コントロール
夜が明ける頃、太陽が登り始める前に雷音達E組は学園内に集合していた。昨日の話の通りに今日は『境界』に向かうことになった。
死をも覚悟しなくてはならない。
そんな状況であり、雷音は誰かしらは来ないかもしれないと思っていたが集合場所にはいつもの面子が揃っていた。
「逃げないで全員揃ったな。信じてたぞ。んじゃまぁ向かうとするか」
「ウルス先生、某は一つ聞きたいでござる。境界に行くのは三年になってから……しかも卒業間際と聞く。それなのに我々の様な未熟者が行っても良いのでござるか?」
普段寡黙なリンが口を開く。この質問は至極当然であろう。リンが言った通りに卒業間近の力ある者が行う事だったからだ
「普通は駄目だが学園長には許可取ったから大丈夫だ。一応助っ人も頼んであるしな」
「そうなのでござるか……だが某は不安であります」
「不安であっても来たのは何かしら希望があるかも知れねえって思ったからじゃないのか?」
沈黙が辺りを包む。それは全員図星であったからに違いない。
「ま、実戦に勝る経験は無いとだけ言っておく。んじゃまぁ出発するか。ここから普通に歩って行ったら半日はかかる場所だ。だが神力を上手くコントロールすればお前らでも三分の一ぐらいまで時間を短縮できるはずだ。訓練はもう始まってると思え。全員足に重点的に神力を込めてバランスよく進め」
神力を全身に巡らせ、身体強化をすることによって常人よりも遥かに力を得ることができるが、それは上手くコントロールすることが出来ればの話だ。
ただただ早く走る……それだけのことでも神力を使い、身体強化させてもコントロールが出来なければ一気にバランスが悪くなる。意識して身体を慣れさせつつ、身体を強化させる為の神力のコントロールをすることは難しく、Eクラスのすぐ上のDクラスの生徒でも完全にこなす者はいない。
実力者は意識せずとも自然に身体が無意識の内に、適切に神力のコントロールをしてくれるとはウルスの言葉だ。
ともあれ雷音達は走りながら目的地へと走っていった。
「それにしても、うまく、身体が、動かせない……な」
「雷音っちったら動きがぎこちないし。そういう面ではあーしの方が上手かな?」
「運動でヴィオに勝てる気がしないよ。なんかコツとかあるのか?」
「コツ、ねぇ……あーし舞踏が好きじゃん?神力をコントロールする練習をする時に踊るような感覚でやるとうまくいったの。
それからはもうトントン拍子だよん」
ヴィオはEクラスの中でも抜群の運動神経を誇る。野獣を思わせるような腕力を振るうかと思えば繊細に舞う舞踏などを得意とし、元々他の者とは基礎能力が異常な程に違うと感じさせる。尚且つ神力をバランス良くコントロールすることに関してはクラスで一番であった。
「あー、クソ! 上手く走れねぇよ! どうにも細けぇのは苦手だ!」
対称的に一番コントロールが苦手なのはシュウだ。とはいえ雷音もコントロールに関してはまだまだなのでシュウと、そしてもう一人と並走していた。
「雷音、シュウ、僕に気にせず先に行ってよ。僕はこのペースでいかないとバテそうだからさ」
「うっせぇよ!こちとら限界なんだよネイル!」
「そっかそっか、じゃあ一緒に走ろうよ」
もう一人ニコニコと笑顔を見せながら併走しているのは灰色の髪を持ち、右目に眼帯を付けた少年、ネイルであった。
ネイルは王族の血筋を持つ輝族の嫡男であり
、国でも上から数えた方が早い上流家庭の生まれの者であった。
「シュウは少し落ち着け。ネイルも大丈夫なのか?」
「そうだね。神力で身体強化出来たおかげで逆にバランス良く走れる感じだよ」
Eクラスにいる理由は神力が使えないこともあるが、彼は生まれつき右目、そして右手が無かった。
与えられた仇名は欠陥品。
使用人の子と主人の不義の子である上に、身体にこのような障害もあった為に実家では蔑ろにされ追放されてしまった。が、親族に引き取られ、才があるということでこの学園に入学した。
「そっか……でももしかしたら守護が顕現すればまた変わるかも……なんて気安くはいえないけど良い方向に向かうといいな」
「ふふ、ありがとう。やっぱりこのクラスは居心地がいいね。ところで雷音も大丈夫かい?」
「うーん……正直言ってちょっとキツい。上手く身体が動かないんだよなぁ」
「もう少し力を抜いた方がいいよ?全身に特に右脚に余分な神力が行き渡りすぎているように見えるよ」
雷音はネイルの言う通りにすぅ、っと息を吐いて力を抜いてみた。すると身体に何かが引っかかっているかの様な感覚が抜け落ちていく。
「本当だ……なぁネイル、もしかして神力が見えるのか?」
「えっ?お前神力が見えんのかよ!?」
「まぁなんとなくだけど。何故かは分からないがこの見えない右目が観せてくれるんだ。シュウはバランスがバラバラだね。手足に行き渡る力が八方向に分散してるよ」
「ぐっ……なんとかならぁ!」
「雷音も頑張って強くなってね。ここを卒業して戦果を出せれば蒼天家の復興もできるよ。そうすればルナとも結婚できるさ」
「ぶっ!!い、いきなり何言い出すんだよ!?」
「ほらほらバランス崩れてるよ……ふふふ」
そういえばこいつは……、と雷音が思ったのはネイルとサンは性格が似ているな、ということだ。
ネイルはルナ達の従兄弟であり、家から見捨てられたネイルを拾ったのは二人の父であった。
なのでネイルは実家に手出しされずに生きてこれたことが不幸中の幸いであった。
それ故にネイルはルナ達とも兄弟の様に仲が良い。
「まったくネイルは冗談がキツいよ」
「冗談じゃないけどね。成り上がりたいのは僕も一緒だし」
「そっか……まぁ本音を言うと俺もそうだけどさ」
「なら頑張って愛しのお姫様を手に入れなきゃね」
「ったく揶揄うなよ。ってか俺らヴィオとリンにだいぶ差をつけられてるぜ?」
「本当だ。じゃあ僕らも頑張ろうとしようか、雷音が将来僕の親族になるためにも」
「しつこいわ!」
そこからEクラスは三時間程走り、本日の宿営場に着いたが、雷音とシュウだけはヘトヘトに疲れてしまったようだ。
「よし皆頑張ったな。まぁ及第点といったところだな。皆この感覚を忘れるなよ?最初はキツかったはずだが徐々に慣れてくると走るのが楽になってくるだろ?」
「はぁ……はぁ……そんなことねぇよ先生……オレすげぇキツイんだけど」
「あらあらシュウってば弱っちいわねー。あーしはまだまだ走れるわよん」
「シュウ殿、この程度でへばるなど走り込みが足らぬのではござらんか?」
「ヴィオもリンもうっせぇよ!はぁ……」
地面に突っ伏して息を切らしているシュウとは対照的にヴィオはまだまだ行けると言わんがばかりに身体を動かしている。
ヴィオは断トツの一位で次いでミンが二位だった。授業中も先生曰く二人は身体強化が上手いと褒めていた。
残りは三人ともどんぐりの背比べのようなものであり、ほぼ同時にゴールした。
「まぁこれから実戦の中でコツを掴んでいけ。シュウみたいな荒っぽい奴にはそれがいいかもしれんからな。よし、これからここを守ってる奴に挨拶にいくぞ」
宿営地、と言われたがそこにあるのは古い小屋が一つだけ。周りには草木が生茂っているだけだ。
境界周辺は警備万端と聞いていたがとてもその様には見えない。雷音達はウルスの引率の元、小屋の方に向かった。
「おーい、チェルシーいるか?いたら出てこーい」
ドンドン、と入口の扉を叩く様子はまるで隣人に会いに来たかの様だ。しかしいくら扉を叩いても返事は無い。
「おーい、開けろー」
「はいはい……ちょっと待ってくださいなのです」
扉の向こうから声が聞こえてくる。そして扉が開かれると桃色の髪の童顔の女性が眠そうに欠伸をしながら出てきた。
「おいおい、今日訪ねるって連絡来てただろうよ」
「こんなに早いと思わなかったのです。まったく……先輩は私が朝弱いこと知ってるはずですよ」
「もう昼だ阿保が。それと先輩はやめろ」
「いーえ、先輩は先輩なのですよ。ん?後ろにいる子たちが例の……」
「ああ、俺の可愛い生徒達だ」
「先輩が先生だなんて可哀想な生徒達の間違いで
は?」
その言葉に思わず頷いてしまった雷音達を見てウルスは哀愁を漂せた。
「はぁ……紹介しとくと、コイツは俺の学生時代の同輩のチェルシーだ。寝起きも寝相も悪いが……テクニックは一流だぜ?」
「あの……先輩、その紹介の仕方は最悪なのですよ?」
ヴィオとミンを筆頭に生徒達は顔を赤くしてしまった。それはそうだろう、寝相とテクニックなんて言葉が出てくれば思春期真っ只中の少年少女には刺激が強い。
しかもチェルシーは童顔とはいえ整った顔をしていて、可愛いとも美人ともとれる。
「あー、テクニックって戦闘のな。あんまり変な想像するなよムッツリ共」
「センセそれセクハラだし!」
「先輩死ね」
どこに行ってもウルスは非難轟々である。
「紹介に預かったチェルシーなのです。皆さん宜しくです。ちなみに皆さんの事は聞いていますです。ド底辺で守護も顕現していなかあ雑魚共さんですよね?」
「「「「なっ!?」」」」
「ハッキリ言っておきます。ここでは死ぬ気で頑張ってくださいです。じゃないと本気で死にますです。そこのクソみたいな人は甘い事言ってるかもしれませんが奴らは甘くないです。覚悟がなければ帰ってくださいです。今なら間に合うのです……五分あげますからよく考えてくださいなのです」
そんな言葉が放たれても誰一人後ろに下がることも振り返ることはなく、寧ろ彼らの闘志に火を付けた。
「……よろしいです。皆覚悟は出来てるのです。ようこそ、歓迎しますのです!」
「おーい誰がクソみたいな人だ?」
「では早速訓練を始めるのですよ。皆小屋に置いてある武器を持ってきてください、自分の好きなものでいいです」
「無視すんなや!ったく……とりあえずよろしく頼むわ」
小屋の中に案内されると、部屋の中にあったのはベッド、そして剣や槍、他にも弓矢や斧などの武器のみ。
この中から好きな物を選ぶということなのだが、それぞれ何を取っていいものか迷うが、雷音以外の生徒達は次々と自分の得物が決まっていった。
「うーん、迷うな。何がいいんだろ?」
「あぁ?雷音まだ決まんねぇのか? つーかお前結構武器なら何でも扱えてなかったか?」
名無しの守護の者、名有りでも神器を持たない者は神力で武器を作り上げなくてはならない。
その為に授業の中で様々な武器の扱いも習う。雷音は大体の武器を平均的に扱うことは出来た。ウルスには筋がいいとは言われたが、本人はある意味器用貧乏なのではないかと思っていたが。
「そうなんだけどな……神装纏った時に感じたのは徒手空拳が合ってるような気がしたんだ」
「ならいいじゃねぇか。素手喧嘩上等じゃねぇか。男なら拳ひとつで勝負しやがれ!」
「いや、シュウ大剣持ってんじゃん」
「いいんだよ、細けぇこたぁ。俺はコイツが一番しっくり来るんだよ」
「……何か納得いかないぞ」
結局雷音は武器を持たず拳ひとつにすることにした。他の者はと言うと、ヴィオは槍、リンとネイルは剣を選んでいた。
「はい、皆武器は決まったですね?それでは境界の向こう側に行くのです」
「え?あのチェルシーさん、いきなり境界ですか?これで訓練をするわけでは?」
皆を代表するかの様に堪らず雷音は尋ねた。説明も受けずに未知の敵といきなり戦うとは流石に思ってもいなかったからだ。
「さっき覚悟を聞いたです。命懸けの実戦が一番成長できるのです。皆強くなりたいのですよね?周りを見返してやりたいのですよね?」
全員何も言い返せなかった。チェルシーの言ったことは全員が抱えているコンプレックスであった為に。
「さぁついてくるのです。貴方達がそう遠く無い未来、戦わなくてはならないモノに会わせてあげるのです」
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