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武闘大会への誘い

(それがし)はアッシュ公爵家所属ターダリアンと申す。ゲンスハイマー男爵家所属アレクサンドル殿に立ち合いを申し入れたい」

「本日午後であれば結構ですが」

「ありがたい。ところで貴家には取次はおらぬのですか?」

「生憎男爵家に発行される許可状は1枚のみですので、そのような余裕がないのです」

「ふむ、それは大変ですな」


 最近他の貴族家と話をすることが増えた。

 この39階層には多くのパーティが滞在している。そのほとんどが戦闘を職としている者たちだ。対人をメインにする者も対モンスターをメインとする者もいる。それらと日々手合わせをし、ダンセフェストと対戦する。それが最近の日課となっていた。

 この階層まで戦ってきた者たちだ。戦いにおいてそれぞれ一家言を持っている。それは俺の考えと異なることも多いが、技術や戦い方など学ぶことはとても多い。こういう地道な積み重ねこそが、将来において役に立つ。


 俺たちのパーティは39階層に拠点、というよりは簡易テントを設置し拠点を築いている。そのようなブロックがたくさんあり、野戦場のような懐かしさがある。けれども俺たちのパーティは不在なことが多い。マリオン嬢とウォルターはエスターライヒにいることが多く、ソルはいつもフラフラしている。ジャスとグラシアノは一緒に訓練をしていることが多い。

 俺も一緒に訓練を、と思わなくはないのだが、俺に弓はわからないし短剣や細剣の扱いもよくわからない。

 戦い方が違いすぎる者との訓練は、その戦い方をする者への対策となる。けれどもこれは応用だ。戦闘経験が少ないグラシアノにはバリエーションを積むよりまず基礎的な戦い方を身につけるほうが先決だろう。

 そうするとやはり俺ではなく、戦い方の似たジャスと訓練をしたほうが良い。


 結局のところ俺の武器は長剣大剣の類で、持ち前の力技に頼り切りなのだろうと思う。器用な戦というというものができない。反省しきりだ。

 国では魔族との戦いに明け暮れてはいたが、俺の国の魔族は言うなれば亜人だ。人と同じく武器や魔法を使い、集団で襲ってくる。知性の乏しい個体も多いが、それにしても組織的に襲ってくる。魔族の指揮官は人間と同等かそれ以上には頭が切れるのだ。だから魔族が本気で襲ってくるなら、おそらく俺の国は既に滅亡していただろう。奴らは奴隷が必要な時に攻めてくる。国が残っていなければ奴隷は得られない。だから俺の国は残されている。

 そのような対人戦や集団戦闘ならばそれなりに経験はあるのだが、こと対モンスターに関してはこのダンジョンが初めてに等しい。本能的に、そして不規則に襲いかかってくるモンスターとの戦いは、その度に新しい発見の連続だった。


 グラシアノ。

 少し前までは弟のエシャグに似ていると思っていた。けれども今は成長して、エシャグの年と背丈を追い越してしまった。エシャグが生きていればこのくらいになっただろうか。そう思うと同時に、過去の記憶が随分遠いもののように思われた。なんだか妙な感覚だ。先に進めと言われているような気もする。

 先か。

 俺はキヴェリア、俺の国の魔族を殲滅するために修行に出た。俺はこのダンジョンを攻略したら一度国に戻ろうと思っている。できればマリオン嬢を連れて。けれどもマリオン嬢は俺を選んでくれるだろうか。


 マリオン嬢はこの国で店を開いている。だからこの国に残る気がする。俺はマリオン嬢に騎士の誓いを立てた。だからマリオン嬢がこの国に残るのであれば、俺もこの国に残ることになる。

 何故そんな誓いを立てたのだろう。俺の目的はキヴェリアの魔族を殲滅することだ。なのになぜかキヴェリアの記憶は酷く遠い。ミハエもエシャグも死んでしまって、キヴェリアには俺をつなぎとめる者が居ないからだろうか。全てが遥か昔のことのように思われる。

 やはり先に進めということか。

 まるで頭の中に霧がかかっているようだ。


 そんなことを思いながらいつしか昼が来て、ジャスの作った昼食を一緒に取る。

 ジャスティン・バウフマン。いつもマリオン嬢と一緒にいて、その身の回りの世話をしている。もともとは従者だ。幼なじみらしい。だから、いつも一緒にいる。最初、その存在は全く気にならなかった。貴族というものは従者を従えるものだ。けれどもいつ頃からだろう、その存在が少しだけ癪に障るようになってきたのは。

 俺とマリオン嬢の関係は全く進展していない。おそらくジャスとマリオン嬢の関係も。ダンジョン攻略中だ。そんな余裕はないとはいえ、けれども随分、その関係は羨ましい。マリオン嬢にとって、ジャスは今でも従者なのだろうか。

 ジャスの戦闘力はもはや従者のそれとは遥かに隔たり、歴戦の戦士を遥かに凌駕するものであっても。

 ジャスに訓練を申し入れてもいつも断られる。


「私がアレクと戦っても互いに無意味です」

「何故だ? 異なる戦い方を知るのは意義があるだろう?」

「私はアレクの戦い方はできませんし、アレクが私の戦い方をしても弱体化するだけです」

「弱体化?」

「そうです。細かいことを考えながら戦うより正々堂々と戦うほうがアレクに似合います。それができるのであればそれを極めたほうがいい」

「できるなら?」

「ええ。だから訓練されるならこの階層の他のパーティの方をお勧めします」


 ジャスと戦えば結果はわからない。そう思う。

 いつも隣で戦っているが、その戦い方は力や素早さといった素の個体能力を頼る俺とは異なる。ジャスの個体としての能力はこの39階層ではおそらく真ん中より下なのだと思う。それにいつも長弓を下げているから後衛だと思われている。だからジャスが試合を申し込まれることはほとんどないし、申し込まれたとしても適当なところで負けているようだ。けれどもジャスは何かが飛び抜けている。勘やセンスといったものなのかもしれない。

 だから正直、最近はジャスに勝てるとは思えなくなってきた。俺は従者ではなく騎士だ。戦闘こそが俺の仕事だ。だからきっとはっきりさせたい。俺とジャスのどちらが強いのかを。マリオン嬢を守るのは俺がふさわしいことを。

 そう考えると何だか馬鹿馬鹿しい。未来などわからないというのに。

 けれども先に進まなければならないのだろう。その先に待ち受けるものが何かは未だわからないけれども。


 昼を過ぎて未来がわかる訓練をした。ターダリアンとの訓練は俺が勝った。それは予想ができた。俺は既にこの39階層にいる他のパーティのメンバーの誰よりも強い。

 そしてアッシュ公爵家の夕食に招かれた。

 さすがの公爵家だ。簡易の陣所であってもそれなりの設備が整えられている。たくさんのカラフルな幕が天井から下がり、目の前の豪奢な長机にはひと目で分かる高級な食器やカトラリーが並ぶ。そしてダンジョンとは思えないほどのフルコースが数人の参加者の前に粛々と運ばれる。頭を垂れた従者によって。

 従者とは本来このように主に仕える者、だよな。


「流石にアレクサンドル殿はお強いですな」

「いえ、ターダリアン殿の槍術はとても勉強になりました。熟練の槍というものは正面からでは距離が測りづらいですね」

「それでも当たらねば意味がない。どうやって弾いておられるのですか?」

「初動といいますか、動きの初めというものが見て取れれば大凡の動きの予測はつきやすく」


 アッシュ公爵家は10枚の許可状を持ち、91人でダンジョンに潜っている。そのうち20人ほどの選抜メンバーがこの39階層に留まっている。ダンセフェストを倒せると目される者だ。そう考えるとターダリアンは可能性はあるのかもしれない。その素早い槍の突きは、やりようによってはダンセフェストを近寄らせず距離を取ることができるだろう。


 ダンセフェスト戦の難しさはその素早さと、それによって生み出される曖昧な距離感にある。目にも留まらぬ速さで懐に入り込み、攻撃しようと思った時には既にいない。その動きを追うこと自体が難しく、間合いを上手く把握できねばダンセフェストが作り出す動きの緩急によって彼我の距離がわからなくなる。そうすると攻撃も防御もあったものじゃない。

 だから倒すにはコツが必要なのだろう。

 とはいえ俺は大分目が慣れて、近寄らせる前に弾き飛ばすことができるようになった。初動を見極め、その動線を断ち切るのだ。そういった訓練が、例えばターダリアンの槍を防ぐのにも役立っている。自分は強くなっていると感じる。もう少しで新たな何かが掴めそうな気がする。

 けれども未だ、自分から攻め入るには素早さがたりない。俺の攻撃が届く前に避けられるから致命傷が遠い。届かせるにはその行動範囲を極小化させるよう動くしか無い。時間と回復薬があれば倒せることは倒せるだろう。けれども素早さというような素の能力というものは一朝一夕でなんとかなるものではないし、なるのであればそうしている。そうすればやはり、ジャスのように素の能力を大きくカヴァーする何かが必要となってくる。


「随分とお考えのようですな」

「失礼いたしました。ダンセフェスト戦を考えておりまして」

「アレクサンドル殿でもやはり難しいのでしょうか」

「攻撃を当てるのが難しいですね。近寄ればひらりと避けられる。その点ターダリアン殿の槍ならば中距離から攻撃できて宜しいのでは」

「それがあやつ()は当たるほどに近寄っては来ませんので。それから下手に近寄ればひらりと背後に回られてしまいます。某も訓練が足りませんな」

「訓練といえばアレクサンドル殿は武闘大会には出られるのですか」


 アッシュ公爵家長子ルリウス殿が珍しく会話に加わった。

 25歳ほどの栗毛色の短髪の精悍な若者だ。戦闘力はそれほど高くもないのだろうが、このアッシュ公爵家の代表としてここにいる。

 武闘大会は現在アルバート殿が推進されている『イベント』だ。強さを競い合う。


「お話は伺ってはいるのですが、私はこの国の者ではありません。参加できるのでしょうか?」

「ええ、出自は不問と伺っております。どのような者でも規定に従う限り、参加できるそうです。今月の末ごろに参加者を募るそうですよ」

「アレクサンドル殿が参加されるならうちの優勝も厳しいかもしれませんな」

「ターダリアン殿も参加されるのですか?」

「当家はスタルケスを出します。当家で1番強いので」


 龍殺しのスタルケス。話だけは聞いている、単独で龍を屠る勇者。

 最近アッシュ公爵家と協定を結んだ勇者だ。スケルタスが得る資材をアッシュ家が専属で買い取る代わりに、その探索のサポートをする協定と聞いている。

 是非訓練を申し入れたいが、この階層では未だ見たことがない。

 信じがたいことだが、それはスケルタスが純粋に1人でこのダンジョンを潜っているからだ。だから許可状の1枚はスケルタスが持ち、たった1人で使用している。だからアッシュ公爵家のフルメンバーは100人潜れるはずなのに91人しかいない。


「スタルケス殿はまだこの階層に降りてこられてはいないのですか?」

「ええ。確かまだ35階層だったかな。サンダー・ドラゴンが倒せないそうです。お陰で当家は出費が膨らむばかりですよ。雷の守りなど極めて高価ですからね」

「やはりお1人で挑まれているのですか?」

「そうそう。サンダー・ドラゴンなんて1人で倒せるものとはとても思えないのですが、そこが勇者というものなのでしょう。ゲンスハイマー家の賢者殿は一緒に潜られているのでしょう? 実に協力的であられる。羨ましい」


 強大な力を持つ者は国などといった枠組みにとらわれない。けれどもそのような者でも無駄な軋轢は面倒だ。だからこのあたりの領域では、穏当な者は賢者の塔や勇者協会で証明書を取得する。それによって協定を結んだ国においては全てがフリーパスとなる。

 その代わり、それぞれの塔や協会は協定を結ぶ国からの申し立てがあり、その賢者や勇者が非道を働いたと判断すれば、その賢者や勇者を討伐し、補償が支払われる。ただしその判断は塔や協会が全て行い、被害を主張する国の意見は全く加味されない不当なものだ。

 それでも国は塔や協会と協定を結ぶ。そうしなければ、たとえ国を滅ぼされたとしても文句のつける宛先もないのだから。


「そういえば武闘大会は後衛でも参加できるのでしょうか?」

「後衛? どうでしょうか。観客に被害が及ぶ大規模魔法のようなものは不可とは聞いておりますが、魔法も大丈夫ということなら投擲や弓などは大丈夫ではないかと思います。一方で魔法の武器など個人の資質に関しないものの使用はその特殊効果が制限される魔道具が使用されるとは聞いておりますね」


 ジャスは武闘大会に出るだろうか。その時に闘えないだろうか。

 ジャスを倒せばマリオン嬢は少しは俺に興味を持つだろうか。頭ではそれは関係ないのでは、とも思う。同じパーティで争っても意味はない。それでは勇者スケルタスを倒せばどうだろうか。

 酒の影響もあるのか、色々なことが頭を巡る。

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