四熾天
雷音の視線の先には彼の親友の首が転がっていた。
「はっ……?」
何が起きたか分からず一瞬呆けてしまう。
何故、何故仲の良い同胞が死ななければならないのか……彼の前身に漲るのは悲しみと怒り。
その感情のままに雷音は鎧を纏う。
「よくも……よくもぉぉぉおお! 神装光臨」
「ふむ……血の気が多いこと。ならば黄泉路を共に行くか?」
後先の事などまるで考えられなかった雷音はただ……ただ目の前の男を倒すことしか考えられなかった。その実力差を忘れてしまうぐらいに。
「よくも! よくも! シュウを……喰らえぇぇぇ!」
雷音は神装を纏うと同時に雷霆を籠手に変形させ、男に向かって必殺の拳を放とうとした。
「五月蠅いのぉ。逝ね」
男との距離はあったはずだった。
それなのに男の持つ刀が閃光のように目の前に迫っていた。
さっきまで見えなかったはずの斬撃が相対する事で僅かに見える。しかしそれは彼の技量ではとても避けられるものではなかった。
「あっ……」
だがその冷たい刃は首に触れ薄皮一枚のところで止まったのだった。首筋から流れる血で雷音は己がまだ生きていることを悟る。
「おいおい、雷音少し落ち着け。俺がいるのを忘れたか?戦場じゃ取り乱した時点で負けるようなもんだ」
「せ、先生……」
ウルスは雷音の側に現れて男の刀を素手で受け止めていたのだった。
「でも先生、チェルシーさんとシュウが奴に殺されて……」
「あん?よく見ろ」
チェルシーとシュウ、地面に落ちたはずの二人の首は落ち着いて見ると色の付いた球体の水と灰色がかった石になっていた。
「ったく、味方が騙されんじゃねぇよ。安心しろ、二人とも生きてるよ。ほれ、後ろみろ。俺の神力でシュウの変わり身を置いたんだよ。上手く出来てんだろ?」
ウルスの後ろにはチェルシーとシュウがいて雷音に手を振っていた。
安堵からか雷音は力が抜けてしまう。
「上手く出来すぎていて思いっきり騙されたよ……でも安心したよ」
「気を抜くんじゃねぇ……今は生き延びる事だけ考えろ。正直言って凄まじくヤバイ状況なんだからよ」
ウルスは授業の時とはうって変わって真剣な表情で男を見据えていた。ウルスはかつてこの境界で戦っていた男だ。そのウルスがこう言うのだから相当危険な相手だろうと生徒達は理解した。
だが眼前の男は軽く微笑むように見ている。
「やはりの。切った感触がちと違うておかしいと思ったわ。御主は童達と違って強そうじゃの」
「勘弁してくれ、こっちはさっさと逃げ出したいんだよ。さっき言ってたように引かせてもらえねぇか?」
「フハハハハ!強者がいるなら別よ。拙者は強い者と戦えればそれで構わぬ。さぁ、思う存分殺し合おうぞ。さぁ、拙者を楽しませてみよ!」
「はぁ……もう現役は退いたんだけどな。言っとくけど俺あんまり強くねぇぞ?」
「手を抜いていたとはいえ、拙者の刀を受け止めた輩が何をぬかす。さぁ、かかって参れ!」
「ったく、仕方ねぇ……神装光臨」
ウルスの身体から神聖な光が漏れていく。
生徒達が初めて見るウルスの神装は、背中に三対六枚の翼、そして琥珀色の鎧に包まれた天使の姿であり、普段は決して生徒達には見せることのない姿だった。
「四熾天が一柱、地天使のウルスだ。久しぶりに神装纏ったけどうまく戦えっかな?取り敢えず手加減よろしく頼むわ」
「ふむ……なかなかの力を感じるのぉ。これは僥倖僥倖。最近は奥に引きこもりがちだったからいい運動ができるというもの。では、手加減できるか試してみようか」
「試さなくていいんだけどなぁ……しかたねぇな、『地の束縛』」
ウルスが大地に触れると男の足元から土が盛り上がり男の手足を拘束するように包み込んだ。
「んじゃいくぜ」
地面から突き出た無数の鉱石で出来た鋭い槍が男に向かって飛んでいく。拘束された身であれば避けることも出来ないだろう。
「うむうむ、手足の自由を奪い容赦無く攻撃するとは良い事だ。理に叶っておる」
鉱石で出来た槍が男に突き刺さろうとする……がそれは一瞬で消失した。いや、消失させられたのだ。
「だがこの程度なら一撃で塵に出来るというもの。つまらんの、手加減前に斬ってしまうぞ」
「じゃあこれは斬れるですか?」
大量の水が渦潮のようになって上空から降りかかる。飲み込まれれば五体がバラバラになるのは必至だ。
そしてこれは水だ。水を刀で切れる道理は無い。男はそのまま飲み込まれていった。
「一丁あがりですか?」
「だといいがな。しっかしよぉ、お前も最初から戦えよ。そうすりゃ俺が神装を纏わなくても済んだ……わけにはいかねぇかもしれねぇけどよ」
「相手を油断させるのも戦術の一つなのです先輩。それにしても……なんでこいつがこんな最前線まで来ているのです?」
「それは暇潰しの為よ」
それは男の声だった。水の渦の中から極めて冷静に、特に感情に変化も見せずに退屈そうに。
あの激しい渦の中で何も無いように話す声に生徒達の背筋からは冷たい汗が流れていた。
「水は斬れぬだと……否!」
水の渦が弾けるように粉々に、しかし剣線が見える様に斬られたのだ。
「化物です……」
「ふっ、拙者達からしたら我が同胞を殺しに殺すお主達も化物ぞ?」
「化物なんて酷いです! 四熾天が一柱、水天使のチェルシーです! 私に対してそんな事言うなのです! 失礼だからこのまま死んでほしいのです」
「はっはっは、拙者も簡単に死ねぬのでな。どれどれ、久しぶりに拙者も力を振るうてみようかの」
チェルシーの挑発地味た言葉に男は口角を上げた。すると男の周りの空気が膨らむように周辺の草木を揺らした。
男から湧き上がる力に生徒達だけではなく、ウルスとチェルシーでさえも冷や汗を流してしまう。
「さてさて、楽しませてもらおうかの。闘争こそが我が存在意義……羽根の生えた男と女よ、存分に拙者を悦ばせよ」
男が刀を鞘に納めると黒色のオーラが湧き上がっていく。見るものを圧倒する程の力の奔流を近くにいた雷音は似たような光景を何度も見たことがあった。
身体の震えが止まらない
「有り得ない……これじゃまるで」
男は一言だけ深い、深い闇に沈むような声で囁いた。
「幻装光臨」




