表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/121

行き止まりの39階層

 私たちアーバン家の攻略は、39階層で完全に止まっていた。

 駄目だ。私たちではこの階層を抜けられない。そこでパーティから1つの案が浮上した。ここより上の階層でも十分な採掘を行える。これより下に進む必要は果たしてあるのだろうか。もうこの先は王家のパーティに任せては? 王家のパーティは順調に階層を下ってきている。

 そう思うほどの壁が、私たちの前にそびえ立っていた。


「ザビーネ様でも無理そうですか」

「聞いた話だと私ではおそらく……これで前衛職は全て試したのよね」

「ええ。残念ながら」


 アーバン伯爵家は5パーティをダンジョン攻略に投入している。その深度は数ある貴族の中でも最も深い。けれどもこの最も深くにいるパーティは他にもたくさんいる。並み居る貴族家がこの階層でストップしているのだ。

 35階層を超えたあたりでフィールドモンスターですら1パーティでは倒せないほど強大となる。だから各貴族家は協定を結び、連合パーティで突破してきた。38階層のボスなどは4貴族が協定を結び、戦闘職だけで100人を超える規模で突破した。階層を越えた後は資源の獲得において敵対するのだが、そもそも階層を越えなければ資源も何もない。そしてこの規模であれば、大抵の階層ボスにすら拮抗できる。

 けれどもこの階層ではその戦術はとれなかった。


 その原因は39階層ボスであるダンセフェストだ。仮面をつけ、踊り子と名乗っている。種族はわからない。マリオネットのようにみえる、らしい。

 ダンセフェストのボス部屋には制限がある。1人しか入れないんだ。小さな、まるで酒場の入り口のような古びた木の扉をくぐると部屋の中央にこんな張り紙がある。


『ようこそお越しくださいました、皆皆様方。

 けれどもこの部屋はお一人様用でございます。

 どうかお一人様を除きご退出ください。

 ご安心召されませ。

 残られた方は私1人でご歓待申し上げます。

 お気に召されませんでしたらどうかご自由にお帰りください。

 どなた様かがこの先にお進みなられる資格を得られましたら、私は喜んでこの部屋を明け渡しましょう。

 〜踊り子 ダンセフェスト〜』


 その張り紙の通り、その部屋の中に複数の者がいる限り、何も変化は起こらなかった。

 そこでパーティの中から志願する戦士を1人残した。すると5分もしないうちに扉が開き、その戦士は這々の体で逃げ戻ってきた。

 急ぎ部屋に戻るとダンセフェストは既に姿を消し、濃い血の匂いを漂わせながらも既に静まり返っていた。


 その戦士に聞くと、扉を閉めると部屋の中央の台がずれ、そこから布を深く被った一体の異形の人形が現れたという。大きさは1メートル半ほど、けれどもその腕は4本あり、その腕はいずれも身長に匹敵する長さで、それぞれの腕にナイフを持っているそうだ。

 そして恐ろしく素早い。目にも留まらぬ早業で切り込み、なんとか防ぎきった時には既に間合いの遥か外にいる。攻撃をするほど間合いを詰めることも難しく、気がつけば防戦一方になっている。


 各貴族家の何人もの名うての前衛が挑んだ。けれども誰も突破できなかった。素早さに自信のある戦士も挑んだけれどもなんとか刃が当たりそうになればその部分に新たな関節が生じて、サラリと避けられてしまう。体力自慢の戦士が消耗線を挑んでも相手の体力は無尽蔵らしく、こちらが消耗するだけのようだ。

 私のような魔法使いはそもそも相手を捉えられないだろう。効果範囲の違いはあるけど、魔法も飛び道具と同じようなものだ。素早さが高ければ避けられてしまう。

 そんな検証ができるのは、ダンセフェストはこちらの戦意がなくなると攻撃を止めるからだ。だからさほど戦力を損耗せず、この奇妙なボス部屋に挑み続けることができていた。


 それでも各貴族家は合同して試行錯誤した。

 例えば物は置いてこれるのか。何でも置いてこれた。武器もポーションも魔道具も。けれども置いたものはダンセフェストも使える。だから結局のところ必要なもの以外は置いておけない。魔術具を複数装備させて挑ませたこともあった。けれども普段魔術具を使い慣れていなければ、上手く使いこなせるものではない。だから勝率はかえって下がった。

 魔法効果を置いてくることはできた。僧侶が使うリジェネなどだ。だから攻撃されて負傷しても、その魔術が効果を発揮し続ける限り効果は継続する。しかしそれも決定打にはならなかった。


 倒すためには決定的に攻撃力が足りない。攻撃力と言っても膂力や力の強さの問題でもない。ようは的確にダンセフェストを破壊する術がない。3名ほど、腕の一部を破壊できたものはいる。けれどもそれ止まり。次に誰かが潜ったときには腕は回復していた。だからまた、1からやりなおし。

 ここに居並ぶ全ての貴族家を合わせると、既に数百回はトライされている。けれども攻略の糸口は全く見えなかった。


 ここに至って諦める貴族家も出てくる。

 このボス部屋で張り付いているよりは、それまでの階層の採掘に力を注いだほうがよい。中位以下の貴族家の大部分はそのように判断し、伯爵家以下で残っているのは私のアーバン家とアルバート様のご実家のプローレス家だけだった。そんな私たちに声をかけてきたのはカステッロだ。


「ザビーネ嬢、貴家はどうされるおつもりか」

「わたくしはここを諦めるつもりはございません。けれども突破する見込みもございません。ですからパーティを鍛えようと思います」

「なるほど。私も同じ考えだ。よければ同行して頂きたい」

「カステッロ様もですか……しかし私たちの行き先はエルフの森ではありません」

「そうか。どこで狩る? 前に言ってた28階層か?」


 少し、気が重い。

 カステッロはビアステット公爵家の嫡子だ。ダンジョン外の付き合いを考えると無碍にはしづらい。けれどもダンジョンに対する意見があまり合わない。

 カステッロは先だってから様々なパーティにエルフの森を焼き討ちして資源を根こそぎ奪おうと主張していた。カステッロはダンジョン探索に向いている。ダンジョン内のものを資源としか考えていない。エルフの森には財宝がある。そんなおとぎばなしは確かにある。けれどもこのダンジョンのエルフの集落にそんな財宝なんてある様子もなかった。つまりカステッロが言う資源とは、あるかもしれない財宝、それから貴重な森林資源、そしてエルフ自身。

 エルフというのも確かに魔物なのだろうけど、敵意のないものとわざわざ敵対しようとは思えない。ましてや。


「28階層はユニークモンスターだったようです。何度か探しましたが現れませんでした。私どもはモンスターではなく対人戦闘をしたいと思います」

「模擬戦か?」

「ええ。そうです」

「ふうん? だが人と戦っても儲からんぞ」

「それは仰るとおりと存じますが、ダンセフェストを倒すには英雄が必要だと思うのです」

「英雄、ね」


 カステッロは少し小馬鹿にしたように鼻で笑って私を見た。

 人の範疇を超えた力をもって世界を渡る一握りの存在。例えば勇者、剣聖、魔人、賢者、魔女の御使い。その1人で国をも滅ぼす力を有する者たち。ようは夢物語の登場人物たちだ。

 そのような者は確かにいる。だが雇う、従わせるには莫大な報奨が必要だ。それにそのような者たちはそもそも金を求めるレベルにはいない。だからどだい『雇う』という行為には向いていない。

 そして英雄を育てようとすることはさらに愚かしい行為。英雄とはそもそも育てられるようなものではないのだから。


 けれどもダンセフェストを倒すにはその力が必要なのだろう。

 幸いにも1人だけ、酔狂にもこのダンジョンに潜っている賢者がいる。ソルタン・デ・リーデル。賢者の塔を出たばかりのまだ新しい賢者。それにアレクサンドル・ヴェルナー・ケーリング。私たちが一緒に旅をしたあの時点ですら、騎士としての力量はこの階層に留まる誰よりも上、だったと思う。

 そしてその証拠に2人が所属するマリオン・ゲンスハイマー嬢のパーティは先日たった5人で、さらに驚くべきことにたった1日でアイス・ドラゴンを撃破したという。そんな記録がパーティのダンジョン入退出記録に綴られていた。

 みんなはありえない、実際はパーティメンバーを残してマリオン嬢だけダンジョンを出入りし、何日もかけて倒したのだろうというけれど、あの2人の力では不可能ではないのかもしれない。そう確信する。その5人のうちの1人にウォルターが紛れているのがよくわからないけれど。


「ともあれ必要なものはダンセフェストを打倒する一個人の力。実入りはさておいたといても、今優先すべきはダンジョン踏破です」

「それには同意だ。踏破の報奨金は大きいだろう。しかし本当にあのダンセフェストを倒す人間を鍛えようというのか? 倒せる者の訪れを待って借り受ければよかろう?」

「しばらくは試してみたいと存じます。カステッロ様もごきげんよろしゅう」

「ああ、まぁ精々頑張るのだな」


 ひらひらと手を振りながらカステッロは自陣営に戻っていった。

 なんとなくカステッロが早々にこの階層を放置する理由はわかる。いずれは誰かが39階層を突破、つまりダンセフェストを倒さなければならない。けれどもそれは誰でも良いのだ。そこにリソースを割かなくとも、ダンセフェストを倒した者を高額で借り受ければ自パーティも突破できる。

 貴族にとって一般の冒険者や部下など消耗品だ。だから金を積めば借りられるものだ。一時的にパーティに加入させてリポップしたダンセフェストを倒させればいい。

 ここまでの貴族家は、連合を組み、総合力を高めてダンジョンを進んできた。ここからたった一人の英雄を育て上げるのは大変な労力を要する。わざわざ自分で強者を育ててその間の実入りを失うより、自分たちは採掘に専念してその実入りの一部で誰かを雇うほうがいい。その方が私財の投資先としては理にかなっている。何せ貴族家は自領を富ませるためにダンジョンに潜っているのだから。貴族としてはそれが正しい考え方だろう。


 私のアーバン家も含め、多くの家が複数パーティを連合してこのダンジョンを下ってきた。それは自パーティの戦力を高めるより、そのほうが効率がいいからだ。

 下の階層のほうがより貴重なものが埋まっている。だから降りられるところまで数の力で押しつぶす。それが正しいダンジョン踏破。

 そういえばフレイム・ドラゴン戦の前にウォルターに何故ボス戦なのに連合を組まないのか聞いたことがある。

 その時の答えは、当時の私には到底理解不能なものだった。


「レベルを上げなきゃ下で戦えない」

「そんな時こそ助けあえばよいのではないでしょうか」

「そうはいってもそのうちタイマンはらないといけない時がくる」

「タイマン、ですか? モンスターと一騎打ち?」

「あぁ」


 最初はそんな馬鹿なこと、と思った。けれどもたしかにその時は訪れた。

 多くの人数でモンスターを倒すよりは、少人数でモンスターを倒すほうが練度が上がりやすい。

 だから私も、ハンナもカリーナも、このアーバン家のパーティ連合に入っている今よりウォルターのパーティに入っていた時の方が練度は上がっていた、気がする。

 それはそうだろう。何せ必死なのだ。気が抜けない。本当にこの3人きり。誰かが怪我をしたら。誰かが動けなくなったら。僅かなほころびが容易に死を運んでくる。そんなヒリヒリとした緊張感が隣り合わせにあった。余裕など無い。

 一方の今は安心感がある。怪我をしたり疲れれば、交代の要因がいる。何かあれば回復してもらえる、その手段がある。


 けれどもダンセフェストとの戦いにはそれがない。

 たった1人で敵と対峙しなければならない。

 ハンナも一度トライしたけれど、やはりウォルターのパーティとの戦闘が思い起こされたそうだ。

 ウォルターのパーティでは私たち3人、マリオン嬢のパーティではマリオン嬢はバッファーでジャスティンは従者というから実質的な戦闘員は2人だろう。そしてマリオン嬢のパーティはアイス・ドラゴンを2人で超えられるほどの練度を保持している。どれほどの紙一重を積み重ねて30階層まで到達したんだろう。

 だから2人になんとか教えを請えないか。私たちを鍛えてもらえないか、そう思っている。


 結局の所、この個人の力の重要性、というものをこの期に及んでも誰も重視しないのだ。私と一緒に死地を抜けてきたハンナとカリーナの2人以外は。私の家のパーティですら。

 私たちも3人で7日をかけてフレイム・ドラゴンを倒した。けれども普通のパーティにとっては30人で1日で抜けるほうが重要だ。

 だから私は2人を連れて、他のメンバーには採掘を託して31階層に上ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ