嵐神vs金色の豊穣神
リン=ジャーリアの一族は強かった。
父も母も境界の向こう側で沢山の御伽達を殺してきた。
故に強さを求められた。
歳の離れた兄や姉はやはり優秀であり、学園卒業後もその名を響かせた。
リンも幼い頃から訓練に明け暮れ、文武両道に自らを鍛えてきた。
そして当然のように資質はあった。だけどそれだけだった。
いつまで経っても神力が使えなかった。来る日も来る日も身体を動かし、動じない精神も身につけた。
しかし神力を使える気配はなかった。
それでもただひたすらに己を鍛えた。
たった独りで。
両親は失望していた。唯一の救いは自分が末子の為に跡取りのことを考えなくてもいいことだった。
ただし、既にリンは『戦士』というカテゴリーからは外されていた。
最初は押し付けられていたと思っていたし、家柄から仕方ないことだと思っていた。
しかし両親や兄達が世界を救う戦いをしていることに憧れもあった。
気付けば自分から強くなろうとしていた。
だからこそ余計に失望していた、自分自身に。
最後の希望は学園の存在だった。家族には反対されたが、彼女の人生で初めての我儘だったからか入学が許された。
暗に最後通告だったのかもしれない。これで駄目ならその道は諦めろと。
入学して割り振られたクラスはEクラスだった。
皆神力が使えない、資質だけはあると言われた落ちこぼれの集まりだった。
皆死んだ様な目をしていたが、それは鏡写しであり、自分もそんな目をしていただろう。
しかしいざ授業が始まれば皆必死だった。座学も訓練も、下手すれば自分以上に。
ついつい心の中で笑ってしまった。
ああ、自分だけではないのだな、と。
馴れ合うことは良しとしていなかったが、クラスの同級生達は顔色を変えない自分にも普通に話しかけてきた。中でも片手と片目が無い少年が良く話してきた。
男子と馴れ合う経験が少ない為に会話はほぼほぼ成り立たない。そんな状態でも話しかけてきた。
それは周りの者達も同じだった。
次第にそれにも慣れてきて気付けば冗談が言えるほどになった。
最初は馴れ合いなど何の意味もない、ただの無駄な時間だと思っていた。
だけど、どこか楽になった。
もしかしたら逃げなのかもしれない。
それでも仲間達の存在は無くてはならないものになっていた。
彼女にとって支え合う、大切な存在に。
――――
光が収束し舞台の上の少女は凛と佇む。
かつて存在したと言われる東の国と呼ばれた場所の民族衣装。
黒い着物に桜色の袴、軽装の武者たる鎧に腰に刀を下げた神装を纏うリンがそこにいた。
「全てを引き裂く風の刃を受けよ……嵐神のリン、いざ参らん!」
ライルは目を丸くした。目の前の落ちこぼれは神装を纏えないはずだったからだ。
しかも勝利の剣と金猪は弾かれてしまっていた。正面から狙ったとはいえ力を込めて攻撃したのだ、自分より弱い者が何故抗うことができたのか呆然としてしまった。
だが彼はすぐに落ち着きを取り戻し表情はいつものように直した。
「神装纏えるなんざ聞いてなかったけどねぇ。ま、ただのまぐれだろうね。だって勝利の剣と金猪の同時攻撃に君なんかが勝てる訳ないじゃないか!」
神装を纏ったリンに再度襲いかかる勝利の剣と金猪。
しかしリンは腰に装着された鞘から刀を抜刀すると同時に勝利の剣を弾き金猪を風の刃で斬り裂いた。
「なっ!? 馬鹿な馬鹿な……金猪を一撃で消し去っただと?」
「中々のじゃじゃ馬でござるな……この刀は。普通の刀とは違う故に慣れぬのに時間がかかりそうでござるよ。
だが神装、そして神器とは新しい世界へと連れていってくれるのでござるな。
だが慢心はせぬ、より強くなってみせようぞ。
さぁ『天羽々斬』よ、風と共に敵を蹴散らそうぞ」
リンが天羽々斬を振ると風刃がライルに向かって迸る。
しかしそれを遮るようにライルの前に勝利の剣が移動、回転し風を遮った。
「ふん、この剣は攻撃だけじゃないんだよ。そんな大雑把な攻撃僕には届かないさ。
それにしてもこれは想定外だこれ以上力を使うのは嫌なんだが今度は全力で潰してあげるよ。行け金猪!」
「無駄だ!刻まれよ!」
再度リンは天羽々斬を振るうと風の刃が金猪に向かっていく。
しかし勝利の剣が一早く風の刃の前に現れて風を遮った。
その隙を突き、金猪は弾丸の如き速さでリンを貫こうと突進していった。
しかし、またしてもそれは届かなかった。リンの背後から現れた八つの頭と八本の尾を持つの巨大な蛇が金猪を掴み捕らえていたのだ。
「絞め殺せ、我が眷属『八岐大蛇』」
リンが開いた掌を閉じる仕草をすると、それに応じるように巨大な八岐大蛇が金猪を八つの首で巻きとり、絞めると金猪は金色の粒子となり消えてしまった。
「嘘だろう!? 神装を纏ったばかりなのに眷属まで使うなんて! だけどまだ僕にはこの勝利の剣がぁぁ!?」
金猪が消されたと同時にリンは勝利の剣を天羽々斬の刀身から迸る風刃で押さえ込んでいた。
そして己の武器と眷属が封じられたライルの目の前には八岐大蛇が迫っていた。
「な、な、なななな……馬鹿な……くそ、僕の剣が……神力ももう……」
八岐大蛇は問答無用とばかりに八本の首をライルの身体に巻きつける。
「んぎゃあああ! いだぁぁぁい! あぎゃぎゃぎゃぎゃ離してぇぇ!」
「済まぬでござる。神装を纏ったばかりでコントロールが効かぬので才のあるお主に教わろうと思ったが……これではどうしようもないでござるな。困った困った」
普段あまり表情を変えないリンがニヤリと笑みを浮かべる。
「なんかリンリンすっごい悪い顔をしているし」
「そりゃあ腹が立ってんだろ」
「でもそんなリンも僕は素敵だと思うよ」
「え?」
八つの首は巻きつける強さを徐々に強くしていった。コントロールが効かないなどどの口が言ったのか。
「わ、わかっだ!僕が悪がっだぁぁ!お、僕のま、げっっ!!」
降参宣言がされた瞬間、ライルの身体に巻きついた首が思い切り力を入れた。鈍い音が響くと同時にライルの意識は消えた。
そして審判から発せられる声が会場に響き渡る。
「この勝負Eクラス、次鋒の勝利!」
この試合に限るのかは分からないが、同級生である二年生から拍手喝采がリンに送られた。
そして同時にライルに対して罵倒の声がかけられる。
やはりと言うかライルを嫌っていた者は相当な数だったのだ。
当のライルは気絶して口から泡を吹いて粗相をしてしまっていた。
もう明日から威張り散らすことは無理だろう。
そんな金星を上げたリンが戻ってくるとネイルがいの一番に彼女の元へ近寄っていった。
「おめでとうリン。頑張ったね」
「いや、ネイル殿のおかげでござるよ。あの声で某は立ち直れた。礼を言う」
少し顔を赤くするリンはどこか恥ずかしそうに、ネイルを目線から外してそう言った。
「礼なんていいよ……いや、一つだけ礼代わりにお願いを聞いて貰おうかな」
「ぬ?助平なことなら聞けぬでござるよ?」
「そんな事を聞くわけないだろう! はぁ……で、お願いなんだけど僕のことを呼ぶ時に殿ってつけるのやめてもらえないかな?ネイルって呼んで欲しい」
「そんなことなら容易い。ネ……ネイル。これでいいか?」
容易いと言いながらも少し吃りながら顔を更に赤くしてネイルを呼び捨てるリンはどこか初々しい。
「うんバッチリだよ。何かさ、他人行儀が気になっちゃってね。ところで……一つ気になっていることがあるんだけどさ」
「奇遇だな。某もだ。というかもう保たな……」
「ああ、やっぱり……」
パタンと前のめりに倒れてきたリンをネイルは受け止めた。初めて神装を纏った後遺症で気を失ってしまった。
「ていうかネール絶対狙って近づいてったし。凄くバレバレだし」
「リンも満更じゃなさそうだぜ。まぁアイツら前から仲良さげだしな」
「そーね、前からネールは積極的にリンリンに話しかけてたもんね」
「オレはテメェによくぶっ飛ばされてたけどな」
「それは馬鹿シュウが馬鹿だから仕方ないし」
「んだとコラァ!?」
そんなぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人を見て、お前らも充分仲が良いよ、と内心つぶやく雷音だっあ。
「あーあ、でもこれで守護が顕現してないのあーしだけになっちゃったし」
「ヴィオも大丈夫だろ。オレみてぇな奴だって出来たんだからよ」
「だといいなー」
「ところで雷音よぉ」
「ん?どうしたシュウ?珍しく真剣な顔して」
「珍しいは余計だ! あのよぉ、このまま Aクラスに勝ったとすんだろ?次Sクラスとの闘いは次鋒どうする?」
「あっ」
そう、これまでの経験上、神装を纏ってすぐ目覚めた者がいない。シュウが纏った時は比較的早かったがそれでも半日ほど経ってからだ。
そしてEクラスには予備メンバーはいない。
Eクラスには五人しかいないからだ。
「取り敢えず勝ったら決めよう。勝ってもないのに浮き足立っても仕方ないだろ?」
「まぁな。ところでネイルいつまでそれ抱き抱えてんだ?」
シュウの視線の先には未だにリンを抱えているネイルの姿があった。美男子がそうしていると非常に絵になるが、次は彼の出番なのである。
「はは、そうだね。ヴィオ、リンをそこに寝かせておくからティナ先生を呼んで来てもらっていいかい?」
「はいはーい。んじゃネールも頑張ってきてねー」
「うん、行ってくる」
Aクラスの控え
「いやー、情けねぇぐらいダッセェなぁ。つーか漏らしてやがるし」
「つーか誰がアイツのこと誰が運ぶの?」
「これは殿方の仕事であろう」
「そうねぇ。わたくしは重くて汚い負け犬はちょっと敬遠したいですわぁ」
「こういう時ばっかり女を全面に出してずっけぇじゃん! なぁ兄ちゃん」
「だがこうなるとコイツらはてこでも動かねぇからなぁ。じゃあガトル頼んだぜ?」
「えーやだよ。オイラあいつ嫌いだし小便漏らしてるし触りたくないじゃんか。兄ちゃんやれよ」
睨み合う兄弟。
こんな時二人は解決する為に殴り合いの喧嘩をすることも多いが目の前には恐ろしい姉がいる。
普段はふわふわしているが決して怒らせてはいけない人物でもある。
そうなると解決法は一つ。
「じゃん」
「けん」
「「ぽん!」」
じゃんけん一本勝負、見事に制したのは兄ルーフェだった。
「っしゃー!」
「マジかよ……はぁオイラ次試合なのに……」
「つべこべ言わずさっさとやってこい」
「はぁ……わかったよ」
Aクラス次鋒の処理も終わり舞台の上では再び火花が散る。
Eクラスからは名残惜しそうな後ろ姿を見せながら舞台に上がるネイル。
その視線の先にはAクラス、三獣死の一人、末弟のガトルがいた。
「おーう色男、アンタがオイラの相手か。よろしく頼むじゃん?」
「ああ、お手柔らかに」
「ちと汚物処理して気分は最悪だから最高に楽しい試合にしようぜぇ」
優等生然とした爽やかな美丈夫のネイル、そして不良であり、荒々しいガトルという正反対な二人が舞台の上で対峙する。
「では中堅戦、始め!」
「神装光臨」
「神装光臨!!」
試合始まりの合図と共に二人ともに神装を纏う。
現れたのは真紅に輝く魔眼に銀の腕を持つ剣士。
そしてもう一方が身に纏う神装は、緑の鱗に黒の紋様を装った毒々しく凶々しい、世界を喰らわんとする蛇。
「剣神のネイル。さぁ始めようか」
「大地を揺らしお前を壊す! 世界蛇のガトルだ! お前を倒す男の名だ、しっかり覚えとけ!」
「ガトル君ね、覚えたよ」
「おう! ありがとうな!」
「ところで君の神装は変わってるね。それは……蛇かな?」
「おう! 俺は蛇だぜ。ただし巨大で凶悪な毒蛇だぜ!さっきオマエの仲間が出した蛇の化物よりもだぜ!」
「毒もあるなんてそいつは怖そうだ。君も神器はあるのかい?」
「それがなぁ、ねぇんだよ。でもオイラには強靭な肉体とこの顎の様な腕がある!だから遠慮なくかかってこい」
全力で闘いを始める……と思いきや話が始まり中々闘いが始まらない。
Aクラスの生徒達は眉間に皺を寄せながら口を開く。
「おーいガトル、お前自分の情報話し過ぎだぜ?」
「そうよ、ガー君ってば本当に馬鹿だからって馬鹿正直に言ったら不利ですわよ」
兄と姉の愛のあるアドバイスに気づきこれがネイルね策略だと今頃気付いたガトルは地団駄を踏む。
「あっ! ズルいぞアンタっ!」
「いや、正直に言ってくれるものだから」
「くそっ、アンタの武器はなんだ!?」
「いや教える訳ないじゃないか」
「ズルいぞズルいぞ!正々堂々闘え!」
「いや、闘いに卑怯とかないだろ?負ける奴が悪いって君達言ってたじゃん」
「まだ負けてない!」
「そりゃあまだ始まってないしね」
……いつまで続くのだろうか、両チームともこの微妙な空気になかなか慣れなかった。




