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エルフとエルフの森

 31階層を超えて私たちは32階層に至った。

 31階層のボス百獣王は素早さが極めて高い上、多くの仲間を呼んで私たちを翻弄した。

 けれどもその都度ソルが足止めしてアレクとジャスティンが現れた仲間を各個撃破し、ソルの足止めを掻い潜りそうな場合は私とウォルターと一緒に身を潜めているグラシアノがその動きを止めてソルの風弾か氷弾で弾き飛ばす。

 そうして長い時間をかけて撃破した後に協力して素材を剥ぐ。


 グラシアノはいつのまにかパーティーに必要なメンバーになっていた。そしてウォルターの幸運補正。

 31階層にはボス部屋というものがない。ボスのテリトリーに立ち入れば自動的にボス戦が開始し、そのテリトリーを出ればボスは追っては来ない。そしてこのボスはこのフィールド内に存在するモンスターを無制限に呼び寄せる。

 だからボス戦で戦うモンスターは前日まで戦っていたこのフィールドのモンスターばかりだ。だからこそ、アレクやジャスティンにとってはウォルターがもたらす少しの幸運の差が浮かび上がる、と思う。ボス戦のモンスターはほんの少しだけ動きが悪く、攻撃がしやすい。

 まだ半信半疑だろうけれど、ウォルターがついてくる限り、この先もこの違和感は継続するはずだ。ウォルターは正直苦手なキャラ。けれども周回してこそ目に見えてくる、その見えない幸運効果は絶大だ。パーティに所属していれば今後の攻略難易度に段違いの差がでてくる。可能であれば、今後もメンバーに加えたい。本当に好きじゃないんだけど。


 それに同じパーティーを組むようになってから、ウォルターが私に無関心なのは明白になった。パーティーメンバーという以上に私になんて目もくれない。フラグが立っていれば発生する固定イベントも発生しなかった。

 本来ならこの階層のボス戦のオープニングでは、岩の上にかっこよく百獣王が現れてその群れを従え佇む姿を見たウォルターが『俺もあんな風にかっこいい王様になるんだ』的に呟く頭の悪そうなイベントも『とっとと倒そうぜ』で終わってしまった。


「お前、本当にマリーと復縁しようってんじゃないんだな」

「俺は王子に戻りたいんだよ。だから魔王を倒したいんだ。マリーには悪いことしたって思ってる。本当に。そんで虫がいいと思われても仕方がないが今は特別好きにはなれそうにない」

「それはよかったわ。私もウォルターは無理だもの」

「ちょ、無理とか酷くね?」


 ぱちぱちとジャスティンが焚きつけた火がはぜる。

 焚き火を囲んで串で刺した肉を地面にぐるりと突き立てて炙る。いわゆる囲炉裏焼き。ふわりと肉汁が滴ってじうと焦げた香りが立ち上り、周囲に満ちる。本来はこんな事は危険でとてもできないんだけど、ボスを倒した後のボスフィールドは安全地帯だ。何頭かのモンスターが遠巻きにこちらを眺めているけど近づいてきたりはしない。

 獣肉は本当は熟成した方が美味しいのだけれど、それでもこの階層のモンスターの一部はとても美味しい。サンダーガゼルは生きている時はその長い両角の間で電撃を発生させながら、その高い跳躍と共に襲いかかってくる。けれども倒してみるとその肉はきめ細かくしっとりとジューシーで、かぶり付くと口の中に豊かな肉の旨味と少しばかりの草の香りのような爽やかさが溢れる。

 それにヘイグリットから譲ってもらったタレをかけると柑橘系の酸味がさらに加わり食が進む。


「なんだこれ。このタレ美味いな。塩レモン? おいマリー、これどこで売ってる?」

「今度職人街で飲み屋さんを開く予定の方から譲ってもらったの」

「へぇ、なんて名前の店?」

「店の名前? うーん、そういえば聞いてなかった。今度聞いとくね」

「それよりウィル、お前元旦に空が割れたの見たっていうの本当か?」

「うん? 見たよ。つかなんでお前ら正月までダンジョン潜ってんだよ。暇なのかよ」


 元旦の空の話になるとソルが難しい顔をする。この間、ザビーネとお祭りに出かけた時も、ダルギスオンとずっとその話をしていた。

 空を見て覚えているのは私とヘイグリット、ウォルター。

 覚えていないのはジャスティン、セバスチアン、ダルギスオン、ザビーネたち。

 レベルでも種族でも、ゲーム上の敵対設定でも私への好感度でもない。共通点がまるでわからない。

 このゲームの外から来たアレグリットはどうなんだろう。あれから何度かお店に行ってみたけれど不在だった。


「ほんとに口が減らねえな。明日からまたお前と潜ると思うとうんざりだよ」

「悪いが請け負った以上、我慢してくれよ」

「ウィル、そのことだけど、あなたがその土瀝青が欲しいというのは理解しているけど、私たちは採掘に協力しないわ」

「うん? どういうことだ? 手伝ってくんないのか? 流石に俺1人だとどのくらい時間がかかるかわからないぞ」

「代わりに人を雇うことにしました。アーバン家の方々から人足をお借りします。採掘なんて私たちもしたことないもの。その間は私たちも別の用事があるから別行動となります」

「32階層っていうとエルフの森、に行くのか」

「ええ、そこでアーバン家と合同訓練を行います」

「うん? 合同訓練? やっべ気まずい」


 気まずい?

 ウォルターとザビーネたちの間に何かあったのかしら。フレイム・ドラゴンを倒した直後に廃嫡になって、パーティが解散したと思っていたのだけれど。


 けれどもそんなやり取りのうちに、ウォルターが本気で私をどうこうしようという気がないことに納得したのか、それともこの相変わらずもどこかバカバカしい軽さのせいなのか、ウォルター自身に対するパーティ内の敵意というものは次第に薄らいでいった。

 もともとは4人でパーティを組んでいたんだ。ウォルターは戦闘自体には役に立たないから特に調整が必要なこともない。


 そして翌日、32階層の転移陣の扉を開ける。

 15階層と同じ森の階層。けれども熱帯の15階層とは違い、32階層は針葉樹の森。

 高くそびえ立つ木々の隙間から薄っすらと差し込む透徹な日の光。それはとても澄んでいて、その内に吹き流れる風に舞う埃を浮かび上がらせる。時折さらさらと水の流れる音がする若草色の苔や、シダの茂る一見美しい森。

 けれどもその木々のうちのいくつかはモンスター。ここはドライアドを始めとする植物型モンスターとキラービーを始めとする昆虫型モンスターの闊歩する幻想と死の森。


 けれどもこのパーティには私、ジャスティン、グラシアノという探知に長けた人間が3人もいる。だからドライアドの見分けは容易に付き、先制してアレクの大剣とソルの風魔法が敵を引き裂く。昆虫型モンスターも多く襲ってくるけれど、ジャスティンの刺突とソルの魔法で切り抜けることはそれほど難しくはなかった。


 ウォルターが騒がしいのだけが一昨日までと大きく違う。でもそれもエルフの森まで。そこからは別行動。

 そういえば私たちのパーティはこれまでは休憩中に少ししゃべるくらいで、そもそも冒険中ににあまり会話をしたりはしていなかったかもしれない。注意力が散漫になるし、物音はモンスターを引き寄せるから。

 その点ウォルターの独り言は基本的にあまり誰も聞いていないからそれほど問題にはならないし、ラックで気づかれないのかもしれない。アレクとソルは少し苛立っているけれど。


 今日の目的地はエルフの森だ。深い森をくぐり抜けた先の、ボス部屋の比較的近くにエルフの森は存在する。

 エルフの森はこのグローリーフィアで初めて出会う亜人種の集落。この先にもいくつかあるうちの最初の1つ。

 友好的で宿泊施設や道具屋、ここでしかない武器屋なんかもある。そこで私たちはしばらく滞在する予定だ。王都にはしばらく戻らない。

 エルフの森まではいつも通りモンスターを各個撃破し、その強さを確かめながら進む。


「もっとガンガンいかないのか?」

「私たちはフレイム・ドラゴンで全滅しかけたの。だからもうあんな思いはこりごり。安全重視でいくわ」

「ふうん?」

「そういえばザビーネ様たちのパーティーはどうだったの?」

「うん? どう、とは?」


 ウォルターの表情が微妙に強張り目が泳ぐ。やっぱり何かあったのかしら。


「ガンガン進んでたのかってこと」

「あぁ。うーん、場所によるのかな。ガンガン行けるとこは行ってたし合わないとこは慎重に行ってたけどあいつらはバランスいいからそんなに困んない。お前らもそうじゃないの?」

「バランス、かぁ。あんまりそんな風には考えてはいないかなあ」


 バランス、ゾーニング。そういやうちの彼氏がそんなことをよく言ってたな。全体の流れを見るとわりとどんな状況にも対処できるパーティではあるのだろう。

 けれども戦場というのは一期一会。ゲームじゃないから何が起こるかわからない。だから注意に注意を重ねたほうがいいし、そうするべきだ。


「マリオン様、しばらく先に何かが争う気配がします」

「そうね。どこかのパーティーが戦闘中かしら」

「人同士に思われます。関わらない方がよいかと」

「マリー、助けに行こう」

「黙れウィル。決定権はお前にない」

「いやでもなんつーか」

「また勘かよ」


 エルフの森にも程近い。イベントの可能性、イベントでない可能性、どっちだ。

 そう思うと、助けてという女性の悲鳴が聞こえた。


「行きましょう。どうせこの先がエルフの森だもの。大回りするのも大変」

「偵察に参ります」


 言うが早いかジャスティンは姿を消して先行し、すぐに剣戟の音が響く。ジャスティンが自らの判断で戦闘行為を行うというのは余程のことだ。とするとやはり襲われているのはエルフなのだろう。


「誰だ貴様! モンスターの優先権は先に見つけたものにある」

「この人はモンスターじゃない」

「エルフはモンスター以外の何者でもないッ」

「ジャスティンさんッ」


 あれ? ジャスティンの名前を知っている?

 剣戟の音が複数響く。急がないとと思って飛び出すと、4人の戦士の前にジャスティンが立ち塞がり、その背後に女性がいた。

 あれ? この人、知ってる。


「お待ちください! その方は確かにモンスターではありません。タグを出して、早く!」

「えっ。はいっ」


 女性は服の内側から銅色のプレートを出すと、漸く相手の攻撃の手が止まった。外したプレートを受け取り相手に示す。

『エアリーヌ・フアヴァ エルフ 商店員 所属:アレグリット商会』

 それを見たパーティーは露骨に嫌な顔をして舌打ちをして立ち去った。

 慌ててエアリーヌの様子を確認すると、逃げている時にできた擦り傷を除いて怪我はないようだ。それもソルの魔法で癒す。

 話を聞くとどうやらエルフと見ていきなり襲われたらしい。

 ……流れは確かに『幻想迷宮グローリーフィア』のエルフの森の最初のイベントと流れは一見同じだけれども。


「あの、あなたはどうしてここに?」

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