土天使vs桃太郎
「チェルシー!?しっかりしやがれ! くそっ、意識を失うぐらい神力を限界まで使いやがって……」
チェルシーの渾身の神力が込められた神器・燃え上がる水剣であったが、二刀を構えた桃太郎の前には全くと言っていい程通用しなかった。
そして力を使い果たしたチェルシーは神装が強制解除され気を失ってしまった。
「さぁて、御主はどうする?そん娘のように抵抗するか?それとも死ぬか?ただ逃げるのはやめとけ。楽には死なせんぞ」
「はぁ……ったくよぉ、生徒もいるんだから逃してくれよ。大体さっきも言ったが俺は戦いが嫌いなんだよ」
「ほぉん……その割には何か力を隠しているようだがのぉ」
「そいつは買い被りってやつだ。桃太郎さんよ。俺はチェルシーみたいに神器なんざ持ってないんだからよ」
「はっ、笑わせてくれるわ。御主も拙者達も武器だけが強さを表すわけじゃあるまい。重要なんは内包する力を磨き、心を研ぎ澄ませ、己の力を高めることよ。それが分からぬ御主ではあるまい?」
「お前さんの気のせいじゃねぇか?俺はこんなもんよ」
「拙者はある意味嗅覚が優れておってのぉ……それは強者たるものを嗅ぎ分けるものよ!」
チェルシーを抱えるウルスに飛びかかる桃太郎。両手が塞がっているウルスはただ後ろに下がるしか出来ない。
「なんだかんだ言ってる割には堂々としてねぇじゃねぇかよ! 人抱えてんのによぉ!」
「はんっ、御主は手が無くても戦えるであろうよ! こんな風にのぉ!」
ウルスの眼前まで迫ろうとしていた桃太郎は急に立ち止まり、真下に向けて刀を振るう。
無数の剣山の様な岩が文字通り地面から生えてきたのだ。
「ちっ、バレバレかよ」
桃太郎はそれを察知、刀の一閃で岩は全て粉々なるが、ウルスはその隙に雷音の近くまで行きチェルシーを地面に降ろした。
「雷音、チェルシーを頼む」
「先生……俺も戦う。俺じゃきっとアイツにはとても敵わないけど……それでも、それでも逃げたく無いんだ!」
「馬鹿野郎が……先生ってのは生徒を守るもんなんだぞ。わざわざ死にに行くわけじゃねぇんだ。ただ、俺も本気で戦うからよ、チェルシーの身を守ってくれよ。生意気で口悪いチビだが俺の大切な友達なんだからよ」
「先生……」
「頼んだぜ。んじゃまぁ、行くとするか!」
ウルスは背中の二対六枚の羽を限界まで広げて臨戦態勢に入る。そして桃太郎の正面まで歩みを進める。
「覚悟を決めたかのぉ。逃げなかったのを褒めてやろうぞ。さぁ楽しもうぞ!」
「生粋の戦闘狂の上に己の戦いに身勝手な誇りを持ってる面倒な野郎がよ……その性根を叩き直してやるよ!」
「その意気や良し! さぁかかって参れ!」
――――
「ほぉ……まだ一人だけ……貴方……不思議な目をお持ちですね」
「景色は見えないんだけどねぇ」
無数の毒の羽根は四人に襲いかかり、皆倒れてしまった。
だがネイルだけは御伽の神力の様なモノを感知して、急所だけは上手く外すことができた。
「それに僕だけ助かったのは運が良かったんだろうね……シュウのおかげだよ」
雉子が攻撃を放った瞬間、シュウは滅炎の大剣に目一杯の神力を込めて黒炎を全力で放った。
しかし雉子の回転式機関銃を放つかのような羽根の突破力は、幾つか焼かれても黒炎を蹴散らしてしまった。ただ羽根が焼かれたこともあり運良くネイルがいる位置は羽根の量が少なく、受けるダメージを最小限に済ませることが出来た。
「ま、次はありませんけどね。もう貴方を守る者はいませんから。その片手の剣一つじゃどうにもならないでしょうし、私の羽根を受けた以上もう自由には動けませんよ」
「……だよね。急所には当たらなかったはずなんだけどね」
羽根が突き刺さること自体はそこまで殺傷力が無いのは受けたネイルは分かっていた。
しかし身体には痺れるような感覚があった。
羽根自体は小さい上に深くは刺さるようなものではない……故に弱い神経毒が仕込まれているのは明確だった。
とはいえこれが全身に刺されば呼吸もままならなくなる可能性はある。
神装を纏ったシュウはともかくミンとヴィオは生身でまともに受け、皆動けないでいる。
状況はどう考えても悪すぎた。
対抗手段のないネイルの脳裏に浮かんだもの。
それは『絶望』
彼が最も身近で最も忌避する言葉。
彼は生まれた時から呪われているかのようだった。
彼は本来の実家である輝族の家の当主である父の妾である母が産んだ息子だった。
母は妾であり、元々の身分も低かった。そんな母親から産まれたネイルは生まれつき右腕と右目が無かった。
家中から「欠陥品」と罵られ父には見捨てられ、正妻や他の側室、その子供達からも虐げられ、唯一の味方であった母も気苦労と病で倒れ帰らぬ人となった。
輝族の血を引く者として生を受けたにも関わらず、彼は馬小屋の様な場所で育てられ満足に食事もできないままだった。
そんな日々の中、彼は感情を少しずつ失っていった。最も深く失ったのは喜怒哀楽の怒りだった。
反抗すれば痛めつけられる。
故に彼は怒ることはやめた。
常に冷静に、人の感情を探ってその場を凌ぐ為に。だけど、それは人としての尊厳も何も無い日々だった。
しかしある日転機が訪れた。
この国に生まれし者は一定の年齢になるとその資質を持っているかの検査を受ける。
しかし彼の実家は彼の存在を隠していたため、その日が来ても彼を隠し通していた。
ところが彼がいた場所に青髪の少年と銀色の髪の少女の兄妹が彼の元へ来た。二人は彼の従兄弟らしく、彼へ対する扱いについて当主に怒りをぶつけていた
そして彼の叔父である最高権力者の元に連れられたが、その叔父は今までの境遇に嘆いてくれたのだ。そして彼は『欠陥品』ではなく、ただ一人の『ネイル』としての歩みを始めることができたのだ。
その後、彼は人間らしい扱いを受けられ、神力の素質を持つ事も判明し学園に行く事が出来た。
ただ残念ながら入学しても神力に目覚める事はなくE組に入ることとなった。
そこには彼と同じとまではいかないが家族に疎まれた者、没落した者達がいた。話しかけてみると皆気のいい者達であり、初めて彼の人生で友と呼べる者が出来たのだ。彼が右腕と右目が無いことにも嫌悪感など持たず対等に接してくれたのだ。
そんな彼等を死なせたくなんてない。
だがこの絶望をどうやって乗り越えれば良いのか。
彼の元から無い右目は何故か神力を見ることが出来る。今仲間達には辛うじて神力の流れが見える。つまりまだ息はあるということだ。
「さぁてもう動けないようですねぇ。おや?そこの女の剣士さんまだ動けたのですね」
「はぁ、はぁ……某を……舐めないで貰いたいでござる……いざ尋常に……勝負……」
息絶え絶えでありながらもリンは立ち上がり剣を構えた。視界は揺れ動き、手も震え、息も思うように吸うことも出来ない。だが、彼女の目はまだ諦めていない。
「無理しても意味ないですよ?大人しく倒れていれば一思いに頭を潰してあげたのに。そんなに死にたいと言うのなら貴方から死んで貰いましょうか」
雉子が再び広げた翼から放たれた羽根がリンを襲った。今度は広範囲ではなく、リンにだけ向けた攻撃だ。
「はあぁぁぁ!」
リンはそれを捌いていくが徐々に羽根の量は増えていく。羽根はリンの腕や足に少しずつ刺さり彼女の表情もより険しいものになる。その様子はまるで瀕死の小虫を遊び殺すかのようだ。
「粘りますねぇ。何がそんなに貴方を動かすのですか?」
「大切な……仲間達を失いたくないのだ……故に倒れて……たまる……もの……か……」
「成る程成る程、仲間思いですねぇ。大切な者を守るということに関しては共感しますよ。しかし身をもって知るといいですよ、力無き者には何も出来ないということをね!」
羽根はより激しく、強くリンに襲いかかる。
彼女の意思とは裏腹に身体は傷と毒で動かなくなってきてしまう。
手も足も動かなくなり意識もやがて暗闇に沈んでいってしまう。
「くっ……無……念……」
彼女の身体は支えがなくなった様にふらつき、真後ろに倒れていく、がその身体が地につくことはなかった。
「大丈夫かいリン?あとは僕に任せて」
気付けばネイルの身体は自然に動いていた。
リンの姿に、その言葉に。
「(おかしいな、僕はこのクラスの中で最も冷静に物事を見る立場だったはずなのに。……ああ、そうか。リンも同じ事を思っていたから嬉しくなっちゃったんだよね。仲間が……みんなが大切だから)」
ネイルは何も考えず、その手に持つ剣を振り上げて雉子に向かっていく。
無謀だとしか言いようが無かった。
雉子は迎撃の為に再び羽根を放った。
やはり無数の羽根は避けられず、再び防戦一方になってしまう。
届かない。
悔しい。
もしも、右手が有れば届いたかもしれない。
悔しい。
もしも、右目が有れば避けられたのかもしれない。
言い訳にしかならない言葉でも彼は今は何かに縋りたかった。
理想通りにいかない世界を照らしたくて。
「く……」
「貴方も無駄が好きなんですね。でもいい加減……これで終わりですよ」
襲いかかる羽根は勢いと重みを更に上乗せしてネイルに向かっていく。
これ以上はもう捌くことができない。
彼が諦めかけた瞬間だった。
しかし彼には羽根が届くことは無かった
「どう……して」
ネイルの目の前には身体を張って庇うリンの姿があった。
彼女はゆっくりと糸が切れた様に倒れ、ネイルは身体を受け止めるが、既に虫の息だった。
「リン……?どう……して……?」
「言ったでござるよ……某が皆を……守ると……。それ……は、ネイル……殿も……」
ぱたん、とリンの身体から力が抜け彼女の意識は完全に闇に沈んだ。
「やはりその程度でしたか。はぁ……弱い、弱すぎる。力無き行為になんの意味もない。所詮貴女もくだらない存在でしたね女剣士さん」
「くだらない……?ミンは僕を救ってくれた。何がおかしい……?」
「ぜーんぶですよ。くだらないくだらないくだらない! シンプルなんですよ戦場は。生きるか死ぬかだけなんです。力無き者が何をいっても私には戯言にしか聞こえないんですよ」
雉子の言う事は真実と言っても過言ではない、そうネイルは受け止めてしまった。
だけど、大切な仲間が身を挺して守ってくれた。
それなのにそれを素直に受け止めてしまっていいのか。
――答えは否。
過去の、相手の顔を伺うだけの自分はもう死んだのだ。
だからもう良いのだ。
「あなたの言うことは間違っていないかもしれない。けれども……僕はそれを否定する! あなたを……いや、お前を許したく無いからだ!」
昂った感情の中で声が聞こえてくる。
叫べ。
叫べ。
そして解き放てと。
「神装光臨!!」
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