魔王様のお店訪問
職人街?
職人は作った武器防具を商人に卸すもの。そして商人がその武器を売る。すっかりそれが常識だと思っていた。だから私は武器屋を探すなら人通りの多い大通り、商人街だけど、肝心のその大通りで売っている武器が全く発達していなかったから諦めていた。職人街の方まで足を伸ばしたことはこれまでない。ダンジョン探索一辺倒でそんな余裕もなかったし。
セバスチアンにおすすめですよと言われて渡された地図を辿る。大通りを挟んだ反対側の街区。
初めて足を踏み入れるその場所はアリの巣のように道が張り巡らされ、ガヤガヤと慌ただしく、汗臭く、埃っぽかった。セバスチアンから最近道路の開発が進んで人がたくさん流入していると聞いていたけど、商人街とはまた違った活気に溢れている。
地図に従い訪れた店は、複雑な街路の少し奥だけれども想像したより随分大きく、ぎゅうぎゅうと人だかりができていた。
周囲の鍛冶屋はどこか雑然としていて、店の奥や入り口の壺に乱雑に武器が投げ込まれていただけなのに、その店は新しく塗られたのか白く綺麗な佇まいで、外観からして他の店とはぜんぜん違う。店内も職人街の他の鍛冶屋とは段違いに綺麗に整えられている。武器の種類ごとにコーナーに分けられハンガーのようなものに武器が吊るされている。性能についてはゲームのように数値が書かれたメモが貼られ、展示方法も見やすい。
私の店やセバスチアンのカウフフェル商会にもよく似た、人の動線が考えられている使いやすい配置と武器屋にそぐわない明るい雰囲気。なんとなく前世の大型家電量販店が思い起こされる。
そう思って武器を手にとってまた驚く。
ウーツ鋼で作られた大剣やミスリル鋼から作られた短剣。ドラゴンの皮革から作られた皮防具。
ダンジョン探索で得られるけれども、この街では未だ満足に加工できない素材から作られた完成品がここにある。
手が震える。この素材と技術であればストルスロットを超えられるかもしれない。
アレクも早速いくつかの大剣を手に取り真剣に眺めている。
「どうかしら」
「素晴らしい剣だとは思う。けれどもストルスロットには少し心許ないな」
「こんなに大きいのに?」
「必要なのは大きさではなく厚みだ。硬度があっても剣が薄ければ折れる可能性がある。硬い皮革でも中が柔らかいモンスターなら文句はないところだが、ストルスロットは中まで硬い。剣の受けるインパクトの衝撃が違うんだ」
「オーダーで作ってもらえるかしら。あの、お伺いしたいのですが」
「はい、どちらをお求めでしょう」
声をかけた店員にまた驚いた。すらりとした長身に尖った耳、振動する声。エルフだ。
この国にも亜人は多いけれど大半が外部から訪れた商人や冒険者で、国内で働いている者は少ない。住んでいると言えばダンジョン32階層にエルフの森があるけれど、このゲームでエルフに出会えるのは攻略対象キャラかそこくらいだったはず。
エルフの店員はこういった反応に慣れているように少しだけ眉を下げて続ける。
「やはり驚かれますよね。この店で働いているのはだいたい亜人です。けれどもお気になさらず。決して皆様に危害を加えたりは致しません。そんなことすればお客さんが減ってしまいますものね。それで何をお探しでしょうか」
「ええとあの、大剣が欲しいのですが特別に鍛えていただくことは可能でしょうか」
「はい、もちろんです。今制作部を呼んでまいりますので少々お待ち下さいね」
マニュアルでもあるのかというビジネスライクな応対で、案内されたテーブルで暫く待つと、ひょこひょこと現れたのはなんとドワーフだった。しかも攻略対象の特級鍛冶士。
私が鍛冶を鍛えようと考えた時に1番に探したけれど見つからなかった人物。こんなところにいたなんて。
「あいよ。んで何がつくりてぇんだ」
「ウーツ鋼で大剣を作って欲しいの」
「これより一回り頑丈なものが欲しい」
アレクが背負った大剣を机の上に置く。ゴトリという音は重量を感じさせる。
アレクは複数の剣を所持していて昨日ストルスロット戦で試したのはこの1番大きな剣。その刃幅は30センチ、厚みは5センチほど、長さは1メートル半ほどもある。私にとっては鉄板に等しく、持ち上げることすら叶わない重量。
けれどもアレクがこの大剣を振り回し遠心力をつけて切り上げてもストルスロットの表面をわずかに欠けさせただけだった。
これ以上力を込めると剣が折れるとアレクは言う。
「ちゃんと整備してんな。いい鋼剣だ。ドラゴンだって切れるだろう。これじゃぁ駄目なのか」
「もっと打撃力があるものじゃないと駄目なんです。厚みのある」
「ふーん? 打撃? 切るんじゃなくてか。よくわかんねぇな。おーい店長、俺じゃよくわかんねぇ」
「んだゴラ仕事しろよ仕事。金払ってんだからよぉ。こっちは飯食ってんだよったく」
ドワーフのだみ声に呼応して奥から妙に美声の罵倒が聞こえた。
コツコツと響く足音と共に頭をぼりぼり掻きながら奥から現れた長身の人物に混乱する。
えっと、魔王?
「グラシアノ?」
「んぁ?」
「……いや、失礼した。知り合いによく似ていたもので」
「……んで何で俺を呼んだ」
「店長、お客人はこれより打撃力がある分厚いやつが欲しいってんだ。どうしたらいいんだよ」
「打撃? ふぅん」
店長と呼ばれた人物はアレクの剣に口をへの字に曲げた顔を近づけコンコンと叩く。研ぎ澄まされた刃にその流麗な顔が反射する。
店長と呼ばれるからにはこの人物がアレグリットなのだろう。それにしても魔王によく似ている。瓜二つだ。魔王にそっくりなこの男は当然ながらグラシアノにも似ていて、アレクがグラシアノを想起してもおかしくはない、んだけど。
けれどもこの人は魔王じゃない。魔王は引きこもりでほとんど喋らない物静かな存在だ。コミュ障ともいう。けれど店長の挙動言動は傍若無人でオーバーアクション。魔王と大きくイメージが異なる。
それに魔王の特徴である黒い角がその頭部にはなく、しっぽも生えていなさそうだ。しっぽは隠せるかもしれないけれど角は流石に無理だろう。だから魔王ではないのだろうけど……青白く整のった顔はまさに魔王のグラフィックそのもの、だよね。
姿はほとんど魔王だけれど、それ以外は魔王とは似ても似つかない、そんな印象。
他人の空似なのかな。この世界でも似た人というのは3人くらいはいるものなのかも。
よくよく見ればグラフィックも少しだけ違う。魔王であれば長いはずの髪は肩上で切りそろえられ、剣を叩く指先の爪も深爪気味に切り揃えられている。
「岩砕きだ。お客様は剣で鉱山掘ろうってんだよ」
「はぁ? 店長、何を言ってる」
「冒険者ってなぁ頭がイカレてるもんなんだよ。だからツルハシじゃなくて剣で岩を掘るのさぁ。うんと硬いやつだな。とびきり硬いやつを使え。芯はウーツで硬性だけじゃなく靭性も持たせろ。きばれよ。それから、うーんそうだな。おいあんた。あんたはどのくらい重いもんが持てるんだ」
「そうだな……。この倍くらいは大丈夫だと思う」
「ふうん。さすがに力持ちだな。おい、重心は先端につけろ。重さはコレの半倍だ。ツルハシじゃなくて金槌だな。モーニングスターと思って打て。あとはそいつと相談しろ。じゃぁな」
混乱するドワーフの肩をバンバン叩いて店長はとっとと奥に下がった。
岩砕き。確かにストルスロットは岩、というより鉱石の塊。剣で切るより大金槌なんかの打撃系武器のほうが通りが良い。
ゲームでは打撃、刺突、斬撃とそれぞれに異なる武器経験値が定められている。その分類でいけばアレクは主に斬撃武器、ジャスティンは主に刺突武器の経験値を積んでいる。
とはいえゲームでも行き詰まった時にわざわざ新しい系統の経験値を貯めることはほとんどなく、従来の武器の熟練度を上げて押し切ることが大半だ。新しい武器を手足のように使うには長い修練が必要だから。
なのにアレグリットは斬撃武器の形状で打撃武器を作ることを指示した。使い勝手は斬撃武器で、効果の程は打撃武器。私の術式装備と同じようにゲームには存在しなかった武器。
けれどもソルは険しい表情でアレグリットが消えた先を睨みつけている。
「今のが店長か?」
「そうだよ。アレグリット店長だ。あの人は天才なんだよ」
「何故ダンジョンの匂いがする?」
「ダンジョン? 店長から? あぁ店長もどっかの貴族について普段はダンジョンに潜ってるからな。うちの鉱石はたいていがダンジョン直輸入だ。そのせいじゃねぇのか?」
そういえば商人が貴族に素材集めを依頼することがあるとセバスチアンから聞いた。ここの武器はとても上質のようだし素材にこだわるのなら一緒にダンジョンに潜ってもおかしくは、ないのかな。
「商人でもダンジョンに潜るんだな」
「いや、店長の本業は吟遊詩人だよ? すんげぇ歌がうまい。詩のネタでも探してんじゃねぇか?」
「うん?」
「そうだなぁ、鍛えるのには5日かかる。金額はこのくらいだ」
「高いな」
「おう。だが店長は技術は安売りするなと言っている。なんつうか店長は口は悪ぃがわかるやつでな。きっちり腕が有るんだからふっかけろとよ。でも面白れぇもん打つからちったぁ値引きしてもいいんだがよ」
「いいえ、この値段でお支払いします。職人にちゃんとお支払いしないのは失礼よ」
私も前世では安くこき使われることは多かったけれど、技術にはきちんと対価を支払われるべきなんだ。そうじゃなければモチベが保てないし、人はいつかない。
私のお店はどうだろう。細かい収支は全然見ていないけど、きっとセバスチアンが上手くやってくれているはず、よね。
5日経って完成したものはそれは見事な斬撃鈍器だった。




