新しい冒険
少しの慣らしの後、アレグリット商会で新しく作られた大剣はストルスロットを容易に撃破し、私たちは29階層を突破した。
それを機にジャスティンもアレグリット商会で2本ショートソードを新調した。薄く軽い剣と硬度が高くやや重い細い剣。予備の剣は普段はグラシアノが持ち歩く。魔族は子どもでも力が強いから、そのくらい問題はない。なんだか輜重兵みたいで役割ができた。ようやく同じパーティのメンバーになったみたい。ゲームと同じように、ゲームとは大分違う形で。
変わったことが3つ。
1つはソルがグラシアノを封印しなくなった。理由を聞いた。昨日アレクと2人で少し探索したらしくて、そこでグラシアノがモンスターの居所を察知できることに気がついたらしい。それから一瞬であればモンスターの動きが止められることも。それはストルスロット戦でもとても役に立った。戦闘では一瞬の差というものが明暗を大きく分ける。
その作用は魔力の作用らしく、封印をしている状態では使えない力らしい。
グラシアノはモンスターが察知できる。そしてモンスターに命令ができる。
それはまさに魔王としてのプログラム。グラシアノはやはり、ゲームと同じようにこれから魔王に近づこうとするのか。その性格は全く異なっているけれども。
結局のところ、この世界の魔王が私の思う通りの、つまり『幻想迷宮グローリーフィア』通りの魔王かどうかはよくわからない。魔王は1年目はダンジョンをひたすら掘っていた。ゲームの中でもこの世界でも。2年目はどうなるのだろう。1年目は地上には全く無関心だったけれど、魔王が地上に攻め入ってくる、なんて可能性はあるんだろうか。
けれどもこのダンジョンは王都エスターライヒにほど近い。一旦魔王が地上に牙を向けば、ダンジョン入り口は地獄の門と化す。エスターライヒ王国は国を上げて防衛・撃破しなければならない。そこから溢れ出る無数の魔物を人間が襲う。果たして防御しきれるものなのだろうか。他の国との戦争と違うのは、一旦戦争が起こればおそらく交渉の余地がないことだ。
そのような状況を前提としても、魔王に対抗しうるグラシアノを育てるのは有利に働く、はず。
同種の能力を持つ魔王が地上に出てこない限り、ダンジョンの入口でモンスターの帰還を命じることもできる、よね。
それから28階層のグラシアノ関係のイベントがスルーされていたのは封印されていたから?
けれどもグラシアノは転移陣が使えない。だから今更上層には戻れない。戻るべき、なのかな。
変わったことの2つ目は、定期的に自由行動日を取ることになった。
ソルには欲しい素材があるらしい。一緒に探そうと言ったけれど、これはあくまで私的に必要なものだからアレクと2人で潜るという。その提案は私にとっても渡りに船だった。
私も王都の開発の必要性を感じていた。
流通は今、ウォルターが整えている。魅力的な武器防具というコンテンツもある。けれどもそこから1つ超えるためにはエスターライヒという国自体の発展が必要なんだ。今は行商商人は増えているけれど過ぎ去るだけでこの国の人口自体が増加しているわけではない。
ここからは国全体にお金を回して周辺や諸外国から人口を集め、つまり経済規模を大きくして様々なギルドを発達させ、それぞれが独自の技術開発や投資を行うことで国が指数関数的な速度で拡大し、爆発的な発展を促す。いわゆるシンギュラリティを超えるっていう奴。
アレグリットさんは吟遊詩人だというけれど、文化的にも魅力を高めていったほうがいい、んだよね。うーん。その方面で私が貢献できるとしたらやはり服飾とかデザイン、なのかも。
だから私は自由行動の日にそういった開発に着手しようと思う。
そして3つ目。
「あの、さ、俺にも何かできることはないかな」
「ないわね」
「ねぇよ」
「ないな」
「幸運をお祈り下さい」
「お、おう」
ウォルターが私たちに追いついた。
ウォルターは主要街道まで石畳を敷き詰めた。いや、敷き詰めるのは時間の問題というところまできている。
次に必要なのは土瀝青だという。つまり天然アスファルトの材料だ。道路を改良すれば流通量は爆発的に増加する。車両や鉄道網開発の足がかり。たしかにそれは技術ツリーのその先にある技術。けれどもその技術ツリーが開放されるのはゲームでも随分あとのこと。後半、40階層到達前後のタイミングのはず。
私はゲームではダンジョン探索をすることが多い。RPGは好きだし、推しがダンジョン攻略メンバーに多く偏ってるのもあったから。だからシミュレーションパートは最低限をこなして、道路のアスファルト舗装まで手を付けることは滅多にない。だから技術ツリーの解放条件ははっきりとは思い出せないけど、街の発展具合から考えて、どう考えてもそれはまだ満たしていない気がする。
素材だけあっても仕方がない気はするけど、どうするつもりなんだろう。
「ギルドで土瀝青が32階層以下の森林で出ると聞いた。それが欲しい」
「そんなもん、何に使うんだよ」
「道を舗装するんだ。そうするととてもいい道路ができる。丈夫で平坦で、水はけのとてもいい道が」
「じゃあ取ってきてやるよ」
「だめだ。上質な土瀝青じゃないと。その、だから俺が見に行く」
「条件を教えてもらえれば俺が探してくるよ。素材の判断は俺がする。試金が貰えれば可能だろ」
「嫌だ。一緒に行きたい」
困惑と迷惑。
プローレス家の客間を借りて二度目の会合が行われた時、その空気は随分と歪んでいた。
ソルが怒気を顕にし、アレクも不快感を隠そうとしなかった。ジャスティンはその日、朝から僅かに沈んでいた。
私以外に誰も望まない加入。私も心情的には積極的に望んでいるわけではない。ウォルターは気に食わない。けれどもその幸運値というスキルは何者にも代えがたいものではあるんだ。『幻想迷宮グローリーフィア』でも他の戦闘職の代わりに戦闘に役立たずのウォルターをいれる程には。
けれども『ウォルターが加入するとラックが上がる』というのは説明し難い。ウォルターとパーティを組んでいた間、誰も致命傷を負っていない。その効果は確かに健在している。けれどもそれは、何度もこのゲームを周回して、他のプレイと比べて初めて、その圧倒的な効果の違いを実感できる代物だから。最初から当然のようにパーティにいる今世では、その違いには気づきようがない。
今世? あれ。なんだか違和感。いやでも。
「セバスチアンもこれは理由になると言っていたぞ」
「それは、まぁ」
ウォルターの道路建設の効果は目に見えるレベルだ。それほど王都は活気づいている。
よりよい道路を敷設するため、他のパーティに加入できないウォルターが『もとのパーティに収まる』というのは説得力のある理由に、ならなくはない。
けれども。
「ウォルター。あなたの考えはわかりました。けれども仮にあなたが加入しても、元の状態には戻れません。私はあなたと結婚するつもりはもうないの」
「え、うん。それは別に全然いい」
「はぁ? じゃあお前はなんでこのパーティに加入するんだよ」
「だって他はどこも入れてくれないしそれに」
入れてくれないだろうなぁ、とは思う。
今のウォルターは王族としての勤めを果たしている。廃嫡されたとしても。何故王子であったときにしなかったのかとは言われているが、確かに国を富ませるという結果がある以上、反論はし難い。そしてその『王族の務め』を果たすウォルターをその部下、つまり下っ端としてパーティ加入させる貴族家がいるはずがないのだ。
でもそれならなおさらウォルターの意図がわからない。土瀝青が欲しいなら上質に限ってクエストを出せばいいだけだ。
「マリーのパーティが魔王を倒すだろ? 俺が一緒にいれば俺も魔王攻略パーティのメンバーになれる。そうしたら第一王子に戻れる、かもしれない」
論理的にはなんとなく納得はいかなくもない。
王族の義務として国を発展させているが、それだけで目に見える成果としてはアピールしづらいだろう。ダンジョンを攻略できればそれは誰にでもアピールできる大きな名誉となる。何故ウォルターが私のパーティが魔王を倒すと思っているのかよくわからないけれど。客観的には小さな私たちのパーティより大貴族家のパーティのほうが攻略に近い。まあ、入れないんだろうけど。
「ウォルター。これだけは言っておく。俺はお前とマリーの結婚は認めない。何があっても」
「だから結婚しないって」
「俺はマリーに求婚した」
「求婚? おお、おめでとう」
「おめでとう?」
「あれ? お前らくっつくんだろ?」
「くっつ……?」
「ウォルター、求婚は受けたけど承諾はしていないわ」
「うん? ああ、まだダンジョン攻略中だもんな」
??
なんだか話が噛み合わない。けれどもウォルターに私とくっつく気はないらしい。そのそっけない態度でそれは浮き彫りとなった。
なんだかとても妙な心持ち。私はこの世界でほとんどの人に好かれている。ストーリー上嫌われることはあるけれども、最終的には良好な関係に落ち着くことが多い。けれどもこんな反応は今までなかった。まるで興味がないというような反応は。少なくともゲームが始まってからは。
そしてゲームが始まって以降、誰よりも熱烈なアピールをしてきたのがこのウォルター、だったと思う。だからウォルターとのノーマルエンドになったんだ。
好きの反対は嫌いではなく無関心。
私はウォルターとの間で大きなバグを巻き起こした。結婚をキャンセルした。だからそのバグの効果として、主人公補正とかいったものがすっかりなくなった、としたら。だからウォルターはあの結婚式以降、私に対する興味を失ってしまって会いにも来なくなったのかも。本来なら王子が男爵令嬢に興味を持つはずがないわけだし。
そうするとウィルやジャスティンの好意というものは、やはりプログラムに基づいて発生しているもの、なのかも。以前からぼんやりと思っていた疑問。
彼らはゲームのキャラだから私を好きになる。ゲームが終わればその魔法は溶けてしまう。つまり今求婚されているのもプログラムに則ったもので本当のソルの気持ちではないのかもしれない。それに私も終局的には未だみんなをゲームのキャラクター、として認識している部分がある。たくさんの毎日と戦いを超えてきた今でも。私のこのみんなに対する信頼もプログラムが作っているもの、なのかな。
私たちは『幻想迷宮グローリーフィア』に縛られている、気がする。
「素材は買い取る。パーティに金が入る。俺は邪魔しない。悪いことはないだろ」
「あのな、俺らがお前の加入が嫌なのは、お前が嫌いだからだ」
「それはわかってる。だからビジネスで行こう。きちんと契約書を作ろう。セバスチアンもそうするのがいいって言ってたし」
「なんなんだ、調子狂うな。お前どうしたんだよ」
そのウォルターの発言や態度は酷くまっとうだけれど、今までのウォルターとの乖離が大きすぎて違和感しかなかった。
私たちがウォルターを加入させるのに問題はもう一つある。
「ウォルター、これは公言してほしくないんだけど、私たちは荷物運びを雇っているの」
「うん」
「それはダンジョンに住む者なんだけど、その点は大丈夫?」
「モンスターか何か? テイムしているのか?」
「テイムしているのとは少し違うけど、それはグラシアノっていう子どもの魔族なの」
「グラシアノ? ああ、いいんじゃない?」
いいんじゃない?
魔族なのに忌避感はないのかな。よくわからない。
ウォルターは嫌いだけど加入させたい。けれどもパーティの状況を考えるとやはり最小限がいいんだろう。
普段の戦闘は慎重にやってるからおそらく問題はないだろう。問題は強大なボス戦だ。戦いというものは予想外なことが起こるものだけれども、ウォルターがいればその危険性が一定減らせる。ウォルターがいるだけで生存率が格段に上がる。私の一番の望みはこのパーティを危険に晒したくないっていうこと。
「ウォルター、あなたを加入させるとすればボス戦だけ。ボス戦だけの加入でも次の階層には進める。それに私たちの指示に従ってもらう。それでもいいなら私は構わない」
「おう。俺もその方がいい。俺は直接戦闘には何の役にも立たないからな」
「お前、随分変わったな」
「そうかな、そうかもな」
「私はマリオン様に従います」
ジャスティンはそう言うと思ってはいた。
あとはアレクとソル。ソルは未だに不愉快そうだ。けれどもソルは利益があればそれを取るのだと思う。アレクの表情はよくわからない。
「王家の書庫を閲覧させろ。王家でなくなっても高位貴族なら閲覧できるはずだよな? あれは便利だ。あと嫌になったら叩き出す」
「俺は、そうだな。皆が良いなら構わない。けれども俺もはっきりさせたい」
「はっきり?」
そう言ってアレクはゆっくり立ち上がる。私の前に跪き、腰に穿いていた剣を外して私の前に掲げる。
「マリオン・ゲンスハイマー。私アレクサンドル・ケーリング=キヴェリアはあなたに結婚を申し込みます」
「アレク?」
「言っていなかったが私はキヴェリアの第三継承位を持つ王子だ。ケーリングは部族名、名乗っていたヴェルナーというのは母方の性だ。俺は個人として入国したからな。それで、私は命ある限りあなたの剣と盾となり、あなたを守り抜くことを誓います。私の全てをあなたに捧げる。どうか全ての冒険の終わりには私と共に私の国へ、私の伴侶となりともに歩んでほしい」
「いいのかアレク」
「ああ、決めたんだ。それに全てが随分思い出じみている気がする。マリオン嬢、俺も返事は後でいい」
突然のことに呆然とした私を置いてアレクは清々しい表情でさっさと立ち上がり、元の位置に戻った。
何故、このタイミング?
これは本来はフレイム・ドラゴンを倒したタイミングでアレクルートで発生するイベントのセリフ。
そして空気を読まない声が響く。
「おお、すげぇ。生で見るとまた違うな。それでジャスティンも告んの?」
「……私はマリオン様の従者ですから」
「つまんないの」




