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フレイム・ドラゴンとの死闘

 25階層。

 そこはまさに炎獄と呼んで然るべき場所だった。

 フレイム・ドラゴン、通称ルプアヴ・フランメの巣にふさわしい広さを持つそのフィールドの空気は沸々と熱く、深く息を吸い込めばそのまま喉の中から焼けてしまいそうなほど。この中で走り回るなんて普通は無茶だ。

 その炎と熱をソルの風と水の障壁が包み込んで守る。けれども玉のように噴き出る汗は止まらない。


 先ほどからアレクがフレイム・ドラゴンに切り掛かり、ジャスティンが隙をついて刺突を繰り返している。けれども致命傷には至らない。

 何せフレイム・ドラゴンの体長は10メートルを超える。その致命傷となりうる頭、心臓といった部位は5メートルより上にある。時にはジャスティンが囮になり地面近くまでその頭部を引き寄せる。けれどもアレクが切り落とそうとすればその巨大な翼が巻き起こす膨大な風圧で2人を吹き飛ばしながら宙に逃げるのだ。

 その間もソルは岩陰から水系統の魔法でフレイム・ドラゴンの炎を弱めながら、アレクとジャスティンに障壁が途切れないよう重ねがけをしている。私もバフ・デバフをかけ続けている。


 そんな状態がもう1時間近く続いている。

 けれども勝機は見えない。


 昨日、アレクとソルにウォルターのパーティではどうやってフレイム・ドラゴンを倒したのか聞いた。4日がかりだったという。交代でボス入り口前の転移の間で休憩を挟んでフレイム・ドラゴンの消耗を待ったそうだ。パーティの消耗も相当だっただろう。新しく加わったザビーネは火系統の魔法使いだから、フレイム・ドラゴンに効果的な攻撃ができない。


 私たち、というより私はそれほど時間をかけられない。私は夜明けまでには王宮に戻らないといけないから。

 だから16階層で得たワイバーンの素材はほぼ全てをポーションとマジックポーションに変えた。それをがぶ飲みしながら戦っている。

 けれどもフレイム・ドラゴンの力は未だ衰えを見せない。私に他にできることはないか。


 ゴゴォというフレイム・ドラゴンの少しこもった唸りが聞こえた。

 ブレスの合図。

 アレクとジャスティンは急いで私たちの元までかけ戻り、ソルが強固な炎の防壁を完成させた瞬間、視界はオレンジ色に染め抜かれる。多重防壁を貫通する熱波に髪の毛がチリチリ焦げて焼ける音と不快な匂い。周囲の岸壁すら厚く固く焼きあげられていき、熱がこもることでさらにフィールドの温度が上昇してゆく。

 どのみち温度が多少下がるまでは動けない。今動くと消耗が大きすぎるから。

 防壁を維持したままフレイム・ドラゴンの死角に撤退する。でもどうしよう。


「2人とも回復は必要?」

「まだ大丈夫だ」

「私もです。けれども(らち)があきません。なんとか地面に引き倒す方法はないでしょうか」

「はは、前回も無理だったんだよね。交代で攻撃を続けてあのものすごいスタミナを枯渇させるしかなかった」

「気が遠くなりそうね」


 アレクもジャスティンも一見余裕があるように振るまっているけれど、1時間以上全力で戦って疲労の影が滲む。ポーションがあるとはいえ、これ以上無意味に攻撃を続けても疲れは蓄積して効率が悪化すると思う。

 何か、何か方法はないかな。さっきから2人は手が届く範囲のフレイム・ドラゴンの足や腕を中心に攻撃しているけれど硬い皮膚に阻まれている。それにフレイム・ドラゴンはすぐに飛ぶ。高いところから襲い掛かりそしてまた宙へ逃げてゆく。ワイバーンのように油断もしない。


 方法、方法。フレイム・ドラゴンを飛べなくする方法。

 スタミナ切れ、それを狙うには4日かかる。飛ぶことを阻害する。この広い空間はドーム状で岩に囲まれている。障害物はほとんどない。

 空気、空気がないと飛べない? うーん、でも空気がないとみんな死んでしまうよね。仮に上空の空気だけ枯渇させても空気は気体だからすぐに撹拌されてこのフィールド全体の空気が薄くなる。みんなに影響が少なくてフレイム・ドラゴンだけ困る方法。

 ……ふいにアルバートのことが思い浮かぶ。アルバートは第二王子で地形バッファーだ。地形に効果を発動させる、つまり罠を仕掛ける?

 これまで私のバフは人やモンスターを対象としていたけれど、例えばある一地点にだけ罠のようにデバフを仕掛けて誘い出し、フレイム・ドラゴンを動けなくしたところを倒す?

 動けなくする。どうやって。考えろ、私。


 ドラゴンとワイバーンの違いは知能の有無とその飛行方法。

 ワイバーンの知能は動物並みで闇雲に襲いかかってくる。それから風がないと飛べない。だからあの風の強い16階層の荒野に住んでいる。

 ドラゴンは知能があって敵の行動に即応して行動する。そして魔力を消費して飛んでいる。風はあまり影響しない。

 ……魔力?

 アレクとジャスティンは前衛だから魔力は使わない。不要だ。そうすると魔力を枯渇させる罠を張れば……ドラゴンは飛べなくなる?


「あの、私、罠を張ろうと思うんだけど」

「罠?」

「魔力を枯渇させるデバフを張ろうと思う。そうすればフレイム・ドラゴンはきっと飛べなくなると思うの」

「デバフなら今もかけてるんじゃないの? 前に倒した時よりだいぶん動きが悪いし」

「かけてはいるけどフレイム・ドラゴンは強すぎて直接かけるだけじゃ足りないんだと思う」

「直接?」

「だからみんなの装備みたいに予め術式を刻んでそこにデバフを重ねがけする」


 みんなの胸当てやジャケット、マントには今も文様が薄っすらと光っている。

 これと同じものを作る。


「どうやって? フレイム・ドラゴンに服なんて着せられるわけがない」

「術式を地面に刻むの。そこにおびき寄せてデバフを重ねがけする。でも問題があって……これは地面に魔力減少のデバフをかけるようなものだから、その上に乗るとアレクとジャスにも効果が及んでしまう。つまり今かけているバフの効果が薄れちゃうの。そうすると危険性が……」

「問題ない。フレイム・ドラゴンは強大だ。早く倒す以上の安全などない。それにフレイム・ドラゴン相手に無傷で勝てるとは思っていない」

「そうそう、ちょっとでも勝ち目があるならやってみようよ」

「私は反対です」

「ジャス?」

「その間、マリオン様が無防備になります。地面に刻むということはここのように隠れられる場所ではなく広い場所に描かれるのでしょう? フレイム・ドラゴンがマリオン様を襲えば守りきれません」


 沈黙が場を包む。

 そう、その問題はたしかにあって。

 このフィールドは広くて障害物があまりない。今までは小さな岩陰からソルと一緒に魔法を行使していたけれど、フレイム・ドラゴンが降りられるような広い場所に描かないと……そもそも呼び込めない。

 

「マリオン嬢が危険に晒されるなら俺も反対だ」

「でも私はやるよ。それ以外に朝までに倒す方法が思い浮かばない。2人がなるべく反対側で陽動をしてくれたら」

「駄目ですマリオン様。フレイム・ドラゴンは賢いし飛びます。そしてここは障害物がない。飛べばどちらも丸見えになります。襲いやすい方から襲います」

「ジャス、俺がマリーを守る」

「ソルでは無理です」

「大丈夫。それにマリーは言い出すと聞かないんだなこれが。だから俺がなんとかする。巨大なゴーレムを作って防ぐ。その代わりそちらの防御には回れない」

「ソル……」

「俺がマリーを守るよ、そう決めたんだから」


 なんだかソルのフラグが立っている、気がする。

 ゲームのストーリー上、こんな場面はなかったはずだ。でも主人公が地面に罠を張るなんていうシーンもそもそもなかった。ありえなかった。

 混乱する。

 どうして。

 何故ここでそんなことを言うんだろう。フラグ、じゃないのかな。フラグとか、そんなものはゲームの中の話でゲームをアウトした世界線のここではフラグなんてないのかな。あのフラグじみた言葉はもともとソルが話しうる本当の言葉というだけで。けれどもそれは……。

 でも、今はとにかくフレイム・ドラゴンだ。倒さないと始まらない。


「マリオン嬢が困っているぞ、ソル。仕方がないな、なんとか耐えて見せよう。その地面に刻むというものはどのくらいかかるんだ」

「そう、そうね。20分くらいかな。魔力を込めながら地面を刻むから。ジャス、一番硬いナイフを貸して」

「しかし」

「私もやることに決めたの。役に立ちたい。みんなでフレイム・ドラゴンを倒しましょう。アレクとジャスとソルと、それから私で役割を分担するの」


 昨日の帰りに話した答えに、これでなるのかな。

 ジャスティンは少しだけ考えて、腰から水晶のナイフを外して差し出した。これであれば地面を刻める。

 20分。

 フレイム・ドラゴンは強力で、最後の方はきっとバフの効果が切れる。だからきっと2人は怪我をしてしまう。でも私は25階層を超えたい。


「あっちの端っこの方で掘ることにする。だからなるべくその反対側にフレイム・ドラゴンを引きつけて下さい。それから……絶対とはいわないけれど、なるべく怪我をしないで」

「なんとかするさ、マリオン嬢」

「必ず成し遂げます。マリオン様」


ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、アレクサンドル・ヴェルナー・ケーリングとジャスティン・バウフマンに風羽の靴と鏡面の守りを与えよ。

ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、ソルタン・デ・リーデルに叡智の冠と精霊の導きを与えよ。

ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名においてかのフレイム・ドラゴンを萬の蔦で絡め取りその認識を塗り替えよ。


 いつもより魔力を込めた。そのせいかクラクラする頭でアレクとジャスティンが走り去るのを眺めて、そしてソルに手を引かれて予定地点に向かう。これは魔力酔いというやつで、全速力で走った時みたいにくらくらするけど、すぐ治る。


「全くマリーはいつも無茶するね」

「すぐ良くなるよ」

「そのことじゃなくてさ。……まあマリーだけに無茶させるわけにもいかないしな」


 まだ少しクラクラするけど私は地面に水晶のナイフを突き立てる。


ー大なるものの母セルに願う その根を伸ばし地に豊穣を与えたまえ。


 ふいに、地面が揺れて少しだけ岩が柔らかくなった。

 これで少しは早く掘れそう。


「ありがとう、ソル」

「思ったほど溶けないな。仕方ない。さて、マリーは呪文を刻むのに集中すること。早く刻めばその分安全」

「わかってる」

「だから何があっても地面以外は見ちゃだめ。いいね」

「ソル?」


ー木々の長セルヴァンスに願う 我を依代にコルディセプスを地に満たしその家畜を守り給え。


 私は続く呪文に混乱した。

 え、その呪文て。

 頭が真っ白になった。どうしてその呪文を今唱えているの?

 顔を上げるとソルが何かを飲み込むところだった。呪文の意味に思い当たる。

 やばい、やばい、これあれだ。

 ゲームのソルの最終奥義的なやつのシリーズの1つ。

 まだ25階層じゃん!

 使えるようになるのって40階層以上だよね⁉︎

 凄い勢いでHPとMPゲージがガリガリ削れていくやつ‼︎

 今使えたりするの? 本当に? じゃあなんでゲームじゃ使えないの?

 いや、無理でしょ。

 どうしたら。

 いや、どうしたらじゃない。

 でもソルはもう唱えてしまった!

 だから早く呪文を解除できるように掘らないと。

 早くしないと、ソルが死んじゃう?

 頭を殴られたような衝撃。

 でも。

 でも私にできることは掘ること、だけ。

 早く!

 早く!

 早く!

 早く!

 なんだかもう無我夢中で、たまに隣でものすごい音がして。たまに地面が赤く染まって、たまにものすごく空気が熱くなって、でもそんなことより早く書かなきゃ。

 たくさんの無我夢中。

 早く。

 早く。

 早く。

 それだけを考えて。

 早く。

 早く。

 早く。

「できた!」


 そう言うが早いかお腹に強い衝撃を感じて、一瞬息ができなくて、でもそのまますくいあげるように術式を描いた範囲から連れ出さられて、上を見ると少し煤けたジャスティンの顔が見えて、私を安全圏に運び出したら一瞬でジャスティンは踵を返し、術式陣のど真ん中に立つ。そうだ、ジャスティンがあそこで囮になる。それでさらにその奥に崩れ落ちる大きな緑の塊が見えた。ソル!

 でも私は私の仕事を!


ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において全ての理力を凍結せよ!


 最大限の魔力を込めたその瞬間、ぶうんという音とともにわずかに地面が振動し、陣が青紫色の光に包まれ私が刻んだ文様に光が流れこんだ。

 そこに超重量のフレイム・ドラゴンがジャスティン目がけてドゥという轟音と体が浮くような振動と共に、落下するに等しい速度で突撃して地面を深く抉る。そして再び上昇しようと首をもたげ、その直径1メートル半はあろうかという太い足の筋肉を膨張させ、わずかに地面から浮遊しようとしてその重量に耐えられず落下し、再び地に縫い付けられる。


 やった!

 やっぱり魔力がなければフレイム・ドラゴンは飛べない。その体長を考えても巨大すぎる翼を持つワイバーンと異なり、フレイムドラゴンの翼はその身を空中で支えられるほど大きくない。

 つまり魔力を行使できなければ宙を舞うことはできない。


 それからはもう、全力で行使したデバフの魔力酔いのせいで全てがスローモーションのようにゆっくりに見え、ふらふら揺れる世界の中でフレイム・ドラゴンの右後背から躍り出たアレクが大剣を大上段に構えてフレイム・ドラゴンの右羽を切り落とす。それによって体勢を崩したフレイム・ドラゴンの左前方からその長い首の死角を潜って素早く忍び寄ったジャスティンがその右目を刺突し、痛みで振り回されたその首にジャスティンが大きく弾き飛ばされている隙にアレクがくるりと回転しながら左羽を切り落としてその力のまま左足の腱を断ち、フレイム・ドラゴンが自重で倒れてくるのをアレクがバックステップで避ける間にフレイム・ドラゴンの背後から双剣を構えてその背を駆け上がるジャスティンが見えて。

 でもその前にフレイム・ドラゴンがグルルと低く唸る音が響いて、その僅かに開いた口の中でたふたふと炎が溢れかえるのをその正面から私は見ていた。


 あぁ、ブレスだ。

 私はもう動けない。

 魔力切れで立ってすらいられない。

 ソルは倒れてしまった。

 だから防壁を張ってくれる人はもういない。

 だから私は死んでしまうんだ。

 そんなスローモーションな世界でぼんやりとそんなことを思った。

 目を閉じようとしたその時。


「マリオン、大丈夫か」


 突然、そんな妙に優しげで場違いな声がして、ぎゅっと抱きしめられた。

 なんだかひどく柔らかくふんわりと包まれるように。


「君を守れてよかった」


 頭の少し上からそんな声がして、少しだけ強く体が引き寄せられて、ゴツゴツしたガントレットの感触を背中に感じて。それで、それで、私の左右にたくさんの炎が流れていくのをその音と熱と色で感じた。

 アレク?

 アレク?

 ……。

 すぐそばにいる。眼の前にいる。そのはずなのに呼びかけても返事はない。

 けれどもふわりと私を包むその両腕の感触はそのままで。そしてがたりとその体は私の方に少しだけ傾いた。

 アレク?

 ……嘘。

 嘘。

 嘘。

 嘘でしょ?

 アレク、なんでっ!?

 ああぁぁあぁぁぁぁあぁぁあ!

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