赤鬼の兵
「皆さんもうすぐなのです。先輩も準備しておいてくださいね?」
「同い年なのに先輩呼びはやめてくれねぇか?」
「仕方ないのです。老け顔の先輩が悪いのです」
「童顔に言われると腹立つな」
二人の緊張感の無さに雷音達は逆に不安を感じていた。彼らが授業で習った『境界』は、雷音達人間の世界と御伽と呼ばれる者達が住む領域を隔てる壁である。
境界自体いつからあったのかは分かっていない。境界には効力があり、向こう側から来る、強い御伽達の侵入を防げていた。
逆にこちら側からは神力を持つ者ならば誰でも行ける。
ならば人間の世界に侵入してくる弱い御伽の尖兵達だけを倒していれば良いではないかと言うとそうではなかった。
年々境界の壁は変質しており、向こう側から来る者達の強さが上がってきているのだ。
境界がいつまで維持できるかというのは誰にも分からない。故に少しでも御伽達を減らす為に人間達も向こう側へ行き戦っているのだ。
「さ、着いたのです。このぼんやり輝いている薄い光が境界なのです。さぁ皆さん行くのです」
チェルシーとウルスは特に止まることなく境界の向こう側に入っていった。雷音達は戸惑ってはいたが、ウルス達が入ったのを見て、続けて入っていった。
特に変わらない風景の中、十分程歩いた頃だろうかチェルシーとウルスが足を止めたのを見て雷音も足を止めた。
「ここが境界の中、御伽の国か……森の中だけを見ればこちら側と何も変わらないな」
「そうですね。特に景色が変わるようなことは無いのです。景色はですが。……さて全員ここで止まるのです。ここから動いては駄目ですよ?先輩がいるから万が一の時でも大丈夫だと思うのですが……って来ましたね」
「な、なんだよあれ……」
驚愕するしかなかった。
現れたのは二メートル以上の身長を持つ筋骨隆々の男達。雷音達と明らかに違うのは頭から短い角を生やし、全身が赤く染まっている点であろう。金棒を持ち、人とは明らかに異なるモノ達が四体姿を現したのだ。
「グル、グルルルル!」
「はい、皆さんあれが御伽の兵士なのです。私達は鬼と呼んでいますが、言葉も話せない雑魚なのですよ。なので今日明日で倒せるようにするのです。まずは……」
明らかに雷音達よりも大きな鬼達は涎を垂らしこちらを覗いていた。しかし突然彼らの視界に映っていた一体が文字通り消え、突然雷音の目の前に現れたと思いきや、金棒で殴ろうとしていた。
「う、うわぁ!?」
「はいはい、人がお喋りしている間に動かないのです。全く悪い子ですね」
避けられない――反射的に目を閉じてしまった雷音の耳にゴトン、という音だけが入ってくる。
目を開くと鬼の首は地に落ちていた。
何が起きたのかと周りを見るとチェルシーは指先から水の刃を勢いよく放出し、鬼の首を切り落としていたのだ。
「さて、皆さんは全く反応出来なかったです。私がいなければ一人ずつミンチになっていたのですよ」
チェルシーの言う通り誰も反応できていなかった。いや、何が起きていたのかも分かっていなかったのだ。
「いいですか、神力は身体能力を上げられるのです。でもそれは手足だけじゃなく五感を向上させることも可能なのです。
対人ならともかく、ここでの戦いは力だけじゃまず勝てないです。もっともっと集中するのです。
視界や聴覚を強化すればもっともっと周りが見えてくるですよ?じゃないとあなた達はただ犠牲者になるだけなのです」
「でも……どうやって?オレらはまだひよっこもいいとこだぜ?いきなり言われてやれるわけねーじゃねぇか?」
皆が黙ってしまう中、シュウが口を開く。言っていることは至極当然ではある。
「甘ったれないで欲しいのです。生死にがかかっている場所でそんなこと言っていたら死ぬだけです。さっきも言ったけど近い将来あなた達は嫌でもコイツらと戦うのですよ?そんな中でも同じことが言えるのですか?」
シュウを一喝するとさらに周囲に沈黙が走る。彼らは遅かれ早かれいつかはまたここに来て戦わなければならない。
チェルシーは泣き言など戦場には無用とでも言わんばかりだがそうそう簡単に神力をコントロールできるとも思えなかった。
その沈黙の中シュウは顔を歪める。その表情は苛ついているときの顔であった。
「そうかよ……だったら実戦で鍛えるしかねぇってことか?」
「簡単に言ってしまえばそうです」
二人が話している間、雷音は離れた場所にいる鬼達の動きを見ているが鬼達は仲間を殺された為か警戒をして近づいてこない。
そんな鬼達に気付いたのか苛立ちを隠せないシュウは鬼達の方へ身体を向ける。
「だったら……やっっってやるよぉ!」
「なにを!?危ないのです! えっ!?」
一人駆け出し、両手で持つ大剣を構えて走り出す鬼達はこれぞ好機とばかりにシュウに向かう。先程の邂逅から生徒達は弱者だと認識しているのだろう、先程のような速さはない。しかしシュウはチェルシーが予測するよりも遥かに速いスピードで鬼達へ迫った。
「うっっらぁぁああ!」
正面の一体に大剣を叩きつける、が大剣は鬼の薄皮一枚も切れずに止まってしまった。
「……んだとっ!?」
シュウと対峙する鬼はニィッ……と醜悪な笑みを浮かべて金棒をシュウに叩きつけようとする。
「危ないしっ!」
シュウの様子を見ていたのか神力を足に込めるだけ込めて動いたヴィオがシュウの腕を引き、身体を逸らしたおかげで当たらずに済んだ。
「馬鹿シュウ、死ぬとこだし!って……避けてぇ!」
金棒を振り落とした鬼の背後から残りの二体が二人に襲い掛かる。だが今度は剣を手にしたリンとネイルが二人の前に出てその攻撃を受け止める。
「ぐっ……集中すれば見えなくもないが……凄まじい力でござる……」
「確かにすごい力だね……でも不思議だね。御伽の連中にも神力のようなものが見える……おかげで動作を予想できたけど……しかしこれはまずいね……雷音!」
二人が飛び出していった瞬間、雷音は神装を纏い既に攻撃態勢に入っていた。
「みんな伏せろ! 喰らえぇぇぇ! 雷霆!」
雷音の持つ雷霆から迸る雷は三体の鬼を穿ち、焦げてオゾン臭を放ちながら鬼達は倒れた。その様子を見て安堵した生徒達は皆腰を落とした。
「はぁ……はぁ……危なかった。大丈夫かシュウ?」
「ああ……すまねぇ、つい頭に血が昇っちまって。あとヴィオ……そろそろ放して貰えねぇか?」
ヴィオはシュウの腕を引いた時にそのまま抱き寄せたままの姿だった。
「バババ……馬鹿シュウ! あんたがいきなり飛び出すのが悪いんだし! 死ぬとこだったよ!」
「……すまねぇ」
「まったく最近のアンタは苛々しすぎだし! おまけにそんなに萎らしいのなんて全く似合わないし!」
「仕方ねえだろうが! オレだって前に進みてぇってのに……うまくいかねぇんだ」
「だったらもっと頑張ればいいでしょ! 馬鹿シュウは馬鹿なんだからウジウジすんなし!」
「ったく、さっきから馬鹿馬鹿うるせぇんだよこの暴力貧乳女め……だけどヴィオの言う通りだな。もうちっと頑張ってみるわ」
「まったくもうだし……で、それはそれで誰が貧乳だってこの馬鹿シュウめぇ!」
「あぁ?だから馬鹿馬鹿うるせぇんだよテメェはよぉぉ!何度でも言ってやらぁぁぁ!」
二人の痴話喧嘩にも似た励ましと罵り合いを雷音、そしてネイルとリンも呆れ顔で見ていた。
「生き死にの後だってのにシュウもヴィオも騒がしいな」
「うん、二人とも元気だね。っていうかさ、なんだかんだ仲良いよねあの二人」
「そうであるな。喧嘩するほど仲が良いと言う言葉もある。とはいえこの場所で騒がしくするとまずいと思うのであるが……」
そう、また先程の鬼なるモノ達が現れ不意打ちでも喰らえば今度こそ命は無い。
「大丈夫だと思うよ?僕の目で見る限りチェルシーさんとウルス先生が警戒しているみたい。二人とも全身に神力を漲らせているみたいだし、さっきも僕達が動かなかったら二人が動いていた筈だよ」
「確かに……最初に鬼の首を落とした時、某にはさっぱり分からなかったのでござりは。もしかすると今いる場所に立っていても瞬殺出来たのではないでござろうか?」
そんな事を話しているとチェルシーとウルスは生徒達の方へ歩み寄ってくる。まずウルスはシュウに近づくと拳骨を叩き落とした。
「この馬鹿タレが! 」
「っでぇ!?」
「お前は死ぬつもりか! ったく……感情だけで行動するな。本当に死ぬぞ」
「でもシュウ君でしたっけ?先輩の若い頃にそっくりなのです。昔はよく暴走して周りに迷惑をかけてましたよねぇ」
「先生が?」
「ばっ!? お前そんな話こいつらの前でするんじゃねぇよ。まぁとにかくだ、お前らの連携は良かった。じゃ、これからどんどん戦ってもらうからな。危ねえ時は俺らがフォローするから死ぬ気でやれ」
「先輩の言った通りです。ここにいればさっきみたいのがどんどん来るのです。なのでじゃんじゃん限界まで戦ってくださいね」
そう言うと二人は生徒達の後方へ再び下がっていき、座り込んだ。反対に生徒達は立ち上がり周りを警戒する。
「シュウ、今度は飛び込むなよ?」
「ああ、分かってんよ。だけどどうやって相手を倒しゃあいいんだ?大剣で傷一つ付けられなかったんだぞ? お前は神装纏っているからいいかもしれねぇが」
「それは……」
雷音にもどうすれば良いかは分からなかった。自分だけは神装を纏い、御伽のモノを倒せる神器もあるが、他の生徒達には無いからだ。
「あ、ちょっといいかな二人とも」
「ああ?んだよネイル」
「多分……僕の考えが間違えてなければ雷音じゃなくても倒せるはずだよ」
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