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流星の森は遠く

「次は16階層に行きましょう」

「16階層? ワイバーンの丘か」

「そう。そこでアレクとジャスの連携がうまくいくか確認するの。問題ないと思うけれど」

「よろしくおねがいします、アレクサンドル様」

「俺もアレクでいい」


 16階層の扉を開く。

 その瞬間、赤く乾いた強い風が吹き抜けた。16階層は赤茶けた岩山が広がるフィールド。3メートル級から6メートル級のワイバーンがそこかしこに生息している。15階層ほどモンスターは密集していないけれど、1体1体の強さが桁違いに強い。

 ワイバーンは龍種に似た姿をし、強靭な硬い皮膚に覆われているけれど、龍種と違って知能が低い。フレイムドラゴンの予行演習にちょうどいい、と思う。


「アレクは普通に戦って下さい。ジャスがサポートします」

「サポート? 前衛ではないのか?」

「前衛だけど、多分その戦い方が1番いいんじゃないかと思って。アレクはいつもどおり闘ってもらって大丈夫」

「そうか? とりあえず試してみよう」

「幸いあちらに単独のワイバーンがいます」


 ちょうど4メートルほどの個体の姿が100メートルほど先の岩場近くに見えた。他の個体の影はない。

 ジャスはアレクのような正面を切った戦い方はできない。だから私たちはこのフィールドでは、私を囮にしてワイバーンが気を取られたところをジャスティンが倒すという戦法を繰り返してきた。綱渡り。私もジャスティンも一撃を受ければ瀕死になる。

 けれども他に方法はなかった。私たちの戦い方ではこんなふうに隠れるところの乏しいフィールドで肉体的に強大なモンスターと対峙するのは難しい。もともとたった2人でこのダンジョンに潜るなんて、私たち以外にはいないだろうけれど。

 だからあの時の私と同じようにアレクを囮にしてジャスティンが立ち回ればやりやすい、と思う。


ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、アレクサンドル・ヴェルナー・ケーリングとジャスティン・バウフマンに疾風の剣と風羽の靴を与えよ。

ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名においてかのワイバーンより風の加護を剥ぎ取り地にひれ伏させよ。


 ジャスティンの装備とアレクのマントがふわりと光ると同時に正面のワイバーンからくぐもった呻めき声が聞こえる。


「行ってまいります。マリオン様」

「では俺も」

「気をつけて」


 2人は頷き走り出す。ウォルターのパーティでソルはこのフィールドでは風魔法でサポートをしていた。けれども今日は私と一緒にお留守番だ。

 アレクがワイバーンの左側面に回って体勢を低く保ちながら突撃し、大剣を横薙ぎに振るう。それはワイバーンの右羽を切り飛ばしそのままの勢いで剣は首筋に叩きつけられる。けれども攻撃と接近に気づいたワイバーンは体を反らし、その剣先はわずかにその体表を傷つけただけだった。すかさずアレクは小さく飛び退り、今度は死角になるワイバーンの長い首の下を深くくぐって胴体下部を薙ぎ払う。おそらく足を狙ったのだろう。

 アレクの戦法は敵の戦力を削っていく方針だ。的確な攻撃を繰り出しつつ、大柄なアレクの動きは敵からは隠れきることはできない。だからアレクの姿にモンスターは釘付けになり、ジャスティンにとって丁度いい囮になる。アレクの作った隙をついてジャスティンがワイバーンの背後から忍び寄って高く跳躍し、その背にふわりと着地した力のままワイバーンの首を切り飛ばすと、ドゥとその巨体は地に伏せた。


「凄い。とても戦いやすかったです」

「いや……俺もこんなに早くワイバーンが倒せると思わなかった」

「風の障壁を張るから早く解体しよう」

「ありがとう」


 ソルが詠唱し、周囲を風のバリアで覆う。これで血の匂いが拡散しないから他のワイバーンが近寄ってこなくなる。その時ドンドンという小さな音が聞こえた。その方向を振り返ると遠くで小さな光点が黒い地面に向けてゆっくりと落下していくところだった。その後も小さく振動が続き、小さな光が連続して落下していく。誰かがあそこで戦っている。


「『流星の森』……」

「あれが流星なのかな? 綺麗だね、マリー」

「ええ。そう言えば、この階層だった……」


 このフィールドに『流星の森』が発生する可能性は極めて低い。ウォルターと来たときもジャスティンと2人で来たときも『流星の森』は発生しなかった。遠くから眺めるだけで今あの森にいるわけではないし、もうあのソルとのイベントのセリフは既に聞いてしまっていたからそれ以上何かが起こるわけではなかったけれど、なんだか不思議な符牒を感じる。


「アレク、連携はどうだった?」

「驚くほどスムーズだった。それにバフの効果が以前と段違いだ。とても体が軽い」

「そのマントに予めバフがかけてあるの。だから効果が随分あがっているんじゃないかな、と思うんだけど」

「あぁ、これほど体が軽いとは。まるで風にでもなったようだ」

「それにワイバーンに風の塊みたいなのが絡みついてるみたいに見えた。マリー、風魔法も使わずにどうやったんだ?」

「どうして見えるのかはよくわからないんだけど、デバフが強化されたんじゃないかな」


 バフの強さは全身の装備に術式を刻み込んでいるジャスティンのほうが高いだろう。だから2人の装備も強化改造していけば、よりバフが強くかかるようになるはず。これでもう役立たずとは言わせない。


「だがわからないな。以前はこれほどではなかったにしても、そもそもバフ・デバフの有無は戦いやすさに格段に違いが出る。なのにウォルターは何故効果がないようなことを言うんだろう」

「あぁ……それはわりと単純なことで」


 そう、本当に単純なことだ。

 それに気づいてますますウォルターを受け付けなくなったのだけど。


「バフっていうのは基礎を底上げするものなの」

「うん? そりゃそうだろ? 弱ぇやつにバフかけてもそこまでは……ってウォルターは弱いから実感できないとか?」

「それも多分少し違って。でもその自分の基礎、ていうか能力っていうのはちゃんと修行しないと把握できなくて」

「うん」

「つまり最初から真面目に闘っていなければ上昇もなにもないの。本来の力をそもそも出し切っていないだけだから」

「……何だそれ、めちゃくちゃ腹立つな」


 そう、ウォルターは最初から真面目に闘っていなかった。

 今は真面目かも知れないけれども真面目にダンジョンに潜るようになってからバフなんて受けていないだろうし。

 だからそういう意味でウォルターにとってはやる気の有無が前にきて、やる気のない時のバフ有りよりやる気のある時のバフなしの方が強いんだ。ウォルターにとってはその意味でバフはまさに誤差。

 やる気が無いときにバフをかけたって本来の力にも至らない。


「ねぇ、進行度合いは聞いてるけど、ウォルターはどうして急にやる気をだしたの?」

「知らね」

「本当にわからない。早く進むのに越したことはないが、それにしたって素材も全て放置していく勢いだからその意味がわからない。あいつは何のためにダンジョンに潜っているんだ? 以前は物見遊山だったが今は妙に焦っているようだった」

「ザビーネあたりから何か聞いて、先の階層に欲しいものでもあるのかな」


 結局の所、ウォルターの頭の中なんて考えてわからなかった。もともとウォルターは気分屋で気まぐれだ。考えても仕方がないのかもしれない。

 たくさんの流星が流れる光景をぼんやりと横目で見ながら素材を剥ぎ、それからソルも含めて連携の確認に何頭かのワイバーンを倒し、翌日フレイムドラゴンに挑むことを約束してその日は別れた。

 明日に備えて炎の耐性を得る装飾を追加で作りたい。そんなことを考えながら王宮への道を登っていく。

 いつもより長くダンジョンに潜っていたせいか、世界の端っこがキラキラと明るくなり始めている。


「マリオン様……」

「なぁに?」

「アレクサンドル様もソルタン様も私など比べ物にならない強さです。私は何らかのお役に立てているのでしょうか」

「何を言っているのジャス。個人としての総合力とか魔法力とかを考えるとアレクとソルはそれは強大でしょう。けれども2人にも苦手な事がある。ジャスティンはそこで活躍できる。私もよ」

「けれども私は単独でストーム・ワイバーンは倒せません」


 ストーム・ワイバーン。

 それは嵐を纏って私たちを近よらせもしない存在。ジャスティンでは軽すぎて効率的な打撃を与えることができない。だから私たちは一度だけ試してあとは遠回りしてでも近寄らないという選択をした。

 けれどもソルはその魔法で風の防壁を相殺し、アレクは圧倒的膂力で風の中を分け入りその首を断った。

 確かにあの戦いではジャスティンは陽動しかできなかった。けれどもジャスティンが陽動したおかげでアレクは随分切り込みやすくなったはずだ。だからジャスティンはとても役に立っている。それを言うなら私のバフ・デバフも。


「ジャスティンはワイバーン戦でとても役に立っていたわ。ジャスティンがいないともっと時間がかかった。それは間違いないの。私たちはもうチームで、4人で1つの隊なんだから。役割分担してるだけ。もうジャスティンが全部の敵を倒す必要はないの。任せられるところは任せるべき」

「そう……ですね」

「それに2人が苦手なことやできないことでジャスティンができることはたくさんある。助け合っているの。だから素材もおんなじように分け合うのよ」

「それでも……それでも私はマリオン様の盾と刃になりたかったのです」

「ジャスティン?」


 振り返って見たジャスティンの表情は登り始めた太陽の逆光になってよくわからなかった。

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