壱-9 006888_事実
次の日からも与えられた仕事を一生懸命こなす。そうこうしているうちにまたもや2週間が飛ぶように過ぎて行った。
ある朝、ボクはいつも通り制服に着替えて自室から出ようとドアに手をかけた。どんどんどんどん。激しいノックに驚いてしまい、小さく悲鳴をあげた。
「ミズチミズチミズチ!!!!大変よ!!!!起きなさい!!!」
「今起きましたよ、なんですか?」
ボクはドアを開けて応答した。最近暑いからかルキは薄着で、着替えていなくても目のやり場に困る。
「居住区Ⅵの検査結果!出たわよ!!」
「まじですか!!!??」
「私もまだ見てないのよ、たった今届いて。」
そういって手元のタブレット型端末をボクに見せようとドアを開け、ぐいとボクに体を寄せる。
「ちょ、ルキさん、近いっす。」
「分布は…あった。」
てんで話を聞いていない。
ルキがはっと軽く息をのんだ。
「これ…。ほんとに?」
画面を見ると居住区Ⅵの住民が持つMHC適応の数がヒストグラムで示されていた。0~1万のところにはそれなりの人数がいるが…。いや、よく見るとグラフに※マークで注釈があった。
「MHC適応0は確認されず…。」
「どうやら特異体質のようね。ううん、きっと私たちが特殊なのよ、数十年前の人間の抗体はエンラージメントに適応なんてしないもの。ミズチの体が普通なのよ。」
さすがのルキもボクを慰める。なんとなく予想は出来ていたし、むしろこれだけ人間がいて自分だけ特殊なんて誇らしくなってきた。と、自分で自分を慰めたボクはあほらしくなってしまい、はぁ、とひとつため息を吐いた。
「大丈夫よ。ワタシが守るわ。」
そう言ってルキはいきなりボクの腰に手を回し、しっかりと抱きしめた。
「え、ちょ、ちょっと。ルキ…さん?」
ルキは同年代の女性の中では背が高いほうだ。少し背伸びをしてボクの肩に顎を乗せる姿勢でぎゅっときつく抱きしめる。おや…?なにか右腕に柔らかいものが…。振り払うにもあまりに真剣でボクは固まってしまった。
「ルキ。」
サトイさんが一声かけるとルキは、はっ、と小さく息をのんだ。するするとボクの腰から手を放し、自分の寝室に駆け込んでしまった。
「アイくん。」
「…へっ、は、はい?」
混乱して気付かなかったが、サトイさんは目の前に立っていた。
「それ、見せてもらってもいいかな。」
「どうぞ…。」
「ふむ…。これだけ特異だと今後アイくんの体にたくさん検査が入るだろうね。人体実験なんてことも有りうるかもしれない。」
「人体…実験…。」
「LEUKの幹部はそうゆうことを平気でするからね。でも大丈夫。ルキは守ると言ったら絶対守るから。」
「は、はぁ…。」
ボクは脳みその処理が追い付かず、生返事を繰り返す。
その日はぼーっとしたまま作業をした。ルキは一日中部屋に籠って出てこなかった。
やけに静かな1週間が過ぎた。ボクは現実を受け入れられないまま、いつものように目覚まし時計の音で起きた。起きた…のだが、体が動かない。なにか重いものが腹の上に……。うぅ、とうめき声を上げながら恐る恐る目を開けると、そこには美少女Rが跨っていた。
「!!!!!ちょちょちょ、なにしてるんすか!!!!!!」
「やっと起きたわね!買い物行くわよ!付き合いなさい!!」
美少女のおまたがボクのお腹に…。おっと…。鎮まれ我が聖剣よ!否、これは毎朝の自然な現象である。
「ちょっと!聞いてる!?5分で支度しなさい!あっ、制服じゃないわよ!私服、持ってるわよね!」
「はへ…。はぅ!えっ!私服なんて持ってないっすよ!制服の下に着るTシャツと寝巻くらいです!」
「は~もう~~、いいわ、ちーちゃんの服持ってきたげる。」
そう言って嵐のようにボクの上から去って行った。ばん、とドアを閉め、しーんとしたかと思うと、遠くの方でボクに服を貸していいかサトイさんに確認する声が聞こえてくる。
しばらく無音だったが、いきなり、がちゃこ、とドアが開き、耳元で大きな声を出す。
「はいこれ、靴は?編み上げ靴しかないの?しょうがないわね~ちーちゃんのやつ、サイズあうかしら…。」
渡されたのは薄手のチノパンに派手な青のアロハ、持っているTシャツの上に羽織れということか。思わぬところでサトイさんの普段着を見てしまった。
寝巻用のズボンを脱ぎ、渡されたチノパンを履いてみると、10分丈の長さだ。
「足の長さが足りん。」
サトイさんが履いたら丁度良いくるぶし丈になるのだろう。20cmほど身長が違うのだから無理もない。くるくると裾を捲り上げ、Tシャツを取り換えようと寝巻を脱ぐ。
ばんっ、とドアが開き、遠慮なくルキが入室する。
「ちょ、着替えてるんですけど…。」
「サンダルあったわ、これ履いてね、あと鞄はワタシのを貸したげる。」
初めて会ったときとは逆だなぁ、しかしあのお嬢様は遠慮というものを知らないのか、なんて考えながら必要そうなものを黒いボディーバッグに放り込む。
急いで準備を済ませてリビングに出ると、ルキはソファーでサトイさんに髪を梳かしてもらっていた。黒地に白ドットの袖の無いワンピースから、白い襟と半そでが覗いている。胸元には細いリボン、腰で絞られたワンピースは裾にたっぷりとプリーツが施してある。裾からは白くてすべすべしていそうな腿が見え、靴下にはかわいらしいフリルが付いている。おお神よ、どうして外身はこんなに可憐なのに中身は暴君お嬢様なのですか。
「いい感じじゃない!さ、行きましょ。」
「ほんとに大丈夫かい?僕もついってたほうがいいんじゃないかい?」
「大丈夫よ~荷物持ちくらいはできるでしょ。ねっ、ミズチ。」
「は、はぁ。」
勢いにのまれて返事をしてしまった。なにを持たされるのだろう。と考えているとルキはボクの手を引いて818号室のドアを開けた。
入隊式の日以来、1度だけこの建物を探検してみようと思い、深夜に廊下を歩いた。けれど同じようなドアが延々と続くだけでなにも発見できず、戻ってきた。久しぶりの廊下だ。
ルキは慣れた様子で廊下を歩く。履きならされた感じのローファーでずんずん進んでいたのだが、とあるドアの前で急に立ち止まったのでぶつかってしまった。
「ぶえっ。ちょ、急に立ち止まらないで下さいよ。」
「ミズチ、今日は仕事じゃないの。かしこまる必要はないわ。」
「は、はい…。」
「だからそれよ。敬語、やめなさい。というか仕事中も必要ないわ。」
「お、おう…。」
目の前のドアは他と違い、なにかカードをタッチするような機器が備え付けられている。ルキは手提げのかわいらしい鞄から、LEUKの紋章が描かれた白色のカードを取り出し、その機器にばん、と強めに当てる。ぴぴっ、という音がするとドアは眠りから覚めたようにぎぎぎっと開いた。ドアの奥には打ちっぱなしのコンクリートがひんやりと涼しそうだが、見ただけで分かるほど埃っぽい通路が出現した。自動で天井の明かりが点灯する。
「しばらく開けてないとだめね。ここ、敷地の出口に直で繋がる通路よ。」
「えっ?軍の敷地の外に?」
「この宿舎の出入り口のあたりにも出られるけど。」
LEUKの敷地は町一つ分くらいある。確かに宿舎は北東の端にあるが、それでも敷地の境界線まではかなりあるはずだ。そもそもここは8階だ。
「ここからどうやって外に…」
そう言いかけたとき、ちょうど曲がり角を曲がったところで、正面にエレベーターが現れた。
「まずエレベーターで1階まで降りるの。そうしたら他のクラスの隊員に会わないでしょ。」
「あ、あぁ。」
「ちなみに8階には誰もいないわよ。ドアたくさんあるけど、全部Aクラス用の部屋よ。」
「えっ?」
見たところ8階は一筋の廊下があり、両脇に10ずつドアがあった。廊下の端と端に階段があり、入隊式の日には8階まで一生懸命昇り降りした。ちん、と古風な音がするエレベーターで随分楽に降りられた。
「801から810まではさっきのキーがないと入れないけど、811から819はトレーニングルームとか、食糧庫とか、あとは物置ね。」
「トレーニングルーム…。使っていいすk…あいや、あの、使っていい、か?」
「いいわよ、言ってなかったっけ。」
当たり前と言わんばかりにきょとんとしている。
「クラスごとのオリエンテーションで施設の説明あるはずだったんでs、だったんだよな。やってなくないか…?」
「げっ…。まぁいいじゃない、過ぎたことだし。」
毎年こうなんだろうか。というかルキは何年前からLEUKにいるんだろう。
「ほら、出口に来たわよ。」