悲劇の晩餐 野外編
訓練から戻り数時間、雷音が目を覚ましてテントの外にでると既に日が暮れていた。
彼がやることは既に決まっている。
それは食事の準備だ。
「さて、身体はバキバキだけどやるか」
普通、このような遠征先での食事というのは携食料で済ますの基本である。コンパクトで栄養価値もあるのだが値段が高く、没落輝族の雷音には正直手が出なかった。故に荷物が嵩張ろうとも野外で調理をすることは決めてあった。
そしてレシピは既に決まっている。
『カレー』
雷音は機会が無かったがキャンプでカレーというものを一度やってみたかったのだ。
彼の父は輝族だというのにサバイバルが好きであり、特注の野外用の調理セットがあった。家が没落する時にも、外で暮らしても平気な様にそれはこっそり持っていたのだ。
ただ料理に水を使う為にチェルシーに協力を仰ぐと快く了承してくれた。それどころか金がないのを察して少し涙ぐんでいた。
チェルシーもこの学園の卒業生なので当然輝族であった。故にこんな場所で学生が調理をするということなどあり得ないことだと認識していた。
雷音も最初は神力で料理に使う水を生み出してもらうのは反則かもしれないと思ったが、水を汲みにいくには三十分程歩かなければならないらしく流石にその体力は無かった。
また、簡易的な竈門を作る為にウルスに協力してもらい、煉瓦の様な石の塊を作ってもらい、それを使って簡単な竈門を作り、それともう一つ円筒形の石窯を作って貰った。
薪は焚き火をするのに貯めてあるとのことで小屋の後ろにあったものを使った。
とりあえず必要な物は揃ったのでまずは火起こしだがこれは簡単にできた。チェルシーが小屋に置いてあった軍で使う発火剤を渡してくれたのだ。
流石にそこまでしてもらうのは悪いと雷音は断ったのだが「使うのです、若いのだから遠慮なく使うのです」と押し切られ使う事になった。
火の確保の次は早速調理であった。
材料は前もって買っておいて切ってある。
とはいえ、今日は朝が早かった為に前日に繭に仕込みを頼んであった……のだが雷音が頼んだ量よりも遥かに多い。米に関しては倍以上入っていた。飯盒は大人数でも対応できる大きさではあるが、食べるのは雷音一人である。
「周りは保存食を食べるから少しお裾分けするぐらいの量でいいと言ったんだが……繭の気遣いか?」
疑問はさておき米を研いで水に三十分置いてから飯盒を火にかけた。蒸す時間もある為に時間には厳しくしなければならない。
入っていた米は全部炊いたがとても一人で食べ切れる量ではない。
米を火にかけたのでカレー作りを始める事にした。今回作るのはスパイスカレーである。
ちなみにカレーは蒼天家でも秘匿なレシピとされている。特に周りに人がいる場所では作らない様にと記載されているが雷音の父はしょっちゅう作っていたので気にも止めていなかった。
まずは微塵切りをしてある玉葱をひたすら炒めるのだが量が多い。
「くそ、繭め……これは面倒だぞ」
水分が抜けて玉葱の色が茶色になるが更に焦げないように黒っぽくなるまでひたすら炒める。
量が多いのでなかなか水分が抜けないのだ。下手すると今日一番の労働かもしれない。
次はおろしたニンニクと生姜を入れ、また水気が飛ぶまで炒める。そして刻んだトマトを木ベラでぐしゃぐしゃと潰しながら炒める。焦げないように焦げないように丁寧に。
「はぁ、ニンニクの香りってヤバいよなぁ。これだけでお腹空いてくるよ」
雷音のぼやきはさておき。
ここからが重要な――スパイスの投入である。
いかんせん量が大盛りになっているので適量がよくわからない。
とはいえ大飯食らいの悪夢が来た時よりも多いぐらいなのでその時より多めにすれば良い、と雷音の塩梅でスパイスが投下された。
日が完全に沈む頃、スパイスの香りがさらに食欲を掻き立てる。
カレー独特の匂い、それも大自然の中でこの匂いは腹の虫を活性化させた。
しかしまだまだ調理はまだ終わらない。
少し鍋を離れさせて、火を遠ざけ炒めたら下拵え済みの鶏肉を入れて更にまた炒める。ひたすら、ただひたすら炒めているが完成は徐々に近づいていく。
そして水を入れて煮込んでいく。気をつけなければならないのは水を入れ過ぎないことである。
足りない場合はあとから足すことは可能なので様子を見つつカレー用の鍋を一旦手放す。
そして次はウルスにもう一つ作ってもらった円筒形の石窯の出番であった。
雷音のテンションは沸々と上がっていった。
何故なら本格的に『タンドリーチキン』を作れるからだ。
既に家でスパイスやヨーグルトに浸けておいた物を持ってきたので、あとは串に刺して焼くだけなのだがこれも量が多かった。
「うーん、繭さんはお兄ちゃんに肥えて貰いたいのだろうか……?」
そんなことを雷音が考えていると飯盒から水が吹き出し来る。重石をして火が少し弱くなるように調整。
そしてタンドリーチキンに串を刺して壺型の窯に入れる。
(秘伝書で見た通りだ。こうすることによって完璧なタンドリーチキンが完成するって。ふふふ、見せてもらおうかフライパンとの差とやらを)
同時にカレーの煮込みも終わり、仕上げに塩を少々と仕上げのスパイスを入れ完成した。
炊き上がったご飯を確認するとしっかり炊けてるいた。雷音はカレーには米の炊き上がりは固めが好みだったが狙い通り出来たようだ。
ツヤツヤに炊き上がった米はまるで宝石のようだ。
焼けたタンドリーチキンもカレーの匂いと肉の匂いが相まって雷音の食欲は頂点に達する。
「さぁ……飯だ」
皿に盛ったほかほかご飯にスパイス香るカレー。鼻にツンとくるスパイスの香りと熱気が食欲を誘う。
もしも匂いだけで我慢しろと言われたら彼は発狂してしまうかもしれない。
「では……いただきます!」
スプーンで掬ったカレーを口に放り込む。口の中で爆発するスパイスの爆弾。雷音は普段もカレーは作っているが大自然という環境が更なるスパイスとなる。身体から流れていく汗を突き抜ける風が冷やしていく。
止まらないスプーン、止まらない汗。
幾らでも、何時迄も食べれる。
美味い、美味い、美味い。
カレー最強也。
雷音はそんな簡単な感想しか出なかった。
でもそんなことはどうでも良かった、彼は報われたのだ。
今日一日生死を分ける様な思いをしたが、これだけで彼の心は報われたのだ。
だがこれだけでは飽き足らずタンドリーチキンを手にした。串焼きにした肉の一片を頬張るとジューシーな肉汁が口の中てま溢れ出す。
「……〜〜っ!!」
そして噛めば噛む程に鷄肉とスパイスの味が口の中に広がっていく。
(フライパンとの違いがわかったよ。ご先祖様、あなたははこれを俺に伝えたかったんだな。蒼天家にこのレシピを残してくれてありがとう)
お代わりもあり、じっくりと食事を楽しみ身体を癒そう、彼がそう思った時だった。
チェルシーが血相を変え、走りながら雷音の元にやってきた。
「チェルシーさん、何かあったんですか!?
まさか……御伽がこっちへ?」
「はぁ……はぁ……これは何です?」
「へ?」
「これは何だとと聞いているのです!こんなに美味しそうな匂いを垂れ流して……じゅるり」
「す、すいません……近くに境界があるのに油断していました……すぐ片付けますから」
そう、ここは敵地近くだ。何があるか分からないのにチェルシーは油断するなと伝えたかったのだろうと雷音は解釈していた。
「え……違うのです! そういうことじゃないのですよ!」
その時雷音の目の前の美人からぐー、っと腹の鳴る音が聞こえてきた。涙目になり顔を赤くするチェルシー。
紳士である雷音は何も聞こえ無かったことにして皿にカレーをよそりタンドリーチキンを手渡した。
「口に合うか分かりませんが良かったら食べませんか?作りすぎてこのままだと余りそうなので」
チェルシーの顔がぱぁ、と明るくなった。
すかさず雷音お手製のカレーを口に入れていった。
「(そっか……考えてみたら一人でこんな所で調理して食べてる貧乏人の俺に同情して来てくれたんだよな。気を遣ってくれて……優しい人だ)」
「何ですかこれ!? 美味しいです、美味しいのです! ズルいのですこんなものを独り占めしようとするなんて!」
「ええ……?」
雷音の心の中とは正反対に匂いに釣られて来たチェルシーである。そしてそれは当然彼女一人ではない。
「ねぇ……雷音っち、さっきからなんなんだし?そんな美味しそうな匂い振り撒いて嫌がらせのつもり?」
「そうだぜ……オレ達こんな携帯食食ってんのによ」
「仕方ないだろ。教室でも話したけど携帯食高いんだよ。それだけで相当な分の食費が飛んでいくんだぜ?」
「うるっせぇ! 不味いんだよ携帯食は! 栄養価値はあるんだろうがよぉ……もそもそして味は最悪なんだよ。それなのにこんな匂い嗅がせるなんてお前は俺達に恨みでもあんのか!?」
「そうだし! これは匂いの暴力だし! 拷問だし!」
シュウとヴィオは食ってかかるように雷音に詰め寄った。だがそれは二人だけではない。
「某の集中を乱すとは……雷音殿は何か恨みでもあるのでござろうか?叩っ斬ってほしいのでござるか?」
「雷音、僕もそれはないと思うよ。君がそんな酷い人間だとは思わなかった」
「普段温厚なリンとネイルまで!?」
皆の表情は怒りに満ちていった。
何故こいつだけ美味そうなものを……と、完全に逆恨みであるが、食欲には……カレーの匂いには勝てなかった。
「雷音君、おかわり貰えるですか?」
「え、チェルシーさんまだ食べるんですか?大丈夫ですか?俺に対して気を遣って貰わなくても大丈夫ですよ?」
チェルシーは年上の大人である。故にまだ気を遣ってもらっていると雷音は思っていた。しかし無情にも皿は突き付けられる
「お・か・わ・り・で・す」
「はい」
凄まじい迫力に雷音はとても抗えなかった。実力者が笑顔で青筋を立てていれば当然である。
「もぐもぐ……あぁ美味しいですぅ。雷音君、良かったらここで私と暮らさないです?悪い様にはしないですよ?」
「いやいや、何いきなり冗談かましてるんですか!」
「え、私本気なのですよ?」
チェルシーのカレーを食べる様子に生徒達の表情が更に恐ろしいことになり雷音をさらに追い詰める。
彼は本能で危機を感じていた。
そう、カレーの匂いは暴力なのである。
鼻から腹の中に直接ボディブローを喰らわすようなものなのである。
己の死すら感じさせる事態に彼は仕方なく解決する一言を発した。
「あー、みんなカレー少し食べるか?」
「「「「少し?」」」」
「いや……普通に食べてくれ……」
「「「「うん!」」」」
繭のやる事は正しかったと雷音は今更理解した。
みるみる内にカレーと米がなくなっていく。
タンドリーチキンは追加で焼いてもどんどん減っていく。
元々少しお裾分けしようとは思っていたがこんなに無くなるとは思っていなかったのだ。
「うめー!なんだよこれ」
「雷音っちめっちゃ美味しいし!」
「うむ……これはなかなか深みのある……」
「雷音、君と友達になれて良かった」
(はぁ……今度みんなになんか奢ってもらおう。みんな輝族の子弟だから普段から良いもの食ってるはずなのになぁ……。まぁみんな美味しいって言っているから良いとするか)
タンドリーチキンはあと一本。米はまだ有るがカレーはあと一杯となった。残念だが雷音はおかわりは無しで明日の朝ご飯にする為に残すことにした。
「おー、いい匂いすんなぁ。雷音、先生にも少しくれよ」
さようなら、朝からカレー。
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