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このダンジョンに潜む狂気

 前衛が散開する。その隙間に乾いた風が吹通り抜ける。

 平地であるこの場所でテスタロッサの羽を切り落とし、あとは森に誘い込んで隙を伺い討伐することになっている。

 作戦に穴がないか再度考察する。

 森がある地形。森に入ればテスタロッサから隠れられる。その点は有利だ。だから羽を切り落とすまでは風を防ぎ、切り落とした後は地形全体の視認性を低下させつつテスタロッサを森に誘い込む。

 不利な点は流星の存在。私たちは流星をかいくぐりながら強化されたテスタロッサを討伐しなければならない。


 4人の前衛が飛び出すとテスタロッサはその赤い巨体を震わせ咆哮を響かせた。それはどこか物悲しさと怒りの満ちた叫び。テスタアズーラを偲んでいる? いや、それは私の気のせいだ。

 私は私の仕事をしよう。呪言を唱えて平地全体の風を抑える。その試み自体は上手くいった。けれども、それでもテスタロッサはふわりと浮いた。


 ワイバーンは風に乗る。そしてここには大気、いわゆる通常起こりうる風以外の風の源が存在した。

 それは次々と降ってくる流星による気流だ。流星は風と炎をまといながらはるか高みから降り落ちる。テスタロッサはそのテスタアズーラの涙が巻き起こす強力な下降気流、ダウンバーストに身を任せてひらりとその巨体をはためかせながら大きな影だけ残して舞い上がり、前衛の一人を噛み砕こうと急降下する。前衛はとっさに左右に避けるが舞い踊るテスタロッサに近づく術がない。

 その間も流星落下を知らせる警笛が鳴り続けている。


「アルバート⁉ どうしたの?」

「駄目だ、流星が起こす風が強すぎる。抑え切ることができない。第二案だ。風を乱す」


ー『泥濘とカツミレ』の魔女に願う。その風羽を舞い踊らせ、この地に一時も足をつけることが叶わぬように!


 途端に強風が荒れ狂い、前衛の一人が風に吹き飛ばされた。けれどもすぐに持ち直す。

 大丈夫だ。私とこのパーティは信頼関係で繋がっている。次善策として風を強化する案も協議した。そして目の前の前衛も状況に即応して陣形を立て直していた。そして攻略難易度はさらに上がった。降り落ちる流星の軌道が読み難くなる。これを避けながらテスタロッサを倒すのは困難を伴う。だが無軌道な風の動きはテスタロッサの飛翔をも確かに妨害していた。

 足掻くようにバチバチと飛ぶテスタロッサの雷と炎はエリザベートが対抗する炎を撃って打ち消す。


 風を乱した場合を想定した作戦通り、後衛の調合士が空気中に赤く色のついた麻痺薬を散布し、染まる空気を避けて退避した前衛が一瞬だけ動きを止めたテスタロッサの右羽を切り落とす。

 そこからは早かった。バフを解いて森にテスタロッサを誘い込む。木々に挟まれ小回りの効かないテスタロッサの隙をつき、ようやく討伐を果たした。

 けれどもその戦闘で前衛の2人が流星の近接を許して熱傷を負い、3人がテスタロッサによって命の危険はないが動くことに支障が出る態度の怪我を負わされた。

 今は治癒士が治癒を施しながら可能な範囲で素材を剥いでいる。


「もう! なんなのこれ! どうして死んでも流星が止まらないの!」

「テスタアズーラが怒ってるのかもな」

「……アルバート。今日はなんだか変ね」


 流星はテスタロッサに向かって降ってくる。それはテスタロッサが死んでからも変わらなかった。

 寧ろその量は増加したように思われた。

 常識的に考えれば、この森で流星を集めるワイバーンの姿を見た誰かが昔話を思い出してテスタロッサと名付けたのだろう。けれども私にはなんとなく、このテスタロッサは本当のテスタロッサのように思えてしかたがなかった。

 そしてテスタアズーロがテスタロッサの死を悼んでか私たちに怒りを向けてかわからないが、流星の涙を流し続けているのではないか、と。

 そしてそんな流星雨の中での採掘は本当に大変で、結局エリザベートはかなり粘って四肢と尾を切り分け、それから内臓の一部を取得して森から撤退せざるをえなかった。


「散々だわ。労力に見合わない」

「流星がなければテスタロッサの素材はほとんど持ち帰れたのにな」

「でも流星骨の入手数が少ない原因がわかっちゃった。あの状態で採取なんて難しいよね」

「そうだな。まるでテッサアズーラが守っているようだった」

「アルバート、本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。あのテスタロッサは私たちが階層を抜ければまた復活する」

「うん。ダンジョンのモンスターはダンジョンにポップするものだもの。……でも私もちょっとわかる。解体してるときにあれが本当に昔話のテスタロッサのように思えてきたから。きっとアルバートのせい」

「そうだな。すまなかった。治療を終えたら17階層に向かおう」


 17階層の転移陣は森を抜けたところにある、はずだ。

 その少し小高い丘を登った時、振り返るとまだ流星は一点に向けて振り続けていた。ドン、ドンと音をたてて大気を震わせながら。なんだか悲しそうに。

 でもそれはすべて気のせいだ。


 転移陣を潜る。今回は負傷が多かった。予定していた損耗率を超えた。それでも想定していた損耗の範囲には収まった。

 だから明日は一日休みとして明後日から無傷のメンバーと私が17階層に潜る。

 そう計画をたてて外に出ると、既に日は落ち夜を迎えていた。ワイバーンの丘は広い。だから急いでボスフィールドに向かっても攻略にはある程度の時間がかかる。階層が勧めば進むほど攻略難易度は増す。この先には16階層より広い階層も多くあると聞く。そうすると攻略計画も見直さなければならないかもしれない。


 見上げると星がまたたき、流星は降ってはいなかった。

 あの昼に降る流星はしょせんダンジョンの中だけの現象だ。……地下にあるはずなのに広大な荒地が広がり星が降る。ダンジョンというのは何なんだろう。あのテスタロッサとテスタアズーラはどこから来たんだろう。

 ふと、そんな疑問を抱いた。


 王城に帰って身を清めて横になる。部屋の窓からもダンジョンから見た夜空と同じ空が広がっている。気を緩めると体がぐったり重く、疲労しているのがわかる。ダンジョン探索。一歩間違えば、死ぬ。

 そのような場所に身を置くこと自体が既に狂気を孕んでいる。

 ゆるやかに拡散していく意識の中で今日の反省をする。今日は負傷者が多く出た。けれどもそれは『流星が降る』という特殊条件下のことだ。だからその結果は仕方がない。

 安全性は最も重視すべきものだ。私とエリザベートは王族だ。だからその身の安全は何よりも重視されなければならない。その点で行くと今日の探索は反省すべき点が多い。より慎重に計画を立て、場合によっては撤退を視野にいれたほうがよかったのだろう。

 私とエリザベートの立場を除外しても結局の所、負傷者が出れば次の探索が滞る。一見遠回りに見えても安全を取ることが一番効率が良い。


 ……そう思えばウォルターはほとんど毎日ダンジョンに潜っていた。たった4人しかいなかったのに。

 ということはパーティメンバーに大きな負傷がないということだ。賢者がいるから回復自体は可能なのだろうが、肉体的に回復をしたとしても大怪我をすれば休息が必要だ。とすれば大きな怪我はほとんど負っていないことになる。

 ウォルターはどうやっていたんだ? わからない。その理由が早すぎる帰還なのだろうか。危険な場合は撤退していた、とか。


 それからマリオン嬢。

 私は心の内で、魔王を倒したらマリオン嬢に求婚しようと漠然と考えるようになっていた。直接話したことなど殆どないにもかかわらず、人となりもよく知らないにもかかわらず、あのダンジョンに潜り続けるという行為にそれほど強い畏敬の念を抱いていた。

 ウォルターのように第一妃というつもりはないが妃として迎えたい。それほどの何かがマリオン嬢にあった。というよりウォルターが第一妃として迎えたいという理由が朧げに理解できた。マリオン嬢はこの国のためにその血を王族に取り入れたいと考えられるほどの何かを持っている。

 私の頭も多少おかしくなっているのだろう。ダンジョンのせいなのかどうかはわからない。


 マリオン嬢の胆力はおそらくこの国の誰をも凌駕する。

 私が第一王子となって後にマリオン嬢が探索を再開したと聴き、どの程度まで攻略が進んでいるのだろうとその入場ログを確認した。

 その内容は恐るべきものだった。マリオン嬢はそもそも探索を中断してなどいなかったのだ。

 毎夜、従者と2人きりで24階層まで踏破し、いずれもその日のうちに王城まで戻っている。

 わけがわからない。何故そのようなことができるのだ。2人だぞ。従者といってもそれなりに腕は立つのだろうが、それとて戦闘の専門職ではないだろう。

 従者と2人で冒険の旅に出る。それはまるで御伽噺のようだが、現実には死ににいくようなものだ。


 そもそも2人でダンジョン探索など可能なものなのだろうか。流星というイベントが発生していたとはいえ、私たちは戦闘職8人でテスタロッサに挑み、その半数が大きな怪我を負った。けれどもマリオン嬢はたった2人であのテスタロッサを屠ったのだ。

 入場ログは16階層に入った日のうちに17階層に抜けていることを示している。だからマリオン嬢がたった2人で一晩のうちにテスタロッサを倒したことは疑う余地がない。


 そしてさらに驚くべきことにフレイム・ドラゴンをたった4人で一晩のうちに倒している。一晩でだ。

 そもそもフレイム・ドラゴンは一晩で倒せるようなモンスターではない。龍種は強大な力と魔力、体力を有する。あれは通常、複数パーティで数日かけて討伐するものと聞いている。

 ウォルターも4人で倒していたが1週間をかけている。いや、戦闘職ではないウォルターを含めてたった4人で倒したのだからウォルターもやはり非凡ではあったのだろう。


 マリオン嬢はフレイム・ドラゴン戦後、しばらく探索は休んでいたようだ。パーティメンバーの誰かが大きな負傷をしたのだろう。同時期に従者が怪我を負っていたという報告もある。激戦だったに違いない。

 だから本当に倒したのだ、4人で。一晩で。その事実に、私の心は震えた。まさにマリオン嬢は御伽噺の中の人物なのだ。


 それから真剣にマリオン嬢の足取りを追った。パナケイア商会に繋がっていることが判明した。

 パナケイア紹介は最近できた商会で、バフ効果のある特殊な服を販売している。その評判は都下の冒険者の中でゆっくりと広がっているようだ。そしてその装備はマリオン嬢のパーティが身につけているものと同様のものに思われた。

 マリオン嬢はバッファーだ。とすればマリオン嬢がこの装備を開発したのだろう。ダンジョン攻略のために。その装備の効力も発想も、同じバッファーの私にとって、驚異的なものだった。

 そしてこのエスターライヒは変わりつつある。パナケイア商会が新しい防具を売る店とすればアレグリット商会は新しい武器を売る店だ。これは他国から来た者が始めたもののようだが、どこかの貴族と提携しているのか、ダンジョン素材を加工した強固な武器を製造販売している。ダンジョン探索をする貴族に売りつけて莫大な利益を得ているという。

 その結果、都下に金が回ってこれまでにない賑わいを見せていると聞く。


 そしてそれをもたらしたのはウォルター、なのかもしれない。当然ながら王族であったウォルターをパーティメンバーに入れる貴族などいない。けれどもウォルターは平民の商人の下に通い始めてギルドの素材を売買しているというのだ。

 本気で商人に? ウォルターが本当に気が腫れたのだと誰もが思った。けれどもそれが間違いであることは間も無く知れた。

 ウォルターは手にした金でエスターライヒ西側に広がる畑を購入し、閑散期の農民を雇ってそこに道を作り始めた。そして王都外の主要道路までつなげた。さらに驚くべきことに、ウォルターは、貴族家や商人に対しては通行料をとるが、一般市民この道路を無料で開放した。それによって交通の便がよくなり、国外からの人や物の流通が激増した。そしてエスターライヒは空前の好景気を迎えている。今では都下西部に作られた環状線を国内外を問わず多くの者が利用している。


 そしてマリオン嬢とアレグリットが店を開いたのはウォルターの手引き、なのかも知れない。不自然なほどにその三者が活動を開始したのは同時期なのだ。そして実家から、その直前に伯爵家の伝手でウォルターがマリオン嬢と面会をしたとも聞いている。そこでこの算段がなされた、可能性がある。

 アレグリットはギルドの素材を売却する際に知己を得たのかも知れない。


 ここに至って多くの者がウォルターは狂ってはいなかったのでは、と向ける目を変えた。ウォルターは王族としての役目を果たしている。このままでは廃嫡の理由がなくなるかも知れない。せっかく第一王子から追い落としたというのに。

 だが仮に王子に戻ったとしてもおそらく順位は第三王子だろう。だから私は立場を盤石とするために、誰よりも早く魔王に到達し、魔王を倒さなければならない。


 ふう。私も大概どうかしている。

 ダンジョンはやはり人を狂わせるのだろう。

 最も狂っているのはマリオン嬢だ。そして次に狂ったのはウォルターなのだろう。

 狂気というものは人を狂わせ魅入らせる。人にできないことをなす。そこに私のような凡人は否応なく惹かれてしまう。それは仕方がないことなのだ。

 ダンジョンがもたらすのは富と危険と、それから狂気。

 そうすると、深奥にいるという魔王というものはどれほど狂った存在なのだろうか。最近そんなことを思う。

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