悲劇の晩餐〜決勝前夜、妹の優しさを添えて〜
Aクラスとの闘いから一晩が明けた。
Eクラスは明日決勝なので体力温存の為、軽い訓練をするだけに留まった。
神装を纏ったばかりのリンは神装を纏っての訓練は初めてとはいえ、元々の素質の良さと神力のコントロールは上手かったために神装を纏っても雷音達と遜色のない動きだ。
それでも明日の為に本格的な訓練は控えることにした為に本人は不満げであった。
「はぁ……皆いいな。あーしだけ神装纏えてないし確実に足手まといだし」
唯一Eクラスでヴィオだけは未だに守護が顕現していない。
Aクラスとの闘いで神装を纏う実力者を相手に、自分が神装が纏えなければ勝負にならないのをヴィオはその身をもって味わっている。
しかも相手は学年最強のSクラスだ。
このままでは絶対に勝てないだろう。
「ヴィオ殿も諦めてはならないでござるよ。きっかけは分からぬが、某も試合中に神装を纏うまでに至った。決勝でその様なことも起こり得るはずでござる」
「だといいけど……何かあーしだけ仲間外れって感じだし……」
「大丈夫、某はヴィオ殿を信じている。故にヴィオ殿も自分自身を信じるでござる」
「うん……そうだね、諦めたら負けだし。ありがとリン」
少し離れた場所にいた雷音も神装を纏えないヴィオへ対しての心配があった。しかし今聞こえてきた会話を聞く限り、それが杞憂であったと確信した。
あとは明日頑張ればいい、それだけを思うだけであった。
放課後も訓練をする事はなく、真っ直ぐ帰宅する。雷音が寮に帰るとまだ妹の繭は帰っていなかった。
Eクラスが明日に備える為にティナが早めに授業を終わらせてくれて、早めに帰路に着くことが出来たからだろう。
とはいえやることはある。雷音は今日もいつも通りにキッチンへ向かった
「明日は負けたくない試合だしな……よし、験担ぎで今日はこいつにするか」
最初にやることはお米を研ぎご飯を炊くことだった。
そして冷蔵庫から取り出したのはたくさんの厚切りロース肉だった。
(明日は真剣勝負だしな……でも分からないな)
決勝前日とはいえ腹を空かせたルナが来ないとは限らない。いや、常識から考えればそれは有り得ないことだが、ルナの腹はそんな常識さえも凌駕するかもしれない。そんな考えから念の為にいつも通り山盛りにする事にした。
まずはロース肉を筋切りをする。これをしないと揚げた時に反りかえってしまうからだ。
そして次に叩く。ひたすら叩く。これをすることで肉の繊維が潰れて柔らかくなるのだ。なるべく均一に叩けば肉の厚みも均等になり生焼けになりにくい。
包丁の背で叩くと音が少しうるさいのだが寮には他に人が居ないので気にせずバンバン叩いていた。
そのあとは塩胡椒を振って馴染ませる。そして小麦粉、卵、パン粉をまぶす。雷音のこだわりは衣の二度付けだ。パン粉はぐっ、と押し付ける様に付ける。
これが噛んだ時に衣がサクサクになる秘訣なのだ。
下ごしらえが終わる寸前玄関のドアが開く音がする。
「ただいまぁ」
「おかえり繭」
「ん?今日はトンカツかぁ。明日の勝負に勝てる様にかな?お兄ちゃんそういう願掛けするの好きだもんね」
「うるせぇよ。少し休んだら夕飯にするから先にお風呂入ってきちゃえよ」
「はーい」
繭がお風呂に行って数分後、雷音の目の前には山積みになった下ごしらえの終わったトンカツがあった。
時計の針を見ると学園の下校時間はとうに過ぎていたが来客の様子はない。
「今日はルナは来ないかな?ま、いっか余ったら冷凍すれば」
少し残念そうな表情を浮かべつつ油を準備する。
繭が風呂から上がり雷音も軽くシャワーを浴びた。
どうせ今から大量の汗をかくのはわかっていたが気分的に汗を流したかったのだ。
キンキンに冷えた麦茶を片手に油の入った鍋に火をかける。
温度が上がり衣のかけらを油に入れ浮いてきた頃にトンカツを揚げ始めていく。
小気味良くジュワッ……と言う音と油の匂いが辺り一面に広がっていく。パチパチと泡が出て行く様子を見ながら麦茶を口に入れていく。
未成年でなければ酒でも飲んでいただろう。
とはいえ試合前だ、例え雷音が酒を飲める年齢でもそんなことはしなかったはずだ。
表面が段々とキツネ色になっていく。最初は比較的に低い温度で揚げているので時間はかかる。そして一度タイミングをみてカツを取り出す。
そして再び温度を上げた油で完全に火を通す。そうすれば中が硬くならず表面はサクッと小気味のいい音を立てる完璧なトンカツが出来上がるのだ。
そしてこの作業を全て揚げ終わるまで繰り返す。
揚げている間にキャベツを刻み皿に盛る。
ついでに余っていた大根もあったのでこれは味噌汁にすることにした。
半分程揚げ終わったころ、玄関のチャイムが鳴った。パタパタと玄関に走る音が聞こえたということは繭が応対してくれたのだろう。
「お兄ちゃーん、ルナお姉ちゃん来たよー」
「やっぱりか。流石はルナ、明日戦うってのに型破りだな。きっと油の匂いを嗅ぎつけてきたんだろうな」
「アンタねぇ……あんまりふざけたこと言ってると射抜くわよ」
ひょこっと繭の背後から姿を現したルナだが雷音の発言に少々御冠のようだ。
「明日は俺達との試合だってのによく来たもんだよ。Sクラスの奴らになんか言われないか?ウォードの奴にスパイ扱いされるぞ?」
「あんな奴の名前出さないでちょうだい! もう今日の雷音は気分を害するわねぇ」
「ははは、怒るな怒るな。取り敢えず先食べてていいぞ。……それと繭、今日は会長達は来てないよな?」
「うん、会長さん達は来てないよ」
「そっか、それなら大丈夫か。ルナも腹空かしているだろう。ご飯も沢山炊いたし持っていって食べな」
「はーい」
(やっぱりルナ来たな。まぁ勝負するとはいえ付き合い方が変わるわけじゃないしな。それにしても沢山作っておいて良かった)
揚げたそばからちょこちょこと繭がキッチンに来てはトンカツを持っていった。雷音もその速いペースには不思議だったがそれはルナがいるからだろうと思っていた。
しかし雷音は気付いていなかった。
繭がこっそりとお米や味噌汁を数名分持っていったことを。
「ふぅ終わった。俺も早く食べて休まなくちゃな」
全てのトンカツが揚げ終わり、汗を拭って雷音が居間に行くと、なんと大量のトンカツは既にほとんど姿を消していた。
「おう!お邪魔してるぜ!」
「うめぇじゃんコレ」
「あらあら雷音さん頂いてますわ」
「すまん……私は止めたんだが」
何故か昨日闘ったばかりのA組の内の四人がトンカツを食い尽くそうとしていたのだ。
テーブルを囲うように三獣死ことルーフェ、ガトル、リエル、そして先鋒で出てたノアが申し訳なさそうに座っていた。
「あのさぁ……ここ俺んちなんだけどなんで勝手に上がって勝手に食ってるのかな?」
「ああ、コイツら学園でつい会ってアンタと話したいって言うから連れてきちゃった。今日のトンカツも美味しいわね」
「連れてきちゃった、じゃないだろ!」
目の前にトンカツが三枚乗っているルナが咀嚼しながらそう話す。マナーもクソもないが今はそんな事気にしている場合ではなかった。
「そうそう昨日の敵は今日の友っていうだろ。一言激励でもしようと思ったらテメェら全員帰ってやがってよ。そしたらルナ姫さんに会ってよ。そんでここ来たんだ。勝手に入ったわけじゃねぇぞ」
「いや家主は許可してないぞ」
「そうそう。飯は沢山あるし食っていいと思ってさ。それにしてもお前の料理美味いじゃん。オイラ幾らでも食えちゃうじゃんか」
「いや勝手に食うなよ」
ロールとノールの兄弟の口に中にどんどんトンカツが入っていく。申し訳なさそうに先鋒で試合に出ていたノアの口が動く。
「すまん……すぐ帰ろうと言ったんだが皆食べ始めてしまって」
「でもぉ……ノアさんたらもう二枚も食べましたよねぇ?」
「うっ、それは……すまん上手くてついつい」
「まったく節度というものをお知りなさぁい。いきなりわたくしを引っ張ってきて夕餉を勝手に食べるなんていけませんわぁ」
さすがに三姉弟の姉はしっかりしているな、と雷音が思うも弟からすかさず突っ込みが入る。
「いやいや姉ちゃんもう三枚食ってんだろ。しかも美味い美味いって言いながら。つーかそんなこと言うなら自分の皿に乗ってるのもう食べんじゃねぇよ、俺が食うからよ」
「うふふふふ……ルー君たら……わたしの皿から奪うなんて死にたいのかしらぁ?」
人の家に上がり込んで勝手に飯を食った上に姉弟で殺し合いなんてされては堪らない。
雷音の口からはため息しか出なかった。
テーブルの隅っこでは知らぬ存ぜぬと言わんばかりに繭がお茶を啜っていた。
「んで……何しに来たの?」
「言っただろうが、明日Sクラスなんかに負けんなよって言いに来たんだよ」
「そこにSクラスの人いるんだけど」
「細けぇこたぁいいんだよ!とにかく俺達に勝った奴等が負けるのは気にくわねぇ。絶対勝てよ!」
「人んちの晩飯を勝手に食いながら言わなければ嬉しいんだけどね……」
雷音が来たのにも関わらず箸が止まらないルーフェ。全てを飲み込む狼王の名は伊達ではない。
続けとばかりにカツを口に含みながら弟のガトルが口を挟み出した。
「オイラからも頼むじゃん。特にウォードの野郎がすっげぇ嫌いだからアイツぶん殴ってくれよ。Sクラスだからってなんかオイラ達のこと見下してくるしさぁ」
「だからSクラスの人がここにいるんだけどね……しかも一応の王女様なんだぞ。まぁこいつは勝手に人のこと見下すような奴じゃないけどさ」
「確かにルナ様はそんなことはしませんわねぇ。極一部のお馬鹿さんは見習って欲しいわねぇ。ウォード様とその取り巻きさんにはしつこく言い寄られましてねぇ……心ない言葉を投げつけられたものですわぁ」
「あー、あの馬鹿ならやりそうね。ゴメン、アタシから言っとくわ。でも期待はしないでね」
「大丈夫ですわぁ。今度何かあったら血塗れにしてあげますからぁ。うふふ」
そんな様子を見ながら隣同士に座っているガトルとノアは食べ終えていた。
「ごちそうさん。美味かったじゃん。ところでノア、雷音とルナ姫さんって付き合ってんのかな?」
「ちょっと違うような気がするが……だが」
「だが?」
「愛を感じるな」
「オイラの愛がお前に届かないのに?」
「じょ、冗談でもそんなこと言うな」
「マジなのに」
全く二人のことを知らない雷音は横目で二人を覗きつつ、何でこいつらはウチでイチャついてんだろう?と、若干白い目を向けていた
普段はカップルを見てもどうとも思わないが流石にいきなり部屋に入ってきてこの状況では腹が立つに加えて腹も減る。
実際のところ特に友人でもなんでもない。交流といえる交流は昨日の対抗戦が初だ。しかも闘っただけである。いきなり友というには無理がある。
とはいえ追い返さないのは雷音がお人好しというところなのだろう。
「あー、お腹一杯。今日はそろそろ帰ろうかしら」
いつもなら食べた後はごろごろごろごろとギリギリまで雷音の家に居座るはずのルナが帰宅宣言。これには雷音も驚き目を丸くする。
「どうした?腹でも痛いのか?」
「んーん、今日は早く帰ろうかなって。明日はEクラスと試合だしね。アタシも備える時は備えるよ?」
「そっか。帰り送ってくよ。もう暗くなってきたしな」
「大丈夫大丈夫、今日は護衛が四人もいるから。ほら、アンタ達そろそろ帰るわよ。雷音は明日は試合なんだから早く寝かせてあげなきゃね」
「ちっ、そう言われたら仕方ねぇ。じゃあな。明日は絶対勝ちやがれ!」
「頑張れよー、あのイケメンにもよろしくじゃん」
「ご健闘を祈りますわぁ。ご馳走様でしたぁ」
「私達の分まで頑張ってくれ。ヴィオにもそう伝えてくれ」
「じゃあまた明日ね。言っとくけど手加減しないからね! お互い頑張りましょう!」
「ああ、いい勝負をしような」
ルナとAクラスの騒がしい面々は夜道をいそいそと帰っていく。
部屋が静かになる中、雷音はまたしても驚愕することになる。
「あー、お兄ちゃん残念だったね」
「カツが…………ない!!」
食欲の権化ことルナと野獣のようなAクラス、揃いに揃って肉を喰らい尽くしていたのだった。
「はぁ……明日は勝てないかもなぁ……」
「大丈夫だよ、はい」
隣の寝室に行った繭が雷音の元に持ってきたのは一枚のカツだった。
「こ、これはっ!?」
「これはも何もトンカツだよ。いつも知らない誰か来るとみんな食べられちゃうからね。早く食べて寝るんだよ?明日も応援してるから。私先に寝るね、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ありがとう繭。お前がいて心の底から良かった……」
トンカツをたった一枚残して置いただけで兄の涙がほろりと流れるのを見るのはなんとも複雑な気分になる繭だった。
(明日は頑張ってねお兄ちゃん)




