勝ちは譲らない〜嵐神(スサノオ)vs月女神(アルテミス)〜
先鋒戦の闘いのショックが収まった観客の生徒達はそれ以外にもショックを受けていた。
学年一のエリートであるSクラスの生徒が最底辺であるEクラスに負けたのである。
大半の生徒は未だに信じられないといった様子だ。
何よりも今まで自分達よりも下だったはずの奴等が自分達よりも遥かに格上ということを認めたく無かったのだ。
しかし事実は事実である。そしてそれは生徒だけでは無く教師達にも衝撃を与えていた。
普段から受け持ちの生徒達にはEクラスの様にはなるな、Sクラスに入れる様になれと言ってきた。
それを全否定されるような結果に唖然としていた。
「フィリア君が負けるとはな。中々やるようだよ彼らは。皆油断はするなよ」
「ハッ!雑魚共にそんな気ぃ使ってどうすんだよ。キール様ともあろう人が随分とヤキが回ったようだな」
「ウォード君、私は冷静に物事を見てるだけだ。君の方こそ足をすくわれないようにな」
「フィリアが雑魚すぎんだよ。あの馬鹿が」
フィリアという生徒は性格には難があるがその実力はSクラスに相応しいものであった。攻防一体の風による絡み手は早々突破できるものではない。近接戦に弱いという欠点があるが、彼女は接近をわざわざ許す程の油断はしない。
今回の敗因でいえば相手が自分の想像以上の力を持っていたこと、またヴィオの守護の多彩な能力を読み切れなかったことだからだ。
負けたフィリアはヴィオ同様に寝かせられていた。神力の枯渇と死ぬ程の痛みによる精神的なショックで気を失ってしまったからだ。
「フィリアは弱くない。Eクラスが強かった。それだけでしょキール?」
「ああそうだ。流石君は理解が早いなルナ君」
「現実は現実としてきちんと受け止めるわ。でもねアタシは負けないわ。……順番は不本意だけどくじ引きだから仕方ないわね。行ってくるわ」
「ああ、頼むよ」
Sクラスの次鋒戦はEクラスの面々もよく知る彼女だった。彼女は思う、顔見知りとはいえ勝負は勝負、手加減などしないことが最大の礼儀であると。
ただ残念だったのは雷音とは闘えなかったこと。
普段仲良くしているから、幼馴染だから、特別な感情があるから、そんな事を抜きにしても全力で手合わせをしたかった。
親しき仲だからこそ、なのかもしれない。
対してもう一人の少女も普段と変わらぬ表情で試合に臨もうとしていた。
「次は某でござるな。ヴィオ殿に続いて勝てれば良いが……相手はSクラス、おまけにルナ殿……どうなることやら」
既に舞台の上には銀色の髪色を靡かせながらルナが立っていた。
「ルナは強いよ。あいつとは付き合い長いからよくわかるよ。手は絶対に抜かない奴だ。リン、知り合いだからって気は抜くなよ」
「ふっ……愚問を。あの気迫に気を抜こうものなら呑まれてしまうでござろう。では行って参る」
「リン、頑張って」
「ああ、ネイルに繋げられるように全身全霊で挑むでござるよ」
ルナとは対照的に黒い髪を後ろで一つに束ねたリンが舞台に上がると緊張感が張り詰める。
対峙する二人の目は合うが口は決して開かない。
お互いが気を抜くことの出来ない真剣勝負だと理解しているからだ。
「それでは次鋒戦……始め!」
「「神装光臨」」
試合開始同時にお互い神装を纏うが、二人の行動はまたしても対照的だった。天羽々斬を構え一気に間合いを詰めようとするリンに対して、月神弓矢に矢を番えながら間合いを取ろうとするルナ。
牽制し合う中。先手を取ったのはルナだ。
「月光舞踏・流星群」
番えた光の矢を天井に向けて放つと一本の矢は無数の矢に分裂し舞台に流星の雨の如く降り注いだ。
「いきなり決着……って訳にはいかないわね」
リンは八相の構えから天羽々斬を下から上に斬り上げ、発生した風と共に降り注ぐ矢を一気に払い除けた。更に追撃の如く襲い掛かる矢は目にも止まらぬ早技で全て叩き落としてしまった。
「この程度では某はやられはせんでござる。それにルナ殿も本気ではなかろうよ?」
「まぁね。一応様子見ってとこ。まぁ油断はしてないしAクラスの……何だっけアイツ?人の足や顔ばっかり気持ち悪いくらいジトジトと見てくる奴。
まぁいいわ、あの気色悪くて性格の悪いクソみたいな男に勝ったのは見事だったわ」
「褒めてくれるのは嬉しいのだが……ちと言い過ぎではなかろうか?しかも全校生徒のいる前で……流石に哀れになるぞ。まぁ確かに彼奴……名は忘れたが実際気持ち悪い輩だったので同意はするでござるが」
「いーの、いーの。アンタらを舐めてかかって見下す様な馬鹿にはいい薬よ」
そんなルナの言動に雷音は軽く苦笑いをしていた。
ルナは昔から思った事を包み隠さず言うことを知っていた。過去にズバズバと色々と言われて落ち込むことも多々あった。
確かにルナの言っている事は事実だが少々Aクラスのライルに同情してしまっていた。
「ふふっ、面白い人でござるよルナ殿は。されど今は真剣勝負、今度はこちらから参る! 舞え我が剣よ!」
天羽々斬をその場でルナのいる方向へ向かって斬ると耳がキンッ、となるような高音を添えて人一人分程の大きさの真空の刃がルナへと襲い掛かる。
初撃は難なく避けたが、二撃目からは連続で斬撃を放つ。
ルナも迎撃の為に矢を放つが、威力の面では押されてしまう。
じわじわと距離を詰めるリン、しかしルナも常に一定の間合いを保つように動く。とはいえここは舞台の上でそう広い訳ではない。
ルナは次第に角に追い詰められていた。
「もらった!破ッ!」
一気に間合いを詰め、横一文字に天羽々斬を振るうリン、しかしそれは当たる事なく受け止められてしまった。黒い毛皮と大きな爪が阻んだのだ。
「アタシの眷属の月熊よ。弓使いが接近戦が不利だなんて分かっているわ」
受け止められた天羽々斬を掴まれ逆に身動きが出来なくなったリン。その隙にルナは一気に間合いを取った。その目は追い詰められた獲物を見据える狩人の目。
「ならばこちらも。八岐大蛇よこれを引き離すでござる!」
「遅いわよ。月光舞踏・小夜曲」
多頭の大蛇を呼び出し、月熊を天羽々斬から引き剥がすがその隙にルナは四肢を狙って黒い矢を四本放つ。
先程の技に比べれば量は少ないが矢の速さは段違いに早く、三本までは避けられたが一本はリンの足に掠ってしまう。
「この程度!……なっ?身体が……重い?」
「呆けっとしている暇があるのかしら?」
次々と放たれる矢、リンはそれに当たらぬように避けるが先程の様に余裕を持って避けている様には見えなかった。
転がり回り、必死の形相だ。
「一体リンはどうしたってんだよ?何かやられたのか?」
「ねぇ雷音、幼馴染の君は何か分からないのかい?」
「すまん、ルナとは付き合いは長いけど神装を纏ってる所は殆ど見たことがないんだ」
「そうか……。従兄弟の僕も全然わからないしね。でも恐らくさっきの黒い矢のせいだろうね。あれが掠ってからリンの様子がおかしい。普段あれだけ繊細な動きを見せる彼女があんな動きをするわけがない」
外から見ている雷音達も不可思議に感じたリンの動きはまるで足枷をかけられた様だった。
実際くらってしまった本人も急に右足が重くなるような感覚に戸惑ってしまっていた。
「はっ……はっ……中々面妖な能力を持っているでござるなルナ殿。それが神理というものか?」
「残念だけどこれはアタシの神器のアルテミスの弓の能力なの。対女性限定っていう制限は有るけどこれは相手の動きを封じることができるわ。動かない的にしてしまえば狙い放題……なんだけど掠っただけだからそこまではいかなかったようね」
「成る程。だがそんなこと敵にペラペラ話しても良いのでござろうか?」
「……勘違いしないで。アンタは今アタシの狩るべき獲物と化した。狩られるだけの者に教えたって問題は無いわ」
「成る程、だが黙ってやられる訳にもいかぬでござるよ」
「そこは黙ってやられてくれると助かるんだけどね」
再びルナの弓から白い矢が何発も放たれる。
リンは覚悟を決めたのか矢を払い退けながら少しずつ前進していく。
しかし矢が少しずつ身体を掠めたり刺さっていく。
「(成る程、拙いのは黒い矢でござるな。白い矢は特殊な効果は無い……とはいえ喰らいすぎればどちらにしてもやられる。まだまだ不慣れの上に昨日一日に試したことだが……やるしか道はあるまい)」
リンは決意を込めた目でルナに向かって走る。下半身にはいつも以上に神力を込めて弱った脚力をカバーして。
「下半身に神力をかなり注いだようね。でも上半身がガラ空きよ。『月光舞踏・流星群』」
再び雨のように降り注ぐ無数の矢がリンを襲う。先程のように天羽々斬を素早く振るえない状態ならひとたまりもない。
しかし待っていたぞ、と言うようにリンの口角が上がりに力を込めた。
「そうくると思っていたぞ! 全てを蹴散らせ『暴嵐驚天』」
リンを中心にして吐き出されるかのように暴風が巻き起こり、放たれたルナな矢を押し返すように弾き飛ばした。更にリンの歩みと共に嵐も同じ様に移動する。
「これは……厄介だわ。引き……こまれるっ?」
ルナはリンから距離を置いているにも関わらず身体が動かされるような感覚があった。足に縄でもかけられて引っ張られているかのように。
「我が守護は嵐を扱えることが昨日わかってな。ぶっつけ本番だが、この攻防一体の陣に隙はないでござる」
外部からの攻撃を遮断し、うかつに近づけば嵐に巻き起こまれ、嵐を突破しても中にいるのは接近戦のスペシャリスト。
ましてや遠距離向きな射手では引き摺り込まれたら分が悪い。
「成る程ね……これを崩すのは面倒そうだわ。
てか初めて神装を纏ってから中一日しか経ってないってのにアンタらのクラスの連中はどんだけ才能があるってのよ……大体神器だって最初から使えるのも大概おかしいのよ」
「日々己を研鑽してきたのだ、弱者だったからと言って投げ出す者はいなかった。それが実を結んだだけでござる」
ルナの言った通り神装は纏えてもすぐその力を十全に発揮することはない。
出来るとすれば余程の才を持つ者のみだ。そしてその力をコントロールできる強靭な意志と肉体があればこそ。
つまりEクラスの五人が全員才を秘めていたことに違いは無いが、普段から精神と肉体を鍛え御伽の国での特訓が神力をより強くしたのだ。
「そう、ね。あんなに差別されていたのにアンタ達は諦めなかった。それだけの力を得たことは素直に称賛できる。でも」
ルナはより速く、より硬くなるように全身に神力を巡らせ碧い眼が獲物である彼女を捉える。
「勝ちは譲らない!! いくわよ!!」
ルナは弓を持ったまま目の前の嵐の壁に向かって走っていった。この会場にいる者の眼には追い詰められた結果、無謀にも突撃していったのだと映っただろう。
普通であれば射手が自ら相手の懐に入ることはまず無いからだ。
「万策尽きたか……それとも……。ならばっ!我が剣の錆となるでこざる!」
突進してくるルナに対してリンは天羽々斬を構え、迎撃する準備は万端。あと数秒で自分の間合いに入る、それならば返り討ちにしてくれようと頭の中で考えていた。
ただ本当に近づいてくるのかの疑問もあった。しかしそんな疑問を吹き飛ばすように突っ込んできたルナに対して手に持つ天羽々斬を振るった。
だけどそれはルナに届かなかった。
「がふっ……なんだ、と?」
天羽々斬は空を斬った。
そして腹回りに強烈な痛みが走った。下を見れば自分の腹には普通の矢よりも二回り程の太さの矢が刺し込まれていた。
矢柄を手で持っているルナに。
「『月光舞踏・終曲』……っ痛たたた。これでお終いね」
「ぐっ……まさかそのまま本当に突っ込んでくるとは……しかも速い……」
「これを出させたんだからアンタも大したものよ。これは自分自身を矢にして放つ言わば自爆技なのよ。
アタシの弱点は接近戦って思われているからね」
ルナが全身を硬くしていた理由はこの技を使う為であった。自分自身の身体を神力によってコーティングし、月神弓矢の力で自身を矢柄としたのだ。
それでも自分の出せる速さの限界を超えた反動は大きく、正直立っているのがやっとの状態だった。
「なる……ほど……。射手だから接近戦など出来ぬと考えてしまったのが某の敗北原因か……」
「弱点なら鍛えればいいしそれを囮に作戦を立てればいいのよ。アンタ最後判断が鈍ったでしょ?アタシが遠距離しか能がないと思ってたんでしょ。
だから最後の邂逅の時、ほんの一瞬だけアタシが速かった。その一瞬が勝負を分けたのよ」
「そうか……まだまだ修行が足りなかったか」
「そりゃあそうでしょ。アンタもアタシももっともっと強くならなきゃならないんだから。
この世界はアタシ達が取り戻さなくちゃならないんだから。てなわけでアタシの勝ちでいい?」
「ああ……某の完敗だ」




