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王子の懇願

 私たちは冒険を再開した。

 パーティに新しく魔族の子供が加わった。不確定要素。それもあって今は安全マージンを取りながら冒険を再開している。


 なぜだか私は、再び冒険者となっていた。

 私たちが治療とパナケイア商会の地固めに専念している間にウォルターが廃嫡となった。そして私に降り掛かっていた設定、つまりウォルターとのノーマルエンドルートがいつのまにか解消されていた。

 結婚を全てなかったことにする、と王家から連絡があり、それで私は初めて事態を知った。私は王太子妃になることはなくなった。全ては私の全く知らない間に。

 拍子抜けだ。これまでこのルートを回避するために必死でダンジョンを潜っていたのに。


 太子妃または婚約者でなくなれば私は王宮を出て行かなければならない。

 私といえばその知らせが届くまでは、相変わらず日中は部屋の中にこもりきっていたけれど、引っ越しの時に垣間見えた王宮での視線は以前とは全く異なっていた。侮蔑的なものから同情的なものに。以前より少しはマシなような気はするものの、なんだか腫れ物のように扱われて居たたまれない。

 そして私は生活の拠点をアルバート=エスターライヒ王子の母方の実家であるプローレス伯爵家の離れに移した。


 アルバート=エスターライヒ。

 元第二王子。現第一王子。

 私が引っ越す前に一度だけ挨拶した。


「マリオン嬢。あなたはもう自由です。好きなように暮らしていいのです。今回の婚約と結婚については王家が追って正式に補償を致します。あなたは王太子妃ではなくなりますからこの一の塔からは退去して頂く必要がありますが、落ち着くまで私の実家のプローレス伯爵家で羽をお伸ばしください。なんでしたらずっと住んで頂いても結構です」

「あの、そのようなご迷惑をかけるわけには」

「いいえ、せめてその位はさせて頂きたい。王家はあなたに多大な迷惑をかけたのだ」


 迷惑といえばかけたのは私の方だろう。何せ男爵令嬢の身で第一王子の正妃になろうとしたのだから。そして記憶の中では確かに、頭の沸いた私はそのことを喜んでいたのだから、

 けれどもウォルターが廃嫡。『幻想迷宮グローリーフィア』ではそんなイベントはなかった。少なくともゲームの中では。ひょっとしたらエンディング後はポンコツすぎて廃嫡になる運命だったのかもしれないけれど。


 実際にはあまりに突然のことでどうしていいのかよくわからなかった。

 ウォルターが廃嫡となればその妃の身分でここにいる私が王家のみが住まう一の塔に住めなくなるのは確か。行く宛はない。宿を取っても好奇の目で見られるのは間違いない。だからジャスティンの意見も参考に当面、指示された通り伯爵家の離れにお世話になることにした。


「何から何までありがとうございます」

「いえ。それよりマリオン嬢はこれからどうなさいますか。その、誠に不躾ですがご実家が困窮なされていることは存じ上げております。もしよろしければ援助差し上げてもよろしいのですが」

「いえ、お心遣いに大変感謝申し上げますが、私は冒険者として再びダンジョンに潜ろうと思います」


 少しの沈黙。

 やはり一度妃の身分となったものが再び冒険者になるなどあってはならない醜聞なのだろう。

 けれどもアルバートの言によれば結婚は全てなかったこととなった。それなら私はただの男爵令嬢で、冒険者だ。

 その時点まで戻ったということだろう。無茶苦茶な理由で実家を飛び出してしまった手前、実家に戻ることも難しい。それに探索許可証を持っている私が潜らなければソルやアレクもダンジョンに入れない。それになにより、ダンジョンは倒さないといけない気がしていた。何らかの形で一応はエンディングという決着をつけないといけない気がしたんだ。


「やはりそうなんですね……。ではもしよろしければ、私の王家のパーティかプローレス家のパーティで潜られますか? 扱いについては貴族令嬢としてのものを徹底させます」

「それは……大変ありがたく存じますが分不相応というものです。辞退させて頂ければ」


 そう告げるとアルバートは少し残念そうに頷き、そうですよね、お気になさらずと答えて部屋を出た。


 さすがに第一王子が廃嫡してすぐに第二王子のパーティに加わるのは外聞が悪すぎる。それに王家パーティや伯爵家パーティに加入すると自由に特殊な装備や術式を試したりすることも難しくなるだろう。

 それにそもそも、アルバートと私は相性が悪い。


 私はだいたいサポート職やクリエイト職でプレイすることが多い。だから前世でアルバートをパーティにいれたことはほとんどない。

 私とアルバートは役どころがかぶるのだ。アルバートは地形士とか戦術士とかいうバッファー種の職業なんだけど、個別のキャラクタに対してではなく地形効果や隊列効果に対してバフをかける珍しいプレイスタイル。


 例えば先日のフレイム・ドラゴン戦ならバッファーはまず炎対策や飛翔対策を考える。

 私ならまずパーティメンバーの炎耐性を上げる。それから各メンバーの基礎パラメータを上げてフレイム・ドラゴンの基礎パラメータを下げる。ようするに彼我の能力差を埋めて戦う。

 けれどもアルバートはその灼熱のフィールドという地形効果を軽減し特別な地形において味方にのみ有利な効果を付与する。主にそのバフの対象は私のように人単位でなく、エリアを対象とするものだ。


 だから恐らく、いわゆる対人バフな私と地形バフなアルバートを同じパーティに入れればそのバフ効果自体はは凄まじく上昇するんだろうけど、それ以外のコスパが噛み合わない。他のメンバーを考えると必要CPが確保できない。

 それに基本的に私は強キャラ主軸の少数精鋭パーティ向けで、アルバートは多人数で役割分担できるパーティ向けのスキル。


 そんなわけでプレイスタイルのせいでアルバートとは接点がない。だからアルバートのことはほとんど知らない。

 前世知識と現世知識を合わさったところで王家のパーティに入るとデメリットしかなかった。


 アルバートとウォルターは母が違う異母兄弟。けれどもそれなりに仲はよいはず。

 冒険の帰りに数度アルバートと行き違ったことはあるけれど、やはり兄弟仲は悪くはなさそうだった。というかウォルターのアルバートの扱いが王族貴族に対するものに思われず、随分ヒヤヒヤした記憶がある。


 そういえばウォルターが天然アホわんこ系の王子とすれば、アルバートは真面目で控えめだけどやるときはやる真面目系王子?

 何故その真面目王子が私を庇護下に置くのだろう。

 ジャスティンが拾ってきた情報をもとにすると、ウォルターは廃嫡して私との婚姻は無効となり、私の立場は宙ぶらりんになっている。

 だからアルバートが面倒を買って出た、ようだ。流石にウォルターに任せるわけにも妹王子のエリザベートに任せるわけにもいかないのだろう。


 私は再び堂々とダンジョンに潜ることができる立場を得た。そして探索を昼の時間に戻した。

 最初は行き交う様々なパーティーに腫れ物に触れるような扱いを受けた。けれども私のパーティーメンバーがウォルターに解雇されたアレクとソル、もともとの従者であるジャスティンであることから、さほど奇異な目で見られることもなく、そのうちジャスティンの持ち前の社交性から挨拶や情報交換を行えるまでになっていた。ジャスティンには頭が上がらない。


 そんなわけで半ば狐につままれたかのように時は過ぎ去り、ダンジョン探索を再開してしばらく後に客を向かえた。ビアステット公爵家からの紹介。だから男爵家令嬢の私には全く、そして伯爵家であるプローレス家でも断り難い。

 だから私はなるべくその面談の日程を先延ばしにして、ジャスティンやアレク、それからソルとどうするべきか打ち合わせをした。

 そして結論として導かれたのは一つ。

 私のダンジョン入場許可証を奪おうとしているのではないかということ。


「申し訳ないッ! 俺の君にしたことは取り返しがつかないことだとは思う。マリー。それでも、それでも俺はダンジョンに潜りたい。だから、ダンジョン入場許可証を貸してもらえないだろうか」


 そう言って今にも床に頭を擦り付けんばかりのウォルターの姿に混乱した。そしてその切羽詰まった様子にも。

 それはジャスティンにとってもアレクとソルにとっても同様で、お借りしたプローレス家の客間にはなんとも名伏し難い空気が漂っていた。


 こんなウォルターはゲームの中でも今世でも見たことがない。同じパーティにいた時、ウォルターというのはいつも当然のように命令して、思い通りにならないなんて思ってもみなさそうだった。それなのにいきなりの土下座。従来のウォルター像と違いすぎている。


 それに『俺』?

 ウォルターの一人称は『僕』だったはずなんだけど。エンディング後で設定外のことだからバグでも生じているのかな。

 私たちは4人ですっかり困惑しきっていた。

 そしてウォルターの視線も私たち4人を見て混乱していた。


「あの、それよりまず顔を上げて頂けないでしょうか」


 そう言うと、ウォルターはこちらの様子を探りながら気まずそうな様子で、私の正面の椅子にそろりと座る。壁に待機していた伯爵家のメイドが紅茶を運ぶ。その間もウォルターの目は泳いでいた。私のソファの後ろに控えるジャスティンはともかくとして、私の隣に座るソルとテーブル脇の席に座るアレク。


「その、何故アレクとソルがここに?」


解除されたと思しきエンディングフラグと新しい生活


「どうして?」

「どうしてもなにも、私はもともと冒険者ですもの。ウォルターとの婚約が『白紙』となってしまった以上、私はもとの冒険者に戻るだけ。お2人は私の元々のパーティメンバーですしフリーだと伺いましたから」


 その言葉にウォルターは雷にでも打たれたかのような表情を浮かべた。

 違和感が浮かぶ。

 何故驚くの? そもそもゲーム設定でも私は冒険者のはず。ゲームでもどのエンディング条件も満たさないときは『私たちの冒険はこれからだ』っていう感じの冒険者エンドになる。

 ウォルターエンドだったから冒険者じゃなくなってしまったけれど、そもそもその結婚という前提がなくなったんだから当然冒険者に戻る、よね。元々のメンバー2人にジャスティンが加わっているけれど、ゲームの規定パーティ数は4人から6人。何もおかしくはない。


「そのような理由でダンジョン入場許可証をお貸しすることはできません」

「そんなっ。それじゃ俺はどうしたら」

「おいウィル、今更何のつもりなんだ。マリーがいらないって女連れ込んだのお前だろ?」

「いやそれは、攻略のためで」

「攻略のためってんならマリー以外ないだろ。これでずっとやってきたんだ」

「それは……それをようやくわかったんだ。……そうか。そうなのか。やはりマリーがいないと全部だめなんだな。この世界では」


 この世界では?

 その言い回しが妙に気にかかる。

 けれども随分久しぶりに見たウォルターは憔悴しきっていた。いつものウザいほどの明るさなんて影も形もない。

 本当に何があったの? 廃嫡されたから、なの?


 そこでふと、思い当たる。

 これはウォルター王子のノーマルエンド。それが御破算になれば最もバグるのはウォルターかもしれない。

 そもそも私が結婚式で気を失わなければ、私はウォルターの妻となって何不自由なく暮らしていた、はずだ。ゲームではちっとも描かれていなかった針の筵のような空気感はともかくとして。


 結婚式直後からウォルターの行動はおかしかった。前々から少し考えていたことだけど、ウォルターを狂わせたのは私なのかもしれない。私はあの結婚式の瞬間、つまりまだゲーム内にいるときに、心情的にも行動的にもウォルターとの結婚を明確に拒否した。それはゲームとしては全くの予定外のことだろう。


 もともとウォルターはダンジョン探索を志していた。今まで一方的に不満に思っていたけれど、ウォルター自身についても、私が倒れて私との『結婚』という前提に不具合が発生すればダンジョン探索を再開したのはおかしいどころか当然のようにも思える。


「それじゃあ、俺をパーティに加えてもらえないか」

「お前ふざけんなよ!」


 ソルの怒声が響く。

 けれどもそれは論外だ。一体どんな顔をして、結婚破棄したばかりの元王子を加えて元のメンバーでダンジョン探索を再開するというの。やっぱり頭が沸いている。

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