肆-7 180614_命令
午前中はいつものハードモードリハビリと、点検業務に勤しんだが、午後イチでルキがなにやら神妙な様子でボクに近付いてくる。
「ねぇミズチ、午後の業務、1時間で終わらせられる?」
「は?3〜4時間かかるやつをか?」
「そ。ワタシも手伝うから。」
「えぇ〜、なんのために?」
「ちょっと、出張に行くのよ。」
「出張?」
それ以上は教えて貰えなかったが、ルキが手伝ったことにより、いつもボクが4時間かける業務を45分で終わらせた。といっても、いつも丁寧に書類とデータを照らし合わせている所を、ルキが全部勢いで承認印を押しただけだが。
「さ、ミズチ、準備して。行くわよ。」
「行くって、どこに?」
「ちーちゃんのところ。」
「えっ、それじゃあ居住区Ⅱに行けるってことか?」
「あら、アンタ初めて行くの?」
「そうだよ。軍に入るまで居住区Ⅵから出たことなかったからな。」
サトイさんが居住区Ⅱで、我々と別行動をしていると聞いてから、もしかして居住区Ⅱに行けるのではなかろうかと、内心期待していたが、いよいよその時が来たようだ。ルキに制服を着るように指示されたので、制服を身に着け、作業服と数セットの下着、裁縫セットや保湿剤など、最低限の身の回り品をボストンバッグに詰め込む。バッグを引きずってリビングへ出ると、ルキも制服に着替えており、髪を編んでいるところだった。
「あら、丁度よかった。もう片方、編んでくれない?」
ルキの綺麗な黒髪は頭の丁度真ん中で丁寧に、左右に分けられており、ルキは今、右半分の髪の毛をおさげにしているところだった。左半分はただ単に結んであるだけで、仮止めの状態だろう。
「ボク、できないよ。やったことないぞ。」
「じゃあ今覚えなさいよ。」
「えぇ~。」
ボクは渋々ルキのレクチャーに従いながら、おぼつかない手つきで左半分を編み始める。
「左を真ん中とクロス…。」
「あぁ~!逆逆!奥じゃなくて手前から持ってくるのよ!……そうそう。」
ルキは小型カメラをボクの制服の肩の所にクリップで留め、様子を確認しながら違う違う、と文句、否、指導を入れる。
「右を手前から…。」
「そうね。もっと引っ張っていいからぎっちりしてちょうだい。…あ、それと、ミズチ、多分向こうに着いたらワタシとちーちゃん、また喧嘩になるはずだから、よろしく。」
「ぎゅっとして、左を真ん中に…。え?今なんて?」
「だから~、今回、ミズチは出張命令出てないのよ。」
「は!?じゃあ行っちゃだめじゃないか?」
「別に行っちゃだめってことはないわよ。待機命令が出てるわけじゃないし。」
「えぇ…。そういう問題なのか…。」
しまった。要らないことを喋ったから次の一手が左の束か右の束かわからなくなってしまった。
「ほら、次、左を真ん中。」
「あ?え、あぁ。」
「パパね、何考えてるか分からないんだけど、どうもウチの3人を離しておきたいみたいなのよね。こないだみたいに。」
「え?ちょっとまって、今、右をこうして…あれ?左だっけ。」
「右で合ってるわよ。」
「あぁ、そっか。……えっ?ごめんなんて言ったっけ。」
「……アンタ、マルチタスク向いてないわね……。」
ボクの生まれて初めての三つ編みは散々で、ルキが自分で編んだ右側に比べると酷さがより際立つ。編み目のサイズがばらばらで、ところどころ毛がびょんびょんとはみ出ている。
「なぁ、ごめん、流石にこれはまずいんじゃないか。」
「え?いいわよ別に、どうせこうやってまとめちゃうし、分かんないでしょ。」
と言いながら、慣れた手つきでぶら下がっている2本の三つ編みをくるくるとまとめ始める。
「で、さっきの話だけど、基本、ワタシについて回ってくれたら大丈夫なんだけど、司令部がね、こないだみたいにウチにいる3人を単独行動させようとしてくるのよ。」
「なんか、不気味だな。」
「でしょ。こないだ、ミズチにⅥ区に行ってもらったのも別に、司令部が信用できる監視でも何でも置いて、向こうの人にやらせれば済む話だったし。なによりワタシ、ここに残るようにって指示だったんだけど、いつでもできる仕事をぎちぎちに詰められただけだったわ。」
そう言いながら、綺麗に髪の毛はまとまり、正帽をちょん、と頭に乗せる。ただし、ボクが編んだ部分だけ少し乱れているが。
「ま、あまり単独行動しない方がいいって女の感が言ってるから、今回、ミズチは正式な出張じゃなくて、ワタシのお付きとして同行することにしたわ。」
「することにした、って、そんな勝手に…。」
「だから、ちーちゃんと喧嘩になるかもっていってるじゃない。」
「はぁ。」
ボクの身を案じているのはいいのだが、既に言い合いが予定されている場所へ向かうと思うと、気が重くなってきた。
案の定、LnodeⅡの宿舎で合流したボクを見てすぐに、サトイさんとルキは口論になった。廊下ではまずいと2人とも判断したのか、ボクを連れて今日泊まるであろう部屋に入り、ガミガミと言い合っている。ボクはどちらの方も見ずに、早く終わってくれと願いながら2人の真ん中で白目をむいて座っている。
「ルキ、このままじゃ、アイくんが無断外泊扱いになる。ここでの身分が保証されていない状態なんだよ。」
「あら、一応申請は出しておいたわよ。ワタシの付き人扱いで。」
「そんなんで通ると思ってるのか?なにより、また危ない案件なんだ。これ以上アイくんに危険な事、させられないよ。」
「あっちに1人で残す方が危険よ。おやつとかに釣られてよからぬ所に連れていかれたらどうするのよ。」
「おやつって…あのね、ルキじゃないんだから。それに8階の部屋は入室制限がかかってるんだから、滅多なことがなければ大丈夫だよ。」
「前にそうやって油断して研究部に連れて行かれたじゃないの。」
「いや、あれはだな…。」
これが恋愛物語であれば、2人ともボクのために争わないで、と止めに入っただろうが、生憎シリアスな場面なので、じっと我慢するしかない。とはいえ、かなり言い合いはヒートアップしてきており、とうとうボクに関係のない話にまで発展している。
「なによ、いっつもルール、ルールって、おもしろくないのよ。」
「いいかいルキ、ルールがあるから世の中というのは成り立っていてね。それに、軍隊でおもしろさを求める必要はないんだよ。」
「頭でっかちねぇ。柔軟さが足りないわよ。」
「いいよ、僕には柔軟性は必要ないからね。もういいよ、僕が手続するから、アイくんには申し訳ないが、ルキの送迎ということにして、帰ってもらおう。」
そうサトイさんが言いながら、手続きの為だろうか、胸ポケットの端末に手を伸ばした瞬間だった。ルキの声のトーンが急変した。
「待ちなさい、ヒオドシサトイ大佐。」
ボクはサトイさんのフルネームがルキの口から飛び出したことに驚き、点になった目でルキの方を一瞥し、サトイさんの方へ黒目だけ動かす。サトイさんは、わずかに眉をひそめた真顔で、ルキを真っすぐに見つめている。
「これは命令です。饗二等兵の同行に関して、これ以上意見することは許可しません。本日はこの部屋で饗二等兵と就寝し、明日マルナナサンマル、3階302会議室へ集合すること。よろしいか、ヒオドシ大佐。」
「…はっ。」
ルキはすごい剣幕でそう言い残し、部屋から去って行った。残されたサトイさんとボクの間に、絶妙な空気が漂う。
「やられた。しまったな…。ごめんねアイくん。」
「い、いえ。なんかすみません…。」
「いや、いいんだ。僕のミスだ。上のルールに従うように言ったのを逆手に取られた。」
「上のルールに従うなら、サトイさんの『上』はルキだから、命令を聞けってことですか?」
「そうそう。まぁ、あぁなったらルキはなにを言っても聞き入れないだろう。ミズチくん、君は先日の作戦で怪我もしているし、無理しなくていいからね。」
「いえ、大分治ってきましたし、ちょっとくらい、仕事させてください。」
「う~ん、そうはいってもねぇ…。」
サトイさんは最後まで納得できない様子だったが、諦めて作業机のパソコンに向かい、作業を始めた。ボクはこのまま部屋で休息するように言われたので、荷解きと風呂、軽食をつまんで歯を磨き、ベッドに入ることにした。その間、サトイさんは難しい表情でずっと画面とにらめっこしており、ボクが就寝の挨拶をした時も、もう少し作業をすると言っていた。




