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初めてのお出かけ

 んーむ。ちっと失敗したかもしれんがこのぐらいなら何とかなるだろ。

 俺はヘイグリットを連れてダンジョン地下1階の転移陣の外に出た。そんですれ違う輩にギョっとした目で見られた。まぁ俺はチャラい防御力0のドレスシャツだしヘイグリッドはパッと見孔雀の羽をひらひら垂らしたよくわからん巨漢に見えなくもねぇからな。まあいいや。階段を上がって地上に出ると、その眩しさに目がしぱしぱする。昼のようだ。そして周囲に目を向けるとダンジョンの出口に妙なもんが発生していた。ダンジョンを囲むような檻。

 なんだぁ?

 そう思って触るとけたたましい警報がなる。ぎょっとして急いで転移陣に戻ろうとするとワラワラと奥から10名ほどのパーティが出て来る。


「なぁ、何があったんだ?」

「んなの俺が聞きてぇよ。なんだよ今の音」

「あんた外から来たってことはゲートに近かったんだろ? モンスターか何かいなかったか?」

「あ? モンスター?」

「流石にダンジョン外に出たという話は聞いたことはないが……誤作動かな。もうすぐ警備兵がやってくるだろう」

「警備兵?」

「何を言ってる? ダンジョン近くにはスタンピートに備えて兵が常駐してんだろ」

「お、おう。そうだったな」


 やべぇやべぇ。

 これは俺だな。俺が触ったから鳴ったんだな。

 とりあえず騒ぎを避けて転移陣で50階層のCRまで戻る。モニタで確認するとダンジョン入り口を囲むようにたくさんの兵士が詰めかけるのが見えた。

 うーん、400~500人ってとこか。2個中隊ってとこだな。ダンジョンの入り口は狭ぇからな。スタンピートが起きてもあのくらいの人数で一旦はなんとか凌いで、その間に応援を呼ぶんだろう。

 つぅか人んちの周りに勝手にバリケード張んなよってんだよな。それに……あれは何をやってるんだ? なんかのカードを入り口に翳している。入るのにはあのカードキーみたいなのがいるのか。糞面倒臭ぇな。

 よし。新しく出入り口を掘ろう。

 どうすりゃいいんだ? ダンジョンのシステムなんて……いや、何故か知っている。


「アビスゲー。転移陣を新しく設置したい」


 モニタがキュインと光り30センチ程度の妖精のようなホログラムが現れる。

 俺の頭の中に勝手に置かれていた知識。半透明のこいつらはダンジョンの管理を補助する存在だ。SFアニメとかでよくあるだろ。

 そういえば新しくモンスターを作るときもアビスエムという奴に命じて作った。記憶を取り戻す前の俺は当然のようにこいつらを使ってダンジョンを運営していた。

 ……こいつらは、何なんだ?


「魔王様。ご機嫌よろしう。どちらに転移ゲートを作られますか?」

「そうだな……どのくらい離れた地点に設置できる? 地下1階層でなるべく遠く、できれば王都近くがいい」

「領域の範囲内ですので可能でございます」

「よし。では……いや、王都の地形がわからんなぁ。大体の形はわからなくもないんだが」

「魔王様、地図が欲しいんでやんすか? 人間どもが落とした服やら何やらが倉庫に詰め込まれてます。そこに地図なんかあるんじゃねぇですか?」

「そうか。牛頭にしちゃ気が効くな。誰かとってこい。それから、つか文字が書いてあるもんは全部もってこい」


 それから小一時間もしない間にCRはよくわからないもので溢れた。そうだよな、持ち物に名前書くやついるもんな。だから書物や木棺、メモ、高位の装備に限って集めさせ直している。

 その中で地図のようなものがいくつかあり、最も正確そうなものを取り出した。とはいえパピルスみてぇなごわごわした紙に書かれた手書きのものだから、精度は期待できそうにない。本当に街が発展してないんだな。呆れるぜ。

 できれば王都内の空き家なんかにつなげたかったが臨むべくもないな。おおっと壁の中は勘弁だしな。

 仕方がなく王都の周囲に目を走らせると小さな森があった。この真ん中くらいを指定してつくればそう外れることもないだろう。


「アビスゲー。この森の下につながるように作れ」

「作成が完了しました」


 早ぇなおい。

 そこからはその転移陣とCRの転移陣を繋げて転移許可を俺とモンスターのみとする。うん? 転移対象を設定できるのか? そうするとダンジョンに人間を入れなくすることもできるんだろうか。いや、ここはいじれないようだな。残念だ。

 それで俺は力自慢で人間に見えなくもなさそうな奴らを連れて森の転移陣から地上までを掘らせた。

 おおよそ半日程で外への通路は開通し、出たところは夜の森、モンスターどもに洞窟にでも見えるように偽装を命じて俺はヘイグリットと王都に向かう。


 トトトという鳥の声とさらさらと風に揺れる葉ずれの音が聞こえ、ついでに俺の髪も揺らす。

 今まではダンジョン内という非現実的な場所にいたからあまりピンとこなかったが、ここはなんだか現実としか思えない。

 そっと樹に触れると確かにザラザラとした樹皮を感じた。鼻を寄せて香りを嗅ぐと確かに前世の記憶と同じような渋い香りがする。


「魔王様、なにをなさってるの?」

「何でもない。それより王都に急ごう」


 コンパスを確かめながら進むと30分ほどで王都城郭が見えた。王都は城郭都市で、王都を囲んでぐるりと低い壁で囲まれている。

 オープニングと同じ低い壁。やはり何も開発されていない。王都城郭は進展に伴ってより高度な城郭に変更したり商業発展重視ならとっぱらったりするものなのだ。そしてこの城郭外の区画はシミュレーションパートの進展に応じて様々な建物が立ち並ぶ。けれども今はデフォルトの麦畑だ。


 主人公は何をしているんだ?

 街を発展させない縛りプレイ?

 うーんそれにしたっていきなりそんなコアプレイするものなのか?

 ……初見では、ない?

 その可能性が示唆するところはやはり俺の立場は盤石ではないだろう、と言うことだ。


 ともあれ先を急いで大きな石造りの門に辿り着く。ヘイグリットが2つの銀色の金属タグを見せるとすんなり入都できた。このタグはおそらく身分証明で、ダンジョンで死んだ異国の者の名前。氏名と出身、職業と入都税免除の印が刻まれている。


 そんなわけで今の俺の名前はグローリーフィアではなく吟遊詩人アレグリット・カッサールだ。

 なおヘイグリットは呼び名を変えるのが面倒くせぇからヘイグリットという名前のタグを探させた。だから今は踊り子ヘイグリット・パッサージオ。ぷくく。


 王都内に潜り込んだがやはり発展は見られない。記憶にあるデフォルトとほぼ同じように麦畑が広がっているだけで石畳ですらない。

 高度に発展させれば一年またずに不夜城が立ち並びコンクリート舗装すら可能であるというのにまるで田舎町だな。

 踏み固められた土の上を歩く。今何時かはよくわからないがおおよその家は眠りについているようで、通りは静まり返っていた。

 まだ開いてそうな所と考えてとりあえず冒険者ギルドに向かう。


 その木の扉を押し開ける前から濃い安酒の匂いが漂い、騒いでいた何人かの男の視線が集まる。

 おお、丁度いい。テンプレがいるじゃねぇかテンプレが。


「なんだぁ? てめぇ。そんな……チャラチャラしたなりで冒険者を名乗ろうなんざ……」


 おお、テンプレだ。滾る。

 けれども俺の後についてギルドに入ってきたヘイグリットの姿を見てテンプレは固まる。

 なにせヘイグリットは2メートルもあろうかという細マッチョで、体のラインがピッチリ出る防御力無視なしな軽装に、踊り子だからってんで孔雀の羽みたいのをたくさん垂らした腰マントに大剣を背負ってて顔に化粧を施している、のはデフォルトだけれどもその歴戦の変態ぶり……いや体の鍛え度合いから一目でわかる猛者具合に上から眺め下ろされていろいろとドン引きしているに違いない。

 まあ俺も2メートルちょっとなんだがパッと見ヒョロくて顔色悪いから絡まれたんだろう。


「失礼がありましたらお許しください。この国に来て日は浅く、作法もまともに知らぬもので」

「お、おう」

「もしよろしければお近づきの印に皆様に一杯差し上げようと思うのですが」


 俺のその声に酒場は色めき立つ。

 酔っ払いを手懐けるには酒が鉄板だ。いつのまにやら俺は輪の中に迎え入れられていた。


「いやぁ、アレグリットの兄さんはお酒がお強い」

「いえ、それほどでも」

「そんなことおっしゃってぇ。もう1樽分ほどは開けたでしょう?」

「そうでしたでしょうか? では次の1樽はみんなで飲みましょう。マスターもう1樽お願いします」


 うおおという歓声が上がる。

 チョロい。チョロ過ぎる。

 それで俺がこの日仕入れた情報は次のような内容だった。


 グローリーフィア迷宮は1年と3ヶ月ほど前にできた。

 3ヶ月ほど前にこの国の第一王子が男爵令嬢と結婚式を挙げたが最近王子が廃嫡になり、結婚は無かったことになった。

 第一王子というとウォルターか。廃嫡?

 グローリーフィア迷宮に入るには貴族に発行される入場許可証が必要だ。だから貴族に伝手があったり実力のある冒険者は貴族に雇われてダンジョンに入っているが、テンプレのような泡沫冒険者はダンジョンに縁がない。そもそも入れない。


 ふうん。


「それより兄さんは吟遊詩人なんだろ? なんか歌ってくれよ」

「んぁ?」

「ほら、何でもいいからよう」


 そういえばそんな話をしたな。とはいっても歌、歌かぁ。俺はカラオケはすきなんだがアニソンとかしか知らねぇからなぁ。

 うーん一応他国から来たってことにしたから知らねぇ歌だってかまわねぇか。んなら景気づけにこれだろ、『幻想迷宮グローリフィア』の主題歌。よし、と思って立ち上がって歌う。

 俺、意外といい声だな。

 そう思ったら周りの男どもも歌い出した。


「他所の国から来たっていうのに国歌たぁ気が気が利いてやがるじゃねぇか」

「国歌ぁ? この歌が?」

「おお、そうともよ」


 んな馬鹿な。

 これ、どう考えてもアニソンだぞ。これが国歌とか頭が湧いてんじゃねえのか? それともこれがこの世界のデフォルトなのか?

 んな馬鹿な。

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