第一王子のダンジョン探索
私は最近、週の2,3日をダンジョンに潜る、という生活をしていた。
自由な時間。いや、よくわからない。結局は私はこのエスターライヒ王国という箱庭からは出て行けてはいない。けれどもほんの少しだけ、そうだ、ダンジョンでは王子という地位を離れた瞬間を過ごすことができていた。
たった10人のパーティには過ぎなかったが私自身が指揮をとって道を切り開く。その生命に対して直接の責任を負うという点で、その重圧は大きかった。けれども、それでも私が私として生きることのできる場所。
ウォルターが守りたかった場所。
マリオン嬢が生きる場所。
マリオン嬢。今は29階層に到達している。私は未だ16階層の強風吹きすさぶワイバーンの丘だ。けれども恐らく近いうちに追いつけるだろう。
私が王家のパーティを組む際に考えたことは、あらゆる状況に即応できるパーティだ。特筆すべき突出した能力はなくとも連携によって全てをカバーできるパーティ。
私の戦闘に貢献できるスキルに、いわゆる地形バフというものがある。地形や状況を有利に改変する能力だ。例えば毒の満ちた階層ではその毒を無力化あるいは軽減し、沼地のフィールドでは地面を硬化させその上を自由に移動出来、またモンスターの動きを阻害するといったことができる。
私はこのバフの能力を買われてエスターライヒにおいて軍務卿に任命されているといっても過言はない。もともとはより大規模な戦闘を対象とし、戦術を研究してきた。そのバフ効果は敵味方かかわらず発動するものだが、モンスターの苦手な地形に変化させれば相対的にパーティに有利となる。さらに特定の制約の下ではパーティメンバーにのみ効果を発動させることができなくは、ない。エスターライヒは長年戦争がない。だからこのような実地での訓練は得難いものだろう。
私を含め、8名の戦闘メンバーと2名の荷運び等の支援要員である輜重でパーティを組んだ。全てよく知るメンバーだ。
私は軍務卿としてに軍部を管轄している。だから国軍の兵と交流が深い。その中から国への忠誠心が高く、様々な状況へ対応できる人材を選んだ。リーダー兼中衛として私と第二王子のエリザベート。前衛が4名、後衛が2名。
兵も私も公務がある。だからパーティを半数に分け、私かエリザベートが交代で戦闘メンバー4人に輜重2名を組み合わせてダンジョンに潜った。私が潜り、次の日はエリザベートが潜り、そして一日の休みを挟む。各パーティを階層に慣れさせ、それぞれの意見を聞いて情報と照らし合わせて戦略を組み立て、全員でボス戦に挑む。
ボス戦は長丁場になる。だからやはり4人から6人を中心にして交代しながらボスを倒す。
10階層程度までは一気に駆け抜けたが、今はこのペースで4日に1度ほどで1階層を走破している。
最初は連携もぎこちなかったが、この規模の戦闘では意思疎通が重要だ。ダンジョン探索中は特別に意見具申を自由とした。中衛と前衛では見えるものが異なる。それぞれの立ち位置だからこそ見えるもの、というのがある。
流石にダンジョン外でまで親しくすることは考えられないが……。
……ダンジョンに潜る前は正直、ウォルターが何を考えているかはよくわからなかった。けれども潜ってみて初めてなんとなくだが理解できる部分もあった。
王家の入場許可証は無制限だ。だから大量の兵士を投入することも出来なくはない。けれども結局の所、王家のパーティが行うべきは資源採掘ではなくダンジョン管理だ。他の貴族と同じように採掘、もっといえば乱獲をすれば、他の貴族家の反感を買うだろう。だからメンバーは他の許可証と同じく10人とした。大貴族家は数十人単位で入ってダンジョンの特定地点で採掘を行うか、ダンジョン内部に拠点を作って周辺のモンスターを狩って輜重部隊に輸送をさせていると聞く。
ダンジョンは狭い場所も多い。ボス戦はともかくいわゆるダンジョンフロアにおいては一度に戦闘に投入できる人数はせいぜい5,6人だ。だからウォルターの4人パーティというのはある意味理にかなっている。輜重を一人も置かないというのは少々理解に苦しむが、その程度の規模の探索を前提としていたのだろう。
そして私もエリザベートも王子としての公務はなさねばならないから交代で潜っているが、長期採掘を目的としない王族の探索ペースを1日スパンとするのはある意味合理的だった。ウォルターもその量を大分減らしていたとはいえ、担当の内務の仕事は行っていたからだ。
そしてやけに早く帰る日もあるなとは思ったが、それは休息を取るためだろう。ダンジョンというのは通常の訓練以上に命の危険がある。油断をすれば死に直結するという緊張感は、その精神を極めて苛むものだ。休息は必要だ。それをダンジョンに潜って初めて、理解した。
「アルバート、16階層はボスフィールドも開けているのかしら」
「そう聞いている。だからワイバーンを自由に空を飛ばせないことが重要だ。作戦は風を凪ぐか、逆に強くして制御を奪うのがよいと思う」
「アルバート様、ワイバーンはその羽で風を掴んで飛びますから、まずは平地におびき寄せましょう。そこで風を止めて頂ければただの大トカゲと同じです」
「だがテスタロッサは炎と雷を呼ぶと聞く。風という阻害要因がなければ魔法は通りやすいぞ」
「初手はエリザベート様と私で魔法を散らしましょう。その間に羽を切り落とし、地形効果を解除していただければ宜しいのでは」
「よし、では基本はそれでいこう。次善策を検討する。」
16階層ワイバーンの丘の階層ボスは炎竜テスタロッサだ。
通常のワイバーンより一回り大きく魔法を使う。だが他のワイバーンより多少強いと言うだけで、注意すべき点は特にないと聞いている。
けれどもその時、見慣れない光景が広がっていた。
森だ。
「エリザベート、一昨日潜った時にこの規模の森は見たか」
「いえ、少なくとも一昨日はなかった」
「私もだ。そしてこの階層で稀に森が発生するという話は聞いている。おそらく特殊条件だ。難易度が上がる。攻略は延期するべきか?」
「行きましょうアルバート。私はどうしても流星骨が欲しい。作戦の変更は必要だけどワイバーン自体の特性は変わらない」
「そうだな」
これは噂に聞く流星の森。ということは森の真ん中にボスフィールドがある。
この森には流星が降る。流星によってテスタロッサは強化され、その降り注ぐ流星をかいくぐりながらテスタロッサを倒せば、流星の力の籠もった竜素材が手に入る。
エリザベートは国の魔法部を管轄している。
今はダンジョンから得られる素材の研究開発を主な業務としているが、特殊な魔力を帯びた素材というものは希少なものらしい。手早く作戦内容の変更を打ち合わせる。
一歩森に足を踏み入れると、ドン、という音と共に流星が降り始めた。見上げるとキラリと星が光り、次の瞬間には轟音と共に炎の塊が森の中心部に向けてあっという間に炎の弾が落下した。
「想定より星が落ちる速度が速い。危険ではないだろうか」
「アルバート様、流星の森で流星はテスタロッサに向かって降ってくるといいます。だからその一点に注意を向ければ、被弾の危険は少ないのでは?」
見上げると確かに、常に複数の光がドンという音と共に現れ、一定地点に向けて堕ちていく。
「アルバート、流星の発生から落下までの時間はおよそ10秒です。複数同時に落ちるとしてもその秒数は変わらないでしょう。私たちであれば避けるのは可能だと思う」
「では落ちる2秒前に警笛を鳴らしましょう。私どもは輜重ですから戦闘には加われません。いずれ後方におります」
「そうだな。では輜重の2人は森に待機。警笛が鳴った後落下までは防御を重視する」
「了解しました」
森の影に隠れながらボスフィールドに近づくと、100メートルほどの開けた土地の真ん中にテスタロッサが鎮座し、その周囲に落ち続ける流星の欠片を一心不乱に集めて飲み込んでいた。
ふいに伝承を思い出す。
孤独な竜の物語。寝物語に聞いた話だ。
昔、番の巨大な竜がいた。雌竜が殺されてその身は奪われたが、目だけは星になって空に浮かび、雄龍のために時折涙を流す。それが流星となって落ちてくる。その涙を浴びている間、雄龍は雌竜のことを思い出しているという。
だから流星が森に落ちる時、テスタロッサの邪魔をしてはならない。近寄ってはならない。もし近寄れば、怒り狂って襲いかかってくるから。
「ん?」
「どうかした? アルバート」
「流星の森の伝説を思い出した」
「ああ、星になったテスタアズーラの話」
「このダンジョンができたのは1年と少し前だ。私は何故その話を知っている?」
「何を言っているの? 16階層のボスをテスタロッサと名付けたのは最初に流星イベントで撃破した人でしょう? その人がおとぎ話を思い出して名前をつけたんじゃないの?」
「うん? そうか」
「それより気づかれたわ。全員戦闘配置!」




