入院生活
雷音達が境界の向こう側から戻ってきてからのこと。
あの後、E組の生徒、担任のウルス、そしてチェルシーは共に即入院となった。
身体的なものは当然のこと、生徒達に関してはメンタル的なことについてもケアする為に、神力が使える者専用の施設に入った。
境界の向こう側に行くというのは学園のカリキュラムになってはいるが実際に行くのは三学年になってから。
そこで卒業後に前線で御伽達と戦えるかどうかを自分自身で決めるのだ。
そこで心が折れてしまう者も少なくはない為、向こう側に行った後は必ず心身共に検査をしなくてはならない決まりになっている。
ウルス以外はどちらかというと検査入院がメインだ。ティナに治療を受けたのと、毒の後遺症も特に無かったからだ。
ただウルスは治療を受けたとはいえ相当ひどい状態だったので、まだ暫くは入院しなくてはならない状況だ。
本人は軽い筋肉痛みたいなものだから大丈夫だと生徒達には笑って言っていたのだが、ティナ曰く受けた傷と使った業の肉体的な負担により、生きているのが不思議なくらいだと言わざるを得なかった状態だったという。
もしあの場所に治癒に優れたティナがいなければウルスは既にこの世にはいなかっだかもしれない。
次に心配されたのはネイルだ。境界から帰ってきた日、彼は目を覚まさなかった。
初めて神装を纏った影響かと思われたが、その後も三日三晩意識を失ったままだった。
最悪の事態も考えられたが、四日目にして彼は目を覚ました。
ティナの見立てでは神装と神器を使い、完全に枯渇するまで神力を使ったことが意識を取り戻さなかった原因であるとした。
二振りの剣に銀色の義手、これは三つともに神器であり、さらには右目に魔眼を宿しこれらを使ったのだ。
その並外れた才能にティナも驚いていた。
ただ、ネイル自身は目覚めた時に欠損していた右手と右目がある事に涙を流して喜んでいた。
過去にこの様な事例は無く、奇跡としか言いようがない。
Eクラスの生徒達は皆自分の事の様に喜び、彼を祝福したのだった。
余談だが、今回のことでネイルの実家がネイルのことを呼び戻そうとしたが、本人が「あんな所に二度と戻りたくない」と断固拒否。
そして彼の現在の身元引受人である王、そしてサンが手回しをして、話を完全に潰した
流石に国の最高権力者達に止められれば為す術も無く、ネイルはこれまで通りの生活をすることになった。
彼が望む、仲間のいるEクラスで。
そんな彼らが入院してから五日経った。
特に問題もなく、先日の事が嘘のように平穏な日々だ。
病室は男子と女子で分けられており、男子の部屋ではベッドの上で雷音とシュウが寝転がっていた。
「はぁ……暇だぜ。なぁ雷音、なんか暇つぶしになることねぇか?」
「あったらとっくにやってるよ。シュウは筋トレでもしてたらいいんじゃないか?」
「もうやったぜ。つーか神力が使えねぇのがなぁ」
入院中は神力を使うことは一切禁じられている。施設内には特殊な装置があり、神力を使うとセンサーに反応する仕組みになっているのだ。
「仕方ないよ、ルールはルールだし。それともシュウはまた怒られたいのか?」
入院当初説明は受けていたものの、早速シュウはルールを破り医者に叱られていたのだ。
「うっ……あれは勘弁だぜ。何度も同じことを……耳にタコが出来ると思ったぜ」
「ま、退屈なのはわかるけどな。早く神力を使いこなしてもっと強くなりたいよ。……じゃないと御伽には……桃太郎には勝てない」
「アイツらは確かに化物だったな。俺達が戦った雉子って奴も半端なかったぜ。正直言って手も足も出なかった。つーか、アイツの親玉相手でよくお前生きてたよな?先生やチェルシーさんだってやられちまったんだろ?」
「ああ。桃太郎は別次元の強さだった。俺も手も足も出なくて……途中で意識を失って……何で生きてるんだろうな?自分でも不思議だよ」
雷音の記憶に残っていたのは彼らを蹂躙している桃太郎の姿のみ。黒い神装を纏ってからの記憶は全く残っていなかった。
「っていうとヴィオの兄ちゃんがお前らのこと助けたってことか?」
「ああ、俺が気を失っている時に来てたっていう……それしか考えられないよな」
「チャラそうだったけどあそこで戦っている人らだし、強ぇんだろうな。ったく化け物だらけだぜ」
「だけど俺達もそこまで這い上がらなくちゃな」
「当たり前だぜ。やってやるぜ、やっと力を手に入れたんだからな」
「ただ二人は大丈夫かな?シュウとネイルは神装を手に入れたけど……」
「大丈夫だと思うよ?」
同じ部屋のベッドで横になっていたネイルが話の輪に入ってくる。
どうやら雷音とシュウは寝ているものだと思っていたらしい。
「起きてたのか?」
「うん、むしろ寝過ぎてて眠りにくいよ。話は戻すけどあの二人なら大丈夫だと思うよ。二人の性格は知ってるだろ?」
――――
別室にて
二つあるベッドにいるのはヴィオとリン。
ヴィオは腕立てを、リンは座禅を組んでいる。
「998……999……1000! ふぃー、疲れたしぃぃ……ねぇ、リンリンそれやってて飽きないの?」
「心を落ち着かせているのでござるよ。どうしても心が昂ってしまってな。ついつい神力を練ってしまいそうになるのでござる」
「あー、わかるぅー。あーしは我慢するのにひたすら筋トレしてるし。てか早く退院して訓練したいし!」
「で、あるな。男達は皆神装を身につけた……某も早く手に入れなくては」
「リンリンだけじゃないし、あーしもだよ。正直ちょっと……ううん、すっごく悔しいし! だからもっともっと鍛えて、うーんと強くなるんだし!」
二人は落ち込んではいないがやはり同じクラスメイトの三人に先に進まれてしまったということに思うところがあった。それ故に男組以上に神力を使う訓練を望んでいたのだ。
ちなみにリンは座禅しているかのようにしてこっそり神力を使って、医者に何度も怒られたのであった。
――そして二日後。
「「「「「お世話になりました」」」」」
入院して一週間、生徒達は皆退院することになった。担任のウルスまだ入院中である。
雷音達は自分達を診てくれた医者に礼を言い、病室を出ると、ウルスとチェルシーのいる病室に向かった。
扉を開けると恋愛小説らしき物を読んでいるチェルシー、そしてベッドに縄で縛り付けられているウルスがいた。
「あの、なんですか……コレ?」
「先輩ったらすぐ病室から脱走しようとするのです。お医者さんに絶対安静って言われてるのにですよ」
「それで……ですか」
ガタン、ゴトンとベッドの上で身を捩りながら縄から逃れようとするウルス。その様子は蜘蛛の巣にかかった虫のようだ。
「おいお前ら、丁度いい、これ解きやがれ。あのヤブ医者めガチガチに縛っていきやがってよぉ。安静にしてんのが一番の毒なのにわかっちゃいねぇんだ」
医者の苦労は絶えないのだろう。全員ウルスの言葉に耳を貸すことはなかった。
「ウっちゃんセンセ、あーし達退院するからゆっくり休んでねー」
「ウっちゃ……おいヴィオ誰に聞いたんだそれ!? あ、もしかしてビュートの野郎か!?あんにゃろ……お前あのチャラ兄貴に言っとけ……っておい?」
「お大事にー」
「あ、待てコラ!おい!」
これだけ騒げるなら大丈夫だろう。
ウルスが復帰したらウッちゃんと呼んでやろうと皆胸に刻み、病室を後にした。
「じゃあみんな明日学園でな」
「おう、お前は遅刻すんなよ。じゃあな」
「雷音っち気をつけてね。ばいばーい」
「うむ、雷音殿は気をつけるのでござる。ではさらばだ」
「雷音は早起きしなよ?じゃあね」
病院前で五人は別れ、それぞれの家に帰っていった。
「それにしても俺は遅刻魔に思われてるな……これでも遅刻したことないんだけどなぁ。いつもギリギリだけど」
色々思うことはあるが今は早く自宅に戻りたい。
そう思いながら雷音は歩みを進める。
暫く病院生活だったから寮に行くまでが少し遠く感じていた。
雷音は比較的怪我をしていた方なのでベッドに寝ていることも多かった為に身体が鈍っているようだった。
明日からは身体をよく動かそう、そう思いながら歩いていると寮が見えてきた。
そして寮の前には一人の少女の姿があった。
「おかえり」
寮の前に着いた雷音を迎えてくれたのは妹の繭――では無く幼馴染でもあるルナであった。
「ただいま。今日退院って伝えていたけど……ずっと待ってたのか?」
「ち、違うわよ! 今来たばかりだから!」
「そっか、それじゃお茶でも飲んでくか?」
「大丈夫よ。それに雷音は病み上がりなんだから家でゆっくりしてなさい」
「そっか。何か悪いな。気をつけて帰れよ?ていうか送って行く?」
「帰ってきたばかりで送らせる訳ないでしょ、馬鹿。でも……」
「でも?」
「お腹空いた……」
「ぷっ……! ははは! ルナはやっぱりルナだな。ほら、家に寄ってけよ」
「いいってば!」
雷音はルナの手を握り家の前まで連れて行く。
握った小さな、柔らかい手はほんのり熱を帯びていて。
「ちょ、ちょっと! もう仕方ないわね!」
「ありがとうな、ルナ」
「うん………」
ほのかに顔を赤くする少年と少女。
伝えたい言葉は沢山あった。
だけど今はまだまだ壁がある。
いつかは言えるように。
今はまだだけど、いつか、いつかはきっと。




