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魔王の手がかりを求めて

 セバスチアンとの交渉は恐ろしく上手くいった。

 サンプルの布や装備のデザインを見せれば、セバスチアンはパナケイア商会はカウフフェル商会より大きな商会になるでしょうと太鼓判を押した。


 布に術式を描くという付加価値と新規性、それに加えて汎用性の高さを指摘される。

 例えば包帯やハンカチに予め回復力向上の術式を刻んだり、作業服等、例えば鍛冶屋の服に炎耐性を付与する術式を刻むなど、考えるだけでも汎用性が高いと言う。


「ちょっとした重い荷物を持ち上げるときの手袋とか?」

「そうです、さすがお嬢様。けれどもそこまでを想定するのでしたら先程お嬢様がおっしゃられた『大量生産』というものでも人手が足りなくなりますな。お嬢様はお一人ですし」

「うーん、それならもうバッファーを専属で雇いましょう。通常の5倍の給金で雇って秘密を口外した場合には到底払いきれない金額の賠償金を支払う契約をするというのは如何でしょうか」

「5倍もですか⁉︎」

「そうです。スタートダッシュで大量商品を出荷して差をつけるには先行投資が必要かと思います。5倍にすると人件費が商品価格を超えるでしょうか? 既に術式が刻まれた布に魔力を通すだけでしたら……そうですね。このハンカチーフ1枚あたり15分もあれば可能だと思います」


 セバスチアンは計算を紙に書きつける。

 そういえばダンジョンで役に立てることばかりを考えて術式を刻んできたけれど、バフ・デバフというものは生活の様々なところに役にたつ。あまりスキルを鍛える人自体少ないしダンジョンに潜ったり冒険者になる人なんてほとんどいない。けれども日常でそのスキルが使えるのなら、雇用の創生にもなりそうだ。これで少しはこの街が発展したりするのかな。私の目標は技術革新のその果ての、人口の流入から生まれる新技術。はぁ。途方もない。いずれは武闘大会とかのイベントを行えるほどに国を発展させたいけれど、一男爵令嬢が本当にそんなことができるのかしら。


 魔力を流す作業自体はそれほど魔力を消費するものじゃない。それによく考えればバッファーのスキル自体を持っていたとしても本格的に術式を学んだり鍛えたりしている人はそれほどいないと思う。それならばスキルは持っているけれど術式を全く知らない人を集めてパターン通りに術式に魔力を通すだけの仕事をさせればより秘密は守りやすい……? それに出来高制で1枚あたりの利益の何割かを渡すというのもわるくないのかも。


「ふむ……十分に元は取れそうですな」

「それから福利厚生、休み時間はきっちりとって残業などはさせずに合理的な範囲でなるべく従業員の希望に沿う形の就労環境を整えてください」

「何故です? たくさん製造したほうがよろしいのでは?」

「最も重視すべきは秘密漏洩の防止でしょう。少しでも漏らせば首になる。ずっと働き続けたいと思わせれば可能性は低くなります」

「なるほど。このセバスチアン、お嬢様の慧眼には感服いたしました」


 その後も色々なことを打ち合わせた。

 セバスチアンは私の術式そのものの汎用性を認める他にも装備のデザインが新しいと褒めてくれた。

 真理としての私はそれが1番嬉しかった。前世では一人前になる前にトラックに轢かれて死んでしまったから。そんなわけで前世で私の服は一枚も出回っていない。けれどもこの世界で私のデザインした服が売り出される。

 折角学んだ、そう、前世のスキルが無駄にならない。前世の私も含めて認めてもらえたようでとても嬉しかった。

 結局の所、パナケイア商会はダンジョン攻略用の防具装備の店を基本として補助的に汎用的な服飾や日用雑貨等を販売する店としてスタートすることになった。手配は全てセバスチアンがやってくれることになっている。私たちは安心してダンジョンに潜る。


「なぁ、ジャス。俺は『お嬢様』が何を話してるのかさっぱりわからねぇ」

「私もです」


 そしてフレイム・ドラゴンを倒してから1週間が経過した。

 その間、日中はなるべくみんなの装備を作り、夜はセバスチアンと打ち合わせをした。

 ようやくアレクも完全に復調した。


「マリオン嬢。回復が遅くて申し訳ないな」

「何をいうのアレク。もともと私のせいで」

「はいはーい。その話はそこまで。とっとと行くぞー」


 フレイム・ドラゴン戦で私たちはポーションや装備を固めるのにお金をほとんど使ってしまっていた。だからなんとか持ち帰ったフレイム・ドラゴンの皮革をなめし、それをベースに足りないものはセバスチアンから相応の装備の材料代を借りた。セバスチアンは遠慮せずにもっと深層の素材を使えばいいといいと言うけれど、私は26階層以下の深い階層の素材を刻んだことはない。フレイム・ドラゴンの皮であればワイバーンとさほど違いはないだろうし使い慣れた素材のほうが術式の刻み方を把握している。当面はそれで装備は整えたい。

 セバスチアンはなるほど、頷いた。


 アレクの鎧はアレクと一緒にセバスチアンに紹介してもらった鍛冶屋で各部調整したものに防御強化と重さ軽減の術式を刻んだ裏地を張った。アレクの鎧は金属鎧だ。ジャスティンが装備できない防御力が高く重い鎧でも装備ができる。けれども以前の鎧には術式を刻んでいなかった。セバスチアンの意見で裏地を張ることを思いついたんだ。それからインナーに術式を刺繍してもいいということにも気がついた。みんなが無事でありますように。そんな思いを込めながら隙間時間でちくちくと刺繍をする。これはパーティ用だから無駄な模様は不要。けれども本当に思っていた以上に汎用性がある。

 それで大忙しで、色々作ってより効率的な術式の組み合わせを刻み込んだ新設の装備はなかなかの出来だと思う。もともとの装備よりその性能は格段に上昇した。そう自負はしている。


 でも前回のフレイム・ドラゴン戦で見通しの甘さというものが手ひどい結果を産むことを学んだ。いくら先に進みたくてもそんなことより優先すべきは安全性。

 そんな前世でも当たり前のことがすっかり頭からぬけていた。ここがゲーム世界だっていう思い込みが頭の端っこにあって……今もまだあるのかもしれないけれど、でも私は後悔したくない。皆が死んでしまうかもという絶望感。ゲームのクリアは大切だけど、私にとって毎日一緒に冒険するみんなはそれ以上に大切な存在になっていた。危険と隣り合わせなのはちゃんと認識した。だからこそ誰も傷つかない冒険を。

 慎重を気にしすぎる私の頭をわしわししながらソルは告げる。


「マリー、26階層は大丈夫だよ。真っ暗だけど俺が炎魔法で殲滅していけばなんとかなるから」

「そうだな。俺はこの階層ではボス戦以外に役に立てない。真っ暗でモンスターが素早すぎるんだ」

「そ……」

「お二人とも、ここはどのような階層なのですか」


 そうね、と言いそうでやばかった。

 私とジャスティンはこの階層に来るのは初めてだから、必要以上に情報を知っているのはおかしい。とくに実感というものについては。


「そうだなぁ。真っ暗な世界に黒くて小さい生き物がたくさん飛んでるんだよ。それが鬱陶しくてさ」

「ああ。ソルの言う通りだ。羽虫が絶えず襲いかかってくる。けれども攻撃力はさほどでもないから突破するのはそれほど厳しくはない。細かいダメージを常に負い続ける」


 転移陣の間をあけると、そこは確かに暗闇だった。しずかでしんとしている。そこにソルがいくつもの火球を浮かべて闇をわずかに切り裂くと、その灯火にブブブという音を立てて小型の虫型モンスターがより集まり、その度に火球がバチリと揺らいでそれを焼き殺し、生臭い匂いが漂う。

 その暗闇の恐ろしさとどこからか無尽蔵に現れる小さなモンスターは、ゲーム画面で見たのとは全く違う緊張感と本能的恐怖を齎した。あれがもし服の間なんかに入ってしまったら。いや、それ以前にこの小さな虫は人を食べるのだ。そう思うと身震いがする。


「大丈夫か? マリー」

「ええ、大丈夫だけど、やっぱり気持ち悪い」

「やっぱ女は虫が嫌いだよな。大丈夫、全部焼き切ってやるよ。ちょっと大きいのはジャスが倒してるし」


 探知ではそれがはっきりわかる。ソルの炎が虫を焼き、ジャスティンは刺突で虫を屠る。

 けれどもその闇に紛れた黒い小さな羽虫は、目の前に現れても視認することは困難なのだ。

 そういやミフネはこの階層が嫌いだったな。ミフネは虫が嫌いなのもあるけれど、基本的に破壊力ブッパが好きだから刀使いの侍と大鎚のドワーフ鍛冶士をメインパーティにしている。だから小回りが全然きかずに、損耗を気にせず突破するしかない。損耗。本当に嫌だな。


 私も早くこの闇を抜けたい。けれども私はこの階層で行きたいところがあった。

 魔王ルートの攻略だ。なんだか最近、目的と手段を混同してきている気はするけれど、私がダンジョンに潜っているのは魔王ルートを攻略するためだ、一応。けれども今はもう攻略とかそういう意識はよくわからなくなってきていた。ここは現実に等しい。『幻想迷宮グローリーフィア』にとける恋愛的な意味で攻略しなくても、ただダンジョンを踏破すればそれで私の名誉は回復するような、気はする。

 エンディングってなんだろう。この『幻想迷宮グローリーフィア』の冒険を終えても私の未来はそのままこの世界のどこかに繋がっている。そうだよね?

 二人だけのパーティにさらに二人が増え、私を取り巻く環境は少し前とは大分違ってきていた。


 けれども恋愛的な魔王の攻略を度外視しても、魔王ルートに乗るメリットは大きい。そのルート過程で魔王が秘したたくさんの宝物をゲットできるから。だから魔王攻略ではなくダンジョン制覇目的でも魔王ルートの踏襲はメリットが大きい。


 フレイム・ドラゴン以降は『魔王の庭』。

 その最初の入口であるこの26階層ダークガーデンにいる通称『魔王の良心』グラシアノにアクセスして仲間にする。それが魔王の財宝に届く道。正直このルートを踏むと魔王エンドに近いエンドを選ばなければ、とても後味の悪いことになるのだけど……。

 ともあれ、やっぱり私たちが生き残ることが1番だ。


「あの、探知であちらに妙な反応があるんだけど」

「妙? 強い敵とかそんなやつ?」

「よくわからない。けどなんだか変な反応があって。気になるから向かってもいいかな」

「構わない。マリオン嬢がそんなことを言うなんて珍しいな」

「俺も別にいいよ。ここは気持ち悪いから早く抜けたいけどな」


 探知という技能があると言い訳が楽だなと少し思う。何か原因があるように説得しやすい。

 魔王攻略ルートのため、というとなんとなく感じる気まずさを隠し、ソルの炎に照らされながら魔王の欠片の反応がある方向に向かう。もうすぐ見えてくるはずだ。


「マリオン様。あのあたりにモンスターが集まっています」

「何だ? なにかあるのか? 炎を強めよう」


ーセトルリアに願う、その炎で道行きを照らし敵を焼き尽くせ。


 ソルがそう唱えるがはやいか、パーティの周りに浮かんでいた炎のうちのいくつかが爆ぜながら前方に飛び、黒くて小さい生き物を追い散らすとそこに何かが倒れていた。みつけた。

 探知で近くに虫が残っていないことを確認して急いで駆け寄るとそれは子ども。人間で言うと6歳位の小さい子どもにしか見えない。目を固く閉じて震え、全体的に青白いけどほっぺたの周りだけほんのり赤みがさしている。そしてたくさんの羽虫に齧られでもしたのだろう。ハーフパンツと半袖から伸びた皮膚はたくさんの擦過傷ができていた。

 子ども? 本当に子どもだ。本当に? ただの子どもじゃないの?

 ただの子供にしか見えなかった。真っ暗なダンジョン内に子供が倒れている。その事実にひどく混乱する。けれどもこれがグラシアノ。一番割りのいい魔王ルートを進むにはこの子を保護しないといけない。けれどもそれに最も反対するのはアレク。だからアレクが気がつく前に私のハーフマントでその全身を包む。その額のから生える小さな角と、ズボンの端から伸びるしっぽが見つからないように。


「なんでこんなところに子どもがいるんだ?」

「マリオン嬢、こんなところに子どもが一人でいるはずがない。何かの罠じゃないか」

「そうはいっても子どもをこんなところに放っておくわけにはいかないでしょ?」


 うぅん、という小さな声がして、グラシアノは目を覚まし、ヒッという声を上げた。


「う、うぁ、だ、誰? 怖い、助けて」


 その声は弱々しく震えていて、とても魔王のものとは思えなかった。本当にただの子ども、のような。違和感。

 グラシアノはこんな、感じ、だっけ。

 こんなに弱々しかったっけ。

 マントで包んだ私の腕からもぞもぞと逃げ出そうとするのをなんとか捕まえようとする。

 隠さなきゃ、隠さなきゃ。角としっぽが出てしまいそう。アレクに殺されちゃう。


 『幻想迷宮グローリーフィア』では攻略キャラ同士に相性というものがある。あるキャラと仲良くすれば特定の別キャラと仲が悪くなる。そしてアレクは魔王と相性が悪い。アレクはダンジョンの資源や財宝ではなくダンジョン踏破と魔王の討伐を求めてこのグローリーフィアにたどり着いた。アレクと魔王の攻略を同時に進めることは不可能ではない。けれどもアレクは根本的に魔族というものを嫌っている。

 だからこのタイミングでグラシアノが魔族だとわかれば、アレクは高確率でグラシアノを斬り殺す。こんな子どもを? まさか。本当に? 嘘でしょ? いつもの紳士的なアレクの姿とのギャップが大きすぎる。

 なんとか角を隠そうとマントで覆おうとすればするほどグラシアノは抵抗し、ついには恐怖に見開かれた瞳とともに額の角が柔らかな黒髪の隙間からあらわになる。


「魔族か⁉」

「アレク、でも子供よ」

「助けて、助けて」

「……離れろマリー」

「で、でも!!」

「マリオン嬢、離れるんだ」


 アレクは強引に私とグラシアノの間に割って入る。

 どうしよう。もう魔王ルートとか関係なくて、目の前でグラシアノが殺されるのが、子どもが殺されるのを止めないといけないという気持ちがあふれた。つい最近、子どもの、ヨハンの苦しむ顔を見たのも原因の一つかもしれないけれど。

 けれどもアレクからグラシアノを取り返そうとした時、意外な言葉に繋がった。


「マリオン嬢、落ち着いてほしい。気がかりなのはわかるがこの子は怖がっている」

「いや、いやだ。助けて助けて」

「大丈夫だ。落ち着いて。大丈夫だから」


 そのアレクの声は以外にも優しくて、というよりこれまで聞いたことがないほど優しかった。

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