プロローグ
「おいおい、いつまで痛いフリしてんだテメーはよぉ」
「ギャハハハハ可哀想過ぎんだろ、手加減してやれよこんな風によぉ!」
一人の少年が虐げられるのはいつもの風景。
殴られ、蹴られ、無情な音が響き渡っていた。
人を人とも思わないように、まるでボールを蹴るように倒れている彼の鳩尾に思い切り蹴りが入れられる。
「ぐぅぅぅ…」
胃液を吐き出してしまうような痛みが彼を襲う。でももう彼は慣れてしまっているのだ。
毎日毎日、もう何度も何度も、罵声を浴びせられ、何度何度も暴力を振るわれていることに。
彼の名は雷音。ラクリアス王国のノストリア学園に通う二年生であり元輝族の少年である。
「Eクラスが堂々と歩くんじゃねぇよ、ゴミ屑がよぉ! なぁ落ちこぼれの雷音君よぉ、テメェ何しに学園に来てるんだぁ?」
「そうだよ、落ちこぼれの上に落ちぶれたカスがよぉ! テメェと同じ空気を吸うだけでも嫌なんだよ!」
罵詈雑言の嵐は舞い、身体は痛みに溺れていく。暴力を振るってきた連中はストレスを発散したのか、彼に唾を吐いて立ち去った。
彼は常日頃から不良グループと呼ばれる連中に目をつけられ、今日も随分と手酷くやられてしまった。ほぼ毎日殴られていると流石に痛みにも慣れてきてしまう。しかし当然怪我はするし精神的にはかなり追い詰められていた。
「っ痛たた……くそっ…… 。何でいつも奴等は俺を殴るんだろうな……。そりゃあもう輝族じゃないし、神力が使えないけどさ」
彼は自身で言うように、この学園に通う者であれば使える筈の力が目覚めず、その力を行使できない。
その力とは神力と呼ばれる特別な力であり、神力とは己の身体を強化することができ、そして守護と呼ばれる「モノ」を具現化させられる。
この学園はその才を持つ者のみが集められた場所。その才は輝族と呼ばれる特権階級の血筋を引くものの一部が持つのだ。
だが雷音はその力を未だに使うことが出来なかった。
この王国の輝族は皆七歳になると神力の才があるかの検査を受けなければならない。
当然雷音も七歳の時に検査を受け、神力の才が判明したのだが、それから十年、いつまで経っても神力を発現することが出来なかった。
才能があってもその力を使えなければただの落ちこぼれであり、力が使えなければ意味は無い。
彼は十六歳の年に学園に入ったが、同世代のほぼ全ての者は既に神力を扱えていた。
というよりは学園に入学する前から才がある者は神力を扱えるのは当然というのが輝族の認識である。
故に神力を使えない者達は大多数の生徒や教師に冷めた目で見られてしまうのだ。
各学年には上からS、A、B、C、D、Eの六クラスがありSクラスはエリート、Eクラスは雷音をはじめ、落ちこぼれと呼ばれる連中が集まっている。
一学年からEクラスだった雷音達は基本的に普通の座学、基礎体力を付ける授業しか受けられない。
他のクラスの者は神力をきちんと扱えるので、その力を伸ばす為の授業を受ける。
でなければこの学園にいる意味が無いからだ。
落ちこぼれの中の落ちこぼれ――まともに授業も受けられず、学園の行事にもろくに参加させて貰えない。
Eクラスに所属することはこの学園において最低最悪な汚点なのである。
先程雷音をリンチしていた不良達はC・Dクラスに所属する者だ。
DとEは近い様に見えるが、神力を行使出来る者と出来ない者では全く扱いは違う。
Eクラスはまるで塵のような扱いを受けており堂々と廊下を歩く事もできない。
雷音の様に絡まれても誰も助けてくれないし、担任以外は教師達さえも気にかけないのだ。
さらに神力を持つ者は紛れも無く両親のどちらかが神力を持つ者であり、才を持つ者は皆輝族なのだ。
この学園に入る条件というのも輝族であるという事が条件でもある。
雷音も元は輝族であったのだが、今はとある理由で没落しており、扱いとしてはただの平民と変わらない。
しかし哀しいかな、鼻持ちならない輝族の子弟が大半を占める為、さらに雷音が虐げられる原因となっている。
極小数を除き、輝族が持つノブレス・オブリージュとは既に亡き言葉だ。
そういう事情もあり雷音自身、早く神力を使える様にはなりたいのだが……自分を虐げるような者達と同じクラスにはなりたくないというジレンマもある。
傷だらけのまま教室に戻りたくはないが、もうじき授業が始まってしまうのでE組の教室に戻ろうとすると向こうから聞き覚えのある甲高い声が雷音の名を呼んでいた。
「雷音ぉ! またこんな傷付いて……またアイツらにやられたんでしょ?」
銀色の髪を靡かせ、雷音を心配するように碧い目が彼を覗く。現れたのは月の輝きにも似た銀色の髪をツインテールにしている美しき少女であった。
「ルナか……今日もこっ酷くやられたよ。まったく毎日毎日飽きない奴等だよ」
「もう、何かあったらわたしを呼びなさいって言ってるでしょ?」
「そう言われてもお前を呼びにSクラスに行くことだって困難だぜ?神力が使えないってだけで人間扱いされないんだから。……それに俺とお前が会っているってだけで気に食わないって奴等が多いからな」
「馬っ鹿じゃないの!?わたしと雷音は小さい頃からの幼馴染なのに。そんな奴等ぶっ飛ばしてやるわ」
気に食わない者が多い理由はルナの容姿と特別な立場が関係している。
付き合いの長い雷音から見てもルナは相当な美人だ。目力が強く整った顔に、しっかりと出るところが出ている体型、性格は少々……を通り越し相当気が強い……が、しかし彼女は身分だろうが力の有無だろうが気にせず、困っている者には手を差し伸べる。
幼馴染であり、最も付き合いの長い雷音に対しては特に、だ。
周りの者達が雷音のような落ちこぼれと仲が良いことが気に食わない者はかなり多い。最大の理由は彼女はこの学園で最も身分が高いからだ。
そんな彼女を放っておく輩は当然少なくない。もしも婚姻でも結べれば自らの地位は不動のものとなるだろう。
だが当の本人はそんな誘いは一切受けない上に雷音と共にいる事が多い為、雷音は上流の輝族連中に目をつけられているのだ。
「ぶっ飛ばす、ねぇ……」
「なによ、なんか文句あるの?」
「ございませんよ、お姫様」
そう言うと同時にゴチン!っと雷音の頭に拳骨という雷が落とされた。
「いってぇ!」
「……ったく、雷音だけはその呼び方嫌だって言ってるでしょ」
雷音とルナは昔からお互いの立場関係無く名前で呼び合っている。本来ならならまず有り得ないことだ。
ただしこの学園は本来、身分関係無く平等にという校則がある。しかし暗黙の了解と言わんばかりに家格の差が己の立場の差になっている。
「両親もお兄にも雷音とわたしの関係は変わらないってことには了承してもらってるんだから、今度その呼び方したら串刺しにしちゃうんだからね」
「物騒なこと言うなよ。ルナがそう言うと本気で洒落にならん」
「そうならないようにしてよね。そろそろ授業始まるし教室に行くわよ……ってまたアイツら来たわ」
ルナが溜息を吐きながら雷音の後方を見ると、先程のC・Dクラスの連中ともう一人、彼等のリーダー格の男が雷音達に向かい歩いて来ている。
「ウォード・アステリア……ね。教室以外では見たくない顔なんだけど……ホント雷音は面倒な奴に目をつけられているわね」
赤い髪を後ろで束ねた端正な顔の男ウォード・アステリアス……この学園の最上位クラスであるSクラス所属の者である。
「これはこれは姫様、ご機嫌麗しゅう」
胸に手を当て、輝族然とした態度で挨拶をしてくるウォードの様子に対してルナは顔を顰める。
「……何しに来たのよ?」
「ええ、そこの玩具を借りに来たんですよ。素直に渡してもらえませんか?」
「アンタねぇ……そんなことして恥ずかしくないの?」
ウォードの紳士的な顔に載せられた口元は突然歪み、その狂気に満ちた様な目は侮蔑する様に雷音を見下す。
「はぁぁああ!? 玩具は遊ぶから楽しいんだろうがぁ?まぁぶっ壊れちまうかもしれねぇがな。ギャハハハハ!」
ウォードは昔からその難のある性格から厄介者のレッテルが貼られているのだが、その実力は確かなものであるが故にルナと同じくSクラスに所属している。
しかしそんな彼が素直に学園のルールに従う訳もなく、同じような所謂、不良のレッテルを貼られているもの達を束ねては他の生徒に嫌がらせや暴行、恐喝といった行為を行なっていた。
故に雷音をストレス発散の玩具にするのもその一環であった。
「はぁ……腐った奴ね。嫌悪感しかないわ」
ルナがウォードを睨みつける。前からルナは鼻持ちならないウォードを嫌っていた。自らの力を弱い者を守るのでは無く、痛めつけることを至上とするこの男を。
「まぁ、そんな訳で姫さん、ソイツをさっさと渡してくれないか?痛い目見たく無かったらよ」
「……痛い目見るのはアンタらの方よ」
ルナは雷音の前に一歩出る。そしてその細く、しなやかな身体から白い光のオーラの様なものが滲み出す。
「ハッ、女の癖して俺に勝てるつもりか?大体ここで俺達が戦うのを禁止されてるんだぜ?」
「人をいたぶる奴のどの口がそんなことを言うの?」
「さぁてね。手加減はしねぇしテメェから売って来た喧嘩だ。後悔すんなよお姫様」
同じ様にウォードの身体からも白いオーラが滲み出す……お互いすでに爆発寸前である。
「後悔するのはアンタよ。ぶっ飛ばしてあげる!」
「はっ、ぶっ飛ばされるのはテメェの方だ!」
二人の身体から湧き出したオーラ―― 神力は形を変えて二人に装着されていく。
「「神装光臨!!」」
異世界転生モノですが、要素的には中盤以降になります(物語の根幹になりますので詳しくは言えませんが……)
今のところ一章分(五十話程)のストックがあるのでそこまでは毎日更新していく予定です。
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