ゴトリ
「二日目のカレーのはずが塩むすびか……」
昨晩、望んでもいない盛大なカレーパーティーにより、雷音の朝食はカレーから具無しの塩おにぎりへと変わってしまった。
食いっぱぐれることは無かったが納得はできていない。
さらにヴィオ曰く「雷音っちをお婿さんにもらう人は幸せだよねー」と言われていたが、男としてそれは良いことなのかどうかは甚だ疑問である。
彼は出来ればお婿よりはお嫁を貰いたいところではある。ただ、もしも理想の未来が来ても尻に敷かれてしまうのは間違いないだろう。
塩味が目に染みる。
溜息を吐きながら食べる塩むすびはどこか切なさを感じさせた。
「それにしても意外とよく寝れたな……」
テント有りとは言え、久々の野宿だったが特に問題無く眠れた。疲労困憊で満腹になった為に、身体が眠気に素直に応じた様だ。とはいえ疲れが完全に取れたわけでは無い。
テントを畳み、出発の準備を終えて集合場所の小屋の前に行くと既に雷音以外の面子は集まっていた。
そして雷音が来たと同時にチェルシーの口が開かれた。
「皆さんおはようございますなのです。では早速ですが今日も境界の向こう側へ行くのです。昨日の戦いの様子を見ている限り、神力のコントロールにも慣れてきたようなのです。ふふふ、やはり実戦で鍛えると成長が早いのです」
チェルシーの微笑みが生徒達には悪魔の様に見えてしまう。
実戦という名目だが、やっていることは常に命懸けだ。
眼前に死神の鎌が振り下ろされる様な事が何度も続けば身体も次第に順応していく、いや、そうならざるを得ない。でなければ死ぬからだ。いくら講師がいるとはいえ何が起こるかは分からない。ならば自分の身は自分で守るしかないのだ。
「そんな訳で早速向かうとするのです。特別訓練は今日でお終いなのですからみんな頑張るのですよ」
生徒達のか細い返事が出発の合図となり、今日もまた御伽達の世界へ再び足を踏み入れていく。それでもガチガチに緊張していた昨日よりは足取りが軽い。疲れが残った身体は重いのだが。
境界を超えて御伽の領域に入ってもやはり景色はそう変わりはしない。
嫌でも緊張感で胸が溢れそうになっていく。昨日の鬼といきなり遭遇しないか不安になってしまうからだ。
だが、敵に遭遇しなければ訓練は始まらない。
そんな気持ちで歩いていると昨日戦っていた場所に辿り着く。
「では今日は守護が顕現していない生徒の皆さんを優先で戦って貰うのです。昨日と同じく何かあれば私と先輩が助けるのですが、油断は禁物なのです」
「えー。雷音っちと馬鹿シュウだけずるいし。あーしはまだ昨日の疲れが抜けてないし」
「ふっ、オレ様は天才だからな」
「あ、シュウ君は他の皆が戦っている間は神装を纏って神力のコントロールの練習なのです。昨日の様子を見た限りシュウ君はこの中で一番下手っぴさんなので、頑張るのです」
「ぷっ……流石は天才様だし」
「ぐぬぬ……くそったれめ!」
「仕方ないよシュウ……頑張れ」
雷音も神装を纏う事が出来た約二週間前は我武者羅に戦うだけでコントロールする事が上手く出来なかった。
その証拠に聖徒会会長のディルと手合わせをした時はまったくと言っていい程に手も足も出なかった。
ルナやサンとの訓練の成果が出始め、最近になって雷音も神装を纏うことにようやく慣れてきたのだ。シュウは纏ったばかりであり、それ故にチェルシーの指示も当然と言える。
戦えないと知ったシュウは口を尖らせて文句を言っているが、調子に乗っている者にはいい薬になるだろう。
「さぁ、皆さんおいでなすったのです。今日も張り切って頑張るのです」
木々の奥から現れたのは昨日散々戦った赤鬼。赤い皮膚の鬼達はこちらを発見するやいなや怒りの形相でこちらに走ってきたのだった。
しかし既に臨戦態勢に入っていた生徒達は、攻撃を受け止め、お返しといわんばかりに反撃していく。
「本当に昨日一日で皆さん成長したのです。素晴らしいのです」
神力のコントロールが五感そのものを強化しているからだろう。元々の力が常人離れしているヴィオにいたっては鬼を既に倒していた。しかも素手で。
「ば、馬鹿力だな……ヴィオさんや……」
「あーしはどうも武器使うよりそのままブン殴った方が調子いいんだし。槍も得意だけどね」
間合いを取れば槍、近接戦では拳で攻撃するヴィオは素の攻撃力においてはEクラスの中では一番だ。
「一撃で倒せるんだから羨ましいよ」
「そうでござるな。某の力ではそう簡単に倒せぬでござるよ」
そう言いながらも鬼達を素早く剣で次々に切り裂いていくネイルとリン。
「いやぁ、剣技においてはあいつらはこの学園でも上位だろうな」
ウルスは感心しながらそう呟く。
もしもEクラスの生徒達が学園に来る以前から神力が有れば、もしかしたら上のクラスにいたのかもしれない、そう考えるとなんとももどかしい。
世界を守る力を潜在的に持っていても使えなければそれまでなのだから。
午前中はシュウ以外の実戦による訓練で終わった。午後からはシュウも実戦形式にすることになった。
相変わらず鬼達は攻めてきてそれをひたすらに撃退するだけだった。慣れてくると敵の動きもよくわかり、特に難なく倒せていく。五感のコントロールが出来た証拠だろう。
「あと少しで訓練を終了するのです。ヴィオさん、リンさん、ネイル君も諦めずに頑張ってくださいね」
残念ながら三人の守護は訓練中に現れることはなかった。しかし三人は悔しがる素振りも見せず黙々と戦っていた。
「仕方ないし。そんなに簡単に上手くいかないなんてわかっているし……今は神力のコントロールがこれだけ出来ただけでも充分充分」
リンとネイルもヴィオに同意するかのように頷いた。本当は悔しいのかもしれない三人だが、それぐらいで落ち込んでなどいられなかった。
むしろたった二日でこれだけ強くなれた事に充実感もあるぐらいなのだから。
「ふふ、その頑張りが実るとよいで………」
ゴトリ
チェルシーが優しく微笑みながら口を開いた瞬間、何か鈍い音が響く。
生徒達には何が起きたのか分からなかった。
いや、分かろうとしたくなかったのだ。
何故チェルシーの首が転がっているのかということに。
「ふむぅ……拙者の気配に気が付かなかったのか? なぁ童達よ」
気付けば生徒達の背後には見知らぬ男が立っている。
しかも立っているだけだというのに自分の首に刃を突きつけられているかの様な感覚。
――絶対に勝てない
そう理解させられてしまう程に圧倒的な実力差を全員感じてしまった。
甘かった、神力による五感のコントロールなんてまだまだ全然だった。
何故ならこの男の存在に。誰一人気付けなかったのだから。
「久々に前線まで来てみたがこのような童達だけ相手にしてもつまらぬの。ほれ、帰るがいい。そして強き者を連れて参れ」
「こ、この……舐めてんじゃねぇぞコラァ!」
ただ一人、神装を纏ったシュウが飛び出していく。手に持つのは彼の神器である滅炎の大剣、初撃から全力で炎を放った。
だがしかし。
「甘い甘い、吉備団子よりも甘いわ」
しかし男はそれを避けもせずにその場に立ったまま、滅炎の大剣の黒炎を音もなく消し去った。
「なっ!?」
「拙者の愛刀・童子切安綱はよく切れるであろう?それが炎でもな。お主程度の童に振るってやったのだ、感謝せい」
「くっ………だったら斬り裂いてやらぁ!」
「これも若さ故か。ならば散るがよいぞ」
滅炎の大剣を振るうシュウ。
しかしそれは届かなかった。
男は微動だにせず。
また何も見えなかった。
たった数分前を再現するかのように。
シュウの首は地面に落ちた。




