壱-7 dcd3b2_観戦
早速2日目から事務作業と家事の手伝いを始めた。ルキは基本的にゲームをして過ごしているが、たまに制服に着替えて外に出かける。それもリビングで着替え始めるものだから、非常に目のやり場に困る。
一番困るのは風呂上りに下着姿でうろうろしているときだ。ぱんつとTシャツだけで風呂上がりのジュースタイムを過ごすのも困る。ルキが風呂場に向かったらしばらく自室に籠るのが常になった。それでも脱ぎ捨てた服がソファーに引っかかっていたり、雨の日はリビングに洗濯物を干したりするので大変である。否、不可抗力なので開き直っている。ルキは普段は綿のプリントもののぱんつを着用する。くまさんぱんつがお気に入りのようである。不可抗力である。制服を着る時はレースで上下揃いの下着を着用する。不可抗力で観察してしまったのでセーフである。
サトイさんはいつもきっちり制服を着て、ルキのお世話をする。髪の毛を乾かしてあげたり、服のボタンを留めてあげたりと、まさに執事というかメイドである。
事務作業をして気付いたが、コンタギオンはほとんど居住区Ⅰ~Ⅲに集中している。というのも人口が圧倒的に集中しているからだろう。居住区は人口の順で番号がふってあるが、ⅢとⅣの間に圧倒的な差がある。
また、ほとんどのコンタギオンは各地区のLnodeの自動迎撃設備、DCシステムによって討伐されている。隊員はほとんどコンタギオン遺骸の回収を担っているようだ。
それでも3日に一回はボクが入隊した日のような戦闘が起こり、2週間に1回は“正式な”銃撃戦となる。つまり、2週間に1回はGクラスやTキラー戦闘員が喰われ、仕方なくB隊が出動しているということだ。
しかしどうして最初からB隊を使わないんだろう。抗体に耐性がついてしまうなら確実に仕留めればいい話ではないか。まだなにか理由がありそうだ。
あれこれ考えながら仕事をやっていたら、あっという間に2週間が過ぎ、窓を開けていないと蒸し暑いくらいになった。
前日の終業時に、次の日の始業時刻を聞く。翌日、その始業時刻の30分前に起床、しばらくだらだらし、ゆっくりと着替える。寝間着を洗濯機に放り込み、顔を洗って朝食の準備を手伝う。朝食を食べ始める時刻が始業時刻である。だいたいは9時で、ルキの疲れ具合によって10時のときもある。2週間も暮らせば慣れたもんだ。
その日はなぜか始業時間が8時半で非常に早かった。8時に目覚ましをセットし、起きられるかどうかびくびくしながら寝たが、無事起きることが出来た。しかしルキは朝食の席にはいなかった。
朝食を食べ終わって9時前。
「あの、ルキさんは?」
「今日は朝一から仕事なんだよ。」
「そうですか。」
「よし、片付けも終わったし、そろそろ見ようか。」
「な、なにをですか?」
あまりにも唐突だったので少し驚いた。
「おや、ルキに聞いてなかったのか。あの子は今、合同訓練の花形、演習に参加しているんだ。それをアイくんに見せろと言われていてね。」
「な、なるほど…。」
二人でソファーに腰かけ、壁にかかった画面のスイッチをつける。普通にテレビを見るかのようにチャンネルを変えると、スポーツのスタジアムのような場面になった。観客席は全員軍服を着た兵士たち。LEUKの軍隊は階級やクラス関係なく、全員白の軍服を着用するので、スタンドは白一色だ。肝心の競技をするトラックはなく、代わりにだだっ広い、白いタイル張りのステージが用意されている。その上で戦士たちが殴り合いをしている。
「これは…。」
「演習とは名ばかりで、ただのランク付けだね。どこのLnodeに配属されていても、半年に一回はここにやってきて殴り合いをするんだ。」
「殴り合い…。」
「殴り合いと言ってもGクラスとキラーTは運動会だよ。だれが一番早く風船を爆発させられるかとか、面白くないよ。」
「そうですか…。でもそれも、顆粒球やリンパ球の力を使わないといけないんですよね。」
「ご明察だ。免疫の力を使わないと割れないように風船に細工がしてあるんだ。」
ボクには到底参加できなさそうだ。なんせ顆粒球、リンパ球、抗体全滅だからな。
「クラス別で1位を決めるんだが、B隊で1位だった人はルキにタイマン勝負できるんだ。」
「そんなことして大丈夫なんですか?」
サトイさんはきょとんとした。
「ルキは強いんだよ。」
と半笑いで答えた。少し自慢げでもあったので、ルキさんが強いということはサトイさんにとって誇らしいというか、喜ばしいことなのだろう。
「もしルキに勝てたらLクラスの大隊長になれるんだ。」
「もし、ということは今までだれも勝っていないんですか?」
「う~ん、過去に1人だけね、もう退役しているけど。」
「そうですか…。」
Bクラスの試合も終盤なのだろう。身のこなしが軽やかで、走りながらエンラージメントした抗体と思われるものを銃から放り出している。どうやら相手に抗体を当てられたら勝ちらしい。
「これは危なくないんですか?」
「Bクラスはほとんど鬼ごっこだね。抗体は人間に当たっても害はないよ。人間に害があったら体の中には害だらけだ。」
それもそうか…。などと考えている間に、今回の優勝者が決まったらしい。顔がアップになって画面に映る。30代半ばのお兄さんで、整った顔立ちだ。スタンドの観客、と言っても隊員たちは大いに沸き立っている。
ステージの上が綺麗に掃除され、中央に優勝したお兄さんが一人たたずんでいる。先ほどまで沸き立っていたスタジアムは次第にざわつきが大きくなる。
マラソンなんかの最後の最後に、スタジアムに入ってくるような入り口に映像が少し寄っていく。ぬっとあらわれたのはルキだ。いつもよりいくらか背が高いように見える。すらっと美しいその姿勢は見る人を引き込む。いつものわがままお嬢様ではなく、戦場へ向かう一人の戦士のオーラを身に纏っている。
「おや、いつもならこんな直ぐにルキとの試合にならないんだがな。」
「この人、かなり疲れてそうですもんね。」
「そうそう、必ず休憩が入るんだが。ルキは気分屋だからなぁ…。」
全員が固唾をのんで見守る中、ルキは静かにステージの中央についた。帽子を深々と被り、長い黒髪は右下で束ねられ、つやつやと光り輝いている。左胸のポケットには大量のバッジとリボンが付いている。白色の軍服はぴしっと着こなされている。いつものだらしなさからは考えられない。
ざわざわしていた会場は次第にしん、と静まり返った。




