しだけ気分が落ち着くまで。ほんの少し。未だにまともに息ができない。
……怖かった。とても怖かったの。ユニコーンが。
ユニコーンの一撃はジャスティンにとって即死の攻撃だけれど、それはバッファーである私にとっても同じ。防御上昇のバフを掛けても無駄なレベル。そもそも私自身にバフをかけると繊細なユニコーンは異常に気づく恐れがある。だから使えなかった。
生身で刀の上を歩くような恐怖と緊張。それから解き放たれて改めてこの階層を見渡す。
主の消えたフィールドはなんというか、とても清涼で美しかった。
しばらくジャスティンと泉のそばの木にもたれて休憩を取ることにした。
ジャスティンにとっても一撃必死という状況は酷いストレスを強いるものなのだろう。
この泉はとても清らかだ。ユニコーンが水を飲む時、全てを浄化する角が触れるからだといわれている。泉の底に小さな魚影がチロチロと動く。そして水面をさらりと柔らかな風が吹き抜けていく。
この世界はとても綺麗だった。
そして今は私とジャスティンの二人だけの世界。
少し不思議な。ひょっとしてこれも用意されたイベントの一貫なのかな。でもそれは多分違う。通常パーティは4人から6人。2人で階層ボスに挑むことなんてない。そうすると通常は周りに他に人がいないなんてことはなくて。
そうするとこのイベントはゲームシステムを離れた私とジャスティン独自のもの……?
ふと見上げたジャスティンは心配そうで優しそうな瞳で私を見ていた。昔から知っているけど、今新しく知った瞳。
けれども私はこのフラグも叩き折る。
駄目なんだ。私とジャスティンとの間に幸せはないの。
「ようやく落ち着きました。さぁ、ユニコーンの素材を取りましょう」
「はい」
私が立ち上がると、僅かに残念そうな瞳でそれ以上何も言わずにジャスティンも追随した。
「一番価値があるのはこの浄化の力のある角、それからこの美しい白い毛皮はとても高く売れます。それに呪いから守る効力がある。だから私とジャスティン用にお守りの軽装具を作りましょう」
そこまで言ってジャスティンが私を柔らかく見つめているのに気がついた。
「ジャス?」
「マリオン様から頂けるお守りは何でも私の宝物です。この服も、靴も、耳飾りも、全て」
「……」
私はジャスティンの目を見ることができず、黙々と素材剥ぎに取り掛かった。その目はあまりにも親しみに溢れていたように、感じたから。
そしてぐったりと素材取りに疲れて王宮に帰り、身を清めてジャスティンに約束した装備を作っているとジャスティンが部屋に駆け込んできた。ジャスティンが慌てるなんて珍しい。
「どうしたの?」
「昨日ウォルター様が30階層に到達したそうです!」
「どうしてっ? どうしてそんなに早く!」
それはやはり誤算。
誤算はやはりウォルターがもたらした。