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ギルドでの一幕

 戦闘の後、もう何度目かもわからない話し合いを再開する。俺もアレクもソルも大きくため息をつき、既にお互い顔も合わせることもない。そんな側でザビーネがおろおろしている。この環境を少しでも改善したい。ザビーネに愛想を尽かされてパーティから離れられるのはごめんだ。それに早く攻略を進めたい。


「俺も反省してる。だから真面目にやる。やってるだろ? だからお前らも真面目にやってもらえないかな。魔王を討伐して国許に戻りたいだろう?」

「てめぇ。どの口でそれを言う。そういうならマリーを戻せよ。ザビーネを追い出せとはいわない。連携の問題もあるがそもそも人数は増やしてもいいかもしれん。けどもマリーがいるといないは雲泥の差だろ」

「まて、何を言ってる? バフなんぞ誤差だろ? よく考えろ、冷静に、冷静にだ。マリーがいた頃と今と何がそれほど違うんだ」

「……クズ野郎とは思ってたが本気で言ってんのか?」


 本当に何を言っているんだ?

 本当にその意味がわからない。

 まるで吐き捨てるようなソルの言葉。一見冷静そうに見えるアレクも地面を見つめて怒気を抑えている。

 だがちょっと待ってほしい。バッファーが使えないなんて常識だ。実際に俺の記憶でもさほど効果はなかったはずだ。本当に気持ち程度のもの。きっと主人公がいて気分が上がるくらいの違いしかない。冷静に考えれば効果がないことなんてわかるはずだ。


 ゲーム内ではガチで鍛えない限り補助職を選んだ主人公はダンジョン内では役立たずだ。そもそも他のキャラを育成すれば主人公自身は戦闘にまるで役にたたなくても、ダンジョンに潜らなくてすら魔王は倒せる。ダンジョン攻略は戦闘用パーティメンバーにまかせてイベント時だけ参加し、通常はカフェ店員だとかピエロだとか変なプレイをするプレイヤーというも多くいる。そういう類だろ?

 マリーは所詮バッファーだ。飛び抜けた高レベルの魔法を使うわけではない。そりゃあ多少は変わるだろうけど、殲滅力のあるザビーネの方がよほど役に立つはずだ。


「なあ、お願いだから前の時のことは水に流してやり直そう。頼む」

「話にならねぇ」

「全くだ。散々恩恵を受けておいて何故そんな薄情なことを言える。これ以上言うなら俺はパーティは抜けさせてもらう」

「ちょ、ちょっと待て、落ち着け2人とも」

「そうだ。そのザビーネと2人で仲良くやるんだな」

「あの、お2人ともすみません。私が至らないばかりに」

「あ、いえザビーネ嬢のことを悪くいうつもりはないんだ。申し訳ない」

「そうそう。すまなかった。俺も言葉が過ぎた。魔法も強いし機転も効く。十分以上だと思う」


 ザビーネが慌てて頭を下げたのを2人で止める。

 そうだそんな筋合いの話じゃない。ザビーネはきっちり働いている。けれどもそういう問題じゃないだろ?

 ……問題はマリーに狂ったこの2人の頭だ。


「でも……」

「ザビーネ嬢。これは本当にそういう問題じゃないんだ。あなたに謝られる筋合いはない」

「アレク……」

「そうだぜ。俺とちょっと役は被るが魔法使いが2枚いても別にちっとも悪くないんだぜ」

「それより問題はウィルの態度だ」

「なんだよ、何で俺の話になるんだよ。俺は精一杯やってるだろ」

「今更なんだよ。それを言うなら何で前はあんなナメプしてたんだよ。お前にとって俺らは何なんだよ。糞。やってらんねぇ」

「そうだ、な。そろそろ俺も堪忍袋が切れそうだ」


 何なんだ一体。

 なんで俺がそんなことを言われないといけないんだ。糞。やはりマリーのせいか。主人公補正ってやつか。

 こっちこそやってらんねーぜ。もういっそのことこいつら2人をクビにしてハーレムパーティでも組むか。

 確かにこの2人は強い。けれどもこのゲームには他にも強キャラは沢山いる。俺は前世のゲームでは女キャラしかパーティに入れてなかったが、それでもダンジョンを倒せるキャラが沢山いる。

 パッと思い浮かぶのはよく使っていた大剣士ハンナ、僧侶カリーナ。2人とも巨乳だ。もうそっちに組み替えるか、な。


「あの、ウィル。こんなことを私が言ってもよいのかわからないけれども、本当によろしいのかしら」

「大丈夫。ザビーネちゃんは何も考えなくて」


 薄汚れた木の扉を押すとその年月を物語るようにギイと重たい音が響き渡り、安酒の匂いが漏れ出てきた。扉の先は昼過ぎにもかかわらず空気は饐えて淀み、がやがやと下卑た笑いに満ちている。気持ちが悪い。まさに場末という感じだ。前世ではこんな治安の悪そうなところに入ったことはなかったものだから、その一斉に向けられた視線に少しだけ怯んだ。


「おお? これは王子様じゃぁございませんか。今度はどんな女をお探しで? 男爵家の御令嬢じゃあ物足りなかったんですかい?」


 どっと笑い声が響く。

 そこには昼だというのに多くの冒険者、というより俺には野盗の類にしか見えなかったけれども、大勢の男が酒を飲んでいた。

 何なんだこいつら。俺は王子だぞ。

 けれども思い直す。ここはどんな身分であれ平等なはずだ。なにせ冒険者ギルドなんだからな。


 声を無視してギルドの受付カウンターに急ぐ。

 大きな一枚板の立派なカウンターがいくつかのブースに区切られていた。ここだけは役所の窓口のようでホッとする。

 この世界で主人公は、一番最初に冒険者になろうとこのギルドを訪れる。そこで一緒に冒険する者を募る。その時主人公、つまりあのモブ女が王子の俺と騎士のアレクと賢者のソルを選んだんだ。

 この冒険者ギルドでは冒険者同士を仲介する制度がある。俺も昔登録した。あのモブ女も登録した。てことは俺も同じマッチングサービスを受けられるはずだ。


「本日のご用件は何でしょうか」

「パーティメンバーを増やすことを考えている」

「新しい女が欲しいんですぅ」

「ギャハハハ」


 腹立たしいヤジは無視する。どうせあいつらもモブだ。あのモブ女と同じようにな。

 カウンター越しのギルド職員は少々戸惑っているようだがコクリと頷き席に着くよう促された。

 俺のすぐ後ろでザビーネが所在なさげに左右を見回している。その後ろ姿に無遠慮に投げつけられる下卑た視線。連れてくるんじゃなかったかもしれない。ゲームの中でも確かにギルドに酒場は併設されていた。けれどもこんな場末臭い場所だとは思わなかった。


「どのようなメンバーがご希望でしょう」

「20階層程度に到達している女性2人組で前衛職と後衛職のパーティがいい」

「それは……」

「今のパーティで女性はこのザビーネだけだ。落ち着けるよう女性を増やしたい」

「あの、私は今のメンバーでも……」

「ザビーネちゃん、無理はしなくていいんだ」


 ヒューヒューという口笛とハーレム、ハーレムという合いの手が聞こえる。

 糞。腹立たしい。

 けれどもそれも魔王を倒すまでだ。魔王さえ倒せば全てがひっくり返る。オセロのように。俺の偉業が響き渡るはずだ。


「このギルドに所属する大半の女性冒険者は一般市民です。それであればウォルター様に身分が近しいアレク様とソル様の方が合うと思われますが……」

「ともあれリストを見せて欲しい。それがあなたの仕事だろう? 判断はこちらでする」


 ギルド職員がパーティ募集をしている女性パーティのリストを打ち出し、手渡される。

 どれどれ。


 いくつかゲームの中で見た記憶がある名前がある。例えばマリアとミーニャのアサシンと星使いの双子。ちっぱいだが中東風の服装でセクシーだ。それからティアリスとエーファの格闘家と僧侶のパーティー。2人とも胸がでかい。けれども俺の一押しはやっぱりこの2人だ。大剣士ハンナ、僧侶カリーナの胸も尻もでかい幼馴染コンビ。だいたい俺の素プレイのパーティはこの2人にザビーネを加えた巨乳百合ハーレムパーティだった。

 戦士、僧侶、魔法使いでバランスも取れて安定している。これなら俺は攻略し慣れている。ここからはハーレム展開だ。


「この2人と連絡したい。連絡先を教えてくれ」

「それは致しかねます。パーティ全員でギルドの会議室でお会いください」

「いや、ザビーネに合うかどうかを先に確認したい。大丈夫なら他の2人と合わせて会う」

「しかし……」

「俺は王子だぞ!」

「あの、ウィル……」


 ザビーネの声で少し冷静になり、気がつくと、あれほど騒がしかったギルド内がシンと静まりかえっていた。

 なんだ。なんだってんだ畜生。


「2人の住所は知っている。直接行くと連絡しておいて欲しい」

「あの……」

「いくぞザビーネちゃん」

「えっ? ウィル?」


 こんな糞みたいなところに1秒だっていられるか。あの2人の住所は知っている。攻略を進めると家に招かれるイベントがあるからな。だから直接会いに行くだけだ。

 それに2人のパーティ加入に必要なイベントは知っている。あの2人は出身の村の友人の病気を治すために25階層にある『月下の花』を必要としている。それを渡せばお礼にパーティに入る。『月下の花』はこのためにこの間、25階層で取得しておいた。レアなアイテムだから25階層を周回した。あの時のまたかというアレクとソルのため息が腹立たしいが、だから2人のパーティ加入には問題はないはずだ。

 俺はとっととグローリーフィアをクリアして楽しく遊んで暮らすんだ。


 そして俺はその時、丁度素材を売却に来ていたジャスティンにギルドでの様子を見られていたことに気づいていなかった。

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