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はじめてのパーティ協定

「2日ともずっとダンジョンにいたの?」

「さすがに夜は宿に戻っていたが」

「じゃあ初日の出は見てないんだ」

「あぁ、そういえば祭りをしてるな」

「うん。じゃあ今日の帰りはみんなで屋台を回ってみる?」

「いいね」


 結論としてアレクもソルも日の出の時間に外を見ていなかった。だからあのバグをそもそも目撃していない。

 エスターライヒは元旦から数日は屋台が出て賑わう。私とジャスティンは昨日も屋台で食べ歩いたけれど、屋台は商人街より職人街のほうが美味しかった。焼き鳥とか串揚げとか、なんだか前世を思い出すようなシンプルな料理が多いけど、素材の味がいかされてる? みたいな。ジャスティンとも調味料はなんだろうって話した。


 転移陣を抜けるとグラシアノが駆け寄ってくる。ソルが様子をチェックする。最近はダンジョンから帰る時に姿隠しの魔道具を身に着けさせていると聞いた。他の冒険者が転移陣を使っても見つからないように。


 31階層は草原の階層だ。

 扉を開けると青い香りをはらんだ柔らかな風が耳をくすぐる。どこまでも広がるなだらかな若草色がその先の薄青色の空に繋がっている。目の前の草は腰くらいの高さ。場所によって多少は違うだろうけど、大型獣なら見つけられても小型ならこの草に隠れて判別がつかないだろう高さ。

 けれども私の探知とジャスティンの観察眼、グラシアノの感知があれば不意打ちは防げるはず。

 とりあえず周囲にはまだモンスターはいなさそう。警戒しながらゆったり進むとジャスティンが戦闘音がするという。


 他のパーティだろう。

 ダンジョンには多くのパーティが潜っている。けれども近寄ったりはしない。それが暗黙のルール。

 ダンジョンでの対人戦は禁止されているけれど、もしそうなってしまっても、そのことを知るすべはないから。ダンジョンないまあ人が死んでもそれがモンスターのせいなのか対人のせいなのか、突き詰めるのは困難だろう。

 それに友好的な相手でもあまり関わらない方がいい。何故なら倒したモンスターは資源だ。だから共闘をするときには、事前に取り分について協定を結んでおかなければ争いになる。

 狩場がかち合うとモンスターが逃げてきた時には応戦せざるを得ないわけで、配分で揉めることが多いと聞く。


「パーティメンバーは少数と思われますが、おそらくは問題はなさそうでしょう。モンスターの数が減少しているようです」

「ではあなるべく離れましょう」


 そう思ってしばらく歩いても、モンスターとなかなか遭遇しない。どうやら先程のパーティがこのあたりの敵を一掃しているらしい。

 柔らかな草原を抜けると小川が見えて、その近くにようやく何頭かの中型のモンスターがいるのが探知できた。


 そろそろと警戒しながら近づく。

 あれはビッグボア? 地球でいうと大型のイノシシに似たモンスターが3頭固まっている。探知でも他にモンスターは見当たらない。

 水を飲んでいてこちらにはまだ気づいていないようだ。初戦には丁度いい。


 わずかに散開して移動阻害のデバフを撒くと同時に、アレクとジャスティンがその背後から群れに迫る。ソルの周りにいくつかの風の弾が渦を巻く。草原地帯だと炎は延焼の危険性がある。だからメインの魔法は風とか氷にすると事前に打合せをした。


 接敵直前にアレクとジャスティンが左右に別れ、それぞれボア2頭の外側後ろ足を断つ。バランスを崩すボアの側面に回り込み、アレクは大剣をボアの頭部に叩きつけ、ジャスティンはその細身の剣で正確にボアの脳を穿つ。残りの1頭を屠るのにはさほど時間がかからなかった。

 ソルは浮かぶ風弾を緩やかに広げてそのまま3頭を覆う。血の臭いが漏れて他のモンスターを引き寄せないように。そして新たに1つの氷弾を浮かべる。近づく足音に、アレクとジャスティンも警戒は解かない。


「ごきげんよう。こちらに敵意はありません。武器を収めて頂けるかしら。ゲンスハイマー家のパーティの皆様方」


 背後から他のパーティが迫っていた。

 グラシアノは私の後ろに隠れて、そして新しく現れた3人を見て息を呑む。

 両腕をあげた戦意がないポーズ。けれどもこの人達は偶然出会ったのではなく、転移陣近くからずっと追ってきていたのだ。

 そして10メートルほどの距離を置いて足を止めた。確かに敵意はなさそうだけれど。


「ザビーネか。何のようだ」

「ソルタン様、アレクサンドル様、ご無沙汰しております。またマリオン嬢、お初にお目にかかります。ザビーネ・フォン・アーバンと申します。以後お見知り置きください」

「ご挨拶痛み入ります。マリオン・ゲンスハイマーと申します。どうぞそこよりお立ち入りなきよう。当家に何か御用でしょうか」

「折り入ってお願いがございます。誠にご足労ですが本日の探索が終わりましたら当家までお越し願えますでしょうか」

「ザビーネ、単刀直入に言え」

「あら、ソルタン様。これは貴族家から貴族家に対する取引の申し入れですので、正式にお話させて頂きたいのです。そうでないと権力を傘にきたようになってしまいますもの」


 権力を傘にきた。伯爵家から男爵家への命令としてなら私は立場上断り難い。

 けれどもダンジョンに入れば別。

 ダンジョン入場許可証の発行枚数は異なるけれど、それぞれのパーティは独立した対等な存在として扱われる、ことになっている。


 ザビーネとハンナとカリーナ。確か今はアーバン伯爵家のパーティとして潜っていると聞いた。

 そういえばウォルターとパーティを組んでいたのよね。そのときのことに何か関係がある?


「そんなに警戒なさらないで頂きたいのだけど。困ったわ。ここでは合意に至っても契約書が作成できないもの」

「あの、どういった向きのお話なのでしょうか」

「簡単に申し上げますと、支援頂きたいのです」

「支援? 私どもがザビーネ様をですか?」

「ええ。現在アーバン家は攻略に行き詰っております。ですからこのハンナとカリーナを鍛えて頂きたいのです。十分な対価をお支払い致します」


 現在の到達最下層は39層。

 そうか、ダンセフェストか。あれは決戦型ボスだ。一騎打ちが必要になる。だからキャラクターをきちんと育成していないと突破できない。


「どうして私どもが? 39階層には歴戦の方々がいらっしゃるでしょう?」

「そうなのですが、これまで私どもは集団でダンジョンを突破しておりました。ですので一点突破、という意味での強者は乏しいのです」

「ようするに俺がその2人を鍛えればいいのか? それなら個人的に請け負おう」


 振り向くといつのまにかグラシアノはソルのところまで戻り、そのハーフマントの後ろに隠れていた。

 あれ? いつの間に仲良くなったんだろう。


「ソルタン様のお申し出は大変ありがたく、そして是非お願いしたいところなのですが、アレクサンドル様のご協力も是非頂ければと存じます。こちらのハンナは剣士ですので」

「うーん、確かに俺は剣はわかんねぇなぁ」

「俺は空き時間ということならかまわないが、ダンジョン探索に支障が出ると困る」

「ねぇアレク、対人戦って普段のモンスターとの戦いとは違うものなの?」

「そうだな。相手が技を使うことが前提となる。モンスターはスキルや魔法を使うことはあるが、それは本能的なものだ。人が練り、極限まで技工を凝らした技を使うのとは異なる」


 そう、か。

 この先にはエルフの森なんかがあって、そういった所で修行する機会なんかはあるだろうけれど、おそらく色々なパターンの戦闘修練を積んでいたほうがいいんだろう、と思う。

 39階層。まだ8階層もあるけれど、そこを目指して育成しないと足が止まってしまう。

 それにエルフの森か。エルフの森は次の32階層にある。最良の土瀝青をとるならあそこが一番いい。

 ウォルターは何も考えてなさそうだったけど、土瀝青の採集といってもウォルター1人の人力じゃたかが知れすぎている。だからそれを私たちが手伝う必要があるのだろうし、それにはそれなりの時間がかかるだろうなあとは思っていた。

 けれどもアーバン家から人手が借りられないだろうか。伯爵家ともなれば採掘のための人員をつれているはずだから。39階層まで進んでいるなら32階層に戻るのになんの支障もない。


「わかりました。こちらもやぶさかではありませんから、仔細を詰めさせていただきたく存じます」

「おいマリー、今日は屋台に行く約束だろ? お祭り終わっちゃうじゃん。そっちは今日明日って話でもないだろ。遠慮しろよ」

「お祭り、ですか?」

「ええ、今日は探索が終わったら職人街の屋台を回る約束をしていたのです」

「……お祭り。それでしたら同行させて頂いても宜しいかしら」

「ザビーネ様⁉」


 伯爵令嬢が庶民であふれる職人外で屋台を回る?

 私も一応男爵令嬢だけれどまあ庶民に毛が生えたようなものだし。

 そう思って『幻想迷宮グローリーフィア』を思い出す。

 そういえばザビーネと主人公の間でそんなイベントがあった。一緒に新年のお祭りで屋台を巡るグラフィック。前世の彼氏が見せてくれた。そのせいなんだろうか。

 今世で初めて会うにしてはやけに親しい。


「契約は冒険者ギルドでも行えますわ。私、庶民のお祭りというものに興味がありましたの」

「人数が増える分なら構わないぜ」

「ソル?」

「俺も構わない」

「2人がいいというなら私も構わないですが……」

「じゃぁ決まりね。冒険者ギルドで落ち合いましょう」

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