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俺にできる、何か

 ふざけんなよ、というソルの声に、俺はその通りだと思った。

 パーティからマリーを締め出したのは俺だ。マリーの代わりに好みのザビーネを入れようとした。自分を主人公と勘違いして、主人公であれば当然可能なパーティメンバーの変更をしようとした。けれども従前のパーティというのは、当然ながら主人公を中心に編まれたものだ。だから主人公以外の俺がパーティ編成しようとしてもうまくいくはずがなかった。

 虫が良すぎる。そんなことは最初からわかっていた。

 けれども俺はどうしても魔王を攻略する必要があった。

 そうしなければ俺の居所なんてもうどこにもないんだから。

 俺の、居場所なんて。俺はマリーが回復して結婚式に進むのが嫌だったから、最近ではマリーに会いに行くこともしていなかった。マリーも城の中で居場所なんてなかっただろう。なにせ男爵令嬢だ。俺と同じような目で見られていたのだと思う。それにいまさら気が付き、モブ女とはいえ申し訳がないと思った。


「おい、何とか言えよ。そもそもお前に許可証を持ってる以上の価値なんてあったのかよ」

「それは……」


 価値は、ある。ウォルターはジャスティンよりCPが高く設定されている。それだけパーティに入れる価値はあるんだ。

 けれどもその説明は困難だ。

 ウォルターの特殊能力はその技能にはない。強さといった目に見えるパラメーター上にもない。

 はは、そう考えると曲がりなりにも微妙に効果があったマリーに比べて俺は本当に役立たずだな。断られても仕方がない。だが俺もここで引くわけにはいかないんだ。


「待ってソル。そこまで言わなくても」

「マリー、こいつを庇うな。辛い。俺はこいつをパーティに入れるのは断固反対だ。それともパーティに入れたいのか?」

「いいえ、それは」

「だよな、よかった」

「そこを何とか!」

「ウォルター様。マリオン様はそのお立場上もウォルター様をパーティに入れるわけにはいかないのです」


 立場上。

 俺とマリーは婚約していて一応は式もあげた、けれどもそれは無効になったはずだ。ノーマルエンドは成就されなかった。ということはマリーは攻略条件を誰とも満たしていない。

 それであればマリーと魔王を倒してトゥルーエンドを迎える。それが再び可能となったのかもしれない。それであれば同じパーティで……。


「何でもする! お願いだ!」

「ウィル、それ以前の問題だ。王子、いや貴族であるのに何故わからない」

「き、貴族?」


 アレクの発するその単語に驚愕する。俺を俺たらしめていた価値がガラガラと崩れ去る音がする。

 俺は第一王子、じゃない。すでに。それならこのウォルターというキャラクターは一体何なんだ。既に攻略対象ですらなくなったモブなのか。そうするともうこのゲームには、主人公のパーティには加われないのか?

 愕然とした。

 確かに主人公との間でイベント設定されている攻略対象はゲーム内に膨大な数存在する。そしてそのイベントは当然ながらその立場に応じて設定されていて、俺のイベントは主に俺が王子であることを前提に組み立てられていた。けれども俺はその王子ですらなくなった。だからもう、俺にはイベントは発生しない、のか。それじゃあ挽回の目がもうないじゃないか。

 いや魔王を倒すのは主人公でなくてもいいはずだ。許可証を持ったパーティに所属することさえできれば。俺は魔王討伐エンドを目指すしか……。


「ウィル。お前は既に身分を失い、婚約の契約を履行できない。だから王は全てを無効にされたのだろう?」

「婚約の、契約?」

「一体どうしたんだ。お前とマリオン嬢は婚約したじゃないか。それが無効になったのに当のお前がパーティにいる。そんなことになればマリオン嬢がどんな目で見られるかわからないはずがないだろう?」

「普通に冒険、して」


 けれども俺のその間抜けな呟きに全員が諦めの目線を向ける。城で俺が向けられていた視線だ。

 何故だ? お前らも俺が何か間違っているとでもいうのか?


「ウォルター。私はようやくその立場を回復させたところなのです。どうかご理解ください。本来であればこうしてお会いすることも憚られるものなのです。伯爵家の要請でしたので断ることはできませんでしたが」


 わから、ない。何故だ。攻略対象と、ならない、からか。既に俺は。

 それに何かがおかしい。このモブ女の表情が動いている。

 相変わらずその表情から考えていることはよく読み取れないが、確かに何らかの意思が存在しているようだった。

 違和感。そう、それは少し前から感じていた。

 ザビーネも、そしてハンナもカリーナも。みんながまるで人のように動くんだ。ゲームというのはイベント毎にしか発生しないけれど、今の俺はゲームの中で日常を生きている。だからそれを埋めるための会話なんかが自動生成されていると思っていたが、それ以上の意思というものをkなじるんだ。そして本来は存在するはずのイベントが発生せず、本来存在しないはずの様々なやりとりが生じている。

 このゲームは1年経過後のエンディングで終了する。

 それ以降は規定されていない、何も。それをカバーするためにキャラクターに意思というものが発生してきているのかもしれない、最近そう思っている。


 主人公の、意思?

 それはプレイヤーに委ねられる。

 主人公がパーティ勧誘に合意しなければパーティは組めない。そうすると、俺は決定的に期を逸してしまったのか。主人公をパーティから外しては、ならなかったんだ。


 後悔。

 酷い後悔で頭の中が真っ白になった。

 だってそんなことどこにも書いていなかった。プレイレポにも攻略サイトにも設定集にも。プレイ後のことなんて……。握り込めた拳の上にぽたりと涙が滴った。人前で泣くなんていつぶりだろう。まぁ、プログラムなんだろうけれど。


「なあ。お前本当にウィルなのか? なんかおかしすぎるぞ」

「えぇ。なんだか本当におかしい。何かあったの?」

「俺は、俺はダンジョンを攻略しないといけなくて。その」


 みんなの目に困惑が浮かぶ。だめだ。俺にそんな目を向けないでくれ。

 そうだ、この世界では俺だけが転生者で、俺だけが異物なんだ。

 だから、こうやって少しずつ世界からはじき出されていく……んだろうか。


「ダンジョンを攻略しなくてもできることはたくさんあると思うわ」

「駄目なんだ。ダンジョンを攻略しないと。俺にはもう」

「……それでも私はあなたを私のパーティに加入させるわけにはいきません。今のあなたを」

「そこを何とか……今?」

「そう。今のあなたは廃嫡された王子で、このパーティの元のメンバー。その身分のままの貴方をこのパーティにいれるわけにはいかないのです」

「身分?」

「おい、マリー?」

「マリオン嬢!?」


 身分?

 身分ってなんなんだ。王子、ではなく?

 その意味はわからなかった。


「あなたが私のパーティに加わる十分な理由を身に付けた時、私たちはもう一度その加入を検討しましょう」

「駄目だ、絶対駄目だ。嫌だ」


 ソルが激しくかぶりを振る。


「ソル。大丈夫。私が今後ウォルターとどうこうなることは決して無い。そんな恥知らずな真似はしないわ。私は自分の立場をわきまえている」

「……いやでも」

「それに入れるかどうかはわからない。私たちの中で誰か1人が反対すれば入れないわ。パーティがギスギスするのは嫌だもの。ウォルター。期限は私達が30階層に到達するまで。あなたがソルとアレクと到達した最大深度は29階層でしょう? つまりあなたが加われる上限まで。それまでにあなたが私のパーティに入っても誰も文句がつけられないほどの理由と価値を積み上げれば、もう一度考えましょう」

「そんなことをいわれても、何をしていいのか検討もつかない」

「切欠は用意します。ある人を紹介しましょう」


 そう言われて紹介された人物に出会って驚愕した。

 俺が紹介された人物、それはセバスチアン・カウフフェルだった。カウフフェル商会の元会頭。

 何故主人公がセバスチアンとの伝手がある?

 いや、そういえばフレイム・ドラゴンを倒した時点でセバスチアン自体はこのゲームに発生する。クエスト自体が発生しているのなら受注品の確認に行くとかで知り合いになったのかもしれない。

 そういえばセバスチアンも攻略対象だ。攻略ルートに乗らなくても主人公補正で何らかの繋がりが発生しているのかもしれない。エンディング後の世界なんてそもそもがバグだ。何が起こってもおかしくはない。そう、俺の廃嫡のように。


「それでウォルター様。あなたは何がお出来になり、何がお出来にならないのでしょうか」


 セバスチアンは静かに俺に問いかけた。

 俺に何ができるのか。俺ができること。ステータスカードをセバスチアンに手渡す。

 俺は力も素早さも知力も平均値を多少上回る程度だ。スキルもないし魔法も使えない。だから剣士や魔法使いとして役にはたたない。けれどもウォルターはダンジョン攻略パーティにちょくちょく紛れ込んでいることがある。

 セバスチアンはほう、と息を飲む。セバスチアンならわかるはずだ。俺の説明し難い能力を。


 俺、もといウォルター王子の特性はラッキーマンだ。素の幸運地が異常に高い。おそらく『幻想迷宮グローリーフィア』で1,2を争うほど。

 幸運を願ってサイを振れば高確率でその目が出る。宝箱が欲しいと思えば高確率で宝箱に導かれ、ランダムドロップで特定の武器を願えば高確率でその武器がでる。

 これまでの冒険ではそれを意識的に使っていなかった。俺は廃嫡され、何とかこの苦境を乗り越えるため、色々と試した。この幸運というものを能力として使うためには、そのような認識を持った意思が必要なのだ。意思が明確であればあるほど、その幸福を呼び寄せる効果が高まる。


 けれどもその幸運という力は、いずれ全て結果論という霞がかかる。

 この宝箱を見つけたのは俺の運がいいからだ。望む武器がでたのは俺の運がいいからだ。

 そう言ったとしても、誰も信じてくれはしない。だから堂々と言うことなんかできない。

 それに人の好感度とかそういったものは対象外、なんだろうな。おそらく人の意思を左右することはできない。


 思えば本当に戦闘向きじゃないな。予め司令をすればそれは高確率で上手くはいく。けれども俺に戦闘の能力はない。俺の能力が高いわけじゃないから、戦闘時に不測の事態が発生した時は目が追いつかない。避けないとと思った時点で既に手遅れで被弾している。

 そもそも幸運は完璧じゃない。だから悪い結果を完全には避けられない。だから俺は結局、戦闘では役立たずだ。

 それ以前に、記憶を取り戻す前の俺はその特性を理解していなくて随分空回りをしていた。

 運というのは存在する可能性の中で良い方向に舵を切るものだ。存在しないものを探し回っても見つからない。例えば他の冒険者に回収されたアイテムを探し求めても、そんなものは見つけようがない。

 それにこの能力を戦闘に役立てようとは思ってすらいなかった。活用の方法なんて考えてすらいなかった。


 けれどもセバスチアンにはこの幸運の価値が理解できるはずだ。

 上がれと願えば相場が上がる。下がれと願えば相場は下がる。

 サイコロを降る神の手にも似たこの能力を。


「俺はこのエスターライヒを必ず富ませて発展させることができる、はずだ。けれどもどうやったらいいのかはわからない」

「思ったより正直な方なのですね。失礼を承知で申し上げますと、ダンジョンに潜ったせいで気が触れられたと伺っておりましたから」


 気が触れている。

 確かに俺はみんなの言っている『当然のこと』がよくわからない。

 何故俺がザビーネやハンナやカリーナと上手く行かなかったのか。そして何故主人公やアレクやソルの言っていることが理解できないのか。そして何故俺が廃嫡になっているのかも。

 でもそれがダンジョンに潜ったせいなのかはよくわからないけれど。


「気が触れている。そうなのかもしれない。けれども国の発展と俺の頭は関係ないはずだ。それがおそらく魔王討伐に役に立つ」

「なるほど、気に入りました。しかし宜しいのですか? 私は貴族でもなくただの商売人です。商売人の徒弟として働くことになる。貴方の将来に必ず傷がつく」

「傷? 何故だ。俺にはもう他に方法がない」


 将来?

 そんなものは俺にはもうないんだ。魔王を討伐しない限り俺の先行きは何もない。道はプッツリと途切れている。

 魔王を討伐して俺は仕切り直す。第一王子に返り咲いてハーレムを築くのだ。

 そうじゃなければやってられっか。


「宜しいでしょう。本当に、ある意味で気が触れておられるのですね。なに、商売というものは多少の狂気があったほうが上手くいくものです。それにそれほどにあの方のパーティは魅力的なのでしょう。商売についてはできうる限りお教えしましょう。私とあなたは同士です」

「同士?」

「そう。あなたと同じような言葉を先日別々のタイミングでお2人の方から伺いました。自らが儲けるのではなく市場を栄えさせ、そして自らの目的を完遂させるというのです。世の巡りというものは本当に不思議ですな。そのような波が来ているのでしょう。変革という波が。私もこの老骨に鞭打って微力を尽くしましょう」


 そうして俺の徒弟生活が始まった。

 三の塔から新しい従僕とともにカウフフェル商会に通う姿は奇異な目で見られたが、一時期の視線よりは幾分ましになっている、気はする。

本年はお読み頂きありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

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